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2015-12

8年 - 2015.12.02 Wed

私がスネイプ先生の死を知って今日で8年になりました。本当の命日ではないけれど、今も私にとっては12/2は重要な日です。8年前の今日は、人目を忍んでだいぶ泣きました。

何年も経つうちに、その悲しみも癒され、静かにこの日を迎えるようになっていたのですが、つい先日、ローリングさんがまたも思いがけない事をTwitter上で発言して、久しぶりに心を乱されてしまいました。
スネイプ先生が何のために死んだか、何をしたかったかを、ファンの質問に答える形で語ったのですが、それはまさに私が一生かかって考え続けたい、と思っていたことでした。

人の心の内など、当人ですらわからないものだし、ましてや他人などには一生かけてもわからないでしょうから、ライフワークになるな、と思っていたのですが、実在の人物と違って、物語の登場人物には創造主がいたのです。神とも呼べるその人が、こうである、と語ってしまったら、私はそれを受け入れるしかありませんでした。考えたこともないような突飛な話ではなく、むしろ私も「すかな?」とは思ったことのある内容ですが、確定しないでいて欲しかったです。

今回わかったことですが、私の楽しみ方は、キャラクターを自分の中で発展させるタイプではなく、作者が描いた通りのスネイプ先生の姿を探すことにありました。元々は何を考えているかわからないスネイプ先生の人物像を私の中で明らかにする目的で始めたブログでしたが、人物像がある程度定まった後、私が目指したのは、作者が描いた真のスネイプ先生の姿を見つけることでした。「私の解釈=作者の言いたかったこと」になるようにしたかったのです。

スネイプ先生の中に一本通っているすじが何なのかよくわからないまま、ぶれないその姿に惚れ込んで、芯にあるものはずっと考え続ければ良い、私自身年齢によって見方も変わるのだし、と長い目で見ていく気満々でした。
ところが、それが明かされてしまったのです。

前述の通り、私は私なりの解釈でスネイプ先生の人物像を作り上げることより、作者が描きたかったスネイプ先生という人物を『探す』ことに重きを置いていたため、スネイプ先生のことをもっともっと知りたい、という熱い気持を失ってしまいました。
これは本当に辛いことで、知りたい気持ちを失ったとわかった日、涙が止まらず、久しぶりに泣きながら寝ました。翌日、泣き腫らした目は一日中痛くて、その感覚は8年前のスネイプ先生の死を知った翌日にそっくりでした。
スネイプ先生には本当に泣かされます(笑)

今回はまるで涙の質が違いって戸惑っていますが、これだけ泣けるなら、愛まで失ったわけではないと信じたいです。表現の方法がわからなくなっただけで。
しばらくは迷走しつつ、自分の気持ちに向き合い、今後の在り方を考えようと思っています。

ローリングさんの言葉の日本語訳がポッターマニアさんにあるので、まだご存知ない方はそちらをご覧ください。
ハリー・ポッターが息子にスネイプの名前をつけた理由

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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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