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リリーの瞳 - 2013.06.25 Tue

先日頂いたコメントに、閉心術の授業でハリーの瞳をさんざん見てきたスネイプ先生が、今更そこにリリーの瞳を感じるだろうか、という内容があり、お返事するうちに新たな発見があったというか、今まで疑問に思っていたことが解消されたのでお返事ではなく一つの記事としてまとめることにしました。

その時のコメントへの返信で私は、「スネイプ先生は常にハリーの中のリリーを意識していたわけではないと私は考えています。ほとんどの場合がジェームズとして見ていて、時々ハリーの意思の強い視線などにリリーを見ていたのではないかと思います。授業場面などでハリーが強い意思を以って見返した時、スネイプ先生が視線をそらすことが何度かありましたが、そういう時にリリーを見ていたのではないかと思います。」と書きました。
これが、スネイプ先生がハリーをどう見ていたかについての基本的な私の考えです。

さて、閉心術の授業の場面をよく見ると面白いことに気付きます。
最初、スネイプ先生は開心術についてこう説明しています。
「ポッター、魔法では時間と空間が物を言う。『開心術』では、往々にして、目を合わせることが重要となる」(5巻24章p.178)
後に色々な場面でスネイプ先生がハリーの目を抉るようにして見ていることからも目を合わせる重要性がわかります。
ところが、同じ日の練習時、スネイプ先生は「目をつむりたまえ」と指示しているんです。
私は、この場面、7巻を読む前は「目を合わせることが重要なのでは?」とツッコミを入れながら読んでいました。目をつむっている時点で相手は開心術をかけられず、開心術に抗う閉心術の授業は成り立たないと思うのです。

今回さらによく見ると、一番最初に練習を始める時はスネイプ先生は「目をつむれ」とは言っていないことがわかりました。ハリーのいくつかの質問に答え、いよいよ閉心術の練習を始める時スネイプ先生はこう言っています。
「立て、ポッター。そして杖を取れ」
「杖を使い、我輩を武装解除するもよし、そのほか、思いつくかぎりの方法で防衛するもよし」
「(略)構えるのだ。いくぞ。『開心!レジリメンス!』」(同p.182)
これだけの指示です。目をつむれとは言っていません。

いきなり開心術をかけられ、ハリーはいくつかの記憶を呼び起されました。チョウとのキスの場面が出てきそうになると、スネイプ先生に見せまいとして、何かの呪いを放って攻撃、スネイプ先生の手首にみみず腫れを作ることでなんとかそれ以上記憶を覗かれることを阻止しました。
ハリーはこの時、自分が見た物をスネイプ先生が見たかどうか確認し、「あれは誰の犬だ?」という答えで同じ場面を見たことを知ります。
そして、「気持ちを集中するのだ。頭で我輩を撥ねつけろ」などと指導されて、ハリーは「僕、やってます」と怒ったように言い、「でも、どうやったらいいか、教えてくれないじゃないですか!」と続けました。(同P.184)
「態度が悪いぞ、ポッター」と指摘したスネイプ先生は、二度目の練習を始める前に初めて「さあ、目をつむりたまえ」(同p.184)と言ったのです。

これは、スネイプ先生は開心術の授業を開始した時はまだハリーをジェームズとしか見ていなくて、二回目の時にはハリーの目にリリーを見たということではないかと私は考えています。
一回目の練習前のハリーは不安げにスネイプ先生を見ていたのに対し、一回目練習後のハリーは怒っていましたから。

リリーは、よく意思の強い目でキッと見つめ返すことがありました。7巻33章のプリンスの物語の中のリリーは、各場面の最後、たいてい激しい目つきで睨んでいます。
・一つ目の記憶…去り際にスネイプを睨みつけた(p.415)
・二つ目の記憶…激しい目つきで睨みつけ(p.420)
・五つ目の記憶…リリーの明るい緑の目が細い線になった(p.430)
・六つ目の記憶…リリーは軽蔑した顔でスネイプに背を向け(p.431)

そのリリーの鋭い目つきに似ていたから、『開心術』という目を合わせることが重要な術に抗う練習の時に「目をつむれ」などと言ったのだと思います。
実際、「目をつむれ」と言われた後、ハリーはその指示に従う前にスネイプ先生を睨みつけました。
スネイプ先生はリリーに睨まれているように感じたのではないでしょうか。

目をつむった相手に本当に開心術をかけることができるのか疑問ではありますが、その直後の練習後いつもより蒼ざめていたスネイプ先生は、ハリーの記憶に踏み込み、リリーの姿を見てしまったことが見て取れます。(スネイプ先生にとって閉心術の個人授業は、ものすごく消耗するものだったに違いありません)
でも、この時以降、スネイプ先生は「目をつむれ」とは言っていません。しかも、26章でハリーがプロテゴを使う前、集中したハリーはスネイプ先生の顔を見ています。やはり基本的に閉心術の練習時は目を開いていたのではないでしょうか。
スネイプ先生が目をつむれと言ったのは、あの時リリーの目を避けるためだけの目的で、閉心術の練習のためではないと私は思います。

● COMMENT ●

お返事

なるほど!「常にハリーの中のリリーを意識していたわけでなく、ハリーの意思の強い視線などに リリーを感じとっていた」と いう事ですね。
ハリーの瞳に リリーの瞳が 重ねられているのが 大前提なのは、情報としては 解っているのですが…大多数が 同じ色の瞳を持つ 日本人としては“瞳”だけが(外見上は)似ているだけで 面影を感じられるのかな~と、素朴な疑問を 持っていたのです。
二尋さんに 丁寧に 記事にまとめていただいて 感謝です(^^)
瞳の 色やかたちだけでない、そこに込められた意思というか…瞳の表情が(上手に表現出来ません(^^;)リリーを思い出させるのですね。

それにしても、よく睨みつける 気の強いリリーさん。視線の鋭さでは、スネイプ先生も負けてないですが…
最初の魔法薬学の授業の時のように(映画の 未公開シーンの最後の場面を想像中)睨みつけて貰いたいな~
すみません。また 妄想まで 書きましたm(__)m

おかげさまで

ノーベルタさん、コメントありがとうございます!

ハリーの目にリリーを感じるのは、色や形の問題ではなくその視線のまっすぐさではないかなというのはなんとなく感じていましたが、それを書いたことはあったかどうか思い出せませんし、見つけられませんでした。
実際のところ、6巻発売前に「今後の本でハリーの目の色は重要になりますか?」という質問を受けた時、をローリングさんは「ノーコメント」と答えているので、やはり色もとても重要だったのだとは思っています。

この間のコメントにお返事していた時、最後に
「閉心術の個人授業では、実はなぜか「目をつむりたまえ」と指定していますよね?私は最初「目を合わせることが重要なのでは?」とツッコミを入れながら読んでいましたが、スネイプ先生はリリーの目を直接見ることを避けたかったのかもしれないと思うようになっています。(でも練習になるの?と気になってますが)」
と書いたんです。一度は。
よく見たら、「目をつむりたまえ」と言ったのは二回目のチャレンジの時だったのでさらにこじつけてみました。
上記の文章をよくここまで膨らませることができたな、と思います。ノーベルタさんのコメントがなければとても自分の考えをまとめることが出来なかったと思います。感謝しています。

でも、あくまでこじつけです(笑)こんな考え方もあるんだな、程度に思ってください。特に「目をつむりたまえ」の指示は本当にそうする必要があったのかもしれません。(でも、最初に言ってないし、そもそも目を合わせるのが肝心だって言ってますし、矛盾してますよね) 

私もスネイプ先生に睨まれたいです!
というか、私を見て欲しい(Look at me.i-229


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