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リディクラス - 2012.12.24 Mon

Pottermoreでボガートスネイプ先生を見たら、急に書きたいことが出てきました。
先日、いただいたコメントへの返信で「閉心術については後日書きます」と書いたのですが、こちらを先に書きます。

3巻7章のルーピン先生の初授業は、職員室に移動して行われました。
その時、職員室にはスネイプ先生がただ一人、低い肘掛に座っていて、生徒たちが入ってくると立ち上がって出ていこうとします。「我輩、できれば見たくないのでね」と言って。
その言葉に続けてネビルの出来の悪さをルーピンに話したので、できれば見たくないものがネビルの醜態だと思わせますが、その場にいたら何かのはずみで自分の一番怖いものを生徒の前に晒すことになるからではないか、見たくなかったのは自分自身の“恐怖”ではないか、と7巻以降は考えています。

今回気になったのは、ボガートがスネイプ先生の前で何に変わるか、ということではありません。
スネイプ先生のボガートは、リリーの遺体ではないかと私は考えているので、それを前提にしてその先が気になりました。つまり、変身したボガートを前にしてスネイプ先生が「リディクラス!」と呪文を唱えたら、一体ボガートがどんな姿に変わるのか、ということです。

ボガートを退散させるためには笑いをとらなければなりません。
自分が滑稽だと思う姿を思い浮かべます。例えばネビルはスネイプ先生を女装させ、パーバティはミイラの包帯を解いた上で躓かせたわけです。ルーピンも銀白色の玉(月)をゴキブリに変えました。(映画では白い風船の空気が抜けていく様子が描かれてしましたが、原作ではゴキブリです)

では、スネイプ先生はリリーの遺体を前にして、一体どんな滑稽な姿に変えられるのでしょうか?
もしかしたら、モリーのように動揺してしまうのではないかと私は想像しています。
スネイプ先生は冷静だし、5巻でハリーの閉心術の課外授業をした時も、感情を制御できず悲しい思い出に浸る人を、“バカ者ども”“弱虫”と言い放ちました。自分の悲しい思いは強く抑え込んでいることが窺われます。
でも、悲しみを押し殺すのと悲しみを笑いに変えるとでは大違い。たとえ偽物であったとしても、命の失われたリリーの姿となって横たわるものを、笑いに変えることなど到底できなかったのではないかと思います。
蜘蛛やミイラを恐れるのとは恐怖の質が違うのです。
モリーもリディクラスを唱えながら失敗して次々大事な人の遺体に変わっていくばかりだったのも、きっとそんなところに理由があったような気がします。

それに、そもそも、スネイプ先生は笑いを取るのはすごく苦手なタイプに見えます。
リリーの死以前に、ボガートがスネイプ先生の怖いもの(例えばヴォルデモートとか)になったとしても、真面目なスネイプ先生は、恐怖の対象を滑稽な姿に変えて笑い飛ばすのは難しかっただろうな、と思います。憎いジェームズなら、いくらでも嘲笑できるような姿に変えられたでしょうけれど。

スネイプ先生は、ボガートが変身した自分の恐怖の対象を見たくないのと同時に、それをスマートに笑いに変えられない自分の姿を「できれば見たくない」と言ってその場を去ったのではないかと思います。

● COMMENT ●

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コメントくださった方へ

はじめまして!(で良かったでしょうか?)
コメントは非公開なのですが、内容に納得し、共感した部分を少し引用させていただきますね。

>ボガートへの対抗として、必ずしも笑いは必要ないのではないかという考えに至りました。
> 実際、リーマスがボガートと対峙した時、「ほとんど面倒くさそうに」呪文を唱えています。リーマスの恐怖対象である月が、他のものに変わったという描写もありません。
> となると、幸せな思いに集中することで効力を発揮する守護霊呪文のように、笑いや幸せ、恐怖の克服といったポジティブな思いに集中すれば、リディクラスもまた効力を発揮するのではないでしょうか。
> この授業でリーマスが笑いが必要といったのは、ボガートと初めて対峙する3年生にとって、一番わかりやすく、取り組みやすいポジティブな精神だったからではないかと思います。

おっしゃる通りだと思いました。ポジティブな思いに集中すればリディクラスも効力を発揮する、というお考えに賛同します。

ただ、ルーピン先生のボガート月は、他のものに変わったという描写はあったと思います。
銀白色の玉がルーピンの前に浮かんでいるのが見えた。ルーピンはほとんど面倒くさそうに「リディクラス!」と唱えた。
パチン!
「ネビル!前へ!やっつけるんだ!」まね妖怪がゴキブリになって床に落ちたところでルーピンが叫んだ。パチン!スネイプが戻った。~(3巻7章p.182)
ルーピン先生の前で銀白色の玉(=月)に変わって宙に浮いていたボガートは、ルーピン先生の「リディクラス!」によってゴキブリに変わり、床に落ち、その次に前に立ったネビルの前で再びスネイプ先生の形を取ったのだと思います。
ゴキブリは若い女性などには恐怖の対象ではありますが、成人男性はさほど怖がらず、むしろ笑いにつなげる方向なのではないかと思え、やはり、ルーピンの対処にも笑いの要素があったのでは?という気がします。
しかし、ポジティブな精神が必要というのも大いに納得できます。ここで必要なのは恐怖の克服ですから。
3年生に限らず、笑いはポジティブな精神の表現として、ボガート(恐怖)に打ち克つ手段、ということなのかもしれません。

>ハリーを守る使命を果たそうとしているので、この使命感がリリーの死に打ち勝つ思いになっていたら、と願いたいです。
同感です。そして、この時はともかく、もし物語終了後も生き延びていたなら、いつまでもリリーの死を最大の恐怖と考えるスネイプ先生ではなくなっていたに違いない、と私は信じています。

コメントありがとうございました。
また何かお気づきのことがありましたら、ご意見聞かせて下さい。


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