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2016-03

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ベールの向こう - 2016.03.10 Thu

先日、「ベールの彼方に の全体的な解釈をお聞かせ下さい」「シリウスの遺体が消えて無くなってしまったことの解釈をお聞かせ下さい」という質問を受けました。いつもスネイプ先生のことしか考えていない私には、とても難しい質問でした。
その方は、作者の都合でシリウスの遺体がなかった、その行く末を書くことが、もうめんどくさくなっちゃったのかな?とお考えのようでしたが、私はそもそも作品全体が作者の都合だと捉えていて、作者の都合は登場人物のセリフや行動、世界観に反映されていると考えているので、きっと何か理由はあると思って考えてみました。

作品の中の死には、作者の死生観が強く影響します。作者に信仰があるなら、宗教との関わりも無視できません。この場合はキリスト教ですが、さすがにキリスト教の死生観を調べて咀嚼して飲み込んで消化するのは一朝一夕にはできませんから、そこは一切省いて考えてみました。

私は、ベールはこの世とあの世を隔てる物として考えています。
つまり、あの世はハリー・ポッターの世界に確実に存在する、という考えです。
そこに存在するのは死者の魂です。
死んで身体だけこの世に残り、魂が向かうのがあの世(天国)だと思っています。
傷ついたり分割して物体に収めることのできる物として扱われた魂は、心よりもずっと確かな物としてハリポタの世界に存在しています。
ゴーストのことを、「この世を離れた魂が地上に残した痕跡だ」(6巻p.)とスネイプ先生が授業で説明しています。
また、ニックは「私は残ることを選びました」「私がいるのは、ここでも向こうでもないのですから」(5巻38章p.684)と言っています。、生きた肉体からは離れたけれど、ベールの向こうの世界に行くことを拒んだ魂がゴーストなのだと思います。

シリウスが身体ごと消えてしまったことについては、死は「不可逆反応」だということを知らせるためのものだと解釈しました。一方通行の反応だということです。

魔法使いは、魔法によってこぼれた水も盆に返せますし、アイテムを使えば時間だって遡ることができます。
マグルがやり直したいことは大抵魔法でできてしまう。
ただ、死だけは逃れることができない。一度死んだら何をしても生き返れない。
ヴォルデモートが死を恐れるのも、自分の力ではどうすることもできないとわかっているからだと思います。

たぶん、シリウスは生きたままアーチをくぐったのだと思います。
なぜなら、ベラトリックスの呪文は胸に当たった時はまだ笑顔だったのに、アーチをくぐる時は恐れと驚きの入り混じった表情になっていたからです。
生きたまま向こうに行ったのに帰ってこられない、これこそが、一方通行を決定付ける表現だと思います。

上にも書きましたが、ハリポタの世界では、魂は心よりずっと確かな存在として描かれています。
傷ついたり分けることができたり、ディメンターが魂を吸い取るという表現も、体が傷ついても魂は無傷という表現も、魂は身体の中にありながら別の物として存在していることを表しています。
通常は身体から魂だけがアーチの向こうに行くものなのでしょうが(行くことを拒むとゴーストになる)、シリウスの場合は身体ごと行ってしまった。
それでも、魂が行ってしまえば戻る術(すべ)はない、という非情さを知らせる手段がアーチにかかったベールだったと私は考えています。生きた人間が行っても戻って来られないからこそ、ルーピンはハリーが行ってしまわないようになんとか抑えていたのだと思います。

ただ、神秘部ではアーチの研究をし続けているようですから、いずれ魔法使いは向こうの世界と行き来できるようになるかもしれませんし、その時にシリウスが戻ってくるための布石かもしれないと思っています。
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