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2017-07

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スネイプ先生と箒 - 2011.05.22 Sun

ルーピンの背中を狙う死喰い人の杖腕めがけて放ったセクタムセンプラは、狙いが外れ、ジョージの耳に当たってしまいました。
スネイプ先生が狙いを外すなんて…。

6巻でダンブルドア殺害後、追ってきたハリーが至近距離から次々に投げつけてくる呪いを全て杖で軽くかわしたスネイプ先生。私の中では、スネイプ先生は常に冷静で的確な判断をし、狙われてもかわすし、狙ったものは外さないイメージがありました。
この時は咄嗟のことに少し狼狽していたとも思いますが、箒の上では、実力が十分発揮されなかったのではないかと考えています。

箒に乗っているのだから、誰でも命中率は下がって当然ですが、元々私は、スネイプ先生は箒があまり得意ではないと見ています。特に学生時代は。
それは、5巻26章でハリーが盾の呪文によって垣間見たスネイプ先生の記憶の中に、箒に振り落とされそうになっている少年時代の姿があったからです。
ハリーなどはたった1歳でおもちゃの箒を乗りこなしているのをみると、これはどうも箒に乗る、ということは天性の素質のようなものに因る部分が大きいような気がします。持って生まれたバランス感覚というか。
ハーマイオニーなどは7年経っても箒に乗ることは好きではないようだし、やはり努力よりも才能に左右される気がします。
また、箒に向いていないと思った一番の根拠は、学生時代の姿勢です。
猫背でした。ということは、腹筋も背筋も発達していなかったのだと思います。
その状態では重心も安定せず、空中に浮かせて乗る箒の上では、姿勢を保つことが困難だったと考えられます。
本人も入学時のホグワーツ特急の中でジェームズに「肉体派(brawny)」を蔑むようなことを言っています。「頭脳派(brainy)」を好むセブルスは、体を動かすことより、本を読む方に時間を使ったはず、姿勢悪くじっと本に向かっていれば、筋肉もつかず、箒向きの身体にもならなかったと思われます。身体的な機能もそうですが、好みの点でも、それほど箒には惹かれなかったのではないかと思います。ハーマイオニーがそうであったように。

大人になってからのスネイプ先生は、学生時代のような姿勢の悪さの描写はありません。大股で歩く姿からは、胸を張って風を切って歩く姿が想像され、ずっと姿勢が良くなっている印象です。死喰い人として活動するうちに、体も動かさなければならない場面に直面したり、その後教師としてホグワーツで働いたりするうちに、腹筋も背筋も鍛えられ、学生時代よりずっとバランスは改善したのではないかと思っています。ただ持って生まれたセンスのようなものは、どうしようもなかったのかな、と思っています。

この死喰い人に狙われたルーピンを守った場面では、スネイプ先生は追う側でした。
追われる側には呪いを狙い定める余裕はありませんが、追う側の方はもう少し余裕がある気がします。しかも、この場面ではスネイプ先生が狙ったのは、ルーピンでもジョージでもなく、自分の前に出てきた死喰い人の杖腕。そんなに距離も離れていなかったと思います。自分を攻撃してくるわけでもない目の前の杖腕の狙いが外れるということは、スネイプ先生はそれだけ箒に乗っていることに集中する必要があったことを示していると思います。
それだけ一生懸命だったのは、箒と一体となるほどのバランス感覚は持ち合わせていなかった、ということだと考えています。
というわけで、残念ながら、私のイメージするスネイプ先生は箒が苦手です。
スネイプ先生には万能であって欲しい気もしますが、苦手なこともあった方がより人間味が感じられて、私には好感が持てます。

● COMMENT ●

私は・・・

とても久しぶりに、コメントします。

私は・・・
狙ったものを外したのではなく、わざとジョージを狙ったのだと思いました。命にはかかわりないところを・・・。
ダンブルドアの
「追跡に加わらなければならなくなったら、もっともらしく役割を果たすのじゃ。」という言葉に従って。
だから、ルーピンではなくジョージを。アバダ~ではなく、セクタムセンプラを。
ルーピンが大丈夫ならジョージをちゃんと安全な所へ連れて帰ってくれるだろうし。

人間性に関わる部分

神無月さん、お久しぶりです!コメントありがとうございます。

そうか、そういう捉え方もあるのですね。
私には、「もっともらしい役割を果たす」ためにハリー(実際はジョージ)に闇の魔術を投げかけるスネイプ先生は、とても考えられないです。
かつて、誰も見ていないところで(実際は未来のハリーたちが見ていたけれど)、囚人ですら担架に乗せて運んだスネイプ先生。
その人間性に強く強く惹かれたので、たとえ命に関わらなくても役割のために人を傷つけるネイプ先生は、私には受け入れられなくて。
ダンブルドアも「事故」と言っているし、ここは事実がどうあれ、スネイプ先生が「ルーピンを助けようとして狙いを外した」と思い込みたいです。でないと、私のスネイ先生像が根本から覆されるというか、好きではいられなくなってしまうので。

はじめまして

音ぷと申します。「賢者の石」からずっとセブルスが好きです。主人公には次第に魅力を感じなくなり、5作目以降は「セブルスがどうなるのか」だけのために読み続けました。7巻を読み終わってからショックでしばらくうつ状態になってしまいました。悲しみを分かち合う人もいませんし、やるせない気持ちを胸に閉じ込めていて苦しかった…。昨年、二尋さんのブログに出会い、全て拝読いたしました。深い考察にただただ感心し、自分と同じ想いの方がいるとわかってどれほど救われたか知れません。…今日、思い切ってお便りいたします!こちらにコメントして良かったかわかりません、間違っていたらお許しください。
私は、セブルスは父親のスネイプという性を好んでいなかったという印象を持っていますので、彼をプリンスと呼んでいます。家庭不和、学校では嫌われ者扱い、憎んでいる人に対しては大人気ないという部分も全く共感できます。それでいて、人に理解されなくても信念を貫いた生き方、唯一の心の支えのために命をかけた生き様、全てが愛おしいです。私は30代独身ですが、セブルスを心の旦那様にすると決めております!
原作の結末にはかなり不満でした。救いが無さすぎます…読者の心はズタズタです…。リリーは彼のことを一番よく理解していたはずですし、闇の魔術に惹かれる彼の心の闇を受け止めることはできなかったのでしょうか?それができる人物だと思うのですが…。リリーもダンブルドアも、天国で絶対泣いて謝っただろうと思っています、思いたいです。
…長々と申し訳ありません。誰かに想いを聞いて欲しくて…。失礼いたしました。また、お邪魔してもよろしいでしょうか?

はじめまして!

音ぷさん、はじめまして!
コメントありがとうございます。
思い切って書いてくださったこと、とても嬉しいです。
どこに書いていただいても一向に構いません。
また、記事の全てを読んでいただきありがとうございます。

1巻から好きだったのですね。私は、恥ずかしながらスネイプ先生の魅力に気づいたのは5巻からでした。
おっしゃるように、私もスネイプ先生は「スネイプ」という姓は好きじゃなかったと思います。でなければ、わざわざ「プリンス」を名乗ったりしないですよね。
でも、それがわかったのは6巻になってからだったのとダンブルドアが「スネイプ先生じゃよ」と再三訂正するのも手伝って、私にとっては「スネイプ先生」で定着してしまい、ここでもそう呼ばせていただきますね。

7巻を読んでうつ状態になったとのこと、とてもよくわかります。
私もそれに近いものがありましたから。
本当に、スネイプ先生を愛する者にとっては、救いのない終わり方でした。
子ども時代十分愛されなかった人だからこそ、愛を知って満たされた心で長生きして欲しかったのに、唯一人愛した女性からは絶交され、自分の落ち度でその女性を死に追いやり、遺された息子を憎みつつもひっそり誠実に守ったというのに、駒のように扱われ、誰も悲しむ人のないまま、突然命が奪われたのですから。
絶交を言い渡し聞く耳を持たなかったリリーにも、杖の所有権をめぐってヴォルデモートに殺される危険があることを知りながら自分を殺せとを命じたダンブルドア(しかもスネイプ先生にとって唯一心を許せる人だったのに)にも、怒りでいっぱいでした。
どんなに物語の中の重要人物と位置づけされようと、読者の心に感動を残そうと、そんなのは私にとっては関係なく、ただただスネイプ先生が物語終了後も心安らかに過ごしただろうと思える結末であって欲しかったです。物語が終わる前にスネイプ先生の時間が止まってしまうことは予想はできたけれど、それでも最期は誰かに「死なないで」と言われるのを耳にして欲しかったです。愛を与えるばかりでなく、愛される喜びも知って欲しかったです。

こうして書いていると涙が出てきて、自分が未だに割り切れない思いを持っていることに気づかされます。
音ぷさんの想いに触発されて、私の方こそ長々と書いてしまいました。
想いを書いてくださってありがとうございました。
もちろんです!またどうぞいらしてくださいね。
これからもよろしくお願いいたします。

ありがとうございます

二尋さんからお返事をいただけるなんて、とても嬉しいです。想いを言葉にして、やっと胸のつかえが少しとれました。もうすぐ映画も公開ですが、救いのある終わり方にしてほしいと切に願います。もし、原作の通り彼の死を悼む言葉もないまま終わりだったら耐えられません…。
 
聴いてくださってありがとうございました。またお邪魔させていただきますね。

どういたしまして♪

お返事喜んでいただけて嬉しいですi-179
想いを胸にしまっておくのは苦しいですよね。
どうぞまた語りにいらしてください。

映画には、これまでたくさんの原作にない場面がありましたから、救いのある終わり方の可能性もありますよね。原作では、ハリーが「スネイプはダンブルドアのものだった」と公衆の面前で言ったにもかかわらず、誰にも思い出されることなく19年後になってしまったのがとても辛かったです。セリフはなくてもいい、誰かがスネイプ先生を探す様子などが入っていますように。

はじめまして

初めてブログを拝見させていただきました。
私は「ハリー・ポッター」が大好きで何回も何回も読み返しています。
何度読み返しても33章になると必ず泣いてしまいます。
スネイプ先生はなんて心がまっすぐな人なんでしょう。
子供のころから家庭環境が良くなくて、リリーといることが彼にとっては唯一の安らぎだったのかなって思います。
ハリーを守っていた時どんな気持ちだったのかな。
年少時に苛められた記憶ってずっと心に残っていると思うのですが、
その苛めの主犯格のジェームズにそっくりなハリーが嫌いな気持ち、わかります。
でも、リリーの子供だから守り抜いた。
本当に複雑です。

それととても気になるのですが、
33章で「スネイプの眼差しにリリーが顔を赤らめた」ような記述があるのですが、
それはリリーがスネイプに見られてドキッとしたからなのか、
スネイプに本心(ポッターが好きだという)を悟られそうで赤くなったのか、どちらだと思いますか?
せめて一回だけもいいからリリーにスネイプに対してときめいてほしかったです。

初めてコメントするのにこんなに長くなってすみません。

スネイプが架空の人間だとわかっていながら自分の気持ちが整理がつきません。
こんなに悲しいことがあっていいのでしょうか。

はじめまして!

kirariさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!

ハリー・ポッターは何度読み返しても色褪せない魅力がありますよね。
私も7巻の32章、33章、は何度読んでも涙が出ます。

子どもの頃からまっすぐで、ほんの少し向かう方向がずれていたばかりに、リリーと道を違えてしまったけれど、二人の道が重なる可能性は十分あったと思います。

ご質問の件ですが、この部分をさらっと流してきてしまった自分に、少々驚いています。
顔を赤くしたのがセブルスではなくリリーだったからだと思いますが、それにしてもその赤さの原因を自分がどう考えるかくらい書いても良かったですね。

私は、セブルスの眼差しにドキッとしたのだと解釈しました。
ときめく、というほどではないかもしれませんが、少なくともジェームズを好きな本心を見抜かれたからだとは思えません。
そもそも、まだこの時点でリリーはジェームズに対して恋愛感情を持っていないように思います。
ジェームズを傲慢でいやな奴と言っているのは、この時点では本心だと思います。
リリーもまっすぐな人なので、その言葉に偽りはないと考えています。
この部分、原文では、The intensity of his gaze made her blush.となっています。
直訳すれば、「彼の眼差しの激しさが、彼女の顔を赤くさせた」で、それは、まだ自分でも気づいていないようなジェームズへの思いよりも、その眼差しそのものに対する反応のように私には思えます。

作者も、スネイプが闇の世界に傾倒しなければリリーは彼を愛するようになったかもしれない、というようなことを言ってますから、非常に惜しいところまで行ってたんだろうなあと思います。

本当に、私も口では架空の人物と言いながら、生活どころか人生まで左右されるほど大きな存在になっています。
その死も、相当大きな喪失感をもたらし、心の整理がつくまで何年かかかりました。
心の整理には、私の場合はこのブログや日記に文章化にすることが役に立ちました。
kirariさんも気持ちを吐き出してみると良いかもしれませんね。

ありがとうございます。

ご返事ありがとうございました!
本当にリリーがスネイプのまなざしに赤くなったのならいいですよね。
最初は私も単純にそうだと思っていたのですが、
作者の方がインタビューで「リリーのあの発言は嘘だったのよ」みたいなこと言っていたとネットで見てから
こんがらがってしまいました。

私は実は今大学受験を控えているのですが、もうスネイプのことが頭から離れなくて困っています。
恋してるみたいです。
本の登場人物にこんなにのめり込むのは初めてです。
それだけその作品が優れているからなのかもしれません。

「不誠実」の記事を読みました。
その感想をここにお書きしてもいいですか?

記事を読んでから私なりにいろいろ思いました。
最初は記事の通りダンブルドアはなんでスネイプにだけ冷たいのかなって思ったのですが、
考えていくうちに、もしかしたらダンブルドアにとってスネイプだけが真の同志だったんじゃないかなと思いました。
ダンブルドアはある意味では常に「いい人・何でもできる人」でいなければならなかったけど、
スネイプに対するときだけ自分の感情を正直に話すことができたのかなって思いました。
もし、ダンブルドアがハリーに対しても同じような態度をとったらハリーはもしかしたらダンブルドアをそこまで信頼していなかったかもしれません。
ダンブルドアは計画を遂行するために死を選びました。
スネイプに殺させた時点でおそらくスネイプも殺されるだろうと想像できたと思います。
それでもスネイプに殺させた。この先生方にではなく。
おそらくダンブルドアはヴォルデモートを死に至らすために誰かが死ななきゃいけないなら、
それは自分とスネイプだと思っていたんだと思います。
でも、そうだとしても、もうちょっとスネイプにいろいろ説明してもよかったなって思います。

二尋さんは英語バージョンも読んでるんですね!
私も挑戦したりしてますが、なかなかすんなりいきません。

もしかして、イギリス文化にお詳しいですか?
7巻の最後にハリーが息子にアルバス・セルブスと名づけましたが、それはそんなにすごいことなんでしょうか?
だって、ハリーも本当はハリー・ジェームズ・ポッターと言いますが、いつも「ハリー」と呼ばれています。
「ジェームズ」なんて誰も呼んでいません。本の中でハリー・ジェームズ・ポッターと呼ばれたのは一回だけだったと思います。
だから、ハリーが子供にセルブスと名づけたのはうれしいのですが、それがどれだけすごいのことなのかわかりかねてます・・・。



こちらこそありがとうございます

kirariさん、再度コメントありがとうございます!

作者の「リリーのあの発言は嘘だったのよ」というような発言を私は知らないんです。
「あの発言」というのは、ジェームズを軽蔑している発言ということでしょうか。もしそうなら、私の意見も違ってきますが、確認できていないので、何とも言えません。ジェームズのことを話しているときに既に気があったのなら、顔を赤くした理由もkirariさんのおっしゃる通りかもしれませんね。

うーん、まずい時期に夢中になってしまいましたね(笑)恋だと思いますよ。
今がどんなに大事な時期か私にもよくわかりますが、同時に、スネイプ先生を好きな気持ちを抑えられないこともすごくよくわかります。
もし、kirariさんがつい最近恋に落ちたのなら、しばらくは激しい想いに身を焼かれることでしょう。
恋に落ちた日から8年経った今、私はさすがに頭から離れなくて困るほどではなくなりましたが、それでも誰かとこの想いを共有したい気持ちは変わりません。素晴らしいことだと思っています。
でも、やっぱり受験は大事です。
この気持ちが受験にプラスに働くよう、気持ちを持って行ってはどうでしょう?
リリーへの永遠の愛を心に秘めて、憎まれ役に徹してハリーを守ったスネイプ先生のように、スネイプ先生への愛を心に秘めて、がむしゃらに勉強して一つの結果を残したら、スネイプ先生の内面の理解もより深まるかもしれません。

不誠実の記事への感想ありがとうございます。
この記事を書いたのは今から1年半以上前のことで、私はダンブルドアに対する怒りを強く持っていました。
今も皆無になったわけではありませんが、この頃の怒りほどではないので、当時よりずっと冷静に考えられると思います。
ダンブルドアがスネイプ先生にだけ見せた感情、というものはあったかもしれませんね。そうだとしたら、それがたとえ冷たい態度に見えたとしても理解できる気がします。
kirariさんのおっしゃるように、「真の同志と考えてくれていた」と見ることもできるし、スネイプ先生同様「唯一心を許せる相手」と見ていたと考えることもできますね。
ただ、そうであったとしても、論点のずれた回答ばかりするダンブルドアの意図がよくわかりません。
この記事で言いたかったのは、ダンブルドアはスネイプ先生に対して「冷たい」ということより、「不誠実な対応である」ということです。
スネイプ先生は、はぐらかされたような思いを度々抱いていたのではなかいかと思うと、真実を告げなくてもいいからせめて質問に的確な返答をしてあげて欲しかったと思ってしまいます。

英語バージョンは読んでいますが、イギリス文化には残念ながら詳しくありません。
詳しくはないけれど、ここは文化とは違う点から見ても解釈できる気がします。

たしかに、ミドルネームはほとんど呼ばれないので、有って無いようなものにも感じます。
けれど、他人に呼ばれようが呼ばれまいが、ハリーがセブルスという名前を息子に与えた、ということはとても大事だと思います。
ハリーは最初に生まれた息子にジェームズ・シリウスという名をつけました。
何をおいても、まずジェームズが、次いでシリウスが、ハリーにとって大事だからだと思います。
そして、二番目に生まれた息子には、アルバス・セブルスの名前をつけました。
多分ハリーの中では尊敬に値する人物の4番目にスネイプ先生が来る、ということだと思います。
4番目かあ、と思うかもしれませんが、ハリーはダンブルドアを殺された時、スネイプ先生をヴォルデモートと同じくらい憎んでいました。
つまり、ハリーにとって世界で最も憎く軽蔑していた男が、上から4番目の位置まで上がったのです。
ハリーがスネイプ先生の評価を180°変えたことがすごいと私は思います。


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