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2012-04

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登場しない場面 - 2012.04.14 Sat

スネイプ先生の登場場面について、前回で全て語り終えました。
5巻を読んでスネイプ先生に恋に落ちた私ですが、その時1巻から読み返し、その言動があまりに謎に満ちていることに気付かされました。
大好きなのに、その人物像が定まらず、私の中のスネイプ先生像をはっきりさせる目的で、このブログを立ち上げました。
全ての場面を語り終えた今、私のスネイプ先生像は定まりました。
それについては、後日まとめることにし、今回は、番外編というか、7巻の残りのページの、気になった部分を書いてみます。


ホグワーツはハリーにとって初めての最高に素晴らしい家庭だった
ハリー、ヴォルデモートそしてスネイプと、身寄りのない少年たちにとってはここが家だった……。(7巻34章p.465~466)

ここでつくづく思うのは、ハリーはこの時スネイプ先生の気持ちが分かっている、ということです。多分、フィルターがはずされたハリーのこの解釈は、そのまま作者が言いたかったスネイプ先生とハリーとヴォルデモートの共通点の一つなのだと思います。
両親が揃いながら、家を出てホグワーツに行くことに希望を持っていたセブルスには、家庭に居場所がなかったのだと思うと辛いです。せめて、ハリー同様、ホグワーツを素晴らしい家庭だと思っていてくれたら、私も救われます。


「哀れなセブルスよ……」(7巻35章p.503)
‘Poor Severus’(UK版7巻p.578)

この意味が、今一つわかりません。そもそもこのpoorのニュアンスがよくわかっていないというか。
「哀れな、かわいそうな、気の毒な」という日本語訳がありますが、そこに込められた感情は、同情なのか、ちょっと下に見る憐れみなのか。
ニワトコの杖に対するヴォルデモートの執着の犠牲となったことを気の毒がっているようにも見えるし、ダンブルドアの計画の一部となって命を落としたことを申し訳なく思って言っているようにも見えるし。
そこがわかりません。
いずれにしても、ダンブルドアにはスネイプ先生の死は予測できたことだと思っています。
わかっていて回避する措置は取られなかった、というか、その死自体、ヴォルデモートに杖の所有権を得たと確信させるために利用されたとも考えられ、戦慄を覚えます。
ダンブルドアの計画に組み込まれたのは、賢さ、魔法力、論理的な思考、冷静な判断力などの能力とリリーへの一途な愛、ダンブルドアへの忠誠心などによると思いますが、もう一つ、「私も死にたい」と言ったことも大きい気がします。
「おまえの死が誰の役に立つのじゃ?」と当時は言われましたが、スネイプ先生もまた、その死を役に立てるため、死ぬべき時に死ぬことができるよう、生かされてきたのではないかという気がします。死ぬべき者として印され、危険な任務を与えられたのだと。
「哀れな」の一言で済まされない思いは、依然として私の中にあります。


「死者を哀れむでない、ハリー。生きている者を哀れむのじゃ。特に愛なくして生きている者たちを。」(7巻36章p.505)

この時の「哀れむ」にはpityが使われています。
この言葉にも激しく心を揺さぶられます。
だったらなぜ生きている間のスネイプ先生をもっと哀れまなかった?みすみす死者にしてしまって!と思ってしまうのです。
愛なくして生きている者と言えば、真っ先にヴォルデモートが浮かびますが、そもそも彼と出会った時点でもっと哀れんでいれば、こんな事態にはならなかったでしょうに。
また、ハリーが考えたように、セブルスも「身寄りのない少年」で幼少期に十分愛された実感が無かったと思われ、入学時にもっと哀れんでいれば、悲劇は起こらなかったかもしれません。
ダンブルドアは、そんなスネイプ先生がリリーの死後、唯一心を開いて話せる存在だったのに、碌にその心に寄り添わなかったことを、深く反省して欲しいものです。


「アルバス・セブルス」
「おまえは、ホグワーツの二人の校長の名前をもらっている。その一人はスリザリンで、父さんが知っている人の中でも、おそらくいちばん勇気のある人だった」(7巻終章p.557)

ハリーが自分の子どもにスネイプ先生の名をつけたことも、「いちばん勇気のある人だった」と言ったことも、私には大きな驚きでした。
自分の子どもにその名をつけるというのは、相当な思い入れがあるということです。そこに尊敬の念がなければ、到底できないことです。
ずっとハリーに“憎い男”と認識されてきたスネイプ先生が、“一番勇気のある人”に昇格するまで、ハリーの中では色々な想いが渦巻いただろうと思います。
それでもきちんと消化して、そこまで変化させたハリーの謙虚で公正な態度、懐の大きさを私は尊敬します。
そして、そんなハリーの内面こそが、「深いところで、あの子の性格は母親のほうに似ておる」(7巻33章p.446)と言われたリリーとの共通点ではないかと思います。
スネイプ先生が愛した女性は、やはりそれだけの人物だったのだと、ようやくここに来て思えました。
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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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