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2017-07

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そう思って見るから - 2010.06.02 Wed

ダンブルドアの前で往ったり来たりするスネイプ先生、ハリーについてこう言っています。
「―凡庸、父親と同じく傲慢、規則破りの常習犯、有名であることを鼻にかけ、目立ちたがり屋で、生意気で―」(7巻33章p.438)‘ – mediocre, arrogant as his father, a determined rule-breaker, delighted to find himself famous, attention-seeking and impertinent – ’(UK版p.545)
ダンブルドアは本から目も上げずに応答し、「クィレルから目を離すでないぞ、よいな?」と言っています。

ハリーが一年生の時のスネイプ先生の姿だと思われますが、この記憶は一体どのくらいの時期のものなのでしょう?
スネイプ先生も他の先生方も、ある程度ハリーの性格を語ることができるのを見ると、入学した当日でないのは確かだと思います。
しかし、入学した日にハリーに向けたスネイプ先生の視線には、好意的なものは微塵もなく、最初からジェームズと重ねて見ていることがうかがわれましたから、少しのきっかけ、たった一度の出来事で上のような評価を下してしまうことも十分あると思います。
ダンブルドアが「そう思って見るから、そう見えるのじゃよ」(7巻33章p.438)と言っているように。
だとすると、結構早い時期なのではないでしょうか。
また、ダンブルドアがクィレルへの注意を促しているところを見ると、ハロウィンより前の気がします。


スネイプ先生が挙げたハリーの性格について、どこでそう判断したか、一つずつ検証していきたいと思います。
「凡庸(mediocre;並みだが期待はずれの;可もなく不可もない;二流の, 劣等な.)」
授業の様子から判断したかと思われますが、最初の授業で色々質問した時に、一つも答えることができなかった時点でその評価を下した、と考えることができると思います。ハーマイオニー以外はハリーと同様の反応しかできなかったでしょうけれど。
初めての授業は入学後最初の金曜日で、入学した日からほぼ一週間経っていました。

「父親と同じく傲慢(arrogant as his father)」
これも、最初の授業で口答えをした時点で、そう見ることもできたと思います。

「規則破りの常習犯(a determined rule-breaker,)」
常習犯というと何回か同じことを繰り返したかのように思えますが、determined を決然とした、断固とした、という意味と捉えると、一回規則を破っただけでもその評価が下される可能性はあると思います。
ハリーが最初に規則を破ったのは、飛行術の初授業の時と見て良いでしょうか。マダムフーチがネビルを医務室につれて行く間、動くなと言われているにも拘わらず、勝手に箒に乗った時。
また、その晩、ドラコに騙されたとはいえ、夜中に寮を抜け出したことも、もしかしたらスネイプ先生には知られていたかもしれません。一応、誰にも知られていないはずだけれど。この辺から規則破りのレッテルを貼ったのかもしれません。だとすると、初魔法薬学の授業の次の週の木曜、入学して間もなく2週経つという頃です。

「有名であることを鼻にかけ(delighted to find himself famous)」
これも、最初の授業の最初の質問に答えられなかった時に「有名なだけではどうにもならんらしい」と言っている時点で、勝手に(汗)そう判断したのかもしれません。
または、1年生の箒所持に関する特別措置が与えられた時に、そう思ったのかもしれません。

「目立ちたがり屋(attention-seeking)」
これ、どこで最初にそう思ったんでしょう?
最初の授業で、ネビルがミスをした時「彼が間違えば、自分の方がよく見えると考えたな?」と言った時でしょうか。
いや、入学時の組分けでその名が呼ばれた時、広間中がシーンとして注目した時からそう感じたのかもしれません。とすると、「有名であることを鼻にかけ」も組分け時にそう見えた可能性もありますね。

「生意気(impertinent)」
これは、最初の授業で口答えした時に十分そう判断したと考えられます。

だいたいが、初回の授業までにそう判断できたように見受けられます。
「規則破り」だけは、さすがにスネイプ先生も初回授業だけでは、決めつけられなかったでしょうけれど。

こうなると、記憶の時期は、少なくとも最初に規則を破ったと思われる初飛行訓練日あたりがあやしくなってきます。
ここで思い出すのが、その日のマクゴナガル先生の言葉。

「私からダンブルドア先生に話してみましょう。一年生の規則を曲げられるかどうか。是が非でも去年よりは強いチームにしなければ。あの最終試合でスリザリンにペシャンコにされて、私はそれから何週間もセブルス・スネイプの顔をまともに見られませんでしたよ…」(1巻9章p.224)

マクゴナガル先生は、去年スリザリンに負けてスネイプ先生の顔をまともに見ることができなかったその屈辱を晴らすため、規則を曲げてまでハリーに箒を買い与え、シーカーとして試合に参加させることにしたわけです。
その一週間後に箒が届いた時には、フリットウィック先生が特別措置について知っていました。
生徒たちには秘密でも、先生方には特別措置をとった説明をしなければ、ルール違反と咎められるに違いありません。ということは、スネイプ先生もその話を少なくとも他の先生方と同じ時期には聞いたはずです。ハリーをこっそり守る立場にあるスネイプ先生には、他の先生より早く伝えられたかもしれません。

この記憶、その付近のものでないかと私は思っています。
ハリーをジェームズに重ねがちだったスネイプ先生にとって、一年生がクィディッチの試合に出るのは100年ぶり、とあっては、ジェームズよりさらに目立ちたがりに見えても不思議ではありません。
また、マクゴナガル先生に「規則を曲げて欲しい」と頼まれ了承したダンブルドアに対して、納得できないとしても当然です。
そんな特別措置、贔屓でしかないし。皆、スネイプ先生をスリザリン贔屓と言うけれど、マクゴナガル先生だって、自分の感情にまかせて学校の規則を曲げてまでハリーに箒を持たせて。スネイプ先生の神経逆撫でするだけです。
ここは、そんな不満を言うつもりでやってきた場面ではないか、と想像しています。
「―凡庸、」とあるようにこの記憶が始まる前から会話が続いていたことを思わせる書き出しですし。

いずれにしても、まるで相手にしてもらえていないのが気の毒です。
「~生意気で―」の後もまだ何か言いたかったろうに、遮るようにたしなめられています。
言いたいだけ言わせて、最後まで傾聴してあげれば良いのものを。
そう思って見てしまうスネイプ先生の心の傷を知っているのなら、ダンブルドアもせめて顔を上げ、目を見て、言葉に耳を傾けて欲しかったです。
そうしたら、少しはスネイプ先生の気持ちも落ち着いて、ハリーへの態度だってもう少し大人らしいものになったかもしれないと思うのです。

● COMMENT ●

読み終わって・・・

こんにちは。

ゆっくり、ゆっくり読み進めていた読み返しの7巻。
先日、読み終わってしまいました。

読み終えたあとに、おじゃましてもよいといってくださったので
来てしまいましたが、どこにこのコメントを書き込めばよいのか・・・
ふさわしくない場所でしたら、ごめんなさい。

初めて読んだときは、スネイプ先生の存在が気になりつつも
ストレートにハリーサイドで物語を読んでいたため
あまり気にならなかったのかもしれませんが
今回は、33章を読みながら、だんだん怒りがこみ上げてきて・・・

その相手はダンブルドア!!
も~ダンブルドアが許せません!
スネイプ先生にとっては、
唯一すべてを明かしている(知られている)人なのに、
冷たすぎる~~~

それと、これは仕方ないのですが、
作者がもう少しスネイプ先生を
ちゃんとした大人に描いてくれてもいいんじゃない!?
という気持ちが・・・

あ~まだ、心の整理がつきません!!

心乱れます

たぬきぃさん、コメントありがとうございます!
7巻、読み返されたのですね。
コメントは、どこに書いていただいても全然構いません。

ダンブルドアに対する怒り、お察しいたします。
私は、日常生活においても、物語の世界においても、あまり他人に対する怒りを感じないというか、感じたくない傾向にあるのですが、33章ではさすがに怒りを覚えました。

ダンブルドアがやろうとしたこと自体は理解できるし否定しませんが、それを貫きながら、もう少し思いやりのある言動は出来たのではないか、というのが正直な気持ちです。

他の全ての人に対して偽りの姿を見せていたスネイプ先生が、唯一素を出せた人なのに、いつもろくに話を聞いていないじゃない!最後まで言わせてあげてよ!とね。

それを考えると、今でも心が大変乱れて呼吸が荒くなってきます。
とにかく、話はちゃんと聞いてあげて欲しかったです。

作者の描き方は、私は受け入れてしまったかな。
1巻最初のハリーとのやり取りには、さすがにハリーに非は見当たらず、「あちゃー」と思うのですが、未熟な部分も含めて愛しいと感じてしまって、あまり気になりません(笑)

気になる子ちょっかい虐め^^;??

こんにちは。こちらではお久しぶりのKUMORIです。更新、楽しみにしてました!(^^)!。

私はこのシーン、結構穿った見方をしていて…。スネイプ教授はもう、ハリーを気になって気になって仕方がない。任務もあったでしょうが、普段は無視をしていればいいものを。人の悪口を信頼している人の前まで言って、自分の評価を落としてまでも言わなければならない程、ハリーの事が気になって仕方がない。ちょっと、可愛く思えました。落ち着きがないのは彼自身も、どう扱っていいのか解らないからこそ。スネイプ教授もダンブルドア教授に聞いてもらえるとは鼻から期待していなく、たまたま言える場所がここしかなかった。要するに、大きな独り言だから、寧ろ放っておいてくれ、という感じがしました。

私の中ではここのスネイプ教授言葉は、あまり額面通りに受け止められず、気になる女の子のスカートめくり(!!喩えが悪くて済みません^^;)みたいだな~と。
というのも、ハリーの立場に立った時、ハリー本人に対する愛情をも感じてないと、ラスト(エピローグ・原書では19年後)のハリーの行動が説明つかないな、母リリーだけへの愛情では、かなり弱いのではないかと。ハリーは33章でスネイプ教授から自分に対する愛情も一緒に受け取ったのかな。だからラストでああなったのかな?と思いました。

個人的に、スネイプ教授にとって、ハリーは自分のシャドウであり、ダンブルドア教授にとってスネイプ教授がシャドウだったのかな?と思いました。だからこそ、ダンブルドア教授はスネイプ教授にあんなにも冷たかったのかな、現れて欲しくない自分の一面。自分には出来なくて、でもしなければならなかった行動をいとも簡単にする。荒野で助けを求めるスネイプ教授は、アリアナ事件でダンブルドア教授が取らなければならなかったが、取れなかった行動、ではないかな、と一連を読み返して思いました。

と、結構長々と乱文済みません。結局の処、7巻はいまだに考えが纏まってません(笑)。

ちょっと深刻

KUMORIさん、改めまして、コメントありがとうございます!

なるほど、大きな独り言ですか。
それは考えたことなかったです。
スネイプ先生、この時ハリーが気になって気になって仕方ない、という気はしましたけれど、多分ちょっと受け取り方が違うのですね。
私はかなり深刻に受け取り、心が乱された様子を想像しています。
ダンブルドアも深刻なものとは受け取っていないようですけどね。

リリーへの愛だけでは色々説明がつかないというのは同感です。リリーの息子を守ることだけしか考えていなければ、そもそもハリーが死ぬべき運命にあるとは教えないはずなので。
ただ、ハリーに対する気持ちは、最初から同じではなくて、数年の間に少しずつ変化があったのではないかと思っているので、このごく初期にハリーに対してリリーへの愛以外のプラスの感情があったとは、私は思えないんです。

あと、ハリーがスネイプ先生から自分に対する愛情を受け取ったか、ということは私の中では保留で、もしかしたら永遠に保留かもしれません。どうも、スネイプ先生以外の人視点での思考を放棄する傾向にあります。
ダンブルドアも同様で、スネイプ先生への冷たい態度を責める一方で、その原因については考えようとも思いませんでした。シャドウですか、なるほど~

>現れて欲しくない自分の一面
う~ん。どちらかというと、「自分が取らなければならなかったが取れなかった行動をいとも簡単にする」というのは、現れて欲しかった自分の一面という気がします。
なので、同じ轍は踏まないで欲しいというならともかく、自分と違う行動を取ったスネイプ先生に冷たくする気持ちが今一つよくわかりません。嫉妬でしょうか。

私も全然考えがまとまりません。でも、まとまってしまわない方が、考え続けられて楽しいですよね?
ずっと考えていきたいです。

かわいいスネイプ先生...

こんばんは、みかんです。コメント遅くなってすみません。コメントしようかずっと迷っていたので...
このシーンですが私はけっこう好きなのです。まだ若いスネイプ先生が校長の前でウロウロしながら文句を言っているところが可愛くてたまりません。 ほのぼのした場面として私は受け取っています。 ホグワーツの教師としては経験がある方ではない若者が、校長室でブツブツ文句を言えるというのは二人の間にかなりの信頼関係があるからではないでしょうか。ダンブルドアもまともに取り合わず、雑誌?のようなものを読みながら答えるなんて気を許している相手にしかしないと思います。

それからダンブルドアのスネイプ先生への態度については私も腹が立つ事がありますが、あまりそう考えるとスネイプ先生が可哀想なので勝手に色々と解釈しています。 
ダンブルドアは家庭環境に恵まれなかったとはいえ、死喰い人になった罪を忘れないようにスネイプ先生に冷たくすることがあるのでは、、、とか思ったりします。

6巻ではハリーにも他の騎士団員にもスネイプ先生の事は「完全に信用している。」と言っていたようですし、本当はすごく信頼して、年下だけど尊敬もしていたのではと思います。
「深い自責の念」にかられた事をハリーに説明するあの台詞は何度読んでも涙がでそうになります。

確かにスネイプ先生の心の傷を知っているのはダンブルドアだけですが、二人の間に留めてくれと頼んだのはスネイプ先生です。しかも「ポッターの息子などに、、、」という多少身勝手な理由で。今7巻が手元にないのですが、ダンブルドアも「君のもっとも良い所を決して明かさぬという事じゃな、、」みないなことを言っているはずです。全てはスネイプ先生が望んだことで、それをダンブルドアは受け入れました。
しかし、自分が死んだ後に、ハリーの事だけではなくホグワーツの生徒を全力で守る事も託すというのは、相当にスネイプ先生を信頼していて、その能力もかなり評価していないとこんな事は頼まないのではないでしょうか。

ダンブルドアを擁護する様な事ばかり書きましたが、このように考えることで二尋さんの心が少しでも安らげば、、、と思っています。

伝え方

みかんさん、コメントありがとうございます。

このシーン、私も最初はかわいく感じたのですが、読み返すほどに切なくなってきました。
経験が浅いと言っても、10年はホグワーツで働いた31歳の大人が、11歳の子どもの悪口を並べ立てるのは、あまりに大人げありません。11歳と同一ラインにいるということですよね?
少なくとも、私は31歳の時に11歳の子どもをこういう目で見たことはなかったです。
ちゃんと大人になるステップを踏まずに歳だけとった感じで痛ましく思えます。

ダンブルドアの行いについては、みかんさんのおっしゃる通りだと思います。
ダンブルドアはスネイプ先生を大変重んじてくれたと思います。
私が納得できないのは、信用していることがスネイプ先生に伝わっていなかったことなんです。
スネイプ先生の能力を高く評価していたのはヴォルデモートも同じです。
ヴォルデモートとの違いは、ダンブルドアがスネイプ先生を信じていたことだと思うんです。
けれど、スネイプ先生にはそれが伝わらないままでした。
遺した記憶の最後の方の言葉でそう感じます。
それがとても辛いんです。
ダンブルドアのせいばかりでないけれど、ちょっとした言葉のかけ方で、ちゃんと伝わっただろうに、という思いが拭いきれません。ハリーには伝わったかもしれないけれど、本人に伝わっていなかったというのが残念です。
信頼関係はある程度はあったでしょうが、満たされない想いも抱いていたのだろうと思うと本当に可哀想。
上に書いたように、スネイプ先生は大人になりきれていない部分があるので、その辺はしっかり伝えて安心させてあげて欲しかったです。


私の気持ちが少しでも安らげば、と思ってコメント下さったみかんさんのお気持ち、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。


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