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気付かれない - 2008.07.03 Thu

4巻を読み返していて、マートルの言葉に胸を抉られる思いがしました。
「生きているときだって、わたしがいなくてもだれも寂しがらなかった。わたしの死体だって、何時間も何時間も気付かれずに放って置かれた―」(下巻p.164)

マートルにこの言葉を言わせたローリングさんは、死体が放って置かれたり、死んだことを気付かれなかったり、すぐに忘れられたりすることを死者本人が悲しむと考えているのだと思われます。
そんな感覚のあるローリングさんが、登場人物の誰かに、スネイプ先生の遺体を気遣う言葉を、なぜ言わせなかったのか。とてもとても残念です。
今更そのことで先生が傷つくことはないかもしれないけれど、あれだけたくさんの観衆の前で、スネイプ先生はダンブルドア側だったとハリーに公言させた以上、誰かが気付く様子、あるいは他の死者と共に安置されている姿を一文書いて欲しかったと私は思います。きっと誰かが気付いたはず、と自分に言い聞かせるのが時々虚しくなるからです。
生きているときは、ダンブルドア以外からは誰にも信用されず、時にあからさまに死を望まれ、死んだ後も、味方だとみんな知ったのに何時間も何時間も気付かれない、肖像画もない、ではあまりに可哀想です。

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