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2017-08

熱い議論 - 2007.01.19 Fri

ハグリッドがうっかり口を滑らせたことから、ダンブルドアとスネイプ先生が議論していたことがわかりました。

原書を読んだ時は、ハグリッドの訛りが理解できず、よくわからなかったのですが、それでもスネイプ先生がoverworkedだと感じているということだけはわかり、大変胸を痛めました。ちょうど、スネイプ先生はダンブルドアの使い走りのようだ、という文章を書いていた頃だったので、先生はまたしても疲れることをやらされるのではないかと思ったのです。
そして断片的な言葉から、最初は、スネイプ先生がダンブルドアが命じる寮の調査などを十分行っていないと責められたのだと解釈しました。「やりたくない」と言ったのは、ドラコのことを調べたくないと言ったのだと思ったのです。誓いのこともあり、あまり立ち入って調べることは自分の首を絞めるからだろうと。
その後、読み終わってからは、ダンブルドアが「いざとなったら自分を殺せ」というようなことを言い、それに対してやりたくないと言ったのではないかと思い始めました。ただ、その時もダンブルドアの依頼があったかどうかは半信半疑でした。
そして今も、27章の行為についてはまだ自分の考えが定まっていないので、この19章の議論でダンブルドアの依頼があったのかどうか、決めかねています。

二人の会話を検証してみます。
まず、ハグリッドのセリフからわかることだけを抜き出してみます。
「議論が熱くなっとって」
「スネイプが言ってたことで、ダンブルドアは何でもかんでも当然のように考えとるが、自分は(中略)もうそういうこたぁやりたくねえと」
「スネイプはちいと働かされすぎちょると感じてるみてえだった」
「ダンブルドアはスネイプにはっきり言いなすった。スネイプがやるって承知したんだから、それ以上何も言うなってな。ずいぶんときつく言いなすった」
「ダンブルドアは、スネイプが自分の寮のスリザリンを調査するっちゅうことについて、何かいいなすった」
「寮監は全員、ネックレス事件を調査しろっていわれちょる」
(以上全て6巻19章p.128)

スネイプ先生は、今まで嫌々ながらであってもダンブルドアには、必ず従っていたように思います。
3巻でハリーがシリウスの逃亡を助けたに違いないと主張した時だって、結局校長の冷静な言葉の前に屈しました。
シリウスと仲直りしろと言われた時はさすがに短い握手だけでしたが。
4巻でダンブルドアが心配の色を浮かべた任務は、後にヴォルデモートの下へ駆けつけたことがわかりましたが、2時間遅れで出かけることは死ぬ可能性だってあったというのに、青ざめながらも出かけていったのです。
そのスネイプ先生が「やりたくない」と言うには、よほどのことがあるはずです。自分の命だって懸けたスネイプ先生が、単に疲れているからとか、「破れぬ誓い」に拘束されているからなどと、自分の都合でやりたくないなどとは言わないと思います。

スネイプ先生がヴォルデモート側だったら、ダンブルドアからの依頼は大人しく従うと思います。
議論するというのは、反対意見を主張することです。ここで無駄に事を荒立て、変な疑いを持たせることは避けたいはずです。適当に合わせておいて、後で裏切ることなど容易でしょう。
スネイプ先生は、ダンブルドア側の立場で、異議を唱えていたのだと思います。
ドラコを案じて言ったとも考えられますが、ダンブルドアだって、真相を早くから知り、ハリーの訴えを退けていたくらいですから、ドラコの立場を悪くするようなことは言うはずはなく、利害は一致します。

やはりダンブルドアは、最終手段として、自分を殺さなければならない場合があることを伝え、殺害を依頼したと考えるのが一番納得しやすい気がします。
ハグリッドが「怒っている」と感じるくらいの強い語調で言ったのなら、それは既に命懸けの任務についているスネイプ先生を追い詰めるような責める言葉ではなく、ましてや、寮監としての行いを叱るものでもなく、自分を犠牲にする類の言葉だったのではないかと思うのです。

また、その依頼をすんなり受け入れることはできないのも当然だと思います。「何でもかんでも当然のように」、「もうそういうこたぁやりたくねえと」と言うのも尤もです。理屈ぬきで嫌だろうと思います。スネイプ先生が完全にダンブルドア側なら、もうそういうこと(人を殺すこと)はやるつもりもなかったということではないでしょうか。
「やるって承知したんだから、それ以上何も言うな」
「やるって承知した」のは、最近のことではないような気がします。予言の盗み聞きがポッター夫妻に与える影響について気付きダンブルドア側についた時に、ダンブルドアとの間に何らかの約束をして、今まで従ってきたということではないかと思います。それはある程度の拘束力はあるものの、破ったら死ぬようなものではなく、でも「信じておる」と言わせるだけの何か。

もし、スネイプ先生がやはりダンブルドア側で、依頼によって殺したとしたら。
スネイプ先生はこの時「やりたくない」と確かに言ったのです。
やりたくないことをやらせたダンブルドアを恨みます。だから27章では呪文を唱える直前に憎しみの表情を見せたのではないかと思います。

こうしてまとめてみると、やっぱりスネイプ先生はダンブルドア側で、ダンブルドアに従って「やりたくない」事(殺人)を実行したように思えます。

● COMMENT ●

少しすっきりしました。

「スネイプ先生がヴォルデモート側だったら、ダンブルドアからの依頼は大人しく従うと思います。~中略~適当に合わせておいて、後で裏切ることなど容易でしょう」というところを読んで、とてもしっくりくる説明だと感じました。この話となるといつも冷静でいられなくなるのですが、どうもダンブルドア側でいいみたいですね。ありがとうございます。

こんにちは!

いつも汚れ仕事は自分にまわすダンブルドアに対して「自分はもう充分、働き過ぎな程働いている!」との思いは多少あったと思います。
闇の世界から気持ち的には足を洗った(実際はスパイとして残ってはいますが)のだから、殺人などはやりたくないとの思いもきっとあったと思います。
でも、その対象者が別の人なら、死喰い人の誰かとかならしぶしぶながらも任務だと割り切って実行したのではないかと思います。
相手が騎士団員だから、特にダンブルドアだから「やりたくない」と立てついたのではないでしょうか?

先生はダンブルドアに対して恩師としての尊敬の念や父親に対しての愛情に似たような思いを持っているのではないかと感じます。
本当の父親に愛されなかった(?)からこそ、ダンブルドアの優しさが人一倍暖かく感じられたように思います。
ハリーのように・・・。
だからよほどのことがない限り、ダンブルドアにたてつく事もないだろうし、恨む事もないように思うのです。
最後の呪文の前に見せた憎しみの表情は、やりたくないことをやらされた事への恨みというよりも、

・ダンブルドアへの愛情(?)を持つ自分に殺害を命じた事への恨み
・そういうことを頼まれなければいけない立場にいる自分への恨み(自分にしか出来ない事だとわかっているから引き受けたがやりきれない思い)
・本当にその命令を実行しなければならない状況を作ったドラコやそこにいた死喰い人、更にはヴォルに対しての恨み

等が重なって憎しみの表情になってしまったのではないかと思います。
憎しみ、というかむしろ絶望・悲しみの表情だったのではないでしょうか・・・(泣)

ダンブルドア側

schさん
すっきりしていただけて良かったです。
でも、今回、ダンブルドア側ではないかと書いたのですが、実は、まだ私の意見として結論をだしたわけではないんです。この場面からはそう思うのですが。今後色々な場面を見ていくうちに、まだまだ言うことが変わってくるのではないかと思っています。
せっかくすっきりしていただけたのに、本当に申し訳ないです(汗)あ、でも最終的にスネイプ先生はダンブルドアの信頼を裏切らない、ということだけは、理屈抜きで信じています。

ダンブルドアへの思い

たけさん

色々書いてくださり、ありがとうございます!
私も、相手がダンブルドアだからこそ、たてついたと思います。やはりスネイプ先生は、ダンブルドアに対して、何か特別な感情を持っていると思います。それが何なのかは、はっきりイメージできないのですが、たけさんのおっしゃるように、父親のように思っているかもしれないとも思います。また、同じ事がヴォルデモートに対しても言えるのではないかと思っています。そして、どちらのことも畏れ、敬っているのではないかと。

スネイプ先生が最後の呪文の前に見せた憎しみの表情は、たけさんのおっしゃる自分自身を憎む思いや、ダブルドアへの恨みも含めて本当に色々な意味があると思います。
その意味については、まだ私の中で十分まとまっていません。たけさんや皆様のご意見を参考にしたり、もう少し他の部分を読み込んでから考えてみようと思います。
ありがとうございました。

泣きそう

結論はまだわかりませんが、読んでいる時は、ひたすら「ああ、そうだ」としか考えられませんでした。
憎悪の表情がずっと引っかかっていたのですが、昔殺人をしたことがあって、「またこんなことをさせるなんて」という恨みの表情だったとしたら、すべて辻褄が合う気がします。
>「やりたくない」と
涙が出ました。ああ、もしそうだったとしたら、とても言い表せないほど辛かったことでしょう。スネイプの姿を追うにつけ、痛々しくてたまりません。

私も泣きたい

やっぱり「やりたくない」と言ったことがとても辛いです。
この言葉が殺人を指して言っているとしたらですが。
強い口調で言い合って、でもダンブルドアが押し通そうとしたこと、他にはなかなか理由が思い浮かびません。
そうだとしたら、仮に全てが終わってハリー達に理解される時が来たとしても、やっぱり先生は自分を許すことはできないと思うのです。なんてひどいこと!そんなことを、あのダンブルドアが依頼するのかどうか、疑問は残りますが。

初めまして。

どうしても書き込みたくなったので突然で申し訳ないですが、失礼します。
私はダンの言っていた「承知したのだから~」というのはスネイプが“破れぬ誓い”を承知したのだから、という事だと思っています。
スネイプは二章のあの場面では何も知らずに破れぬ誓いを結んだと思います。誓いはスパイの一環として情報を集め、ナルシッサを信用させる為に行った事で、その内容については一切知らなかったと思います。
ただ、それが結果としてセブルスがダンを殺さなければセブが死ぬという事態を引き起こしてしまいました。(ドラコが任務に失敗することは眼に見えていたからです)。
私はダンはドラコを守る為ではなく、セブを守る為に死を選んだんだと思っています。
そしてそれはハリーにとってこの先本当に必要な人物はダンではなくセブなんだという事も意味してると思っています。
それをよく理解していたダンはためらう事なく死を選んだと思います。
あの言い合いの場面で言えば、これから自分がダンよりも重要な人物に成りうるという事実を理解しきれなかったセブが怒った、というところでしょうか。
ダンのハリーに対する愛については5巻でも深く書かれていますが、私はだからこそセブが選ばれ、生き残ったのではないかと思っています。つまりダンはもちろんドラコもセブの事も大事だったでしょうが、おそらく一番大切に思っているハリを思って、よりハリーの為に行動できる人物を自分の命と引き換えに残したのではないでしょうか。
実際スネイプはスパイとしてヴォルデモートのすぐ近くにいますし、私達が知らない何か他の重要な事実を知っているのかもしれません。
それはもちろんこれから7巻で書かれていくでしょうが、巻を追うごとにどんどん重要度が増しているスネイプという人物は、きっと7巻でも重要な役目を負っているのでしょう。私にはそう思えてなりません。
というわけで突然長文な上、勝手な意見をどうも失礼しました。さらっと流してやって下さいね。それでは。m(_ _)m

本当に「憎しみ」の表情だったのか?

私が引っかかったのは、
スネイプ先生が最後の呪文の前に見せた憎しみの表情は・・・
の「憎しみの表情」を誰が見たか、本当に憎しみの表情だったかです。

表情を見たのは(事情の全てを把握しているわけではない)ハリーであり、ハリーの気持ちを含んだ表現になっているのではないでしょうか?

たとえば、全くの第三者が見たら
悲しみの表情だった可能性も多分にあるのではと思っています。

私は、破れぬ誓いを結んだセブルスと、ドラコを守るためにダンブルドアはセブルスに殺す約束をさせたのだと思います、だからセルブスは
悲しくやり切れない気持ちを抑えた
複雑な表情をしていたのではないでしょうか?そんな役目「やりたくない」のですから

錯視や人の目が見ているもの

追加です、上のように考えたのは
去年、人間の目を通してみるものは真実とは限らないということを学んだからです。
ひよこともリスとも判断がつかない同じ絵を見せられて、ひよこから徐々に形を崩した絵を見せられた人はひよこに見え、リスから形を崩していった過程を見せられた人はリスに見える というのを経験しました。

変だという違和感があるときは
誰の目線で書かれているかも重要ではないかと思います。

はじめまして!

ハルさん、はじめまして。
ご意見を書いてくださり、ありがとうございます。
ここでは、スネイプ先生に関する真剣なご意見、長文は大歓迎です。勝手な意見などというものは、ありません。私も思いついたまま勝手に語っていますし、何が正しいということはローリングさん以外はわからないでしょうから。また、皆様のご意見に触発されて、新しい考えが浮かぶこともしばしばあるので楽しいです。

「承知したのだから」を破れぬ誓いを立てたのだから、というご意見は新鮮でした。私は、ダンブルドアとスネイプ先生との間の取り決めだと思いこんでいたので。言われてみればそれはあるかもしれません。
ドラコの任務については、スネイプ先生は知らなかったとは思いますが、破れぬ誓いを立てるころには、大体把握していたのではないかと私は思っています。それは、スネイプ先生が、内容も知らずに、「破ったら死ぬ」ような誓いを立てるほど迂闊な人ではない、と思っているからです。
ドラコが任務を失敗するかどうかについては、後に語るつもりでいたので、ここでは詳しいことは書きませんが、ドラコもスネイプ先生もダンブルドアも助かるという選択肢はあったと思っています。ただ、やはり選択肢の一つとして、場合によっては誰かを犠牲にしなければならない可能性もあり、まさにこの時、ダンブルドアがそれを言ったのではないかと考えています。
そして、その場合、やはりダンブルドアが「より価値がある」と考えていたのは、ハリーであり、ドラコであり、スネイプ先生だったのではないかと思います。
ダンブルドアが、ハリーの指導者(ハリーのために行動できる人)としてどの程度スネイプ先生を買っていたか、ということについては、まだ私の考えが定まりません。ハリーのために行動できる人、と評価されていたような気もしますし、最終的にはきっとハリーを助けてくれるはず、という程度の可能性を信じていただけのような気もします。今後、皆様のご意見などを参考に、さらに考えていこうと思います。

コメントありがとうございました。是非、また語っていってくださいね。

誰の視点

hajime*mamaさん
確かにハリー視点だと考えれば、そこに主観が入るので、憎しみの表情とは限らなくなると思います。
この文章が、ハリー視点なのかどうかよくわからないので、少し考えてみました。これは、なかなか面白いテーマだと思います。
そこで、コメントのお返事としてここ書くと、他の方の目に触れないこともあるので、日記の方に書いてみようと思います。
ただ、今日は時間がなくて、文章がまとまらなかったので、明日書こうと思います。

長文ですみません

 私はスネイプ先生の「ダンブルドアは何でもかんでも当然のように考えているが、自分はもうそういうことはやりたくない」という言葉が、まったくしっくりきません。
 「そういうこと」=「ダンブルドアを殺すこと」だとすると、スネイプ先生は自分が死ぬのを覚悟した上で、「ダンブルドアを殺すなんてやりたくない、その代わり自分が死ぬ」と言っているのでしょうか?
 2章のスピナーズエンドで、「破れぬ誓い」を結ぶとき、私もスネイプ先生はすべてを理解していたと思っています。この誓いを結ぶことにより、自分もしくはダンブルドアが死に追いやられるということを。
 だとするとスネイプ先生は、「自分が交わしてしまった誓いのため」に自分の代わりにダンブルドアが死のうとしてくれているのに、その恩人ともいうべきダンブルドアに対し、「何でもかんでも当然のように考えているが」なんて言ったのでしょうか?そんな先生は受け入れ難いのですが…。
 もっといえば、自らとダンブルドアをこんな危険な局面に追い込んでしまうほど、スネイプ先生がおろかなことをするでしょうか?
 その上、自分が招いてしまった最悪の事態に、「やりたくない」なんて駄々をこねてる?
 私としてはむしろこの言葉は、ダンブルドアに「殺すふりをしろ」と言われたスネイプ先生が、「ダンブルドアは何でもかんでも(=スネイプ先生が味方である騎士団員たちから疎まれるような状況にあることを)当然のように考えているが、自分はもうそういうこと(=騎士団員から憎まれ軽蔑されるようなこと)はしたくない」と言っている感じのほうがしっくりくるのです。
 それに対してダンブルドアが「やると承知して(今まで騎士団員と打ち解けず距離を置いてきたのだから)これ以上何も言うな」と。
 ダンブルドアとしては、スネイプ先生を最終的にヴォルデモートの元に送り出すときの為に、「開心術に長けた敵」を欺くにはまず味方からと考え、スネイプ先生に騎士団員と距離を置かせていたと思うんです。で、今回行きがかり上、「渡りに船」でスネイプ先生に自分(ダンブルドア)を殺させて(ふりをさせて)、徹底的に騎士団員の敵に仕立て上げてから送り出した、という感じがするのですが。
 ただこの考えだとダンブルドアは生きていることになりますね。
 私は、ダンブルドアはあんなに愛しく思い気遣っていたハリーを、ヴォルデモートとの対決を前にして、果たして残して死ねるのかととても疑問に思っていましたし、シリウスの時と違って今回は、死を偽装する時間が充分にあったということから、ダンブルドアは生きている可能性もあるなと思うのです。
 とはいえ、私も「破れぬ誓い」が「死んだふり」で誤魔化せるとは思っていません。
 そこでさっきの疑問がまた浮かびます。
 スネイプ先生は、果たして自分かダンブルドアのどちらかが死ななければならないような状況に、自らを追い込むようなことをする人なのか、という疑問です。
 私としては、誓いの時にスネイプ先生が何らかの策を弄して、誓いを無効化するなどしていて欲しいです。ナルシッサ達二人の注視を浴びている状況ではかなり難しいとは思いますが、5巻でアンブリッジに偽の真実薬をつかませたように、どうにかこの局面を打開していて欲しいです。
 それでないと、ずーっとスネイプ先生の言葉がしっくり来なくて悩み続けそうです。 
 

よしえ、さんコメントありがとうござまいます。
ちょっとゆっくり考えたいので、お返事はまた後日書かせてください。

すみません、更に長くなってしまいました(汗)

私は、ダンブルドアがスネイプに自分を殺させたのだと思うので、もしそうだとすると…という前提で話を進めてみますが、この場合、鍵となるのは「ダンブルドアの世界における価値観」と、そして「スネイプが贖罪としてダンブルドアに仕えているということ」だと思います。

『ハリー・ポッター』の物語世界では、特に校長の世界観では、何度も繰り返し強調される条理に「この世には死よりも辛いことがある」というものがあると思います。この「死や肉体的傷害よりも酷い苦しみ」というのは、平らに言えば、愛する者が死んだり傷ついたりすることによる精神的苦痛のことのようで、洞窟で血を求める岩戸に対峙した際にダンブルドアがハリーに言うように、その辛さが辛さとして理解できるかどうか、すなわち、自分自身の死の方がまだマシなほど失いたくない相手がいるかどうかが、ヴォルデモートら「悪人」とハリーたち一般人(善人)を分かつ大きな分岐点と言えるようです。人を殺すことにより「魂に亀裂が入る」というのも、多分この延長線上の話で、少年トム相手に口を滑らせたスラグホーンも「敢えて(ホークラックスを作るために)自分の魂を裂くことを選ぶやつはいない、死の方がマシだ」と言っていますが、それが一般人の感覚なわけです。

なので、この世界の価値観の中では、「(誓い不履行で)死なせて下さいよ、頼みますよ、あなたを殺すなんていう任務を課すとは酷すぎる」という訴えは真っ当なものなのだと思います。ダンブルがスネイプに課した「私を殺せ」という命令は、スネイプの当初のプラン(多分)である「自分が死ぬこと」に比べて、より「辛い」行動を強いているわけです。…スネイプが善人である限りは。そして、ここにダンブルドアの作戦の見事さがあると思うのですが、悪人のヴォルデモート一味には、このスネイプが払う犠牲が全く理解できない。彼らの価値観は、あくまで「自分の死の重み > あらゆる他人の死」なので、ダンブルドアが自らの死を選ぶという戦略に出る可能性も見越せないし、ましてや、何もせねば自分が死ぬところを、かわりにダンブルドアを殺して自分は生き延びることを選んだスネイプが、実は師を裏切ってそうしたのではなく「ダンブルドアに忠実だからこそ」その行動をとったのだという事実関係には、どう頑張っても想像が及ばないことになります。

それに私のこの推測が正しければ、スネイプによるダンブルドア殺害は、スネイプが敵であれば「保身」となり、味方であれば「死以上の犠牲」となる、2つの意味を可能性として抱えているので、真相はスネイプの心の在処が証明されるまで騎士団員にも判らないし…。さすが校長、うまく考えたものだと思いました。

ところで、スネイプは確かに自分の咄嗟の判断でナルシッサと誓いをしてしまい、自分とダンブルドアの命を天秤に載せる結果を招いてしまったので自業自得とも言えます。このシーンですが、スネイプはドラコの任務のことを全然知らなくて、その内容を文字通りスパイするために知っているふりで虚勢を張っているとも取れないでしょうか。もしそうだとすると、誓いを結ぶ直前までの会話からは「誰か大物が殺される」ということが判明していて、大事なスクープであることは確かなのに、それより詳しいことは掴めていません。ここで誓いを断れば2人に怪しまれる上に、誓いの内容を述べるナルシッサの言葉から(どうも、相手がスリ抜けることを防ぐために「私の息子ドラコが」とか随分具体的な物言いをする誓いのようなので)任務の詳細が判明する可能性も高いと踏んで、自分の命を危険に晒す賭けに出たのかもしれないと私は思います。賭けは失敗し、何も情報が得られなかっただけでなく、どうにも逃れる術のない形で「もしドラコが失敗したらスネイプが任務を遂げる」までが破れぬ誓いに含まれてしまいました。自分の失敗だから、その時が来たら潔く死ぬつもりで、スネイプは今年の仕事に就いたと思います。きっと校長に顛末を報告したはずですし、その直後に「今年はDADAを任せる」って言われたら、誰でも自分が死なされる予定だと思いますって!

校長に「一旦はやるって承知した」というのがいつのことか気になるのですが、私には、これは大昔ではなくて、誓いの後、まだ学年始まって何ヶ月もたっていない内のことのような気がします。その時点では、まだドラコの標的が誰だか完全には絞れていなかったのではないかと思うのです。といっても「闇の帝王自身でさえ…」というナルシッサの言葉から校長かハリー以外には考えにくいですが、ナルシッサの表現を聞く限りではハリーの可能性の方が高い感じもします。もし標的がハリーなら、それこそ校長はハリーを殺せなんて言うはずがありませんが、しかしスネイプが本当にベラに言ったようにハリーは今まで運がよかっただけだと思っていて、予言学のような不確かなものを軽んじているとすると、最悪の場合には子供を殺すことも致し方ないと思って渋々自分の命を優先することを承諾したかもしれません。ところが、学期が進みドラコの未遂事件が続くにつれて、ターゲットが校長であることが明らかになってきます。スネイプが校長と口論するのは、その動かぬ証拠(「校長へのプレゼント」によるロンの毒殺未遂)が生じた直後です。さすがに、贖罪のためと思って忠実に校長に仕えるスネイプも、自分が仕える張本人を殺すようにという命令には、どうしても従いがたかったのではないでしょうか。この世でスネイプが心を寄せているように見える唯一の人間がダンブルドアですし、彼を殺してしまったら、自分の罪を償おうと今まで縋ってきた拠りどころ自体を失うわけですし…。

そう思うと、もしこれが正しければ、スネイプ先生は本当になんて可哀相なのだろうと思います。果たして校長がそこまで酷な任務を課すかどうかが疑問なところですが、他の部下にであれば考えがたい内容だとしても、スネイプにだけは例外的に、ここまで酷い命令をしても構わないとダンブルドアは思っているのかもしれません。なにしろ、あずかりしらぬ運命によって巻き込まれたハリーやロンと違い、スネイプが今ダンブルドアのために戦っているのは死喰い人として虐殺に加わった過去を償うための、いわば「刑」なわけで。ハリーに対してですら「君の幸福より全人類の生存を優先すべきだったのに(5巻末)」とか言ってしまえる校長のこと、実はかなり冷徹な戦術家なのではないかと私は思っています。

…あわわ。長々申し訳ありません!

駄々をこねる

【よしえさん】

私はスネイプ先生は誓いの内容はそもそもわかっていなかった、と考えています。その点については、こちらhttp://legilimens.blog68.fc2.com/blog-entry-122.htmlで語っています。この時私は、3つめの誓いを立てるときには、内容を確信していたのではないかと書きました。が、zerlさんのコメントを読んで、まだわかっていなかったかも知れないとも思い始めています。
それはともかく、誓いを立てる時点ではそのことによってダンブルドアが死ぬか自分が死ぬかの二者択一になるとは考えていなかったと思います。議論をしているこの時点においても、まだどちらも死なずにドラコも含めて生き残る方法はあると考えていたのではないかと思います。それは最後にダンブルドアがドラコに提案した方法で。ダンブルドアは、色々な可能性を想定していたでしょうから、その中の一つの選択肢として、「自分を殺すこと」を提示したのではないかと思います。そしてそれは、zerlさんがおっしゃるようにスネイプ先生にとって自分が死ぬことより辛いことなので、やりたくない、と言ったのではないかと思います。私には、そこに「駄々をこねる」のイメージはありません。

騎士団に疎まれることは、スネイプ先生にはどうでも良かったような気がします。もともと自分の世界に篭っているというか、他人との距離をとる人、他人の評価を気にしない人、誰にどう思われようと自分の価値観を貫く人というイメージがあります。1巻で、全ての先生方から誤解されようと、ハリーを守るためにクィディッチの審判を申し出たように(これはダンブルドアに言われてやったことではなく、自分の意志での行為だと私は信じています)
ダンブルドアについては、ハリーを遺して死ぬことにはそれほど躊躇いはなかったと思います。今まではずっと保護者の立場が強く見受けられましたが、6巻では章を追うごとに、一人前の人間として扱うようになってきた様子がうかがわれるますし、洞窟を出る時には、むしろ頼りにしているというか、安心しきった様子も見られました。自立した大人に育て上げた、という思いがあったのではないかと思います。そういう意味では、もうダンブルドアは必要ないというか、ハリーが自分で考え、行動しなければ、物語としても意味をなさないような気がします。そういうわけで、私はダンブルドアはやはり死んでいると思っています(ローリングさんの発言とは関係なく)
ハリーもスネイプ先生も、ダンブルドア無しでやっていかなけらばならない7巻が気になって仕方ありません。

贖罪

【zerlさん】

大変説得力のあるお話に引き込まれました。
私はスネイプ先生を愛していながら、先生がダンブルドアを裏切ったかどうかについては、いまだに自分の中で整理できていないので。
そもそも贖罪のためにホグワーツにいるのかどうかさえ、確信が持てません。
というのは、25章で、予言の盗み聞きについてハリーに語るダンブルドアの言葉に説得力がないと感じているからです。ダンブルドアは常に「信じておる」を繰り返すのみで、その理由が明らかにされず、スネイプ先生と自分との問題として、ハリーを立ち入らせることはしませんでした。この25章でも、「スネイプ先生がどんなに深い自責の念に駆られたか、君には想像もつかないじゃろう。人生最大の後悔だったじゃろうと、わしはそう信じておる」と言う以上、どんな深い自責の念だったかを示さなくてはハリーにも伝わらないし、読者にも伝わりません。
大好きな私ですら、「そうであって欲しい」と願うのが精一杯です。
ですから、zerlさんのようにきっぱりと、ダンブルドアに忠実だからこそ、「死以上の犠牲を果たした」と言い切っていただけると、その説に縋りたくなります。とは言え、まだまだ疑問点も多いので、今後も少しずつ考えていくつもりですが。

ダンブルドアは、冷徹な戦術家だとは、私も思っています。生まれたばかりのハリーを、生き延びさせるためと言いながらヴォルデモートを打ち破る力がある者として、計画通りに育てていったことや、愛おしいと思ったことが計画の欠陥だったとも言うくらいですから。スネイプ先生に一番辛い仕事を与えることも計画の一つであったと思います。
zerlさんのおっしゃる「校長の世界観」が、「愛する者が死んだり傷ついたりすることによる精神的苦痛は、肉体的な死よりも辛い」という事だとしたら、校長はこの価値観の比較を数で行ったということですね。多くの人が受ける精神的苦痛を避けるために、ハリーやスネイプ先生そして自分が犠牲を払うことはやむを得ないという判断だったということでしょうか。そうだとしたら、自分以外の二人をそこに巻き込んでしまったダンブルドアの罪は、スネイプ先生のそれよりもっと重いような気がします。


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