topimage

2017-08

混じりけなしの憎しみ - 2006.08.16 Wed

ホグワーツ特急内でのドラコの攻撃により、身動きできない所をトンクスに助けらたハリーは、トンクスと共に歩いてホグズミード駅からホグワーツに向かいます。
しかし、学校へ着いても、警備措置が強化された校内には入ることが出来ません。苛立つハリーを誰かが迎えにきました。フィルチでも構わないと喜ぶハリーでしたが、灯りが二、三メートル先まで近付いた時にハリーは初めて、スネイプ先生であることに気付いたのでした。

フィルチでも構わないと思ったハリーですが、スネイプ先生の姿を認めると、混じりけなしの憎しみを感じます。混じりけなしの憎しみ(pure loathing)という表現から、スネイプ先生への憎しみの感情は並大抵のものではないことがうかがえます。
城に向かって先生と一緒に歩きながら、ハリーは憎しみが波のように発散するのを感じていました。シリウスが死んだのはスネイプ先生のシリウスへの態度のせいだと思いたいハリー。スネイプ先生を永久に許すことができない存在と考えています。

いくらなんでも、ここまでハリーに憎まれるのには何か理由があるような気がしてなりません。
そもそも、最初の出会いから、スネイプ先生は幼いハリーに対して、まるで嫌われることが目的であるかのような、あまりにも理不尽な態度をとっています。ハリーは最初は、スネイプ先生に対して生意気な態度をとっていないにも拘らず。
スネイプ先生が、憎まれ役を演ずる理由について、kmyさんがこちらで考察されています。騎士団員の前で敢えて友好的な態度を取ることを避け、ダンブルドア側であるという本当の正体を他人の口からも明らかにされないようにということなのではないかとのことです。

では、ハリーに対してはどうしてここまで混じりけなしの憎しみを感じさせる必要があるのでしょう。
ハリーはヴォルデモートの持ち合わせない『愛』を多く持っていることで、ヴォルデモートを打ち破るとされています。しかし、両親を殺されたことにより、燃えるような復讐心を掻き立てられたのも事実です。愛だけではなく、憎しみもまた、ヴォルデモートに対抗する原動力として必要なのではないでしょうか。
5巻の神秘部の場面において、ベラトリックスに対し、『磔の呪文』を口にしたハリー。しかし、ベラトリックスは苦痛に泣き叫んだり、悶えたりはせず、『許されざる呪文』を使ったことがないようだ、と指摘します。「本気になる必要があるんだ、ポッター!苦しめようと本気でそう思わななきゃ(中略)まっとうな怒りじゃそう長くは私を苦しめられないよ(後略)」(5巻36章p.605)
また、6巻28章で、スネイプ先生に対し同様に『磔の呪文』を唱えたハリーに、スネイプ先生も言っています。「ポッター、おまえには『許されざる呪文』はできん!」「おまえにはそんな度胸はない。というより能力が―」(6巻28章p.431)
許されざる呪文を使えるようになるには、相手を本気で苦しめようとする負の力、憎しみが必要なのだと思います。

また、ダンブルドアはこうも言っています「無垢な者にとって人を殺すことは、思いのほか難しいものじゃ」(6巻27章p.408)
そしてハリーに対しては「きみの心は純粋なままじゃ」(6巻23章p.292)
ハリーは闇の帝王の知らぬ力(愛)を持つとされながら、最終的には愛でヴォルデモートを救うのではなく、殺さなければならない運命にあるようです。(私は愛で救って欲しいのですが)
ヴォルデモートを殺すには、例えばグリフィンドールの剣を使って物理的に殺すか、死の呪文を使うかしか思いつきませんが、いずれにしても、純粋なまま、無垢なままのハリーではヴォルデモートは殺せないということだと思います。
その時、剣を向けられるよう、あるいは、許されざる呪文を使えるよう、混じりけなしの憎しみを培うことこそが、スネイプ先生に与えられた役割なのではないかと思っています。それは、ハリーが入学する以前から、ダンブルドアと取り決めのできていたことかもしれません。
そしてもしかしたら、最終的には自ら実験台になってハリーの『許されざる呪文』を完全なものにするつもりではないでしょうか。
だからこそ、28章でハリーが次々唱える呪文をかわしながら、「おまえが口を閉じ、心を閉じることを学ばぬうちは、何度やっても同じことだ」(6巻28章p.432)などと指導したのではないかと思うのです。

● COMMENT ●

六巻を読み終えて。

はじめまして。こんにちは。突然お邪魔します。お盆休みを利用して「謎のプリンス」をさきほど読み終え、もやもやしていたところこのブログに遭遇させていただきました。深い考察に心を撫で下ろさせて頂きました。感謝です。

実は私も「スネイプ」に愛を持たずにいられない一人です。JKLさんの胸のうちは7巻を読まないことには解かりませんが、単に意地悪先生として描くには奥が深すぎますね。長き巻に渡って複線をはって描き、最終巻直前にわざわざひとつの巻の題名にするくらいですからそうとうな入れ込みのあるキャラでしょう。

勤勉で努力家、冷静沈着で頭が切れる。判断力も高い。トムリドルが天才ならばスネイプは秀才に見えます。

ちょっとだけ話をそらせますが、「女王の教室」というドラマが流行ったことを覚えていらっしゃいますでしょうか。この話は鬼教師の重要性や究極の愛の深さ、真に救うということについて描かれていました。レベルこそ違えども描き手の気持ち意図がもし一緒ならば・・・。

ダンブルドアは将来のある若いドラコをヴォルテモートに殺させないよう、殺人者にしないよう更にスネイプを誓いのしくじりによって死なせないよう又確固たる敵方の者であるように仕向ける為に、それがハリーを含む勝利への勝ち札であると信じ自らを犠牲にすることを選び、その究極の選択に応じた凄者がスネイプなのではないでしょうか。 だとすると本当に二人とも(ダンブルとセルブス)すごいですよ ね。

そうであって欲しいという願いでした。

究極の選択

ゆうゆうさん、はじめまして!
6巻を読み終えたばかりのもやもやしたお気持ち、よくわかります。特にスネイプ先生に愛を持たずにはいられない方なら尚更です。
>そうとうな入れ込みのあるキャラ
私もそう思います。その文章から作者の『愛』すら感じます。
>女王の教室
何度か拝見して、スネイプ先生との共通点(願望を含む)を探しました。理不尽な言動の意図するところが、同じだといいです。
全てのスネイプ先生の行動が、『究極の選択』に応じた結果であって欲しいです。
コメントありがとうございました。また是非いらして下さいね。

必ず最後に「愛が勝つ」

涙涙。ご返答うれしく思います。この後色々と検索していましたら、「スネイプ先生」(私も先生をつけますね)を愛しておられる方が大変多いことに驚きました。掲示板も色々あるのですね。ニ尋さんの他ページのところでのコメントもお読みいたしました。とても興味深いです。皆さんの様々な推理もすばらしいですね。もう愛でいっぱいです。

ところで知り合いも一巻から「スネイプ先生」のファンだったこともあり、このページの「スネイプ先生人形の写真」のような人形を私も作っていました。押し付けがましくもそのページのURLを添付させてもらっちゃいました。私のスネイプ先生もかわいがっていただけるとうれしいです。

では他の掲示板にも今度出現させて頂きますね。ありがとうございました。

素敵ですね!

ゆうゆうさん、再度コメントありがとうございます♪
昨日のお返事は、携帯からで、字数制限があったため、ずいぶんそっけない文章になってしまっていて申し訳ありませんでした(汗)

スネイプ先生人形、とっても素敵です!!
私が作ったのは、雪だるまなんです。人形で先生の鼻が作れるなんて尊敬です。細身の体も、黒い衣装も本格的ですね。

はい、スネイプ先生を愛する方は、たくさんいらっしゃいます。
私は、皆様の愛を伺うのが大好きなんです。
ぜひ、掲示板にもお越しください。
こちらこそ、ありがとうございました。


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://legilimens.blog68.fc2.com/tb.php/126-9c6b7ab2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

お出迎え «  | BLOG TOP |  » ローリングさんの言葉(ネタばれはありません)

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード