topimage

2017-09

一人称 - 2008.08.12 Tue

7巻のスネイプ先生の細部を語る前に、日本語訳に感じたことをもう一つ書いておきます。

日本語版を読むにあたって、注目していた部分があります。
それは、スネイプ先生の一人称です。
スネイプ先生が、ヴォルデモートの前でも、いつもの尊大な「我輩」口調で話すのかどうか気になっていました。
また、少年時代だって「我輩」のはずがありません。やっぱり「僕」だろうか、と想像していました。

そして、やはり、我輩ではありませんでした!
1章の死喰い人たちの会合で報告する際、ヤックスリーには、「我輩」と言っているものの、ヴォルデモートには、一人称単数は使っていませんでした。複数では「我々」と言っています。
そして後に、32章で何度も使ったのが「私め」でした。
「め」は「奴」ですね。自分または自分の側のものの名に添えて謙遜の意を表す。(広辞苑)
全てにおいて英語での一人称は、「I」ですが、日本語では、話す相手によって即座に使い分ける形を取ったのだ、と思いました。

何より驚いたのは、32章のヴォルデモートとの会話で、スネイプ先生が一度「我輩」と言いかけて「私め」と訂正する場面です。
「我輩―私めには、わが君、説明できません」(7巻32章p.401)

ここは、私は原文で読んで、スネイプ先生の激しい動揺を感じました。
全くいつもの口調と違うと感じ、居ても立ってもいられなくなりました。
きっと翻訳者もそう感じ、それを形にしたのだと思います。
「わ、私めには、」とせず、相手によって変えていた一人称を間違えることで、混乱した様子をより強調したかったのだろうか、と思いました。

ちなみにUK版オーディオブックでは、この場面のスネイプ先生は私が思っていたよりも冷静に聞こえました。
‘I -I have no explanation,my Lord’(p.526)
ちょっと言葉を捜す程度、強いて言えば「えーと」程度。
朗読者は、あくまで冷静でハリーへの伝達方法に思いを巡らす、ちょっとうわの空のスネイプ先生を表したかったのだろうか、と思いました。
同じ作品でも、間に入る人(翻訳者・朗読者・役者)によって伝え方も様々だということだと思います。

スネイプ先生の一人称、ダンブルドアの前では「私」でした。
以前「我輩」と言ったことがありましたが・・・
私の方がずっと好感が持てました。ずっと自然な感じでした。

少年時代から学生時代は「僕」でした。
そうだろうと思いました。「俺」という感じはしませんでした。
「僕」と言うセブルスは、より無邪気な感じがして切なかったです。

そして、スネイプ先生の最期の言葉には「僕」が使われました。
これは一つの正解を示した、という点で、衝撃でした。
原文では‘Look...at...me...’(p.528)で、先生が誰に向かってこの言葉を言ったかはっきりせず、議論の余地がありました。リリーの目と同じ緑の目で見て欲しかったにしても、やっぱりハリーに向かって言った可能性も否定できないので、この言葉には訳者の解釈が入っていると思います。そもそもスネイプ先生が相手によって一人称を使い分ける、というのも日本語ならでは表現で、大いにフィルターがかかっていると考えられます。
ただ、私自身は、スネイプ先生はリリーに見て欲しかったと考えていますし、最期の瞬間、先生は今の時代にいないように感じていたので、「僕を……見て……くれ……」(7巻32章p.404)はとても心に染みました。そして、色々なサイトを見て回って、この部分に大きく心を動かされた方が多いことも知りました。
訳者の想いの詰まった翻訳が読者の心を捉えたのだと思います。

内容を正確に日本語に置き換え、原書を読んだ時と同じような議論ができる翻訳もあれば、読む人の心を捉えられる訳者の想いの詰まった翻訳もあるのだと、今回強く感じました。
スネイプ先生のことは、より正確に知りたいので、今までより原書の出番が増えるかもしれませんが、原書から受けた印象や日本語訳や朗読などから感じたことなどを織り交ぜてスネイプ先生のことを考えていきたいと思っています。
ひとつの場面から感じるものは人によって違うと思います。
ぜひ、一緒に考えていってください。

● COMMENT ●

初めまして。

初めまして。最近七巻を読み終わってスネイプ教授のことが好きになり、いてもたってもいられなくなり、ネットに来ました。そしたら偶然このブログをみつけて、ほとんど読ませていただきました!もう、ボロボロ泣きました。初めてです。本読んで泣いたのも、そのあとブログよんで泣いたのも!「僕を見てくれ」って悲しすぎますよね。胸が痛くなりました。あと、話変わるんですが、スネイプ教授のクシャミ見てみたいです!!!スリザリン生にもしなったら、贔屓されてみたいし、グリフィンドール生になったら後ろで見張られたい・・・・とか思ったり・・・´□`
・・・・・スイマセン↓
また話変わるんですけど、ハリーポッターの映画板って見ていらっしゃいますか?私的に一番アズガバンが好きです☆あの、説明しづらいんですけど、ルーピン先生が人狼に変身した時、ハリーとハーマイオニーとロンをかばった時とか、スネイプ教授にハリーが忍の地図の存在がばれてしまってルーピン先生がかばったあと、ノックスで明かりを消す動作にキュンとします?(映画板見ていなかったらごめんなさい↓)
私は文章ベタなので説明が分かりにくいと思うかもしれませんが更新するたびに見させてもらいます!よろしくお願いします←?
長文スイマセンでした。

はじめまして!

ありゅさん、はじめまして。
ほとんどの記事を読んで下さったんですね、ありがとうございます。
7巻のスネイプ先生は切ないです。今までのイメージを覆されたという方ににとっては衝撃だったかもしれませんね。真実を知った上で今までの行動を見ていくとまた違ったものが見えてくるかもしれません。

クシャミって、かわいいですよね。音にもよりますけど。
無理に防ごうとせず、素直に出してしまった2巻のスネイプ先生が可愛いです。

映画も全て観ています。
人狼ルーピン先生から咄嗟に庇ったところ、原作にはありませんが(実際は気を失って宙吊りになっていました)、やっぱりスネイプ先生ならそうするだろうと私は思っています。
ノックスで消す場面も好きですよ。ちょっとイライラした感じで、しかし美しい手つきでスマートに消すところが素敵だと思っています。

更新を楽しみにしてくださってありがとうございます。
このブログからリンクしている日記ブログ「水深3.6メートル」にもハリー・ポッター関係のカテゴリがあって、ざっと400くらいの記事がありますので、良かったらそちらもご覧下さい。
コメントありがとうございました。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

ニュアンス

翻訳者の持つメガネ越しにスネイプ先生を見ている気がして、気になって、昨日、本屋さんで原著7巻を斜め読みしてきました。
けれども、初めからもし原作だけ読んでいたら、二尋さんのおっしゃるような、”ニュアンスの違い”を感じれなかった気がして(私の中ではI=私という感覚しかなかったため)、改めて、『訳者の想い』を感じました。
情緒や言葉の含み、そういったものを感じれる文化の国に育ったことにも感謝。こうして違う面からもスネイプ先生を知り、反芻することに悦びを感じます。
1巻で『我輩』一人称出たときには、ギャグかと思いましたが…。二尋さんの考察楽しみにしています。

翻訳

白い蝙蝠さん、コメントありがとうございます。
最初に物語を読む時って、細部にこだわって読むというより、物語の流れを追っていく形になるかと思います。それがスムーズに行われ、物語の世界に入り込み、心に沁みるということが大事な気がします。
そして、日本語訳はそうだったからこそ、日本の読者にもファンが多いのだと思います。
マニアックに詳細を突き詰めようとすると、どうしても翻訳だけでは物足りなくなってくるので、原書は欠かせませんが。

私、1巻を読んだ時、『我輩』に何も感じなかったんです。今思えば妙な気がしますが、全然違和感のないまま、読み進み、7巻原書で初めて日本語訳はどうするんだろう?と思いました。それこそ、『我輩』で通したら、大事なセリフもギャグになった気がします。

こんばんわ。
すみません。私も長くなります。
邦訳と原書の違い・・・。私はこの2週間これにかなり悩まされました。
原書だけでは曖昧な英語力、結論も感想も危なげなので、邦訳が読めて内容が良く解りとても感謝感激なんですが・・・更に邦訳で細部を読み解きだすと・・・なにやら矛盾がというか不明な部分が・・・。
そしてもう一度原書にもどると邦訳では表現が落ちてしまっていたからということに気づいてしまい・・・。

JKRさんがあちこちに複線をはり、言葉に様々な意味でとれるしかけを仕込んでいたので、邦訳泣かせの話だったんだなと改めて思いました。

二尋さんのおっしゃる通り、「Look at me」はその最たる部分。後書きで松岡さんも相当この言葉の訳に時間をかけたと言っています。とても悩んだんでしょうね。ダンブルドアの「please」もそうですね。

実は「杖の所有とアルバスの死の真相についてのハリーの認識」について色々と他で議論したのですが、現在の結論は邦訳の含み訳の言葉不足からおきた疑問となっています。はたして・・。
JKRさん本に書かない裏事情をただでさえ沢山あるのに(アルバスがゲイとか!!)邦訳のちょっとの違いでそれぞれに更に認識がずれていくのかもしれません。

一人称についてはそうですよね。やはり随分とはじめのうちから長短感じていました。

ちなみに映画はもっと大変らしいですね。特にゴブレットまでは最終巻が出る前の脚本ですからJKRさんも結構アドバイス入れているにしてもネタばれ出来ないからいくつかの複線ないですよね。(特にスネイプ先生・・・ぷんぷん)。ただ・・・JKRさんアラン・リックマンにはこっそり役作りの為に読者には内緒の何かを教えておいたことがあったんだそうです。私・・・予想するに「セブルスはハリーのママが好きだったのよ」ではないかと思っています。

スネイプ先生がトリオをかばうシーン私も大好きです。アラン・スネイプ最高です。どのシリーズのシーンもスネイプ先生のところはDVDで何回も見ます。うっとりです。

そしてJKRさんは「アズカバン」の試写を見た時ラストへの重大な部分がさりげないシーンで表現されていて「ドキ」っとしたと言っています。ここかもしれないし、ルーピン先生がリリーのことを語ったシーンだとも言われていましたよね。

はたして・・・。

物語が終わってみると

ゆうゆうさん、コメントありがとうございます。
細部を読み解こうとする読み方だと、やはり日本語訳だけでは不十分になるかと思います。私などは本当に重箱の隅をつつくような読み方で、極端な話、文章からその時使われている筋肉、関節の角度まで考えたいので、正確さを求めてしまいます。
もちろん、そんな読み方は特殊だと思います。
色々な世代が読んで楽しめる訳ならそれで良いのだろうと思います。

7巻を読んでみると、ローリングさんがどこまでアランさんに語ったかさらに興味深いですよね。オフで語る時もよく話題になります。リリーのことまで言ったのか、実はそんなに大きなネタバレをしていないのか。素晴らしいのは、アランさんが、まだ読んでいないファンのために当分口を割るつもりがなさそうなことです。ファンの気持ちを大切にしてくれて嬉しいです。
映画「アズカバン」のシーン、私はスネイプ先生が3人を守るところであって欲しいと思っていました。今となってはルーピン先生がリリーを語るシーンかなあとは思いますが、スネイプ先生がハリーたちを守るところも正解のような気がします。

それにしても、物語が完結した今、映画は随分大事なシーンを削除していたことがわかりますね。
リリーへのあの決定的な言葉を言っていないのも、どう収拾をつけるつもりだろうと心配です。

こんばんは

スネイプ先生の
一人称に対しては、
かなりすばらしいものだったとおもいます。

一人称をかえることで、
その場の状況もより感じることができましたし、
より感動することが出来ました。

素直な感動

永遠さん、コメントありがとうございます。
一人称の使い分けで素直な感動が得られたことは、とても幸せなことだと思います。
なまじ色々な想いがあったことが少しばかりひねくれた見方を招くように思いました。
その気持ちを大事にしてくださいね。

初めまして

私はスネイプ先生が好きで、ずっと応援してきた者です。最初は理不尽さにイライラしましたが、だんだんとその言動や行動の裏を読むうちに惹き込まれていきました。
今は嫌みがかわいいくらいです。

先生の「僕を…見て…くれ…」は、原書では「Look at me」なのですね。私は以前からこのサイトを覗かせていただいていたので、てっきりハリーに「私を見ろ」と言ったのは「私の生き様をしっかり見ろ」という意味だと思っていました。
ハリーと和解してほしいという私の願望だったのかもしれませんね。原書を頑張って自分なりに訳してみようかな…。

でも、私は翻訳で読んできたし、翻訳も好きです。否定しないでくださってありがとうございます。私は我輩も気に入っていますが、原書も頑張って読んでみようと思います。
駄文ですみません。

はじめまして!

先生の味方さん、はじめまして。
もしかして、翻訳を読む前に、私のネタバレブログをご覧になっていた、ということでしょうか。妄想が飛び交って、混乱したのではないかと思います。
先生の言葉の意味の解釈は、本当に読む人の自由だと思っています。
なので、「私の生き様をしっかり見ろ」が間違っているわけでは決してないと思います。日本語訳が出た後でもそう思っている方はいらっしゃると思います。
原文を読むのは簡単ではありませんでしたが、それだけの価値もあると思います。そのお気持ちがあるようでしたら、ぜひご自分で読んで感じてみてください。それが先生の味方さんの、スネイプ先生だと思います。
私も5巻までは翻訳が先でしたし、5巻の翻訳を読んでスネイプ先生に夢中になりました。「I」も「我輩」も「私」も「僕」もみんな好きです。

コメントありがとうございます。
またぜひ、いらしてくださいね。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://legilimens.blog68.fc2.com/tb.php/209-628a401d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

すれすれ «  | BLOG TOP |  » 二つの頷き

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード