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2017-08

「去る」 - 2009.03.28 Sat

19章のタイトルThe Sacking of Severus Snapeは日本語版では「セブルス・スネイプ去る」と表されました。
the sackingには「クビ」「お払い箱」「解雇」などの意味があります。

校内の廊下で攻撃を仕掛けたマクゴナガル先生と応じるスネイプ先生。
マクゴナガル先生が、火や手裏剣(ダガー)で攻撃してくるのに対し、スネイプ先生が行ったのは、盾の呪文、火を蛇に変えたこと(主語がはっきりしませんが、たぶんスネイプ先生がやったのでは?)、甲冑を自分の前に押し出して手裏剣を避けたこと、両腕を締め上げた甲冑を振りほどいて飛ばせたこと、一目散に逃げ出し、窓から外に飛び出していったこと、でした。

先生方に致命傷を負わせる可能性のある攻撃は何一つしていません。
まだスネイプ先生がどちらの側かわからない状態で読んでも、やはりスネイプ先生が他の先生方を傷つけようとは思っていないことが、はっきり見て取れました。

しかし、攻撃される前、最初にこの場面に登場したとき、スネイプ先生はどうするつもりだったのかが、よくわかりません。
マクゴナガル先生との会話や、視線などから、そこにハリーがいると踏んでいるのは確かなようです。
ハリーを守る立場にありながら、ヴォルデモートの腹心を演じるスネイプ先生は、ここでマクゴナガル先生がハリーの存在を認めたところで、表だって守れるわけでもなく、かと言って捕獲したところで、ヴォルデモートの前で守りきれる勝算があったとも思えません。ハリーが今後何を為すべきか、事の詳細を把握していないのですから。また、真相を語るには機が熟していないことも十分承知していたはずです。
探り合う会話も短めで、いきなり「ハリー・ポッターを見たのですかな」と言っているところから、マクゴナガル先生が仕掛けてくるのを待っていたような気もします。

スネイプ先生は、ホグワーツを去る時だと判断していたのでしょうか。
たくさんの死喰い人やヴォルデモート本人がホグワーツに近づいている今、校長として中から生徒を守ることは難しいと考えて。
ヴォルデモートも叫びの屋敷で言っています。
「熟達の魔法使いではあるが、セブルス、いまとなってはおまえの存在も、たいした意味がない。」(7巻32章p.397)
今まではヴォルデモートが校内に立ち入ることが簡単にはできなかったからこそ、スパイは必要でした。ダンブルドアが亡くなり、校内にも入ることができるようになった現在、スパイとしての役割が終わりに近付いていることはスネイプ先生にもわかっていたのではないかと思います。
スネイプ先生は、ホグワーツを去るつもりで、マクゴナガル先生の前に出て行ったような気がしています。

7巻後にインタビューに答えたローリングさんが、スネイプ先生は事実上辞職したから肖像画がなかったと言ったのは、スネイプ先生自身が去るつもりだったと考えているからかもしれません。
以前の私は、ハリーだけでなく他の生徒も全力で守っているスネイプ先生が、ホグワーツを去ろうと考えるはずはないと思っていましたが、外から守る、という方法を選択したのなら、それもあり得ると思うようになりました。
機が熟すまで(ナギニが守られるようになりハリーに真相を話すこと出来る時まで)ヴォルデモートの腹心を演じ続けるなら、マクゴナガル先生たちと目指すところが同じでも理由を話すわけにはいかないし、表立った行動もできるはずもありません。ここは、やはり、1巻のときと同様、他の先生方全員に誤解されながらも、憎まれ役を買って出て、ハリーや他の生徒を守ることに徹しようとしたのではないかと思いました。

追い出されたと思って、酷く悲しんだ私ですが、前に向って進んで出て行ったのなら、納得できると思いました。
ここは、先生たちにお払い箱にされたのではなく、逃げ出したのでもなく、前進するために「去った」のだと私は考えたいです。

● COMMENT ●

「去る」について

こんにちは。初めてコメントします。とにかく今は逃げなければいけない、どんなに不恰好であっても、卑怯者と罵られようが、ハリーに真相を伝えるまでは…って思いながら逃げたのだと思います。初めて読んだ時、はぁ?情けない奴め!ってがっかりしましたが第33章でまさかここまでのどんでん返しがあるとは思いもよりませんでした。今となっては第33章は私の心の中の宝物になりました。スネイプ先生はっきりいってカッコ良すぎです。

はじめまして!

tanuki0445さん、はじめまして。
ハリーに真相を伝えることや、他の生徒や先生方を守ろうとすることに必死だったスネイプ先生が、この場面で学校を出ていったからと言って「逃げた」という言葉は、私は当てはまらないと感じています。物理的にこの場に身を置いていないだけで、現実から逃れようとしたわけではないと思うからです。多分、表現は違っても、tanuki0445さんも同じことを感じていらっしゃるのではないかと思います。
スネイプ先生は本当にカッコいいですね。ここまでカッコ良い人だとは、正直思っていませんでした(笑)でも、カッコ悪くてもいいから、生き残って欲しかったです。

コメントありがとうございました。
またいつでもいらして下さいね。

はじめまして。

 初めましてこんにちは。
 岡野と申します。

 此方のサイトには、ずっと前から 拝見させて頂いておりました。
 スネイプ先生の存在を深く深く考察されている此方の存在がとても大好きでした。

 けれど、此処何ヶ月かは遠ざけるをえない状況にいました。
 正確に言うと、去年の夏、翻訳の最終巻が発売した日からです。

 本来ならば、この物語を去年の夏辺りに終わらせる筈でしたが、私は本当に、
終わらせるのがとてもとても怖く、躊躇していたので、実行に移すのに何ヶ月も
掛かってしまいました。
 約8年間、愛し続け、そして其の存在には沢山の思い出があり、きっと色々な所で
助けてくれていたから、終わると言う事実を簡単に済ませる事が、多分私には
出来なかったんでしょう。
 だから、この何ヶ月間は、ネタバレを恐れて、通わせてもらっていたファンサイト様を
遠ざけるしかなかったのです。

 けれどようやっと、先月末と今月初めに、この物語の結末を終わらせる事が
出来ました。
 また此方のサイトに戻って来れたのがとても嬉しく思います。
 嬉しいからこそ、こうやって私は此方で初めて、コメントさせて頂いております。
 考察と関係ない内容を綴ってしまっている事をお許し下さい。

 毎度の事ながら読了後は放心状態真っ盛りでした。
 けれど今回はシリーズを通してこんなにも涙したのは最終巻になって初めてです。
 それは多分、当然な事だと思います。
 此れを児童書と呼ぶにはあまりにも、夢や希望と言うものを疑ってしまいます。
 只、何よりも愛が沢山あった。
 だからこそ、私はこの作品を愛し続けていたんだと思います。
 愛し続けていたからこそ、私の心は一つの傷を負いました。
 彼を愛していた人達なら誰もがそうでありましょう。
 覚悟は、4巻の最後の彼の正体の一部を知った時に既に持っていました。
 それでも、愛していたのだからどうしても希望は捨てたくなかった。
 けれど、其の現実はやっぱり来てしまった。
 それがどうしようもなく辛い、言葉に出すのも辛い。
 軽んじてはならない其の事実を、彼は迎えてしまいました。
 それでも最後まで、使命を全うしていた彼は本当に、素晴らしい人だと思います。

 彼が持っていた『愛』と言うものは、既に前から予想していたのですが、
それが其の通りとなるとあまりにも予定調和だな、と最初は思いました。
 事実はやはり其の通りで、それは本当に、色々な意味で悲しかったけど、
でも、私は彼の其の『愛』の大きさに心を打たれました。
 誰よりも、大きい『愛』を持っていました。
 それはとても素敵な事で、素晴らしい事で、同時に、悲しくて、怖くて、
酷い事でもあると思います。
 彼は幸福だっただろうか。
 彼の生きた道の中で、確かなる幸せはあっただろうか。
 あった。だからこそ、彼の『愛』は偉大だった。
 そしてそれはハリーにも感じてくれた事だろうと思います。
 最後に救われた。
 ハリーは彼を認めていた。
 願わくば、彼が生きている時にそれを伝えてくれれば、伝わればと。
 しかし、そうでなくとも伝わっているだろうと思います。
 ハリーは彼を、ちゃんと、見たのだから。

 本当に彼の死は悲しく、暫く其の悲しみが心に残るでしょうが、それを捨てずに
今後もこの物語を愛し続けたいと思います。
 
 長い間、私はこの物語を、彼を愛したし、愛し続けたし、そして愛し続けたいです。

 其の気持ちと、此方のサイトにまた通える喜びを伝えたくて、
こんなにも長々と、そして少々今更だと思える、作品に対する感想を
綴ってしまいました。

 どうか此れからも、深く深くスネイプ先生に対する思いやお考えを
綴って下さい。
 それらをまた読む事が出来る喜びを、また味わっていきたいと
思います。

 本当に長々とした乱文を失礼しました。
 そして本当に、有難う御座います。
 では、失礼致します。


 


 


 

はじめまして

岡野さん、はじめまして。
以前からサイトにいらして下さっていたとのこと、とても嬉しいです。

読み終わったら終わってしまうとのお気持ち、私もとてもよくわかります。
もっとも、私の場合は、1か月封印しただけでしたが。
岡野さんは随分長い間がまんしていたのですね。
私も読了するまでは、決してネタばれの可能性のある行きつけのサイトには行きませんでした。
自分の目で確かめたかったからです。
まだ結末を知らなかった頃時の自分が、今もとても羨ましいです。

スネイプ先生が死んでしまうかもしれないと恐れながらも、そんな世間の予想を覆す結末が用意されていることを祈って読みました。
事実を知った後の喪失感には何か月も苦しめられました。
きっと岡野さんも今、そんな気持ちの真っ只中にあるのではないかと思います。
苦しくて悲しくて、どう自分の気持ちを整理していいのかわからず、当時はひたすら嘆きを綴りました。
今は、スネイプ先生が人生で少しでも幸せだと思ったり、満ち足りた気持ちになった瞬間があるのではないかと、それを探すような気持で文章を書いています。
スネイプ先生の愛の深さには驚くばかりですが、私はリリーへの愛だけでその心が占められていたわけではないと思いたいのです。
そんな視点でこれからも書いていきます。
よろしかったらお付き合いください。

コメントありがとうございました。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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