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2017-09

読心術と開心術(かいしんじゅつ)  - 2006.02.28 Tue

閉心術の課外授業が始まる前、スネイプ先生の研究室で、机を前にして座った二人。これは後のページに憂いの篩を挟んで睨みあったとの記述がありますから、向かい合って座っているようです。
スネイプ先生は瞬きもせずにハリーを見ています。先生、ハリーの本心を伺いながら説明するつもりですね。
閉心術の効果を説明するスネイプ先生に、なぜそれが必要かと問うハリー。答えるかどうか訝りながら、まっすぐに目を見つめ返しています。バカにしたようにスネイプ先生が答えたのは、答えるかどうかと思っているハリーの気持ちを知ったからでしょうか。

邦訳本で足掛け6ページにわたるスネイプ先生とハリーの質疑応答が始まります。こんなに長い会話を二人がしたことはありませんでした。そもそもスネイプ先生には、あまり長いセリフはありません。魔法薬学を語った時くらいでしょうか。とても嬉しい場面です。

開心術と読心術の微妙な違いが理解できないハリー。私もよくわかりません(汗)
マグルの読心術がどう定義されているかわからないのですが、スネイプ先生の説明だと、『いつでも誰でも思考をだらだら読める能力、好きな場面を見ることができる能力』ということでしょうか。マグルがそう考えているだけで、マグルにその能力があるわけではないようです。
対して開心術は、その場で生じた感情や思考を感じたり、記憶の一場面を見ることができたりする能力をいうのでしょうか。イメージとしては、読心術は系統だった場面を見る事ができるとマグルが考えている能力、開心術は断片的な場面を見ることができる能力、のように思います。
例として闇の帝王は誰かが嘘をつくとほとんど必ず見破ることが挙げられていますが、それはその場で目を見て見抜くわけですよね。やましいことのある人の、心に浮かんだ断片的な記憶や感情を、見たり感じたりするのだと思います。
では、実際の授業で、スネイプ先生がハリーの小さい頃の記憶を見ているのはなぜなのでしょう。脈絡なく浮かぶ過去の記憶は、スネイプ先生が意識的に引っ張り出しているのでしょうか。ハリーが隠したい事柄ではなさそうですが。

これは、サーチしているのではないかと思っています。開心術では自分の見たい場面を都合よく書物のように読めないということですから、ざっと記憶を撫でるように見ているのではないでしょうか。順序立ってはいませんが、目次を見るような感じで。
嘘をついていて隠したいと思っていることはクローズアップされ、特に隠したいことがなければ過去の記憶がランダムに見えるとか。
後にスネイプ先生の過去を垣間見ることができますが、一番見られたくない場面はあらかじめ抜いておかれているので子ども時代のバラバラな記憶がでてきたのではないかと思います。

必要ない場面は流れるように去り、必要な場面はより詳細を追求しようとする、というのが、開心術ではないかと思いました。

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