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2017-08

『上級魔法薬』の本 - 2006.09.23 Sat

6年生初の、魔法薬学の授業。N.E.W.Tレベルに進んだ生徒は12人しかいませんでした。
この授業を受けられるとは思っていなかったハリーとロンは、教科書も秤も材料も用意していませんでした。快く全てを貸してくれると言ったスラグホーン先生、棚から古い教科書を2冊、持ってきてくれました。
2冊持ってきた、ということは、ハリーとロン以外は、教科書の用意があったということですね。
では、ハーマイオニーはもちろん、ドラコやアーニー・マクミランも
O.W.Lで「O」を取ったということになりますね。ドラコは今までスネイプ先生に贔屓されてきたようにハリーは思っていましたが、やはりそれなりの実力はあったということでしょうか。それとも、スネイプ先生がドラコを褒めて育てた結果とか。

O.W.Lで「O」が取れず、ハリー達同様、授業が受けられないと諦めていた生徒達はいたと思うのですが、先生が変わったと知らされても、授業を希望しなかったのでしょうか。学校側は、教科書リストを送る際に、書き添えておくべきだったと思います。スラグホーン先生を説得できた時点で、魔法薬学の担当が変わったことはわかっていたはずですから。

さて、上級魔法薬の2冊の古本のうち、書き込みの多い方がハリーにまわってきました。
半純血のプリンスの持ち物だったものです。これは、偶然ハリーの手に渡ったのでしょうか。
偶然か、必然か、となると、スネイプ先生は綿密な計算の下、計画的に動いているように思うので、渡るべくして渡ったのではないかという気はします。
後に、セクタム・センプラを使ったハリーに教科書を持ってくるよう言い渡したスネイプ先生。替え玉のロンの教科書を持ってきたハリーに対して、嘘つきのペテン師などと言うものの、それ以上追及しませんでした。容認したのだと思います。
かと言って、最初からハリーの手に渡るよう細工したかどうかは疑問です。そのつもりだったのなら、セクタム・センプラ使用時に、開心術まで使って調べようとはしないはずですから。あの場面、先生は本当にハリーがそんな呪文を使えるのを知らなさそうでした。やっぱり偶然だったのでしょうか。それともそのように見せかけるためにわざわざ開心術を使ったのでしょうか。よくわかりません。

ただ、偶然だったにしても、その教室の戸棚、生徒が触れるような公共の場に、スネイプ先生が自分の教科書を置いておいたのは事実です。
ハリーの手に渡るよう置いた以外、どんな理由が考えられるのでしょう。
本文が読めないほど書き込みをし、使い込んだ教科書に愛着がないとは思えません。もう使わないにしても、手放す必要もないはずです。
古教科書の一つとして寄付したわけではないと思います。
まだ使っている最中でしょうか。まだ使っている可能性ついては、長くなりそうなので、次回書くことにします。

でも、使っていたなら、紛失したことにも気付きそうですが・・・
やっぱりスネイプ先生、偶然を装いハリーに渡したと考えた方がしっくりくる気がします。
ハリーに渡るようにちょっとした魔法をかけるくらい、スネイプ先生ならできそうですし。
それとも、母の持ち物でもあり、散々使い込んだ本ではあるけれども、何かのきっかけで、きっぱり決別したのでしょうか。
捨てたり焼いたりはできず、15年ほど前に着任した時に戸棚の奥深くに突っ込んでしまい、忘れてしまったのでしょうか。

色々な可能性が浮かんできて、まったくまとまりません。
スネイプ先生の書き込みだらけの本がハリーの手に渡る。こんな衝撃的な事実が、物語の都合上、なんとなく起こったとは思えません。
きっと、7巻で明かしてくれますよね!

● COMMENT ●

偶然か、必然か

こんにちは。
ホグワーツ生徒数は1000人くらいとのこと、一学年は約140人とすると、一割にも満たないのですね。癒者や闇祓いになるには魔法薬学が必要ですが、そういう進路を希望する生徒は少ないのでしょうか。化学好きの生徒はいないのか。実生活にはあまり役立たない科目なのかもしれませんし、毎週二時限(ではないかもしれませんが)の実習とレポはきついですかね。先生はもっときついんですけど。

さて、上級魔法薬の教科書、教職に就いて数年は教える側の参考書として使っていて、最近はしまいっぱなしだった、のではないかしら。スネイプ先生が意図してハリーの手に渡るよう細工したとしても、書き込みどおりのことをハリーが行なうかはわからないし、「半純血のプリンス蔵書」という箇所を見つけるかどうかもわかりません。持って来いと追求された後は、ハリーは必要の部屋に隠したままですから、ずっと使ってほしかったのならこれは逆効果です。(それともこの時点で役目を終えたのでしょうか…)
この教科書によってもたらされた数々の出来事、
①フェリックスフェリシスを手に入れた。(それによりスラグホーンの記憶を手に入れホークラックスとヴォルデモートについて知識を得た。死喰い人との戦いでロン達が無事だった。)
②呪文を覚えた(耳塞ぎ呪文など)
③ロンがベゾアール石で助かった
④プリンスの素性を知った
など(他にもあるかとは思いますが)はどれもハリーの選択によってもたらされた出来事だと思うのです。スラグホーンの初授業はフェリックスフェリシスがご褒美というのが恒例だったとして、スネイプ先生がそれを知っていたとしても。

かといってまったくの偶然というわけではなく、もう少し積極的な運命・・・『ハリーのトラブルメーカーな性質』がこの教科書をひきよせたのではないかと感じました。(でも、この説に固執しているわけではありません、自分の中でもいろいろな可能性が出てきてます…)

置き忘れ?

千穂さん、コメントありがとうございます。

なるほど、最初は参考書として使っていたという説ですか。
6年生以上の生徒に教える際の。
内容も高度で複雑ですから、最初は虎の巻も必要だったかもしれませんね。特に最初の頃の6,7年生とは年も近いしなめられないよう、気を遣ったのかもしれません。

ハリーに渡るよう意図したとしても、ハリーが使うという選択をしなければ、たしかに意味はありませんね。やはり偶然でしょうか。
偶然だったことへの疑問はありませんが、その棚に置いていたことへの疑問が解決しないです。
過去、参考書にしていたとしても、現在なぜそこにあるのか。先生が置き忘れるということはないようなイメージなので。
それともそんな私のイメージにはお構いなく、やっぱり先生も忘れる人なのでしょうか。

先生も人

私は単純にセブルスはどこかに置き忘れたのだと思っています。
『生徒が触れるような公共の場に、スネイプ先生が自分の教科書を置いておいたのは事実です。』
と言いますが、セブルスが置いた(置き忘れた)のは別の場所かもしれません。それをホラスがたまたま見つけて棚に置いたのではないか…そう考えています。
その場合、「未だ学生時代の教科書をセブルスが持っているということはないだろう」と思って中身も見ずに生と貸し出し用の場所に置いたのではと思っています。

また、教科書は変わります(少なくともマグル界では10年に一度は改訂版がでます)。
着任して1、2年はもしかしたら読み返していたのかもしれませんがそのうち新しく教科書の改訂版がでることがあるので買い替え、昔の自分の古い教科書はどこかにおいていたのかも。

セブルスが意図したことはなく、私はハリーの事件に巻き込まれる体質とも呼べるようなものがセブルスの教科書を手元に引き当てたんじゃないかなと思います。

腑に落ちない

榴さんコメントありがとうございます。

>セブルスが意図したことではない
そうですね、私も実のところそうだろうと思っています。少なくともこの記事で書いたことより、一番可能性が高いと思います。
しかし一方で、スネイプ先生がこの教科書を「置き忘れる」ということはやはり信じられないでいます。
うっかりな面のある人でだとは思いますが、自分で開発した呪文、特に闇の魔術(愛撫するように語る分野)の書かれた本を、他人(生徒だけでなくスラグホーンにも)が目にする場所に置き去りにするようには思えないのです。犯せない領域というか、呪文か何かで保護するくらいの特別なものだったのではないかと思います。
ハリーの手に偶然渡ったのは、「事件に巻き込まれる体質」という点は納得できても、そもそも「棚にその本があった」という点では納得できる理由に出会えません。

改定については、マグルの世界はともかく、この教科書についてはろくにされていなかったのではないかと思います。
プリンスの書き込みのある教科書を持ったハリーしか『生ける屍の水薬』を完成させられなかった、ということは新しく買った教科書には依然間違いが載っているということで、そういう部分は真っ先に改定時に直されるのではないでしょうか。
「教科書の何ページを開け」という指示の描写は、ルーピンの代理授業の時だけで、後は黒板に作り方を示している場面ばかりでした。
スネイプ先生は、改定もされていない教科書はあてにせず、自分で正しい調合法を黒板に示すために、自分の書き込みを見ていたのではないかと思います。毎年同じことを教えるならもう覚えていたかもしれませんが、慎重な先生(イメージです)なら、その都度確認していたのではないかと想像しています。つまり、ハリーたちの上の学年の6年生は、最初から『生ける屍』の水薬の正しい調合法を黒板に示してもらっていたのではないかと思います。

でなければ、いっそスネイプ先生はこの教科書を使っていなくて、スラグホーンが教えるようになったからこそ再び教科書として指定してきたのかもと、考えることもできますね。そうだとすると、スネイプ先生はそもそも教授時代にはこの本を見ることなく、やはりどこかに隠すようにしてしまっていたんじゃないかと思え、ますますつじつまを合わせるのが難しくなってきます。
もちろん、「作者の都合」で片付けてしまうこともできるしそれが一般的なのでしょうけれど、物語の中で起こったことは全て登場人物の意図があったと考えるのが私の楽しみなので、ここは合点のいくまで事あるごとに考えていきたいです。

スネイプの教科書について

以前、この記事(http://legilimens.blog68.fc2.com/blog-entry-471.html)でもコメントをしました者です。その時のお返事を見て、どこにコメントをしたか一応探してみたのですが見つかりませんでした。代わりにこの記事を見つけて、興味があったのでコメントしたいと思います。

「母の持ち物でもあり」とありますが、スネイプの上級魔法薬の本は母アイリーンのものだったのでしょうか。それは初耳なので、情報源をご存じなら知りたいと思います(管理人さんの個人的な推測だったらすみません)。
というのも、私はスネイプが書き込んだ教科書を手放した理由として、次のように考えていました。
その教科書は50年前のもので、スネイプ先生が生まれる前のものでした(ルーピンも「50年前にはジェームズはいなかったよ」と言っていたように)。それで、スネイプ先生は恵まれない家庭に育ったので教科書を買ってもらえず、学校にある中古の教科書を貸してもらったのではないかと(つまり、ハリーが学校から借りたときには、その教科書はすでに「中古の中古」になってたということになりますね……)。それで、スネイプは卒業したらその教科書を学校に返さなければならないとは知らずに、好き放題書き込んでいたのではないかと思っていました。なんだか性格上、思いついたことはすぐに書き留めるタイプにも思えます。
もしくは、羊皮紙を買ってもらえないほど家庭に恵まれず、メモを取るための羊皮紙もなかったので、仕方なく学校から借りている教科書に書きこんでいたのではないかと。5巻の描写からスネイプの下着は薄汚れていたそうなので、下着も十分に買い与えてもらえないほど親からネグレクトを受けていたであろうと考えれば、羊皮紙すらも買い与えてもらえず、借りた教科書に書き込むしかなかった、というのもうなずけます。
以上が、私が考えていた「スネイプが、書き込んだ教科書を手放した理由」ですが、なんだか、現実的過ぎて夢のない推測ですね。

話は変わりますが、私も作中で起きたことを「作者の都合」で片づけることには同意できませんし、管理人さんの登場人物にも固有の人格を認めるという姿勢に大いに同意します。私の場合には、哲学を勉強しているので、少し普通の人とは見方が違いますが、架空の登場人物にも固有の人格を認めなければならないと考えています。
ですから、正直に「作者の意図」というのはあまり興味がありません。しかし、物語を考察する際、とにかく「作者の生い立ち」や「時代背景」「宗教」などを考慮する人は多いですね。例えば、ハリポタの論文を読むと、スネイプ先生の生徒へのいじわるな言動は、作者自身の小学校のいじわるな先生が元となっている、などと論じる人がいますが、やはりそういった作者の生い立ちというのは、スネイプ先生を理解するうえで役に立たないでしょう。作者がどう考えていても、「登場人物本人の人格」というのが、一番大事ですね。それに作者の発言で、「私はいつもダンブルドアをゲイだと思っていた」などというのがありましたが、そんな客観的な言い方をしているあたり、作者自身登場人物に人格を認めている印象を受けます。
私は文学作品の論文を読むときにも、まず「作者の生い立ち」などから語る論文は読む気がしませんが、逆に「この時登場人物は何を考えていたか」を語る論文は、優れた論文だと思います。
話が脱線して、申し訳ありません。

Re: スネイプの教科書について

シーオーさん、コメントありがとうございます。

半純血のプリンスの蔵書だった上級魔法薬の本の持ち主についてですが、作品外(例えばインタビューに応じた時など)で作者が明言したかどうかはわかりません。ですが、全くの私の個人的な推測ではないというか、そう考えるに至った描写は本文中にあります。
6巻30章p.433の「あの本が、一度はアイリーン・プリンスの本だったっていう私の考えが、正しかったっていうだけ」というハーマイオニーの言葉です。
この言葉だけでは、ハーマイオニーの推測の域を出ていないとは思いますが、かと言ってそれを否定する材料も見当たらず、私はその通り信じています。

とは言え、本当にアイリーンのものであった、という確かな情報を見つけられていない、という状況は変わりません。
Potternoreを見ると、各キャラクターの過去はその親の世代からきっちり物語が作られているようなので、もしかしたら今後「実は、あの教科書はアイリーンのものでもなかった」という事実が明かされるかもしれませんね。

シーオーさんの見解、興味深く拝見しました。
借り物に書き込むような人ではないと思いますが、借りた本を返さなければいけないとは知らず、ということでしたら納得できます。ただ、「ホグワーツには教科書や制服を買うのに援助の必要な者のための資金がある」と6巻で過去のダンブルドアがリドルに言っていたので、教科書は古本であってもみんな自分で購入するのではないかと思います。
また、ハーマイオニーの説を信じる私としてはむしろ、Princeの筆跡だけ母親のもので、そこに学生セブルスがThis book is the Property of the Hulf-Blood-を書き加えた、と想像する方がしっくりきます。


後半の文章も大変興味深く拝見しました。
というのも、私も常々同様のことを考えていたからです。
私は文系出身ではないので、物語に関する論文を書いたことはなく、読んだこともほとんどありません。
目にするのはネット上での考察のみですが、やはり作者の宗教感や生い立ち、作者が読んでいた神話などの本から論ずる文章が多く、考察するとはそういうものなのか、と半ば諦めの気持ちでいました。
私が興味のあるのは生身の人間であるスネイプ先生の思考や感情で、それを物語中に書かれた情報を元に色々考えるのが楽しいので、それが考察の形を呈していようといまいと、文学的であろうとなかろうと私には関係のないことでした。あくまでスネイプ先生の人物像が私の中で定まってくれば良いだけです。
思いがけない部分に共感していただき、嬉しいです。


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