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2017-09

存在の否定 - 2009.04.12 Sun

30章でスネイプ先生がマクゴナガル先生から本気で攻撃されたことに、私は心を痛めましたが、言葉の暴力にも大いに傷つきました。
「あなた方死喰い人が、仲間内の伝達手段をお持ちだということを、忘れていました」(7巻30章p.313)という嫌味にはスネイプ先生、聞こえないふりをしています(泣)
「卑怯者!卑怯者!」(7巻30章p.315)
これを背後に聞きながら、スネイプ先生はどんな気持ちだったでしょう?今までも何度も誤解されながら憎まれ役を演じてきたスネイプ先生ですが、この言葉に激しく反応した6巻での様子を思うと、私の方が平静ではいられなくなります。
それでも、6巻の時と大きく違うのは、誰も傷つけることなくホグワーツを脱出できたことでしょうか。
示し合わせていたとはいえ、ダンブルドアを殺さなければならなかった6巻の時とは、気持ちもまるで違ったでしょう。
スネイプ先生はもしかしたら、こうもりのように飛びながら、満足そうに薄笑いでも浮かべていたかもしれません。悪役らしく(泣)

マクゴナガル先生の暴言は、スネイプ先生が去った後も続きます。
窓から飛び降りたと知ったハリーが「それじゃ、死んだ?」と聞いたのも悲しいけれど、「いいえ、死んではいません」と苦々しく答えたマクゴナガル先生の言い方にとても傷つきました。
やはり本気で殺そうとしていたのだと感じます。事実を知らなかったとはいえ、スネイプ先生に死んで欲しかったのだと思います。
そんな風に思われていることって、本人には伝わりますよね?
可哀想に。

スネイプ先生は、その人生で、存在をちゃんと肯定してもらったことってあったのだろうかと心配になります。
家庭でも、学生生活でも、教師生活でも。
5巻28章の記憶の中では、ジェームズにはっきり存在そのものを否定されています。
死喰い人としてヴォルデモートには重宝されたかもしれませんが、それだってその能力を買われただけ。結局、「いまとなってはおまえの存在も、たいした意味がない」(7巻32章p.397)と言われています。
ダンブルドアだって、「きみがいてくれて、わしは非常に幸運じゃ」(7巻33章p.441)と言っておきながら、自分を殺すよう指示しています。
それではスネイプ先生が自分自身を肯定しようがないでしょう!
なんで、みんなで寄ってたかってそんな物言いをするのでしょう。
せめて、死の間際、居合わせた3人の誰かが一言「死なないで」と言ってくれたら良かったのに……
ああ、誰か、誰か。
物語の中の誰でもいい。
本文に書かれていなくても、セブルスに、「生きているだけで十分」「いてくれて嬉しい」という言葉か、態度を示した人がいますように。

● COMMENT ●

こんにちは。
私もずっと存在を否定され続けたスネイプ先生を、あるいはその気持ちを考えると、痛ましく思っています。ハリーにもマクゴガナル先生にも『臆病者』『卑怯者』と罵倒され(本編には書いてなくても、皆口に上せたことでしょう)、本当に心がズキンと痛みました。
でも人間、関わる人全員に否定されたら、生きていけないものではないでしょうか。スネイプ先生の生きる事への原動力が、リリーへの愛だけでは、あまりにも物語的すぎるような気がします。リリーが生きていて、片思いだったとしても声を聞いたり話したり出来るなら、いつか振り向いてくれるかも…と期待も持ててエネルギーにもなるだろうけれど、相手はもういなくて、しかも自分が一番嫌いな奴の子を生んでいて、夢も希望もありません。
ハリーを守る事を使命とした(リリーの為に)としても、「ありがとう、セブルス」と言ってくれるリリーがいないし(その一言で、どんな褒賞にも勝ると思うのです)。
じゃあ一体、誰が必要としたのだろう…と考えると、生きている人にはいないような気がします(泣)。

スネイプ先生は、リリーが死んだ時に彼も死んでいたのかな…と思いました。
もし、最後の戦いまでスネイプ先生が生きていたとして、俺様がハリーに倒され、その後を考えると、ハリーや学校の先生やみんな、スネイプ先生を許せないと思うのです。ハリーは決闘を申し込んだかもしれません。学校中の皆から袋叩きにあったかもしれません。そしてスネイプ先生は言い訳などする人ではないし、悪役を引き受けたまま、打たれて死んでいったかもしれません。蛇に咬まれて死んでいったのは彼の誤算だったかもしれないけれど、生前に「実はいい人だった」と人々が認識することは、なかったのでは…と、辛いけれど思います。
一つだけ、「実はいい人だった」と思われる方法は、俺様とハリーが戦っている時、何かの拍子にハリーが危険に晒された時、身をもって庇う事…。それでも、やはり死んでしまう確率のほうが大です…。

…といろいろ考えたら、スネイプ先生は、早くリリーの元に行きたかったのかなぁ、リリーのそばに行って、「ありがとう、セブ」と言われる事だけを心のより所にしていたのかなぁと思いました。リリーのその一言を自分の存在意義にしていたとしたら、辛いし、なんて厳しい人生なんだろうと、泣けてきます。
多分、そのくらいリリーの存在が大きかったのでしょうか。
小さい時からの唯一の友達で、憧れで、辛い少年時代の逃避場所でもあったのでしょうね。
スラグホーンが、リリーも魔法薬学にすばらしく才能を顕したと言っていましたが、スネイプ先生は、もちろんもともとの才能もあったのでしょうが、リリーに認められたくて、あるいはリリーと対等の高度な会話や意見交換をする為に(ジェームズは入ってこられない領域だし)魔法薬学に精進したのかなぁと思います。

どこのサイトだったか、『セブルス』という名には『厳しい』という意味があると書いてありました。
多分、あえて作者はスネイプ先生に厳しすぎる人生を歩ませたのだと思いますが(もう、これは物語なんだと自分に言い聞かせないと、腹が立って…)、それにしても「なんかセブちゃんに恨みでもあんの!?」て思ってしまいますョ。

存在の肯定

みのんさん、コメントありがとうございます。

>リリーが死んだ時に彼も死んでいたのかな
それは私も何度か考えました。いくつかそう感じさせる暗喩もあるような気もしましたし。
今はどちらかというと、一度死んで生まれ変わった、という感じがしています。
少なくとも、死んだ心のままではなかった気がします。
でなければ、あれほど眩しく輝くパトローナスを作り出せるはずはないと思うんです。
私は密かに、セブルスの存在を肯定するような態度を示した人こそリリーではないか、という希望を持っています。セブルスの気持ちに気づいていなかったのではないかと思わせる無邪気な彼女ですが、却って他意なく「好き」と言っていそうで、その想い出でパトローナスを作っているのではないかと妄想しています。

>リリーに認められたくて、あるいはリリーと対等の高度な会話や意見交換をする為に(ジェームズは入ってこられない領域だし)魔法薬学に精進したのかなぁと
なるほど、その可能性は考えたことはありませんでした。
初めから彼はその魔法薬学の分野で優れた才能を発揮していたのを、魅力的なリリーの陰にあってスラグホーンが見落としていたのだと思いこんでいました。
みのんさんのおっしゃることも十分考えられると思いました。

>どこのサイトだったか、『セブルス』という名には『厳しい』という意味があると
割とあちこちで書かれていますが、私も何度か書きました。
最初は、スネイプ先生が(ハリーに)厳しいという意味に感じましたが、彼自身の人生が厳しいものであったとわかり、作者の意図を恨めしく思いました。
親はあまりそんな名前をつけませんよね。

4/18に拍手コメントをくださった方へ

はじめまして。拍手とコメントありがとうございました。
また、誕生日を祝うお言葉もありがとうございます!

まだ6,7巻を読んでいらっしゃらないとのこと、こんなに細かく引用している内容を読んでしまって大丈夫か心配です。
大筋と重要箇所をご存知のようですが、このあとさらに重要なネタばれが続きますから、その前にご自分の目で確かめて頂いた方が良いかもしれません。

きっと誰か、存在を肯定することを彼に言ってあげていますよね。だからこれまで生きてこられたのですよね?本当にそうであって欲しいです。
死後世界、どうなっているんでしょう?せめて心穏やかに過ごしてもらいたいものです。


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