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2012-03

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届かない - 2012.03.08 Thu

なぜダンブルドアがホークラックスのことをスネイプ先生に教えようとしなかったのか、考えてみたものの、正直、私にはよくわかりません。

スネイプ先生がホークラックスに興味を持ってしまうと考えたのでしょうか。
スラグホーンも「ある程度の才能を持った魔法使いは、常にその類の魔法に惹かれてきた」(6巻23章p.272~273)と言っていることだし、スネイプ先生は間違いなくある程度の才能を持った魔法使いですから。
学生時代やデスイーターになりたての頃だったら惹かれたかもしれませんが、今はまず惹かれないと思います。
つまり、ホークラックスの用途、「魂を分断して保管することで完全な死を防ぐ」ということを知ったところで、自分の死を防ぎたい、という方向には思考は発展しないと思うのです。

また、今は学問的な興味すら持たないように思えます。
ヴォルデモートが復活する前の、まだややのんびりした空気の漂っていた時代だったら、ホークラックスの成り立ちや魂を保管できるメカニズムなど、闇の魔術の研究対象としての興味は持ったかもしれません。
でも、ずっと守ってきたハリーが、死ぬべき時に死ななければならない存在と知り、ヴォルデモートの前では忠実な部下を演じ続けながらその時に備えて依然としてハリーを守り助ける役目に忙殺される今、スネイプ先生の頭の中は研究どころではなかったと思います。それこそ、全身全霊で使命を果たそうとしていたはずです。

あるいは逆に、ホークラックスに宿るヴォルデモートの魂を、スネイプ先生が破壊しようとし始めるとでも思ったとか?そこまではしなくても、ハリーには到底為し得ないと判断して、勝手に手を差し伸べるとでも思ったのでしょうか?
ちょうどグリフィンドールの剣を渡したくらいの手助けなら、別にしたって構わないと思うのですが。

ダンブルドアは、計画の成功のためには、どんな小さな可能性も見過ごさない冷静さを持っていますから、そういう意味で、やはりどこかスネイプ先生を信じていない部分もあったのかもしれません。とにかく、スネイプ先生がホークラックスのことを知ることで計画を妨げる何かが生じると考えたのは確かで、「ホークラックスのことを知ったところでセブルスは動じない」とは考えなかったのだと思います。
ただ、それは計画上の問題であって、スネイプ先生がこだわる「信用なさらない」とは違う気がします。

この場面で重要なのは、ホークラックスのことを教えないということより、何か一つ、ハリーには教えてスネイプ先生には教えないものがあった、という事実ではないかと考えています。

スネイプ先生は、ハリーに与えて自分には与えられないことを「信用なさらない」と言い、同じ情報をもらえることを、再三求めてきました。
私には、そのことが、「『信用するに足る有能な部下』と見て欲しい」と言っているようには見えません。ハリーと同じだけの愛情を注いで欲しい、と訴えているように見えます。拙い愛情表現に見えます。

全てを明かしてもらっているわけではないという事実は、たとえ計画上の問題であっても、ハリーほど愛されていないと感じさせるには十分で、スネイプ先生を苦しめるものであったと想像しています。
皮肉なことに、ハリーはハリーで、ダンブルドアがスネイプに対して許しがたいほどの信頼を置いていた、と感じているのですが(6巻30章p.484)

ダンブルドアは、全てを明かさないことがスネイプ先生を傷つけているとは、気づいていないように見えます。
ダンブルドアにしてみたら、「ハリーは死ぬべき時に死なねばならぬ」という極めて重大な、ハリー本人も知らない情報を与え、それをしかるべき時にハリーに伝える役目まで与えたのですから、それでスネイプ先生への信頼を表していると考えていてもおかしくありません。
スネイプ先生の「信用なさらない」を言葉通りに受け取れば、その対応でスネイプ先生を満足させることはできたでしょう。
でも、実際は、その重大な秘密を明かされた後であるこの場面で、「それで、(中略)あなたはまだ教えてくださらないのですね?」と言っているところを見ると、まだ満たされていないようです。スネイプ先生の想いは別のところにあったということを示していると思います。

ダンブルドアに想いが届かないのは、スネイプ先生の愛情表現が相変わらず下手なこともあるし、ダンブルドア自身が、計画を遂行するには感情に左右されるべきではないと考えているためでもあると思います。
5巻で、自分がハリーを愛しく思う気持ちが、計画を台無しにする可能性があった、というような発言もありました。
そして、優秀な二重スパイであるスネイプ先生も冷静であるがために自分と同様だと思っているか、自分とおなじことを求めているふしがあるように思えます。

それは、ハリーの運命を知って「死ぬべきときに死ぬことができるように今まで彼を生かしていたのですか?」(7巻33章p. 452)と衝撃を受けたスネイプ先生に「そう驚くでない、セブルス。いままで、それこそ何人の男や女が死ぬのを見てきたのじゃ」(同)と返した言葉にも表れています。人の生死を操ることに驚くスネイプ先生に「そんなことで動揺するのか」とも受け取れる感情の入らない返答です。
また、スネイプ先生のリリーへの想いが変わっていないことに涙するのも腑に落ちません。それがスネイプ先生の原動力だということがわかっていないというか、忘れているところが。
スネイプ先生を同じ目標に向かう同志と見ていて、自分同様、感情抜きで行動する存在と見ているように思われます。当然、自分に対するスネイプ先生の感情など考えもしないのではないかと思います。

しかし、実際のスネイプ先生は、閉心術で隠しているものの、愛や憎しみなどの感情に大きく心を揺さぶられる人です。
ダンブルドアに対する愛や甘えから、「構って、構って」と言い続けているのに、ひたすら冷静な対応を求められて、スネイプ先生は寂しかったのではないかと思います。

「それで、この剣をポッターに与えることが、なぜそれほど重要なのか、あなたはまだ教えてはくださらないのですね?」(7巻33章p.455)には、深い悲しみが込められているように私には感じられて仕方ありません。
スネイプ先生の心の隙間をピューピュー風が吹き抜けていくように見えて、やるせない気持ちでいっぱいになります。
「そのつもりはない」と簡単に言われ、そのまま剣に関する注意を始めるダンブルドアに、「ご懸念には及びません」「私に考えがあります」と冷静に答えるスネイプ先生。
自分の気持ちを殺して任務につくのは、一体何度目だったことでしょう。
スネイプ先生が遺した記憶の最後の場面がこれでは、寂しすぎます。
難しい任務を与えられて意気揚々と出かけていくように見えたら、どんなに私の心も晴れたことか。
そして、スネイプ先生がローブの上から旅行用マントを羽織り、校長室のドアを開けて出て行ったのが最後の姿だったなんて。
本当に永遠の別れのようで寂しいです。

<3/9追記>
ダンブルドアがホークラックスのことをスネイプ先生に教えなかった理由についてコメントをいただきました。
私はその内容に大いに納得したので、興味のある方は、ぜひ、コメント欄をご覧下さい。3/9にいただいたコメントです。
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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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