topimage

2012-09

新聞 - 2012.09.27 Thu

2巻で、車に乗って遅れて学校に到着したハリーとロンが、スネイプ先生の部屋で叱られる場面がありました。その時、スネイプ先生は、マグルに見られていたことを告げながら、二人の前で夕刊予言者新聞を広げました。
スネイプ先生は、新聞を取っていたのですね。

魔法界の新聞が最初に登場したのは1巻で、まだハリーが自分を魔法使いだと知ったばかりの時でした。
海の上の岩の上の小屋で夜を明かしたハリーは、新聞を運んできたふくろうが戸を叩く音で目を覚ましています。その時、ふくろうは新聞をポトリとハグリッドの上に落とし、寝ているハグリッドを突いて起こそうとしました。新聞代の5クヌートを要求していたのです。
新聞は、その都度、料金を支払っていることがわかります。

5巻には、ハーマイオニーが朝食時に新聞を受け取り、ふくろうに1クヌート払う場面があります。
ハグリッドが払った額よりずっと少ないけれど、もしかして、学割でもあるのでしょうか?
確かに私の所属する業界紙にも学割が存在しますから、魔法界もそうだったかもしれません。
でなければ、ハグリッドは日刊予言者新聞ではない別な新聞を買っていたとか。その場面には“新聞”としか書いていないので。もっとも、魔法界に日刊予言者新聞以外の新聞があるかどうかわからないのですが。

スネイプ先生は夕刊予言者新聞を読んでいることが確認できましたが、先生だし、新しい情報は何かと必要ですから、朝刊も購読していたと思います。
スネイプ先生も5クヌートなり1クヌートなり払っていたことでしょう。夕刊はさらに別料金かもしれません。

この新聞、ふくろうがくわえているのを落としている、という描写を読むと、どうも一羽につき一部しか届けられないように思われます。
ふくろうは適当に売りに来るわけではなく、ちゃんと相手を認識して届けているようですから、定期購読の申し込みは必要なのでしょう。
ウィキペディアによれば、イギリスには日本のような戸別配達の制度はないとのことですから、これは郵便に近い感覚なのかもしれません。

ここで気になるのは、「新聞を広げる」という動作に"unroll"が使われていることです。
unrollは巻いてあるものを解く、という意味での“広げる”なので、新聞は丸めて届けられているのだと思われます。
丸めているならもしや羊皮紙製?とも考えたのですが、1巻でまだ魔法界のことを何も知らないハリーが、ふくろうの落としたものを新聞(newspaper)と認識しているので、やはり見た目はマグルの新聞と同じで、それをくわえ易くするために丸めているのではないかと推測しています。


スネイプ先生はやはり地下の研究室で新聞を受け取っていたのでしょうか。
冒頭に書いた2巻の場面では、新入生の歓迎会以前にスネイプ先生は夕刊予言者新聞を読んでハリーとロンを待ち伏せしていたようですから、先生は大広間では受け取っていないようです。やはり研究室か、職員室か。
新聞を読む前、ホグワーツ特急から降り立った生徒の中にハリーがいないことにいち早く気付いて、外で気を揉んでいたのなら外で受け取ったかもしれません。
ふくろうはちゃんと届け先を把握して届けているので、その時スネイプ先生がいる場所に届けてくれるものと思います。でも、地下の部屋では、窓からは届けられないですね。屋内の階段を飛んでいくとか?

スネイプ先生がふくろうの足についた革袋に小銭を入れる姿を想像すると、なんだかとても可愛いです。
ハグリッドに代わってハリーが銅貨を革袋に入れる時、ふくろうは足を差し出しています。
スネイプ先生の前で足を鷹揚に差し出し、そこに括りつけられた袋を開けさせるなんて、なんてすごい力を持っているんでしょう!そんなことが出来るのは、ヴォルデモートくらいかと思っていましたが。(やろうと思えばダンブルドアもできると思います)

スネイプ先生は、毎日ふくろうに支払う小銭をどうしていたのでしょう?
あの研究室に瓶を並べる几帳面さを思えば、小銭もきちんと用意して機能的に収納あるいは身に着けて、スマートにふくろうの革袋に入れていたのではないかと思います。
が、その一方、身だしなみに気を使わないずぼらさで、小銭の管理も無頓着、時に小銭が無かったり足りなかったりすることも想像できます。
ふくろうに急かされ激しく突かれながら、もたもた小銭を探すスネイプ先生も、可愛くて捨てがたいです。

手の位置 - 2012.09.09 Sun

ローリングさん直筆のスネイプ先生画から気付いたことことは、もう一つあります。
スネイプ先生の手の位置です。
jkrスケッチ手
胸元で手を組み合わせるスネイプ先生

この胸元で手を合わせるような姿勢は、私にとっては大きな驚きでした。というのは、この絵を最初に見た時(多分6巻を読む前)の私は、スネイプ先生は腕組みをしない人だろうと勝手に思っていたからです。

私は腕組みに対し、学生時代に受けた授業の影響から“自分をガードするもの”というイメージを持っています。(必ずしもそうでない場合もあるようですが、概ねそう解釈することが多いようでした)
そして、スネイプ先生は自分をガードしたりしない、というのが5巻までを読んだ時の私のスネイプ先生のイメージでした。優れた閉心術士のスネイプ先生は、その術によって十分心を閉ざせるので、腕組みなどの無意識な動作によるガードなんか必要ないと思っていたのです。
ローリングさんに特に意図はなかったにしても、胸元で手が組み合わさるようにして描かれたスネイプ先生の姿はそれだけで印象に残りました。

もう一つの絵は7巻後に見たのですが、やはりスネイプ先生は腕を前に突き出し、昔の中国の挨拶のように袖で手を隠すようにして合わせていました。
JKRスケッチ2
両手を袖の隠すようにして前で合わせるスネイプ先生

この絵のスネイプ先生は、集団の中にいながらみんなとは違う方向を向き、うつろな目をしています。手でガードするだけでなく、閉心術も併用していたのかもしれません。全身でガードしているようです。集団の中に居るのにその集団に属していないかのような、とても寂しい絵です。
上の絵はまだ1巻が出版される前に描かれ、下の絵も原書3巻が発売された前後に描かれたもののようですが、共に胸を隠すような位置に手があるのは、やはりどこか意図するものがあったのかもしれません。ローリングさんの中では、既にこんなにも寂しいスネイプ先生像ができていたのだろうと思わされます。


7巻を読んで、スネイプ先生は腕組みをしない、という以前の私のイメージも変わりました。
確かにヴォルデモートの前ではスネイプ先生は鋼の心を貫き、閉心術を破られませんでした。多分その時は腕組みどころか指一つ動かさなかっただろうと思います。
でもそれは、守りたいものがあったから。守りたいもののためには、傍で見ている人が目を逸らすほど凶暴な視線で目を焼かれるように見つめられても、静かに見返す強さを発揮できたのだと思います。
けれど、その守りたいもの本人の前ではそこまでする必要はなく、かと言って守っていることは明かすこともできず、その存在によって時に大きく傷を抉られ、スネイプ先生は動揺を隠すために無意識に手でガードする必要があったのだろうと思いました。
ハリーの緑の目で見返された時は、いつも先に視線を逸らすのはスネイプ先生だったし、真実を知るダンブルドアの前では子どものように拗ねていたし、本来はそんなに強くはなかったのだと思います。

スネイプ先生は、ハリーの前で見せる感情を自分の中で決めていたのではないかと思っています。憎しみや嘲りなど惜しみなく表出していたスネイプ先生ですが、その他の感情(悲しみやハリーを哀れむ気持ち)は抑えつけて、ハリーには憎しみにしか見えないよう工作していたのではないかと。
そんな時、無意識のうちに手を組み合わせたり、腕を組んだりしていたのだと思います。
実際、閉心術の個人授業の時は、指で唇をなぞる、という仕草が描写されましたが、腕を組みつつその仕草をした方が自然な姿勢になる気がします。あの時はハリーと一対一で、しかも目を抉るように見ることが必要だったので、そこにリリーの面影を見て動揺しないよう、気持ちを悟られないよう、一生懸命だったのかもしれません。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード