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2017-06

かがんで脈を取る - 2015.08.17 Mon

今まで何度か話題にしてきたことですが、3巻で気絶させられた時のスネイプ先生の姿勢について、再度考えてみました。
これまで書いたことは、その都度文中からリンクするようにしてあります。(この問題についていかに私が関心を持っているかがわかってしまいますね)

まずは、日本語の描写をご覧ください。
「スネイプ先生はどうしますか?」
ハーマイオニーが首うなだれて伸びているスネイプを見下ろしながら小声で言った。
「こっちは別に悪いところはない」
かがんでスネイプの脈を取りながら、ルーピンが言った。(3巻18章p.491)

同じ部分の英語は
‘What about Professor Snape?’ said Hermione in a small voice, looking down at Snape’s prone figure.
‘There’s nothing seriously wrong with him,’ said Lupin, bending over Snape and checking his pulse.(UK版ペーパーバック大p.276)

以前、このブログでも、日記でも語っていますが、『proneの考察2008.4.23』『proneの衝撃2008.4.23』この場面の姿勢について改めて考えたいと思います。

“首うなだれて伸びている”という表現から、壁に激突したスネイプ先生が壁にもたれてうなだれている様子を想像したのですが、原文では「prone」といううつ伏せを表す言葉が使われているのに気付き、大きな衝撃を受けたのは、もう7年以上も前のことでした。

proneで画像検索すると、その姿勢が山ほど出てきますが、ほとんどが顔を下にしてうつ伏せになっている図です。
prone」(クリックで画像検索先に飛びます)

三人から同時に受けた武装解除呪文によって足元から吹っ飛び、壁に激突した先生は、ずるずると床に滑り落ちた時に足元から崩れるように座るように滑り落ちたのではなく、左右どちらかに傾いて滑り落ち、床に到達した時にうつ伏せになったのだな、と私はイメージを改めたのでした。

ところが、この記事を書いたずっと後、ポッターモアに描かれたこの場面のスネイプ先生は、壁にもたれてうなだれている姿勢でした!
prone.jpg
うなだれるスネイプ先生
非常に暗い絵ですが、部屋の隅で壁にもたれる形で半身起こしてうなだれているスネイプ先生の姿が描かれていました!
これは邦訳にあったように、“首うなだれて伸びているスネイプ”そのものだと思いました。

proneにはうつ伏せだけでなく、うつむき、という意味もあるので、そちらのイメージだったのでしょうか。画像検索で出てくるのはうつ伏せですが。
以前英会話の先生にproneについて尋ねた時も、二種類の姿勢を示してくれました。『個人授業2008.4.27』
ただ、ネイティブスピーカーのイギリス人の女性に尋ねたら、proneの単語を知らないと言ったので(『原書を再現2010.3.13}』)、やや特殊な言葉であるのは間違いなさそうです。

さて、今回問題にしたかったのは、もう一つあって、ルーピンの姿勢です。
かがんで脈を取っているんですね、ルーピンは。
かがむと訳された部分、英語はbend overで、それを画像検索すると、関係ない画像もたくさんヒットしてしまうので、bending overで検索してみました。「bending over
だいたい、「かがむ」の言葉でイメージする姿勢だと思います。膝は曲げないか軽く曲げる程度で腰を前に曲げる感じ。

で、何が言いたいのかと言うと、この姿勢で脈を取る時、一番自然なのが、壁にもたれた姿勢の頸じゃないか、」ということです。
床の上にうつ伏せになっているのなら、首も手首も床と同レベルのかなり低い位置にあり、しゃがまなければちょっと苦しいのでは?と思います。
ちなみにしゃがむに相当するのはsquat downではないかと思うのですが、その言葉で検索すると、こんな姿勢が出てきます「squat down」膝を曲げて腰を落とした姿勢、床上すぐ辺りの手首でも頸部でも脈が取り易そうです。

squat downという表現があるのにbend overを使ったのなら、ルーピンは、腰を曲げて、膝は曲げず(あるいは少し曲げて)、腰は落とさず、スネイプ先生の脈を取ったのではないでしょうか。

脈についても日記に書いたことがありますが(『息抜き2012.8.19』、手首より頸部の方が低い血圧を触知できるので、そういう意味でも、意識のない人の脈を取るには、頸の方が適しているのではないかと思います。

また、もし、proneを床にうつ伏せになっている図、だと解釈すると、うつ伏せになって頭から血を流している人間を、その場にずっと放置していたルーピン(とシリウス)の人間性まで疑わなければならなくなってしまうので、ここは壁にもたれたスネイプ先生の脈を、ルーピン先生が首でチェックした、と考えるのが妥当なのではないかと思います。

何度もイメージが覆されましたが、今は壁にもたれ、うなだれるスネイプ先生の頸に、ルーピン先生が腰を曲げ手を当て、脈を確認している図を想像しています。

衝動の制御 - 2015.07.15 Wed

先日Pottermoreが更新された際、作者による「衝動的な悪意」という言葉が反響を呼んだことは日記(6/26)にも書きました。作者が「グリフィンドールの剣が湖の底に置かれた本当の理由はスネイプの衝動的な悪意」と書いたことに対する反響です。
反響を見ていて感じたことは、スネイプ先生がハリーへの憎悪の感情を克服できていないことや衝動を制御できないことへの戸惑いが少なからずある、ということでした。ハリーが入学してきた日から彼への憎悪の感情を丸出しだったスネイプ先生、ダンブルドアに「死ぬべき時に死なねばならぬ」とハリーの運命を告げられて衝撃を受けた様子だったのに、それでもなお、憎悪の感情を抑えることができていない、という点に驚く人が多かったのではないかと推察しています。

では、私はなぜあまりその点ショックを受けなかったのだろう?と自問しました。
私だって、スネイプ先生がダンブルドアの言葉に衝撃を受けた姿に心を動かされたし、「屠殺される豚のように」と言った言葉には紛れもなく抗議の気持ちが宿っていたと信じています。そしてそこには、スネイプ先生の人間的な成長はあったとの確信もあります。
ハリーと出会って7年、ハリーを守り続け教師としての経験も積んだスネイプ先生にはそれなりの成長があったと思うからこそ、私は魅力を感じ続けているのです。
だから、その人間的に成長したと思っているスネイプ先生が、ハリーにグリフィンドールの剣を渡す手段として凍った池に沈めることを思いついたのを、悪意はなく必然性があってやったこと、と思いたい部分は確かに私にもあります。
でも、そこに悪意があったと言うなら、「やっぱりそうか」と納得してしまいます。
ハリーへの憎悪の感情を制御することと、人間的な成長とはまた別物、という見方をするからです。

私は、スネイプ先生はハリーをハリーとして見ていなかった、と書いたことがあります。
ジェームズとして憎み、リリーとして愛したと。
けれど今になって、ハリーをハリーとして見ていた時もあったのではないかと思い始めています。
それは、ハリーが居ない場でハリーを話題にする時です。
例えば4巻の〝パジャマパーティ“の場面。ムーディと会話する中で「あの子の自身の安全のためだ」と言った時。また7巻33章でダンブルドアとハリーの今後について語る時。
ハリーを目にすると、ジェームズかリリーにどうしても重ねてしまうのだと思います。
ハリーの全体を見ればジェームズに、眼だけを見ればリリーに。
物語中何度かハリーと視線を合わせると、視線を先に反らすのはいつもスネイプ先生の方でした。強いまなざしで見つめられた時、そこにはリリーを見ていたのだと思います。

「死ぬべき時に死なねばならぬ」と言われた時なども、ハリーをジェームズに重ねることなく、一人の人格として見たからこそ、その運命を淡々と語るダンブルドアに驚愕したのだと思います。
でも、ハリーをひとたび目にしてしまうと、ジェームズと重ねることはやめられない、だから森の中でハリーの居所を確認した時(少なくとも守護霊を送る以前に見つけていたのではないかと思います)、その姿にジェームズを見て、授業中に見せたのと同じ程度の意地悪はしたくなったのだと思います。
それだけのこと。ハリーは三校対抗試合の第二の課題で、冷たい湖の水に1時間も潜っていたのを知っているわけだし(えら昆布なしでは無理でしたが)。
首から下げているロケットにヴォルデモートの魂の一部が入っていると知っていたら、ダンブルドアの手に封じ込めた強い呪いと同程度の呪いがかかっているものを身に着けていると知っていたら、決して凍った池に潜らなければならない状況を作ったりはしなかったでしょうし。
何かの衝動を抑えられない引き金のようなものは、人なら誰でも持っているのではないかと思っています。スネイプ先生の場合は、それがハリーの外見だったということで、特別なこととは私には思えないです。ハリーを目にすることなく剣を渡す手段を頭で考えるだけだったら、冷たい水に入ることを思いついたりはしなかったかもしれないと考えています。

そしてもう一つ、昨今のマグルの衝動的な感情から起こった事件などを見ても、スネイプ先生は一線を超えない(生徒を死に至らしめない)程度には衝動をコントロールできていたのだと私は考えているからです。スネイプ先生は、衝動的な感情をある程度は抑え、ある程度は暴走させ、それなりにバランスを取っていたのだと信じています。

知っていた人 - 2015.06.15 Mon

先日、テレビで「賢者の石」の映画を見て気づいてハッとしたことがありました。
スネイプ先生がハリーを守っていることをクィレル先生は知っていた、という事実です。
もちろんそれは1巻を読んだ時から知っていたのですが、改めて考えると、守る動機を知らないとは言え、重大な秘密の一つをクィレル先生は知っていたんだ!というのは新鮮な驚きでした。

リリーが亡くなって絶望していたスネイプ先生に、ダンブルドアは、リリーの死を無駄にしないようハリーを守ることを手伝うように言いました。闇の帝王がいずれ戻って来た時、リリーの息子ハリーの身に危険が及ぶと聞いて、スネイプ先生は「なるほど、わかりました。しかし、ダンブルドア、決して―決して明かさないでください!このことは、私たち二人の間だけにとどめてください!誓ってそうしてください!私には耐えられない……とくにポッターの息子などに……約束してください!」(7巻33章p.437~438)と、ハリーを守ることを了承しつつ、守っていることは誰にも明かさないよう懇願したのでした。

7巻でこの部分を読んだためか、クィレル先生が1巻で言ったことなどすっかり抜けてしまい、スネイプ先生がハリーを守っているのを知っていたのはダンブルドアだけのような気になっていたので、スネイプ先生がひた隠しにしていたことを知っていた人が他にもいたことにハッとしました。
原作では、クィレル先生は「殺そうとしたのは私だ」とクィディッチの試合中、ハリーを箒から落とそうと呪文をかけていたことを明かし、「君を救おうとしてスネイプが私のかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ」(1巻17章p.424)と説明しています。
また、スネイプ先生がクィディッチの審判を買って出た理由を、「私が二度と同じこと(箒から落とそうと呪文をかけること)をしないようにだよ」と話しています。スネイプ先生がクィレル先生の行動を阻止した理由を、ちゃんと「ハリーを守るため」と見ているのですね。
他の先生方については「全員、スネイプがグリフィンドールの勝利を阻止するために審判を申し出たと思った」「スネイプは憎まれ役を買って出たわけだ」(1巻17章p.425)と言っていて、誰も気づいていない様子です。自分の行動が邪魔されることで、クィレル先生だけが、スネイプ先生がハリーを守っている、という事実に気付いたのだと思います。

スネイプ先生がハリーを守る理由をクィレル先生は何だと思っていたのでしょう?
あくまで生徒の一人として守っているなら、他の先生と情報を共有しないことを不自然に思わなかったのでしょうか。スネイプ先生が学生時代ジェームズと互いに毛嫌いしていたことも知っていて、だからハリーを憎んでいるとは思っている様子ながら、「だが、おまえを殺そうなんて思わないさ」(1巻17章p.427)と言っています。
他の先生から誤解されても一人で嫌いな同級生の息子を守るスネイプ先生を疑問に思わなかったのは、ヴォルデモートの指示に従うことで精いっぱいで他のことを考える余裕がなかったからなのかもしれません。

スネイプ先生の方は、「クィレルから目を離す出ないぞ、よいな?」(7巻33章p.438)とダンブルドアに言われていることはわかりますが、クィレル先生にヴォルデモートの気配を感じていたのかどうかは明らかにされていません。6巻でベラトリックスには、闇の帝王が自分の前に姿を現さなかったのは残念だ、自分が全力で挫こうとしたのはクィレルだと説明していますが、「どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう」(1巻13章p.330)と言っているくらいですから、やはりヴォルデモートかダンブルドアか、の二択を迫ったのではないかと思われ、既にヴォルデモートの気配を感じつつ、ハリーを守っていたのではないかと思います。

リリーのためにハリーを守ると決めた日にダンブルドアに告げられた通り、ヴォルデモートに狙われるようになったハリーを、全力で守り始めたスネイプ先生。「このこと(ハリーを守ること)は二人の間だけにとどめてください!誓ってそうしてください!」と懇願したのに、自分の行動から狙う側であるクィレルに「救おうとしていた」ことが知れてしまっていたとは…
その上「私には耐えられない……とくにポッターの息子などに……」と言っていたのに、入学して1年にも満たない時にハリーに早々に告げられていたとは!

スネイプ先生は、クィレル先生が死んで秘密の一部を知る人がいなくなったいう意味でもホッとしたのでしょうか。ハリーが「スネイプがきみを救おうとしていた」と聞かされたことまでは知ることもなく、その辺は気にしていなかったでしょうか。それとも、リリーのためという動機さえ知られなければ、ハリーを守っていることを知られるのは許容できたのでしょうか。
私としては、ダンブルドアの他にも、スネイプ先生がこっそりハリーを守っていることを知っている人がいたことは嬉しいです。スネイプ先生を、常に周囲を欺き続ける緊張感から少しでも解放したいので。

明かされてしまったスネイプ先生の秘密の一つは、その後、ハリーのベッドサイドでダンブルドアによって「この一年間、スネイプは君を守るために全力を尽くした」(1巻17章p.441)と蒸し返されています。
これは、決してダンブルドアが約束を破ったということではなく、守った理由を、「互いに嫌い合う間柄のジェームズに借りがあるのが我慢できなかった」、と事実と違う理由にすり替え、クィレルに明かされてしまった「ハリーを守った」事実をフォローするためのものだったのだろうな、と解釈しています。

ブログ開設十周年 - 2015.05.04 Mon

私がブログを開設して今日でちょうど10年になります。
このブログの前身『スネイプ先生に開心術!!』をgooブログで始めたのが、2005年の5月4日でした。
その後、このfc2ブログに引っ越してきて、さらに名前も変えましたが、「スネイプ先生を語りたい」「自分の想いを発信する場が欲しい」と始めたことが10年も続いていることに感慨を覚えます。

最近、こちらのブログが日記ブログの閲覧数を上回ることが多いです。ろくに更新もしていないのに来て下さる方がいらっしゃるのは、新しくスネイプ先生の魅力の虜になる方が絶えないということでもある、と解釈し、とても嬉しく思っています。

スネイプ先生の運命を知らずに先の展開を想像してハラハラドキドキした時代も、死を受け入れられず怒りと嘆きに身を切られるような痛みを味わった時代も、既に遠いものとなりましたが、スネイプ先生に対する愛情も、スネイプ先生を取り巻く人々や環境に対する興味も失われていない以上、これからも細く長くスネイプ先生を語っていこうと思っています。
これまでの10年、ありがとうございました!これからもよろしくお願いいたします。

10年目の記念に2006年まで使っていたgooブログをしばらく閲覧できるようにしておきます。
内容的にはこちらに全て引っ越してあるので変わりませんが、テンプレートは当時のままなので、当時を知る方には懐かしいものがあるかもしれません。
スネイプ先生に開心術!!

読み返し - 2015.05.03 Sun

日付が変ってしまいましたが、5/2は、17年前にスネイプ先生が亡くなった日でした。
この日を前に、改めてスネイプ先生の最期の場面の描写を一つ一つ読み返しました。
何度も読んだ気もするし、何度も目を背けた気もします。
まとまりはないけれど、読んで感じたことを記録しておきます。

ヴォルデモートに呼び出される少し前の場面から辿りました。
ヴォルデモートに停戦を訴えるルシウスの言葉は、後のスネイプ先生のそれと重なります。ルシウスの魂胆を見抜いていたヴォルデモートに同じ言葉を口にするスネイプ先生に、初めて読んだ時はハラハラしたことも思い返されました。
逆効果になりかねないこの提案を、上手くやり過ごしたルシウスの幸運が、本当に羨ましいです。その幸運は、スネイプ先生によってもたらされたものでもあったのだな、とこの度読み返して思いました。
会話の途中、ヴォルデモートはにわとこの杖の件で、やや上の空なところがあり、「スネイプを連れてこい」と役割を与えたことでルシウスは命拾いしているようにも見えます。
この時の「一つ――務めを――果たしてもららねばならぬ」「それしかないな、ナギニ」(7巻32章p.382)という言葉に今は縮み上がる私ですが、初めて読んだ時、スネイプ先生の身を案じつつ、先の展開まではとても予想できませんでした。

ホグワーツの中を移動するハリー達三人は、様々な人々の戦いぶりを目にすることになります。生徒たちやマクゴナガル先生やフリットウィック先生、さらに水晶玉を投げるトレローニー先生。
それぞれが懸命に戦っている、大事なものを守るために戦っている、と思うと胸が熱くなると同時に、皆が敵だと思っている一人が実は一緒に戦っている守っているということを知って欲しくてたまらない気持ちになります。

ナギニめざして叫びの屋敷に向かうハリー目線で読んでいると、そのナギニが分霊箱の一つであることに気をとられ、牙を持つ生身の生き物であることを突然思い知らされたことも思い出します。

ヴォルデモートとの会話に精彩さがなかったことが、最初読んだ時とても不安な気持ちにさせたことを思い出しました。スネイプ先生の焦りが伝わってきて、ここを生きて出られないのではないかと気を揉んだその通りとなってしまい、呆然としたことも思い出します。
今、この先に何が待ち受けているかわかっていても、不安と緊張で冷や汗が出て動悸が激しくなり、そして絶望します。

以前も書きましたが、スネイプ先生が息絶えた後、ハリーが何も声を出さなかったことが辛いです。
まだ聞こえたのではないかと思うのです。
ドビーに言ったのと同じ「死なないで(don't die)」とは言わないでしょうけれど、ハリーはスネイプ先生のパトロ―ナスに言っているんです。「行かないで(No)」「戻って来て(Come back)」と。
ここでもNo と言って欲しかったです。

Pottermoreのスネイプ先生 - 2015.04.01 Wed

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解毒剤のテスト - 2015.03.09 Mon

先日からPottermoreの魔法薬作りがリニューアルされました。
リニューアル後に感じたことを色々書き留めていたのですが、途中で別な発見があり、そちらを先に書くことにします。4巻22章でのことです。

何人かの先生方は、クリスマスダンスパーティを控え上の空となった生徒たちにしっかり教え込むのは無理だとあきらめ、フリットウィック先生は授業中にゲームをさせて遊ばせた、という内容が書かれています。一方他の先生はそこまで甘くはなかったとあり、スネイプ先生については、以下のように書かれています。

クラスで生徒にゲームをして遊ばせるくらいならむしろハリーを養子にしただろう。生徒全員を意地悪くじろりと見渡しながら、スネイプは学期最後の授業で解毒剤のテストをすると言い渡した。(4巻22章p.50)

「むしろハリーを養子にしただろう」という素敵な表現は今回は置いておいて、問題はその後です。解毒剤のテストをする、と言い渡したことです。
以前読んだ時にどう感じたのか全く覚えていないのですが、今回この部分を読んだ時、これは既に出来上がっている解毒剤を飲ませるという意味のテストだと思いました。けれども、このテストというのは、実技テストだということが後の描写でわかります。

ハリーは、スネイプの解毒剤のテストに身が入らなかった。その結果、大事な材料を一つ加えるのを忘れた―ベゾアール石、山羊の結石――これで点数は最低だった。(同p.56)

なぜ私が出来上がっているものを飲ませる意味のテストだと思ったかというと、解毒剤は一か月以上前に授業で扱っていたからで、その時スネイプ先生は「だれか実験台になる者を選ぶ」と言っていたからです。まだ誰も実験台になっていなかったのだな、という解釈でした。

この解毒剤を授業で扱った日は、ハロウィーンの後少なくとも1週間は経っていて、第一の課題である11/17よりは前です。ロンとハリーは険悪ムード期間に入っていてハーマイオニーの前歯が伸びてしまった日でもあります。
この授業が始まって間もなく、コリンが授業中ノックして入ってきました。
「ハリー・ポッターを連れてくるように言われました」と使命感に燃えた顔で言い、スネイプ先生に「ポッターは授業が終わってから行く」と言われても「バグマンさんが呼んでます」「代表選手は全員行かないといけないんです」と食い下がり、さらに「ポッター、持ち物を置いていけ。戻ってから自分の作った解毒剤を試してもらおう」と言うスネイプ先生に「「すみませんが、先生―持ち物を持っていかないといけません」「代表選手はみんな―」と言い、ついにスネイプ先生に「よかろう!ポッター―カバンを持って、とっとと我輩の目の前から消えろ!」と言わせました。(4巻18章p.465~466)

つまり、ハリーはこの授業、全く受けていないのです。
『解毒剤』という魔法使いにとってはとても重要で今後どんな場面で身を守ることになるかわからない有用な魔法薬を作る機会を、ハリーは代表選手の集合のために失ってしまったわけです。
スネイプ先生とコリンのやり取りを見ていると、スネイプ先生は何度もハリーに機会を与えようとしているように見えます。後で戻ってきて同じものを作らせようとしたのです。時間内にはとても終わらないでしょう。これは居残りという罰則ではなく、補講の提案だと思うのですが、それすら行われませんでした。

結局荷物をまとめて出て行ってしまったハリーのために、スネイプ先生はもう一度機会を与えるつもりでテストをさせたのではないでしょうか。
何日か前に宣言して、当日までに勉強する機会と試験によって実践する機会を与えたのです。
ハリーの方は、談話室でハーマイオニーが魔法薬学のノートを読んでいる時に「キャノンズと飛ぼう」を読んでいたり、チョウをどうやってダンスに誘うか思案していて身が入らないまま解毒剤のテストを受けましたが。
ベゾアールを入れ忘れるという大失敗をして、スネイプ先生の思惑通りにいったのかどうかはわかりませんが、少なくともハリーは失敗に気づいたわけだし、スネイプ先生はできる限りのことをしたのだと思います。
また、最初の授業で「だれか実験台になる者選ぶ」と言ってハリーと目があったのも、ハリーに真剣に取り組んで欲しかったからかもしれません。ちょうどネビルに縮み薬をトレバーに試すといった時のように。

最初に引用した「解毒剤のテストをすると言い渡した」の文章の続きにはこうあります。

「悪だよ、あいつ」その夜、グリフィンドールの談話室で、ロンが苦々しげに言った。「急に最後の授業にテストを持ち出すなんて。山ほど勉強させて、学期末を台無しにする気だ」(4巻22章p.50)

生徒にとってはそう見えるかもしれません。
でも、スネイプ先生は、ハリーのため他の生徒のため、特に今後役立つ大事なことが身につくように、ハリーにはとにかく体験を、他の生徒には復習をさせたのだと思います。ハリーは点数が最低だったとありますが、評価のためのテストではなかったのだと思います。
1年生の最初の授業でベゾアールのことを話し、antidoteではなく、It will save you from most poisons.と表現したスネイプ先生。その後も一貫して生徒に身を守る術(すべ)を教えようとしていたことを確信し、今、尊敬の気持ちでいっぱいです。

使い分け - 2015.02.11 Wed

一人称については、既に何度か語っていますが、その使い分けについて思うところがあったのでまた書きます。

スネイプ先生の一人称、ずっと「我輩」が使われていきて、最期の瞬間だけ「僕」になり、その後ハリーがペンシーブで見たスネイプ先生の記憶の中の、ダンブルドアの前では「私」が使われていました。
「我輩」についてwebの国語辞典を調べると、大辞林 第三版の解説として「一人称。男性が用いる。①単数。古風で尊大な言い方であり,現在では余り用いられない。われ。わし。余。」と出てきます。尊大な言い方、というのが目を引きます。
ハリーや生徒に対して優位に立とうとする姿勢は原文を読んでも感じるので、そこから「我輩」と虚勢を張ったような訳がされたのも頷ける気がします。
では、ダンブルドアの前での「我輩」はどうでしょう。7巻より前、例えば2巻や3巻などではダンブルドアの前でも「我輩」でした。

「校長、ポッターが真っ正直に話しているとは言えないですな。(中略)我輩としては、彼が告白するまで、グリフィンドール・チームから外すのが適当かと思いますが」(2巻9章p.215)
「どうも――内部の者の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは――ほとんど不可能かと。我輩は、しかとご忠告申し上げました」(3巻9章p.216)

二つの場面、共通しているのは、校長に進言しているということです。
こういった場面で「我輩」を使うと、目下の者でありながら、対等くらいの意識で話しているように見えます。そして実際、原文からもそういった気配は感じます。日本語の訳も、きっとそういった無礼な気配を感じ取って一人称が「我輩」となったのだろうと思います。
(余談ですが、探してみると、意外とハリーの前でスネイプ先生がダンブルドアと話している場面が少ないことに気付きました。考えてみれば、ダンブルドアの目が光っているところではスネイプ先生もハリーに対してそうそう理不尽な言動が出来ないでしょうから、そういった場面が目立ったということは、スネイプ先生は、ダンブルドアがいない場面でしゃべることが多かったということですね)

では、7巻の、ハリーがいない状態でダンブルドアと話しているスネイプ先生からは、言葉の中にそのような尊大さ、無礼さを感じさせなかったから「私」と訳されたのでしょうか。
私はそんな気がしています。
ハリーや他の生徒が見ていたからこそ虚勢を張っていたスネイプ先生でしたが、ダンブルドアと二人だけの時は素の自分を出し、感情も素直に表現していました。意見する時も無駄に上から目線ではなかったように思います。大人なスネイプ先生には「私」がふさわしいです。

「私をもう少し早く呼んでくださったら、もっと何かできたものを。もう少し時間を延ばせたのに!」(7巻33章p.441)

ここは、「私」がとても合っていると思います。憤慨してはいますが、年齢相応の態度に見えます。
この言葉の前に「わしは幸運じゃ。セブルス、きみがいてくれて、わしは非常に幸運じゃ」(同)という自分を肯定してくれる言葉があったからかもしれません。
逆に、むしろ「僕」がふさわしかったのではないかと思うような場面もいくつかありました。

「それではダンブルドア、私の魂は?私のは?」(7巻33章p.444)

この場面、私には「僕の魂は?僕のは?」に見えます。ドラコの代わりに自分を殺せと依頼するダンブルドアが、ドラコの魂を守りたい気持ちを表明した時に出た言葉で、スネイプ先生はドラコと同等な少年に見えます。

「あなたはあの子を信用している……私を信用なさらない」「ではなぜ、私には同じ情報をいただけないのですか?」(7巻33章p.446)

ここも、気持ちはハリーと同年で、「あいつを信用して、僕を信用してくれない!」と訴え、「なんで僕には同じ情報をくれないんだ!」と拗ねているように見えて仕方ありません。このセリフの後に続くこの場面の全ての「私」が「僕」に見えます。
こうしてみると、ドラコやハリーなど年下の者がダンブルドアによって庇護されている、自分とは違う待遇を受けている、と感じる時に嫉妬のような感情が出ると私には「僕」に見えるのだと思いました。
あと、7巻ではないけれど、やはり「我輩」には見えない場面があります。

「我輩の証言は何の重みもないということで?」(3巻21章p.511)
「お忘れになってはいますまいな、校長?ブラックはかつて我輩を殺そうとしたことを、忘れてはいますまい?」(3巻21章p.513)

この後、踵を返し、肩を怒らせてドアから出ていっています。ファッジが見ているのにおかまいなしの行動です。
ここ、ハリーは眼中になさそう。「私」か「僕」の方が近い気がします。この瞬間、ブラックと一緒に過ごした時代にいるように見えるので、「僕」がより近いようにも思います。

そして訳されてはいませんが、
「こいつがやったんだ。わかっている。こいつがやったんだ」(3巻22章p.548)
'HE DID IT, I KNOW HE DID IT -'(UKペーパーバック版p.306)

この理性を失った状況の「I」は、「僕」に限りなく近かったのではないかなと思います。
この後、棒立ちになったスネイプ先生はファッジとダンブルドアを睨みつけて、くるりと背を向け、ローブをシュッと翻して去っていきました。客観的には無礼な態度ですが、その心情を察するとよく抑えたと感心します。もし何か言葉を発したら、その時の一人称は「私」がふさわしかったのではいかと思っています。
ちなみに、私には最期の一人称は「僕」ではなく「私」に見えます。

スネイプ先生の一人称、英語では全て同じですが、いくつもある日本語の一人称の中から「我輩」と「私」と「僕」が使い分けられた背景には、スネイプ先生のその時の気持ちを推測する翻訳者の考察があったのだろうと思うと、それがたとえ読者の想いと一致しなかったとしても、とても興味深いです。

スネイプ先生、お誕生日おめでとうございます! - 2015.01.09 Fri

スネイプ先生、おめでとうございます!
先日、7巻を読む前の私が書いた文章を読みました。
自分が書いたことすら忘れていた記事です。
ラッキーセブん

7巻のスネイプ先生に何が起こっても受けいれる覚悟ができている、と書いてありますが、その割には心乱れたなあと思います。
それより、興味深かったのは、スネイプ先生にとっての幸せな未来とは、と考えていることです。
さらに、「スネイプ先生に帰る場所があって、待っている人がいる、という状況」という答えを私が出していたことです。

6巻を読み終わった後7巻を待つ時に書いた文章ですから、ダンブルドア殺害後のスネイプ先生はホグワーツに戻れないだろうと思いつつ、それでもホグワーツで生徒たちが待っている図を「幸せな未来」として願った当時の自分に大いに共感しました(当然と言えば当然ですが)
結末がわかってしまった今も、ホグワーツで過ごした十数年はやはりスネイプ先生にとって幸せな時間であったと思いたいです。ホグワーツの教師生活の中で、他の先生や、生徒たちにお誕生日を祝ってもらった年は必ずあったと信じています。

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2011年のお誕生日会の大鍋型ケーキ
生徒がスネイプ先生の大鍋に仕掛けたサプライズ。魔法薬を調合しようとしたら、Happy Birthdayの文字が浮き出てきました!という状況。

DSC01943b.jpg
2014年のお誕生日会のケーキ
誰かがフルーパウダーを使って暖炉にメッセージの文字を送ってきた、という状況。

どんな状況であっても、スネイプ先生がお誕生日を嬉しく思う出来事があったことを心から願っています。

杖の長さと柔軟性 - 2014.12.08 Mon

スネイプ先生の杖については、木材と芯についてこれまで考えてきました。長さと柔軟性についても少し考えてみようと思います。
Pottermoreでは、ローリングさんがオリバンダー氏のノートに書かれた文字を借り、杖の長さと柔軟性について以下のように語っています。

『多くの杖作りは、杖の長さを単に魔女や魔法使いの体格に合わせて見立てようとするが、これは洗練を欠く手法であり、その他の重要な要素を多数無視する結果となる。長い杖は背の高い魔法使いに適しているかもしれないが、私の経験では、そういった杖はおおらかな性格の人物に引かれ、雄大で劇的なスタイルの魔法の使い手を好む傾向にある。一方、こぢんまりとした杖は、優雅で洗練された呪文のスタイルを好む。とはいえ、杖の構造はどれひとつとして他のあらゆる要素と切り離して考えるべきではなく、木材、芯材、および柔軟性で、杖の長さによる特性を補ったり、強化したりできる。
大半の杖は、長さ 23 センチから 36 センチの間に収まる。20 センチ以下のごく短い杖や、38 センチを超えるかなり長い杖を売ったこともあるが、こういったケースは極めてまれである。後者の例では身体的な特徴から極端に長い杖が必要だったのだが、異常に短い杖は通常、体格が小柄な者ではなく、性格的に何か欠けているところがある持ち主を選ぶ(多くの小柄な魔女や魔法使いは、長めの杖に選ばれている)。
杖の柔軟性、あるいは硬さは、杖と持ち主の組み合わせがもたらす、変化に対する順応性や積極性の度合いを示す。しかし、くり返しになるが、この要素も杖の木材、芯材、長さ、または杖の持ち主の人生経験や魔法のスタイルといった要素から切り離して考えるべきではない。こうした要素がすべて組み合わさって、その杖に唯一無二の特性が備わるのである。』(Pottermore1巻5章ダイアゴン横町;オリバンダーの店;杖の長さと柔軟性より)

オリバンダーは、他のあらゆる要素と切り離して考えるべきではないとしつつ、杖の長さについては「異常に短い杖は通常、体格が小柄な者ではなく、性格的に何か欠けているところがある持ち主を選ぶ」と書いています。
通常は23cm(9インチ)から36cm(14インチ)の間に納まるとのことなので、性格的に何か欠けているところがある人の杖は、23cm(9インチ)未満の可能性が高いです。
また、長い杖は、「おおらかな性格の人物に引かれ、雄大で劇的なスタイルの魔法の使い手を好む傾向にある」とし、こじんまりとした杖は、「優雅で洗練された呪文のスタイルを好む」としています。
柔軟性については、「変化に対する順応性や積極性の度合いを示す」と言っています。

以下に、現時点で杖の長さが明らかになっている登場人物を杖の長さ順に一覧にしてあります。
*ロンは、日本語版では「33センチ」と訳されましたが、14インチなので35cmだと思われ、ヴォルデモートより上に位置させました。

ハグリッド:41cm(16インチ)・良く曲がる(rather bendy)
ロン:35cm*(14インチ) 
ヴォルデモート:34cm(13と1/2インチ)・強力(powerful)
ベラトリックス:32cm(12と3/4インチ)・頑固(Unyielding)
オリバンダー:32cm(12と3/4インチ)・わずかに曲がる(slightly bendy)
セドリック:30cm(12と1/4インチ)・ 心地良くしなる(pleasantly springy)
ケトルバーン先生:29cm(11.5インチ)・ しなやか(whippy)
ジェームズ:28cm(11インチ)・よくしなる(Pliable) 
ハリー:28cm(11インチ)・良質でしなやか(nice and supple)
ハーマイオニー27cm(10と3/4インチ)・
セレスティナ・ワーベック:27cm(10と1/2インチ)・しなやか(Flexible)
リリー:26cm(10と1/4インチ)・振りやすい(swishy)
ルーピン:26cm(10と1/4インチ)・よくしなる(pliable)
クラム:26cm(10と1/4インチ)・かなり頑丈(quite rigid)
ドラコ:25cm(10インチ)・ある程度弾力性(Reasonably springy)
マクゴナガル:24cm(9と1/2インチ)・しなりにくい(stiff)
フラー:24cm(9と1/2インチ)・しなりにくい(in-flexible)
トレローニー:24cm(9と1/2インチ)・とても柔軟(very flexible)
ワームテール:23.5cm(9と1/4インチ)・脆い(Brittle)
クィレル:23cm(9インチ)・よく曲がる(bendy)
カドガン卿:23cm(9インチ)・燃えやすい(combustible)
ロックハート:22.5cm(9インチ)・わずかに曲がる(slightly bendy)
メアリー・エリザベス・カターモール:22cm(8と3/4インチ)
アンブリッジ:20cm(8インチ)
  
目を引くのは、アンブリッジの8インチとロンの14インチではないでしょうか。
短い杖に選ばれるのは性格的に何か欠けているところのある人、ということでアンブリッジは大いに納得できます。カターモール夫人については普段の生活がわからないので(堅実そうですが)言及しませんが、下から三番目にロックハートの杖が位置しているのも興味深いです。
一方ロンの杖は、一般的な杖の長さの範囲にあるもののハグリッドに次いで長い杖を持ち、持ち主の性格のおおらかさを示しているようです。
ハグリッドの杖が長いのは、オリバンダーの言う「身体的な特徴から極端に長い杖が必要だった」の部類に入るのでしょうが、大らかさもあったと思います。
ここで驚くのは、ヴォルデモートの杖が現時点で長さの上位にあることです。
彼は、おおらかに成り得たのでしょうか?とてもそうは思えないので、他の要素と組み合わさって、たまたまこのような数字となったのだと思います。ちょっと謎です。

柔軟性については、マクゴナガル先生の「しなりにくい(stiff)」とかベラトリックスの頑固(Unyielding)など、納得させられるものがあります。
同じ「しなりにくい」でもマクゴナガル先生のstiffとフラーのin-flexibleという違いもあります。
マクゴナガル先生のstiffは、「硬い、堅苦しい、断固とした、不屈の」などの意味があり、フラーのin-flexibleの方は、「毅然とした、不屈の、頑固な、強情の」の意味があります。
また、stiffは硬くて曲がったり伸びたりしない、クラムの杖の表現のrigidは硬くて無理に曲げると折れる、というニュアンスがあるようです。そして、rigidは、「厳格な、堅苦しい、融通がきかない」の意味があります。(weblio英和辞典より)
単語の説明だけ見ると違いがよくわかりませんが、人物の性格に当てはめると、なんとなくわかるような気もします。

さあ、スネイプ先生の杖の長さはどのくらいになるでしょう?
性格に何か欠けている、と言えばそう言えるでしょう。11歳の子どもと同じ目線で意地悪してしまうのですから。
でも、罰則が教育の範囲を越えることはないなど、何か自分の中のルールがあって、それは守っていますから、手の甲に血が出るような傷を残す罰則を与えたアンブリッジとは一線を画しています。
生徒の心を傷つける言動もありますが、生徒の将来もちゃんと見据えている部分もあり、たまたまハリーには憎しみをぶつけてしまったけれど、性格としては飛びぬけて欠けている何かがあるようにも思えません(私の贔屓目というのも大いにあります)
また、優雅で洗練された呪文のスタイルを好みそうなので、やはりそんなに長い方には分類されず、大半の杖が収まるという範囲内で、短めの部類に入るのではないかと思います。
並んだ人物を見ると、総合的に見て、マクゴナガル先生かドラコあたりかな、という気がします。となると、9.5インチから10インチくらいでしょうか。

柔軟性については、「変化に対する順応性や積極性の度合いを示す」とのことで、スネイプ先生の順応性と積極性が問われます。
変化に対する順応性をどう見て良いのか迷うところです。
柔軟な発想がなければ、あれほど次々と呪文の開発ができたとは思えませんし、二重スパイとして死喰い人の顔と不死鳥の騎士団員の顔とを使い分けていたわけですから、変化に柔軟に対応していたようにも思います。

しかし、一覧を見ると、しなやかな杖を持っている人たちの多く(ハグリッド、セドリック、ケトルバーン先生、ジェームズ、ハリー、ルーピン、トレローニー、クィレル)とは、明らかに性質が異なります。
むしろ、マクゴナガル先生に近い感じ。
規律は守るべきと考えているところとか、生涯かけて一人の女性を愛し続ける一途さ、ヴォルデモートを欺き続け、ダンブルドア側の人々に蔑まれながらも憎まれ役に徹した心の強さというのも、杖の柔軟性を低くさせる要因となりそうです。

柔軟性が低いとしても、それを示す単語が多すぎて選ぶのは難しいです。
無理に曲げようとしたら折れる、というrigidではない気がします。
マクゴナガル先生のstiffとか、フラーのin-flexibleあたりでしょうか。

今まで考えてきたスネイプ先生の杖を総合すると(杖の木杖の芯)、私のイメージするスネイプ先生の杖は、木は「黒檀かクルミ」、芯は「ユニコーン」、長さは10インチかそれ以下、柔軟性は曲がりにくいもの、ということになります。
ちなみに、Pottermoreで私を選んでくれた杖は、「黒檀とユニコーン、10インチ、unbending(曲がらない、たわまない)」でした。

黒檀の杖
私の杖

同じだったら、良いな~

個人授業中 - 2014.11.09 Sun

最近Pottermoreで不死鳥の騎士団の一部が公開され、その中に、私の好きな場面の抜粋があって嬉しくなりました。

この場面、7巻を読む前はさらっと通り過ぎてしまい、5巻を語っている時は特に取り上げていませんでしたが、7巻を読んでからはまた違うものに見えてきました。
まずどの場面だか、Pottermoreではどのように引用されているのか、画像をご覧ください。
トレローニー解雇される
26章の一場面

ハリーは閉心術を学ぶため、スネイプ先生の個人授業を受けます。
何度目かの授業で、ハリーはプロテゴを使いスネイプ先生の過去のいくつかの場面を見てしまいました。
ハリーに見られたことで自分でもその記憶を見てしまい、「もうたくさんだ!」とハリーを突き飛ばしたスネイプ先生ですが、その後も授業を続けました。
そして、闇の帝王がハリーの思考(夢)に入り込んで植え付けた「神秘部」に向かう映像を、スネイプ先生も目にします。扉の先まで見てしまったハリーにスネイプ先生は、自分の記憶を覗かれた時より怒りました。

それはダンブルドアがハリーに見せたくなかったヴォルデモートの思考で、これ以上見せないためのスネイプ先生の個人授業でしたから、個人授業開始から二ヶ月以上経過しても闇の帝王の思考への侵入を阻止できないハリーに、スネイプ先生が苛立ったのも無理はありません。

思春期のハリーも負けずに口答えし、スネイプ先生がヴォルデモートのことを闇の帝王と呼ぶことを「死喰い人がそう呼ぶのしか聞いたことがない」と挑発します。
唸るように口を開いたスネイプ先生は、頭上で響いた女性の悲鳴に天井を仰ぎました。
そして上の画像に示したセリフ「ここに来る途中、何か異常なものは見なかったか?ポッター?」と聞き、もう一度女性の悲鳴が聞こえたところで、杖を構えたまま部屋を出ていったのです。

7巻まで読むと、スネイプ先生はハリーを守ることでリリーへの愛を示し罪を償おうとしているように見えます。実際そうだったろうと思いますし、作者もPottermoreで以下のように言っています。

「彼(ダンブルドア)が「憂いの篩」に「想い」を注ぐと、ハリーの顔がスネイプの顔に変化します。ダンブルドアは、スネイプとハリーの間に隠された因縁(スネイプがハリーの母親を愛していたこと、そして彼が今、非常に渋々ながら、彼女に義理立てしてハリーを守ろうとしていること(that Snape was in love with Harry's mother, and is now -though immensely grudgingly - honour-bound to protect him))があることを、自らに思い出させようとしているのです。[Pottermore 4巻30章「憂いの篩」(ペンシーブ) 新着コンテンツ]

スネイプ先生が、非常に渋々ながら(though immensely grudgingly )、リリーに義理立てして(honour-bound)ハリーを守っている、というのは、作者によって決定されたわけですが、それでも、スネイプ先生がホグワーツにいる理由は、ハリーを守るためだけじゃないと私は思っていて、その証拠の一つがこの場面なのです。

ハリーを闇の帝王から守るのは何をおいても最優先だったはずで、まさにそのために授業をしていた時に、頭上から女性の叫び声と騒ぎを聞きつけ、ハリーを放って部屋を出たのです。
もしこの時ハリーの身に災いが起こりそうだったら、スネイプ先生は他のことに気を取られたりせずにその場でハリーを守っただろうとは思います。でも、この時ハリーは閉心術を修得出来ておらず、スネイプ先生はとても熱くなっていました。それはつまりこの先のハリーの身の危険を案じてのことだと思うのですが、そんな時に叫び声が聞こえ、ハリーに教えることより上に様子を見に行くことを優先させたのです。

ダンブルドアの傀儡のようにも、リリーだけに執着していたようにも言われるスネイプ先生ですが、やはりそれだけではないと、見る度に確信を強める場面です。

杖の芯 - 2014.10.09 Thu

杖の芯について考えてみたいと書いてから半年以上が経ってしまいました。
杖の芯については以前日記の方に書いたことがあるのですが、当時の「オリバンダーは三つの芯しか使わないのか」という疑問はPottermoreで解決されました。

以下、Pottermoreより引用したオリバンダーの言葉です。
「私がまだ見習いだったころ、やはり杖作りだった父は、ケルピーのたてがみのような質の悪い芯材に苦労させられていた。それを見て私は、自分はいずれ最高の芯材を見つけ、家業を継ぐころにはそうした芯材だけを使って仕事をしたいという野望を抱いた。そして、その望みは叶った。膨大な実験と調査の結果、私はある 3 つの素材だけが、老舗オリバンダーで売るにふさわしい杖を生み出せると結論づけた」

つまり、本当に三種類、ユニコーンのたてがみとドラゴンの心臓の琴線と不死鳥の尾羽の三つだけが、当代のオリバンダー氏の作る杖に使われているわけです。
オリバンダーさんはジェームズやリリーの杖も作ったのでスネイプ先生の杖を作ったと考えて間違いないと思います。ヴォルデモートの杖すら作ったし。そうなるとやはり、この三つの内一つはスネイプ先生の杖の芯に違いありません。
スネイプ先生の杖の芯を考える上で、今、改めてそれぞれの芯の特徴を比較してみたいと思います。

以前の私は、杖の芯ごとにキャラクターを分けて一番内面が近そうなのがユニコーングループだと感じました。
Pottermoreでは、今まで杖の材質が明らかでなかった登場人物の杖について続々と明かされています。その人物も加えて現時点での杖芯のグループ分けをしてみます(抜けがあったらお知らせ下さい)

・ユニコーン
ロン、セドリック、ドラコ、ネビル、クィレル、ルーピン

・ドラゴンの心臓の琴線
ハーマイオニー、ベラトリックス、ワームテール、ビクトール・クラム、ルシウス、オリバンダー、マクゴナガル、ロックハート

・不死鳥の尾羽
ハリー、ヴォルデモート、セレスティナ・ワーベック、ケトルバーン先生

杖の木と長さが作品中で明らかになっているリリーとジェームズ、依然として芯についての発表はないので分類できませんでした。個人的には、リリーがユニコーン、ジェームズがドラゴンのイメージがあります。
不死鳥の尾羽グループにセレスティナ・ワーベックとケトルバーン先生が入ったことは意外でした。

では、Pottermoreではそれぞれの芯についてどう説明しているのでしょうか。
以下Pottermore第五章 ダイアゴン横町 「杖の芯」より抜粋です。

【一角獣(ユニコーン)】
・概して最も一貫性の高い魔力を生み出し、揺さぶりや妨害を受けにくい。
・一角獣のたてがみを芯に用いた杖はおおむね、闇の魔術に最も感化されにくい。
・あらゆる杖のなかで最も忠実で、最初の持ち主が熟練の魔女や魔法使いであるかどうかにかかわらず、その者との結びつきを強く保ち続ける。
・些細な欠点は、強度の点で劣るという点と(木材で補うことは可能)、取り扱いを極度に誤るとふさぎ込みがちで、たてがみが「死ぬ」こともあり、そうなると芯の交換が必要になるという点

【ドラゴン】
・一般に、ドラゴンの心臓の琴線を用いると、最も強力な杖になる。
・ドラゴンの杖は特に華々しい呪文をかけることができ、他の杖よりも学習が速い傾向にある。
・最初の持ち主から勝ち取られた場合、新たな持ち主に忠誠を示すようになるが、そのときどきの持ち主に対しては常に強い結びつきを保つ。
・ドラゴンの杖は、闇の魔術に最も感化されやすい。とはいえ、自発的にそうなることはない。
・いくぶん気まぐれなところがあるため、3 つの芯材のうち一番事故を起こしやすい。

【不死鳥】
・不死鳥の尾の羽根は最も希少な芯材である。
・使える魔法の幅広さは随一ながら、一角獣やドラゴンの芯材と比べて、その本領を発揮するまでに時間がかかる。
・3 つの芯材のなかでは最も自発性が高く、自分の判断で勝手な振る舞いにおよぶこともある。
・不死鳥の羽根を芯材に使った杖は、決まって持ち主に対する選り好みが激しい。素材の提供元である不死鳥自体が、この世で最も独立心が高く、超然とした生き物であるため。不死鳥の杖は、手なずけるのも、自分好みに調整するのもとりわけ難しく、通常、忠誠を得るのも容易ではない。


闇の魔法に最も感化されにくいのがユニコーンのたてがみで、感化されやすいのがドラゴンの心臓の琴線ということですね。
ハーマイオニーとマクゴナガル先生は“ドラゴン”ですが、闇の魔法に微塵も惹かれなかったので感化されることもなかったということでしょうか。
学生セブルスは闇の魔術に傾倒していきましたが、その後死喰い人に属しつつも闇の帝王を裏切り続けました。死喰い人の中で唯一パトローナスを作り出せたスネイプ先生ですから、その杖も闇の魔法に感化されなかったと言えるようにも思います。闇の魔法を使ってもどこかよそよそしいというか。
しかし、もし“ユニコーン”だとしたら、闇の魔術に傾倒していた間、たてがみが「死ぬ」ことはなかったのだろうか?という疑問もでてきます。「取り扱いを極度に誤った」ことにはならない、ということでしょうか。

忠誠心はどうでしょう。
ユニコーンは最初の持ち主との結びつきが強く、ドラゴンは勝ち取られた方に忠誠心が移動しやすいようです。これは、ドラゴンの方がたやすく勝ち取れるということでしょうか。ドラコの杖をハリーが勝ち取りましたが、ユニコーンのたてがみを芯に持つその杖は、ドラコにも未練を残している、ということでしょうか。ハリーの手にすぐに馴染んだように見受けられたので、この辺の感覚が今一つわかりません。
願望としては、スネイプ先生の杖は、たとえ戦いに負けても簡単には忠誠心が移らないようなタイプであって欲しいです。敵の多そうなスネイプ先生ならなおのこと、杖だけは同じものが忠誠を示していて欲しいです。
スネイプ先生も全然移り気ではないようなので、しばしば新しい杖を購入するようにも思えません。まあ、負けなければどの杖にしても忠誠心は移動しないし、スネイプ先生はそうやすやすと敗れたりはしないでしょうから、その時の持ち主と強い結びつきを持つ“ドラゴン”でも結果は同じなのかもしれませんが。

”不死鳥”はハリーとヴォルデモートという正反対でもあり似たところもある二人の杖に使われています。似たところは、スネイプ先生にも共通する部分でもあり、「スネイプの杖にも不死鳥が使われた」と言われればそうかもしれないと思うでしょう。
それでも、自発性の高さの点では、スネイプ先生の杖の材料ではないように思います。自分の判断で勝手な振る舞いをするような場面が思い当たらないからです。呪文の開発で試行錯誤していたことを考えると、とりあえず常に意のままにはなっていたのではないかと思うのです。

新しい情報を元に考えてても、やはり私の中ではユニコーンのたてがみが優勢です。次いで、「学習が速い」と言われるドラゴンの心臓の琴線の順。
このままいけば、いつか必ずスネイプ先生の杖の材質も明かされそうですが、それまではああでもないこうでもないと考えていきたいものです。

読書会議事録(16章以降) - 2014.09.09 Tue

8/23に開催した「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の議事録です
要約したり、一部省略してあります。また、疑問に対する答えから派生した話題も一部載せています。

【16章】
●トレローニー先生の予言にて「闇の帝王は、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている」とあるが、この朋輩とは誰を指すのか。
・炎のゴブレットとかもみると ピーター一人のことともとれる?
・「by his followers」 複数形 召使いは一人(英)『今まで従っていた者』ということで良いと思います。

【18章】
●叫びの屋敷における会話、ルーピンの偽弁とスネイプの沈黙。ジェームズの才能を妬んでいたような発言があるが、実際はリリーとの三角関係や思想の対立という側面が強かった。スネイプも19章にて「おまえの父親と同じような死に方をしたろうに」とあるが、自身の盗聴・密告による死であるにもかかわらず罪悪感はないのか?
・クィディッチの才能をねたんでいたとあるのはルーピン(みんな)からそう見えていた 客観的な反応。
・いたずら仕掛け人がかかわっていたことをぼやかすための偽弁
・リリーが死んだこととジェームズが死んだこととは別。スネイプ先生の中でこの二つは完全に切り離されている。
・自分がやった事に対する罪悪感よりジェームズがやったことに対する嫌悪の方が強そう。ジェームズは「リリーを守れなかった」 と。
・この場面、親世代より子世代の方が大人な振る舞いを見せている(4巻からの転換点にもなっている)
・シリウスがハリーのことを殺そうとしているのと、シリウスに殺されかけたこともあって過去の怨恨がある。嫌な感情が一気に押し出されている。

【19章】
●スネイプはハリー・ロン・ハーマイオニーの三人に 武装解除→シリウスに杖を拾われているけど、この場合も杖の所有権は移動している?
・移っていると思う
・材質によって杖の性格が異なる。ポッタモアによればトネリコの杖は「移り気」とある。
・むしろ忠誠心が移動しやすいのはニワトコだけ?
・例えばドラコの杖はサンザシ。これは持ち主が変わると枯れる。
・スネイプ先生の杖は少なくともサンザシではなさそう。
・シリウスがスネイプの杖を使っているが……絶対になじまなそう。

●もしピーターを逃がさずにアズカバンに入れることができていたとしても、ピーターもアニメーガスでしかもネズミ、シリウスよりも楽に脱獄できそう。
・アニメーガスでも出られない牢獄が有るのかも?
・ディメンターに対してアニメーガスが有効だとわかっていない。
・シリウスのこころが強靭だった。ピーターならそもそも心が折れるのでは?
・シリウスの時はアニメーガスだとわからなかった。最初から対象がアニメーガスであることがわかっていれば脱獄用の対策はとれるのではないか 。

●「復讐は蜜より甘い/Ah,vengeance is sweet/…お前を捕まえるのが我輩であったらとどんなに願ったことか」⇒この言葉を発したときのスネイプ先生の心情。スネイプ先生の「規範への愛着」の問題は、彼の持つ、教師として「ハリーたち生徒を守らなければならない」という正義感・使命感とはまた別に切り分けられる、少し独特な、面白い問題なのではないか。
・vengeance~道徳的な意味あり
・スネイプ先生は学生時代から規律を重んじる人間だった→なされるべきことが果たされる満足。
・もともとダブルスタンダード(闇の魔術にのめりこんだり)したような人。
・ダブルスタンダードの部分もあるけれど、校則違反には厳しい→仕掛人たちに大して厳しい。
・シリウスへの恨み、自分へのイジメ、殺されかけたのにそのことも全部ダンブルドアに黙殺されたことに対する個人的な恨みがあった。これまでさんざんダンブルドアにも直訴しているはず。
・己の確固たる信念のある人 →シリウスに対してはその思想そのものが許せない。
・シリウスに対して「正義が実行された」ほどの意味
・この時点でスネイプには「リリーを殺したのはシリウス」くらいの思いがあったのでは。
・リリーを殺し ハリーを殺そうとしたシリウスは悪であり、制裁に値すると。
シリウスとかの学生時代の態度とか その後の行動とかも 彼は許せない。
・自分の力で裁きたい気持ちをもっていた。
・法の裁きのできないリンチを止めたのが子世代。

●「高笑いするシリウス」がどんな思いだったか
・まさに狂人 悪のかっこよさ
・周りがこいつやりやがったという状況とは全く別だった状況で笑うしかなかったのか
・それ以外に思うところがあったのか 半ギレ状態では有ったと思うけど
・ピーターに対し「あいつが、そこまでやるか」と
・笑うしかない。周りが思っていることと事実が違ったとしても「自分のせいでジェームズたちが死んだ」「自分が殺した」のは事実。言い訳する気がなかった。おとなしく捕まった。
・下に見てたやつに裏切られた 失態をおかしたなかで死屍累々
・やられた・・・・という気持ち
・ヴォルデモートをはめてやるつもりだった
・スネイプ先生はダンブルドアの救済処置が有ったけど、ダンブルドアもシリウスは救えなかった
・ハリーの後見人なのに、もう死ぬつもりだった?
・シリウスの遺言いつかかれたのか?ジェームズが死んでから遺言を書いてバイクを預けてピーター殺しにいってた?

●「秘密の守人」にされたときのピーターの気持ち
・誇らしい気持ちもあった?
・この時点で内通者がいるのではという噂あり、リーマスが疑われていたのではないか
・責任感がおもくて誰かに渡したくなっちゃうタイプのひとなのでは?
・友の命を預かる
重要なポジションに
・うれしくて誇らしくて断れなかったとすると切ない
・小物だからという自虐的な気持ち
・ピーターの不満 シリウスとは対等ではない。本当に自分を見てもらってるのではなく弟のかわりのような役目?

●檻を抜け出せるほど痩せ細った犬というのが想像つかない。何かの魔法?そもそもアズカバンで魔法が使えるか。
・監獄のドアをすりぬけた、という描写もあり。
・孤島からの脱出、泳ぐのは気合い?
・アニメーガスに変身できる?
・未登録って魔法省ずさん過ぎ 人狼の登録も。
・リーマスが秘密にしていたからなんとかなってる。

●叫びの館で親世代が揃った夜、ルーピン先生が満月であることを忘れたのはどうしてか。また、スネイプ先生が館まで薬を持ってこなかったのはなぜか。
・ピーターのことで頭がいっぱいだった。
・一週間飲み続ける薬なのに「うっかり」……当日飲まなきゃダメでしょう。
・脱狼薬は飲み続けてようやく効果が出る類の薬。一日くらい飲まなくても、はナシ。
・ピーターを捕えて和やかなムードになった時にでも思い出すべきだった。なんで忘れたのか?
・パニックになったところが見えておもしろい。
・ルーピンとスネイプの落ち度。
・ルーピンはスネイプ先生から言われる前に辞職してたと思う


長いので畳みます。20章以降は続きからどうぞ。

読書会議事録(9~15章) - 2014.09.02 Tue

8/23に開催した「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の議事録です
要約したり、一部省略してあります。また、疑問に対する答えから派生した話題も一部載せています。

【9章】
●スネイプ先生は、ルーピン先生の嫌がらせの為に、狼男の授業をしたのではないと思うが?
・生徒のため……嫌がらせではなく! 生徒たちに自分自身を守らせたかったのではないか。
・ルーピン先生も本来いちばん最初にやるべき授業だったのでは? 実際にホグワーツの決戦で戦ったのはカッパやグリンデローじゃない。
・低学年だしロックハート先生のおかげでちょっと遅れていたし、しょうがない面も有るのでは?
・ルーピンが自分でやると、自分が人狼だとバレないように手加減してぬるい説明になってしまう。
・代理授業はダンブルドアの采配か? 他に誰がルーピンの代理授業をやることになるのか?
・満月毎、つまり一か月に一度ずつ代理授業となると、すべてスネイプ先生が……やっている可能性あり。
・スネイプ先生が、全学年に一度ずつは入る? その度に人狼の授業をするのか…
・他にはレポート課題にするとか?スネイプ先生は「ハリーがいるから」あえてあのクラスに来た(!)
・スネイプ先生が全部代理してたら大変すぎる。スネイプ先生にもタイムターナーを。
・欧州の古い歴史をひもとくと人狼は忌み嫌われるもの。偏見やそういうものが魔法界にもある。知識もなく偏見の目を向ける人に知識を与えたいというのはスネイプ先生の意図なのでは?→スネイプ先生が人狼というものに対して偏見があるかどうかによっても異なってくる。
・(現時点で)ルーピンがブラックの手引きをしていると考えている → いつルーピンに反旗を翻されても対処できるように生徒の自衛を促す意味があった?

●シリウスがレディを切り裂いたシーンのあと、スネイプ先生が「怒ったような横顔」/「憤懣やるかたない表情」でダンブルドアに抗議していた場面:⇒スネイプ先生のこの場面の「怒り」の感情はどこからきている? 
・スネイプ先生は個人的感情がかかわるときには怒りをあらわにする傾向がある。
・昔の同級生が絡むと、冷静さを欠く → つまりこれは私怨による怒り?
・ホグワーツはスネイプ先生にとっての家 日常をこわされたような怒りも?

●スネイプ先生/他の教員がどうやって授業計画を立て、どのような心構えで授業に臨んでいるのか。
・先生によって全く授業方針、色合いが違う。
・スネイプ先生は自分の教え方に絶対の自信を持っている。自分のやり方に文句をつけるようなら減点。
・どこまでルールが決まっているのか。学習要綱的なものはあるのか。
・アンブリッジが教材から外したほうがよい」と言うシーンがあるが、原文ではSyllabusで、つまりシラバスが存在する?
・『先生』はダンブルドアのスカウトで任命される……スカウトの基準はだいぶゆるいようだ。 ロックハート先生の授業なんてもう(……)
・ロックハートの時点でルーピンを選べなかったのか。この時点で脱狼薬がなかったから?
・DADAの先生は1年しか持たない(噂)から、成り手がなかった(だからロックハート? 笑)

●シリウスに引き裂かれた太った婦人の肖像画について、ダンブルドアが「落ち着いてきたらフィルチに言って婦人を修復させようぞ」と言っていますが、魔法の肖像画をフィルチさんは直せるのか?
・魔法は使えないが、魔法のかかったものは使える? 修復用魔法道具的な? でもそういうものがあったらマグルでも使えてしまうのでは?
→マグルには「見えない」けど、スクイブには「見える」。この『見えている』というのがすごい。
・「フィルチに言って」とは、本人が修復するのではなく、どこかに修理に出させるということなのでは?

●ルーピン先生の代理授業に来ているスネイプ先生、「鼻持ちならない知ったかぶりで」という理由でグリフィンドールは減点された。こんな理由で減点して後で校長に叱られないのか?
・減点の理由、加点の理由は魔法的な力で記録が残っているのでは?罰則にはカードが有り、フィルチが保管している。
・クィディッチの試合で何の理由もなく減点していた。他の先生に知られることなくやっている? →知られてもやりそう。減点、加点は各先生の裁量による。
・蛇の声をたよりにうろうろしたハリーの処罰をミネルバに抗議され、実現しなかったことがある。
・マクゴナガル先生が、スネイプ先生に減らされた分をチャージしていたことがある。
・なんだかんだ言っても、最後は結局ダンブルドア次第(1巻最後とか)でもそれってちょっとひどいよね。

長いので畳みます。10~15章は続きからどうぞ。

読書会議事録(1~8章) - 2014.08.27 Wed

8/23に「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の読書会をしました。
20人もの考察が詰まった充実した会でしたので、その議事録をここに載せます。
実際は、議題もご意見ももっと詳細に書かれていたのですが、そのまま写すと膨大な文字数になるので、要約したり、一部省略してあります。また、疑問に対する答えから派生した話題も一部載せています。

【1章】
.●夏休みの宿題「十四世紀における魔女の火あぶりの刑は無意味であった―意見を述べよ」、どう回答するか。
・炎凍結呪文で熱くないから無意味だった、程度しか書けない。
・確かに熱くない炎はくすぐったいかも。
・焼かれていないので不信感を抱かれないか?ある程度の所までいったら姿くらましするとか、灰になるようなものに姿を変えたのでは?丸太とか?

●夏休み、ロンがダーズリー家に大声で電話をしてしまいトラブルになるが、もしハーマイオニーがかけたら?
・ハリーが窮地に陥らないよう、ホグワーツの友人だとは名乗らなかったのでは?
・6巻のボージンアンドバークスの店でのように、ハーマイオニーは意外と抜けているところがあるので対応はマグル的でもホグワーツの友人だと言ってしまったのではないか。

●怪物的な怪物の本の描写。映画だとより獣っぽく描かれているけれど、原作は見た目も動きも違う。
・歯がついてる描写はない。
・歯が付いていないということは、本同志かみついても痛くない? でも店長が手袋を用意していた。紙の縁ですぱーんと切れるようなカンジ? それは別の意味で痛い。
・背表紙を撫でる、というのは四つ足の動物の背中を撫でる感じ?

【5章】
●P102トランクの大きさがやっぱり気になる。ついでに、コンパートメントの広さも。すべて魔法で片付けるか?
・大きいトランクは貨物室へ入れたか? 映画でも行き帰りで大きさが全然違う。
・六巻でマルフォイのコンパートメントに侵入した時も荷物棚の中にハリーが入れた。
・ある程度の大きさはある?1年生の時はフレッジョに助けてもらっていたし。
・毎年空いたコンパートメントがなかなか見つからない。指定席にすればいいのに!

【6章】
●生徒が怪我した時、その寮監に報告がいくのか?だとしたら誰がするのか?
・担当教官が報告に行くのでは?保健委員がいる?
・生徒たちの役割は低学年は不明、委員は無かったのでは?
・ネビルでも同じ事有った。フーチ先生がネビルを連れて行ったあと、残された生徒がグダグダだった……
・授業での怪我だったら 校長→寮監に連絡が行くかも
・守護霊使えば?→ロックハート先生が除け者にな…
・マグルの怪我と魔法使いの怪我はレベルは違う。手首くらいでは寮監に報告いかないのでは?呪いの場合は知らせるのかな?
・ハーマイオニーが「歯をちょっと短く」したときはバレなかった 。
・ハーマイオニーがポリジュースで変身してしまったときはしばらく休んだから寮監は知っているのでは?

【8章】
●脱狼薬 (wolfbane potion)は 「最近開発された」、具体的にはいつ?
・ルーピンが学生時代の時はなかったし。
・マーカス・ベルビーの叔父のダモクレスが『ごく最近』開発した。
・闇の魔術に対する防衛術の先生が見つからずロックハートになったことを考えれば、前年もなかったのでは?
・脱狼薬が開発されたから呼ばれたのではなく、シリウスの脱獄があったからこそルーピンが教師として呼ばれたのでは?

●難しい魔法薬をダンブルドア先生に頼まれただけで、「大嫌い」なルーピン先生の為に調合し、直接届け、飲み方(砂糖を入れるな)を忠告したりするか?ホグワーツを去ってからもスネイプ先生は魔法薬をルーピン先生に届けた? 脱狼薬を何の躊躇もなく自分を嫌っているはずのスネイプ先生から受け取るルーピン先生は、他のシーンでもスネイプ先生を信頼し、その魔法使いとしての資質も認めているよう。その根拠は? 二人は卒業後にも交流があった?
<脱狼薬作り>
・スネイプ先生は元々オリジナルに改良する人なので 脱狼薬も研究できるっていう楽しみはもっていたと思う。
・ダンブルドアはスネイプ先生自身の向上心をよく承知したうえで、脱狼薬の調合を頼んだ(対象が誰であれ)スネイプ先生は薬を煎じている時間は楽しかったに相違ない。
・ルーピンは実はスネイプのレシピの実験体&研究対象だった? だからいつもルーピンが薬を飲んだかどうかなどしつこく監視していた? そしてデータを取り終わったからルーピンの正体をばらしたと(用済み・笑)
・医者が患者を診るように、ルーピンに薬を飲ませる以上はプロとしての責任感が発揮されていたのではないか。
・プロ意識がスネイプ先生にはあるけどリーマスが頼めなくて作ってないかも。
・苦い思いを人狼に抱いているのでちょっと優越感もある(意趣返し)
・スネイプ先生の学者魂を考えると、ダモクレスオリジナルの脱狼薬ではなく改良していたのでは?だたし味の改良だけはせず。
・ダンブルドアを間に挟んでいないと薬はつくらないのでは?
<ホグワーツを去った後>
・近くにいないと薬をとどけるのは難しかったのでは?
・グリモールド・プレイスにいるときには渡していたのではないか(←自分の薬に自信があったからこそ)。でも人狼のコミュニティに行くときはムリかな?(というか必要ない。)
・わざわざゴブレットで持ってくるなど、脱狼薬は新鮮な状態であることが必要。離れているときには物理的に難しいのではないか。
・作るも作らないも、ダンブルドアの意向ひとつ。ダンブルドアが言えば作る。
・スネイプ先生は生徒を守るためなら作ると思う。
・作るヒマはなかったのでは……
・解釈の仕方でスネイプ像が変わる面白いシーン。
・脱狼薬の知識は受け継げなかったのか? トンクスとか・・・・(一同笑
<スネイプ先生を認めるルーピン>
・学生時代はスネイプのこと認めていたけど シリウスやジェームズのこともあって言えなかった。
・ほんとはもともと昔から認めていた。
・実際にはスネイプ先生を認めている発言も本心かどうか疑わしい。
・アニメーガスだということをずっと黙っていた。その時点でルーピンはダンブルドアを裏切っている。
・監督生だったのに、イジメに対して何もしなかった(できなかった)ことも
・スネイプにたくさん借りがあるルーピン。
・ルーピンにとっては自分を守ること(嫌われないこと)が第一
・子どもの頃スネイプを殺しかけたことや、現在も脱狼薬を作ってもらっていることなどスネイプに対し恩義は感じていたのではないか。
・スネイプに対してコンプレックスがあるのでは?
<卒業後の交流>
・学生時代(過去の記憶の中)、セブルスは「ルーピンてやつ」という言い方している。学生時代からほとんど交流なかったのでは?
・ルーピンはセブルズの秘密を知っていたのか?
・セブルスの秘密は誰も知らないのではないか?
・隠していた事は気づいていたかも?
・スネイプがリリーのことを好きだったとかいうことは、誰も知らなかったと思う。

地下牢 - 2014.06.30 Mon

大鍋について調べているうち、また新たな疑問が出てきました。
授業で作った魔法薬の中には、熟成するのに一週間放置という描写がありますが、鍋に入れたまま放置するのでしょうか?

例えば5年生で調合した『強化薬』。
5巻15章に『強化薬』初回の授業があり、青い液体をフラスコに入れて提出しています。(p.487)
この時、鍋についての描写はありません。

この続きを17章で行っています。
この時スネイプ先生はこう言っています。
「本日は『強化薬』を続ける。前回の授業で諸君が作った混合液はそのままになっているが、正しく調合されていれば、この週末に熟成しているはずである」(5巻p.570)
'We are continuing with our Strengthening solution today. You will find your mixtures as you left them last lesson; if correctly made they should have matured well over the weekend -'(UK版p.401)

この混合液が、フラスコに入れて提出したものか、鍋に入れっぱなしにしたものかがよくわかりません。
フラスコの中身を鍋に入れる描写も鍋に熟成済みの魔法薬が入っている描写もないのです。
提出したフラスコの中身はスネイプ先生が途中経過を評価するためだけのものなのか、次週使うものなのか、最初の週に作った魔法薬の残りは鍋にあるのか。

もし、鍋ごと置き去りだったら、魔法薬学教室を他のクラスが使えません。
空の鍋すら授業の前後に持ち歩く描写が見当たらないのですが、やはり大鍋は地下牢教室に置きっぱなしなのでしょうか。
2巻に『第五地下牢(dungeon five)』という言葉が出ているのを見ると、もしかして複数の地下牢教室があって、「何年生はどの教室」とか決まっていたり、あるいは「今日は何教室」とか使える部屋が違うとかあるとか?
地下牢が複数あることは確かです。第五地下牢という表現もそうですが、2巻にはこんな記述もあります。
, but Snape led them away from the warmth and light, down a narrow stone staircase that led into the dungeons.(UKペーパーバック版小2巻p.87)
しかし、スネイプは二人を、暖かな明るい場所から遠ざかる方へ、地下牢に下りる狭い石段へと誘った。(2巻5章p. 115)

原文では複数になっています。
地下牢が全て教室として使われているわけではないでしょう。準備室だったり、熟成室的な部屋があったり、生徒の鍋保管室、材料保管庫があるということも考えられます。
が、第五地下牢で3年生(当時のハリーの一学年上)の誰かが起こした爆発事故で、天井いっぱいに蛙の脳みそがくっついたのを、フィルチが午前中ずっと拭き取っていたという記述があることから、その間スネイプ先生は別の教室で授業をしていた可能性も否定できません。
第五地下牢を3年生が使っているとしたら、他の学年は?
第七を1年生、第六を2年生~第一を7年生、というのは辻褄が合います。
しかし、5年生までは各学年2クラスずつあるとすると、同じ進度で熟成していたら同じ部屋は使えません。第一第二は1年生、第三第四が2年生、第五第六が3年生、というのはどうでしょう?

と、自分で書きながら今一つ決め手がありません。
スネイプ先生のテリトリーだから、地下牢(dungeon)のことはもっともっと知りたいです。

大鍋4(6/2追記) - 2014.05.28 Wed

今年の読書会の記録を読んでいたら、まだまだ私の中で大鍋のことが解決していないことがわかりました。
大鍋については、何度か語ったことがあります。
大鍋
大鍋2
大鍋3
(元々は日記に書いたものを移動しました)

大鍋の大きさやその大鍋を入れて持ち運ぶトランクの大きさなどを考えてきましたが、大鍋はやはり映画のよりもっと大きそう。
作る魔法薬によって大きさが変わるのだとしても、カルカロフが授業中におしかけてきた時は、確かにハリーが身を隠せるくらいの大きさではあったはず。
これで大鍋の陰にしゃがみこむ口実ができた。ほかの生徒がガヤガヤとドアに向かっているとき、ハリーは床を拭いていた。(4巻27章p.245)
~, which gave him an excuse to duck down behind his cauldron and mop up while the rest of the class moved noisily towards the door.(UKペーパーバック版 p.564)
 
この時授業で調合していたのは、『頭冴え薬』でした。
この時の材料は、タマオシコガネを乳鉢で粉々にしたもの、根生姜を細かく刻んだもの、アルマジロの胆汁、が明らかになっています。
分量が比較的わかるのは、アルマジロの胆汁で、計量カップ(measuring cup)を持ちあげて分量を見る(振りをしている)場面があるので、カップという名だし、持ち上げられるくらいだし、まあ普通の200ml入るカップ程度だと考えて良いのではないかと思います。
タマオシコガネもスネイプ先生が話しかけている間に粉々になっているし、根生姜を刻むのもそれほど時間がかかっていないようだし(どちらも手動)、それほど多いものとは思えません。

それらをハリーがある程度身を隠せるくらいの大きさの鍋に入れたって、底の方にほんのわずか溜まるだけのような気がします。描写の無い物質が多量にあるとしたら、水でしょうか。水薬を作っている割に水分が胆汁だけとは少なすぎますから、かなりたくさんの水でも足して、『頭冴え薬』は作られているのかもしれません。
うーん。
5巻29章ではハリーが完成させた『強化薬』の一部を大鍋からすくい取ってフラスコに入れて提出し、振り返った途端落ちて粉々になったので、もう一度鍋に残ったものを提出しようとしたら、ハーマイオニーが中をきれいにからっぽにしていたことがありました。
余った魔法薬は消して(捨てて)いるんですね!
うーん……
どうにも無駄が多いような……。

6/2追記
大鍋の大きさについて、さらに気付いたことがありました。
ジニーの大鍋にロックハートの本などいくつかの本が入っていた件について、もう少し詳しく書いておきます。

ロックハートの本の厚さですが、7冊全部を机の上に積むとロックハートの実物を見なくて済む、という記述がありました。
教室の机の上にロックハートの著書7冊を積み上げると、ハリーの座高ではロックハートが見えなくなる、ということで結構厚さがありそうです。
ハリーは全著書をもらったので、教科書7冊+自伝「私はマジックだ」とおそらく 「ギルデロイ・ロックハートのガイドブック―― 一般家庭の害虫」も、入っていたのではないかと思います。このガイドブックは分厚いとの描写があります。
ウィーズリー夫人は暖炉の上の本の山から、分厚い本を引っ張りだした(2巻3章p.54)

他の著書も、内容は薄くても見た目は豪華なハードカバー、ページ数もありそうです。
ジニ―の大鍋には、ハリーがもらった全著書と、ロンの本7冊(もしかしたら基本呪文集もあったかも)とジニ―の変身術入門、さらにリドルの日記も紛れ込んだので、伸び縮みしないと仮定したら、鍋は相当大きかったのではないかと思います。

寝巻き - 2014.05.02 Fri

日記の方で子ども時代のパジャマについて考えていたら、スネイプ先生が最後にパジャマ(寝巻き)を着たのはいつだろう?という疑問が出てきました。

スネイプ先生の寝巻き(nightshirt)を拝めるのは、4巻で、ムーディに「パジャマパーティかね?」と言われた時です。
あの時は、長い灰色の寝巻きを着ていたスネイプ先生ですが、きっと他の日も就寝時は同じスタイルだったのではないかと想像しています。

まだ結末を知らなかった頃、黒尽くめのスネイプ先生が灰色を身につけていたことを、「戒めを解くみたいなイメージ」と書いたことがありますが、やはりあれは、スネイプ先生の最も心安らぐ時間を演出する重要な小道具だったのだろうと思います。
スネイプ先生が一時でも安らぎの時間を持っていたこと、今になると奇跡のようにも思えます。

スネイプ先生がホグワーツを追い出されたのは深夜でした。
逃亡を続けていたハリーたちがホグズミードのアバーフォースに助けられてホグワーツに忍び込んだのは5月1日の晩でした。
マクゴナガル先生と城の中を歩いていた時に遭遇したスネイプ先生は寝巻き姿ではなく、マント姿でした。マクゴナガル先生は古いタータンチェックの部屋着、フリットウィック先生もスプラウト先生も寝巻き、スラグホーン先生はエメラルド色の絹のパジャマを着ていましたが。
スネイプ先生が寝間着姿でなかったのは、分霊箱がハリーによって破壊され始めていることに気付いたヴォルデモートが、レイブンクローの塔にハリーが忍び込むかもしれないと警告してあったからかもしれません。

でも、もしその警告が発せられていなかったら、スネイプ先生は寝巻きを着ていたでしょうか?
ヴォルデモートがニワトコの杖を手に入れようとホグワーツを訪れたのは、おそらく3月で早朝のことでしたが、マント姿のスネイプ先生が迎えています。
死食い人二人が教師として城内に入り、ヴォルデモートからいつお呼びがかかるかわからない状態では、スネイプ先生が安らかに眠れる日などもうなかったのではないかと考えています。
それを言うなら、6巻で死食い人が城内に入ってきた時も、フリットウィック先生が呼びに来てすぐに出てきたスネイプ先生はちゃんといつもの黒いローブ姿でした(6巻29章p.457)

ヴォルデモート復活後、学校の中すら不穏な状態になってきた頃から、スネイプ先生は寝巻きを着なくなったのではないかと思っています。もしかしたら、二重スパイの役目を負った時から、既にいつでも飛びだせるような姿だったのかもしれません。
心休まる日など、もう何年もなかったかもしれないと思うと痛ましいです。

16年前の今日の夜明け前に息絶えたスネイプ先生。
どうか今は安らかに眠っていてほしいです。

スピナーズ・エンドの場所2 - 2014.04.01 Tue

スピナーズ・エンドの場所については、以前から考えていましたが、なんとPotternmoreにそのヒントが載っていました!と言っても、実在の場所のヒントではなく、物語中の架空の場所のヒントですが。

以下Pottermoreのネタバレがあります。
キャラクターの心情に関するネタバレも含みますので、まだ知りたくない方はご注意ください。



Pottermoreに書かれていたヒントとなる一文を引用します。
Petunia Evans, forever embittered by the fact that her parents seemed to value her witch sister more than they valued her, left Cokeworth forever to pursue a typing course in London.( Vernon & Petunia Dursley/ The Cupboard Under the Stairs /2: The Vanishing Glass/ HARRY POTTER and the Philosopher's Stone /Pottermore)
魔女の姉妹を持つペチュニア・エバンズは、どうやら両親が自分よりもリリーを大事にしているようだという事実に、ずっと苦しんでいました。そこでコークワース州に別れを告げ、ロンドンでタイピング教室に通うことにしたのです。(ポッターモア 日本語版第2章『消えたガラス』階段下の物置、「バーノンとペチュニア」より)

ペチュニアが別れを告げたコークワース州には、彼女の両親が住んでいる、つまりセブルスとの出会いのあったあの公園もコークワース州にあるのではないかと思われます。
もちろん、これはペチュニアとリリーが住んでいた家がコークワース州にある、というだけでセブルスの家までそうだとは限りません。
出会いの公園からは巨大な煙突も家並も遠くに見えたし、ペチュニアが「この人たち、川の近くのスピナーズ・エンドに住んでいるのよ」(7巻33章p.414)と言っているのを見ても彼女たちの家とは少し離れている印象を受けます。
が、子どもであるペチュニアが「スネイプ」という名を知っていたり変わり者の一家か何かのような認識があるところを見ると、同じ自治体に所属しているのではないかと思われ、やはりスピナーズ・エンドもコークワース州にあると考えるのが妥当かと思います。

コークワース州。
何度か調べたことのある架空の場所です。
1巻で、執拗に届くハリー宛ての手紙から逃れてバーノンが駆け込んだホテルのある場所です。
プリベット通りのあるサレー(サリー)州は、実在するのに、一度だけ立ち寄ったホテルが架空の州にあることを以前から不思議に思っていました。
それはつまり、ここが重要な場所だったからなのですね。
また、手紙から逃れようとしたバーノンが、一日中飲まず食わずで車を走らせた後、結局ペチュニアの故郷に近いところに行くあたり、親しみを覚えます。原文を見ると「州」とは書かれていないのですが、手紙の宛名の住所の位置から、州となっているのでしょうか?ちょうどサレー州(Surry)に相当する位置に書かれているから。

Mr H. Potter
The Cupboard under the Stairs
4 Privet Drive
Little Whinging
Surrey

階段下物置の時

Mr H. Potter
Room 17
Railview Hotel
Cokeworth

レールヴューホテルの時

ホテルや町の記述を拾ってみます。
・どこか大きな町はずれの、陰気くさいホテル
・湿っぽい、かび臭いシーツ
・かび臭いコーンフレーク
・言葉に訛りのある女主人(Excuse meに代わり'Scuse meを、hundredではなく'undredを使っている。他の違いは私にはわからず)
・ホテルの名前はレールヴューホテル(Railview Hotel)

一方スピナーズ・エンドの記述は。
・汚れた川、草ぼうぼうでゴミの散らかった土手
・廃墟になった製糸工場(原文ではmill)
・製糸工場の名残の巨大な煙突
・川と石畳の道を古い鉄柵が仕切っている
・荒れ果てたレンガ建ての家
・何本か壊れた街灯
・板が打ちつけられた窓や壊れた窓
・夜風に乗って運ばれてくるどぶ川の臭気

どちらからも寂れた街が想像されます。
一度は工業が栄え、今は廃れた街。
スピナーズ・エンド(spinner's End)のSpinner(紡績工)から紡績に関わる工業の栄えた街ではないかと推測できます。コークワース(Cokeworth)からは石炭から作られる燃料コークスも連想され、コークワース全体が工業都市だったのだろうかと思いました。
ホテルの名前を見ると、鉄道も通っていそうです。もっとも、工場があるのに鉄道が走っていない場所をイギリス内で見つける方が難しいでしょうけれど。

ホテルのシーツも朝食に出たコーンフレークも、かび臭いものでした。
これはあまり宿泊客がいないことを想像させます。
やはり、街全体に活気が無い印象が強いです。

女主人が訛っているのはどうでしょう?
よそから来た人という可能性は、使用人よりは低い気がします。もしかしたら作者からの何かのヒントかもしれませんが、残念ながら英語に詳しくない私にはわかりません。Excuse meを'Scuse meと言うことはイギリスに限らずあるようですし…。私にはわからなくても、イギリスでは候補地が挙がっているかもしれません。

依然としてスピナーズ・エンドの場所は謎に包まれていますが、この分だとPottermoreで明かされる日もそう遠くないかもしれません。その前に、できるだけ自分の力で探すことを続けていきたいです。

それにしても、1巻の、まだハリーが魔法使いともわかっていない時期に、ペチュニアやリリーやスネイプ先生にゆかりの地をさりげなく出してくる作者には、本当に感服しました。

先生らしい一面(3/12追記) - 2014.03.11 Tue

スネイプ先生の人物像を語る時、美化する部分が人によって違うことに気付いた、ということを昨日日記の方に書きました。
私はスネイプ先生の教師の部分を美化する傾向があります。私にとっては、リリーを愛し続けたことやハリーを守ったことはそれほど重要じゃなくて、ホグワーツを守ったことが重要なんです。

スネイプ先生が教育者として優れていたか、というとさすがに私も大声で主張できるほど自信はありません。贔屓は本当にしていたと思うし、いじめに相当する部分もあったと思います。1巻で「スネイプは生徒という生徒はみんな嫌いなんだから」とハグリッドが言ったこともあながち口から出まかせとは思えません。
非常に独り善がりで未熟な人物だと正直思うのですが、そんな中で先生としての仕事も意外ときちんとやっているじゃない?と思わせる部分を探し、評価するのが私の方向なんです。
スネイプ先生の言動の解釈を"先生らしい”と見るところが私のスネイプ先生を美化する方法なのです。

例えばレポート。スネイプ先生は一応目を通してチェックしています。
「レポートの下らなさに耐え忍ばなければならなかった」というような発言もありましたが、それは真実だと思います。
学生のレポートの内容にスネイプ先生が学術的な興味を持つようなことは無いに等しいでしょう。スネイプ先生の興味からは外れているでしょうに、数百人(6年生以上は選別されるとしても)のレポートに目を通しているのは、レポートを書くことが生徒自身の理解を深めることになると知っているからだと思うのです。
ただ書かせるだけでなく、きちんと目を通しているからこそ、上記の発言があるわけで、レポートを出しっぱなしでないこともわかります。
ある程度主観で評価をつけている傾向はありますが、それでもハーマイオニーが学年一番の成績であるところを見るとグリフィンドール生がみんな一律DとかTという訳ではないでしょう。
ちゃんと学生のために時間と労力を使っているのだと思います。自分自身の研究や読書に時間を使いたいでしょうに。
そんなところが先生らしいと思います。

6巻で、クラッブやゴイルを居残らせたのは、二人をO.W.Lでパスさせる目的だと言っています。スリザリン生だからと甘やかさず、無関心にもならず、生徒の将来を考えてのことと思います。
また、4巻でハリーが夜中に第二の課題の卵を階段で落としてしまったことがありましたが、大きな音を聞きつけたスネイプ先生は地下の寝室から寝巻きのまま駆け付けました。1巻でも夜中に城の中を見回っている場面がありましたが、校内の安全に気を配ってもいるところも、私にはポイント高いです。
7巻でダンブルドアに、ホグワーツがヴォルデモートの手に落ちたら全力で生徒を守ると約束してくれるな?と言われた時の頷きの表現「stiff nod」なども私の目から見たら、事の重みを受け止めた上での決意の頷きに見え、非常に重要な場面です。
こうして書くと、「教える立場」と「保護する立場」両方のスネイプ先生が私には重要なのだと気付きます。対象はハリーだけでなく、ホグワーツの生徒全体に及ぶ、というところが大事です。

元々自分より年少の者に興味などなかったと思います。興味の幅が狭くて、特に人間に関してはリリー以外にはあまり興味を持っていなかったように思います。本当に生徒は嫌いだったかもしれません。
そんなスネイプ先生が、十数年の教師生活の中で、次第に生徒たちの将来を考えるようになり、守るべき対象と見るようになり、いつの間にか本人も気付かないまま先生らしくなり、人間として成長していた、というのが私の妄想の行きつく先なのです。

3/12追記
この文章を書いたあと、スネイプ先生の魔法使いとしての能力と精神力も私にとって美化したい部分だと思い出しました。
それでも私が先生としてのスネイプ先生を第一に考えるのは、スネイプ先生が過去だけを見ていた人だとか、贖罪のために生きたとか思いたくないからだと自分では考えています。生徒の将来を考えるということは、スネイプ先生が現在を生きていた証だと思うから。
だから私は、教師としてのスネイプ先生が、ハリーだけでなく他の生徒もちゃんと見ていてその未来を考えていた、と思える部分を探すのだと思います。

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