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2017-09

好きなわけでも嫌いなわけでもない - 2006.12.03 Sun

隠れ穴の暖炉前で語るハリーとルーピン。ハリーは単刀直入に「ほんとのこと言って、スネイプが好きなの?」と尋ねます。対してルーピンは「セブルスが好きなわけでも嫌いなわけでもない」と答えました。(6巻16章p.18)
スネイプ先生を信じるかどうかの判断は、ダンブルドアに任せているものの、感情としては、好きでも嫌いでもないのですね。

私は、スネイプ先生を好きになる前は3巻のルーピン先生が一番好きでした。
ハリーに対する態度が優しく、温かく包み込んでくれるようで、安心していられたからです。
スネイプ先生に深く惚れこんだ今では、スネイプ先生に対するルーピンの態度が気になるようになりました。ルーピンは人の痛みがわかる人だと思うからです。

月に一度、自分が自分でなくなる恐怖はどんなものなのでしょう。
「変身するのがどんな気持ちなのかわかってからは~」(6巻16章p.21)という表現から、その気持ちがわかるようになったのは、ある程度の年齢になってからのようです。思春期に入るくらいか、もう少し前でしょうか。人が死を恐れるのは、自分が存在しなくなってしまうことを想像することもできないからではないかと私は思っているのですが、『自分でなくなる』こともそれに近いような気がします。
それが、月の満ち欠けに従って、つまり28日周期(笑)でやってくるとしたら、その苦しみはどれ程のものかと思います。さらに偏見に満ちた世界で暮らさなければならない身では。
ルーピンの内面については、熱心なファンの方が深く掘り下げていらっしゃるし、私の洞察力も十分ではないので、これ以上のことは書けませんが。

そんなルーピンは、5巻のスネイプ先生の記憶の中で、ジェームズ達の行為を見て見ぬ振りしていました。それは、やっと得られた安らぎの日々を壊したくなかったからだろうと想像しますが、そのこわばった表情からは、少なくともセブルス少年の受けた行為を、痛みをもって見ていた、ということがうかがわれます。
スネイプ先生にしても、ルーピンが何者であるかを知った時から、その苦しみをわかっていたように思います。教科書丸暗記以上の知識と柔軟な思考を持っていますから。
だからこそ、同じ職場で働くことになった時、態度では憎しみを表しながらも、完璧に脱狼薬を調合したのではないかと思います。ルーピンに対して憎しみを表すのも、ジェームズやシリウスと一緒にいたことで、一括りで見ているだけであって、個人を憎んでいるわけではないと思います。ましてや「見て見ぬ振りをしていて助けてくれなかった」などと恨んでいるとは思えません。
あれだけいろいろなことがあった以上、おそらくけっして親友にはなれない、と言うルーピンですが、色々なことがあったのは、ジェームズとシリウスであってルーピンではありません。好きとか嫌いとかの感情では語れなくても、一番共感し合うことのできる可能性をもった仲なのではないかと思っています。今年からダンブルドアによって人狼たちの間にスパイとして送られたルーピンは、スパイの役割だって心得ているでしょうし、ダンブルドアの求めることもわかっているわけですから。
ダンブルドアの死後、ルーピンはスネイプ先生を信じたダンブルドアを疑うようなことを言っています。でも、もっと後、7巻でダンブルドアの信頼の真相が明かされるようなことがあれば、スネイプ先生の苦しみを理解し、一番胸を痛める人は、多分この人なのではないかと私は思っています。

● COMMENT ●

騎士団の中で、スネイプを信じてくれるとしたらルーピンしかいない、という固定観念のようなものは何故かずっとありました。ルーピンがスネイプに対する怒りを露わにしたときはルーピンの豹変の理由がまったく理解できず、絶望しましたが…。
あの時は裏打ちは全くなかったわけですが、こうして読んでみるとかなり近い立場にいるわけですね。なるほど~。

ただ、スネイプは、初めは見て見ぬふりするルーピンをも相当に恨んでいたと思います。
ルーピンが狼人間で、ジェームズたちはやっと得られたかけがえのない友人だったという事情を知らない時点では、「友人の行動を止めようとはしないくせに、本当はいやだという顔をしている」くらいにしかとらえられなかったと思います。憎しみを覚えた上で、相手をプラスにとらえることは難しいと考えます。
狼人間という事情を知ってから、好きにはなれないものの、きつい感情をぶつけることもできなくなったのではないかなと思いました。好きなわけではないが嫌いなわけでもない…お互いに、そんな感じだったのかもしれないですね。

恨み

鬼百合さん、コメントありがとうございます。

>見て見ぬふりするルーピンをも相当に恨んでいたと思います
見て見ぬ振りをするルーピンを軽蔑することはあっても、恨むことはなかったかな、と私は思っています。
というのは、私のイメージからは、スネイプ先生が他人を恨むような人には到底思えないからです。
恨むというのは、誰かに対して、期待が裏切られた時に生じる感情のように私は捉えています。「~してくれなかった」「~するとは思わなかったのに酷い」という気持ちを含むと思うのですが、それは少なくとも学生時代以降はスネイプ先生に見られないような気がしています。悲しいことに、そこまで他人に何かを期待するような人ではないような気がします。(両親のどちらかは恨んでいるかもしれません)
もちろん、これは私の主観ですし、「恨む」の言葉の捉え方にもよると思いますが、そんな気持ちで、恨んでいるとは思えない、と書きました。
ですが、ジェームズたちのグループの一員というだけで憎まれたという説は違うかもしれないと思いました。やはり、ルーピン個人として軽蔑することはあったような気もします。

ルーピンの正体を知って以降、気持ちが変わったと見るのは、同意見です。
スネイプ先生がルーピンのことを、どう思っているかですが、ジェームズたちの仲間として今も憎み、軽蔑するものの、人狼としての苦しみは理解できる、といった感じではないかと今の私は思います。あくまで感情は「嫌い」寄りで。

なるほど…

>恨むというのは、誰かに対して、期待が裏切られた時に生じる感情

>ジェームズたちの仲間として今も憎み、軽蔑するものの、人狼としての苦しみは理解できる


す、すごいです。的確です!
「期待が裏切られたときに生じる感情」という解釈はぴったりきました。
この考察でルーピンとスネイプの関係が鮮やかにわかり、相当嬉しいです。さすが二尋さん…。

参考程度で

わー、鬼百合さん、ごめんなさい!
あくまで私の思うスネイプ先生を書いただけであって、そんなに的確かどうかはわかりません(汗)
「ルーピンを恨むスネイプ先生」というものを否定するつもりはなく、気をつけて書いたつもりでしたが、やはり十分表現しきれなかったと思います。なんだかねじ伏せるような書き方をしてしまったかもしれません。
参考程度にしてくださいね~

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ありがとうございます

私も自分で書いた文章を読み返したり、どなたかの文章を拝見するうちに、新しい考えが浮かんできて、どんどん変化していきます。
それが面白いのですけど。
コメントをいただくことによって、自分の考えがよりしっかりまとまったり、思いもかけない説から新たな考察が生まれたり。
また、色々なご意見をお聞かせください。


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