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2009-10

無意識の動作 - 2009.10.21 Wed

二つ目の記憶の中、学校外で魔法を使ってはいけないこと、ホグワーツから入学案内の手紙が来る話、マグル生まれには学校から誰かが説明にくること、などをセブルスはリリーに話して聞かせていました。
その後、リリーがセブルスの家の様子を聞くと、セブルスは眉間に小さな皺を寄せながらも、「大丈夫だ(Fine)」と答えました。
続けて両親について質問するリリーに、セブルスは答えながら、無意識のうちに木の葉をつかみ取ってちぎり始めました。

この場面、最初は木の葉をちぎるセブルスの動作の可愛さばかりに目が奪われていましたが、このタイミングで木の葉をつかみ取った心理がどんなものだろう?と考えると、胸が痛みました。
何か、彼の中で葛藤のようなものがあったのかもしれないと思って。

人との会話中に無意識で物をいじる動作に、どんな意味があるのか私は知りませんが、自分の経験では、ちょっと正面から相手を見られないような状況とか、上手く言えないことをなんとか伝えようと言葉を選んでいる時などに、そんな状態になるような気がしています。

両親が喧嘩ばかりしているのに、「大丈夫」と言うセブルス。
いつも自分にそう言い聞かせて納得しようとしているからなのか、リリーに心配をかけまいとしているからなのかわかりませんが、実際はむしろ全然大丈夫ではないことを、眉間の小さな皺や木の葉をちぎる指先が証明しているようで、とても切ないです。
本当になんていじらしい少年だったのでしょう!

この後、話題が吸魂鬼のことに移ってもこの動作は続きます。
学校外で魔法を使ったら、吸魂鬼に連れて行かれるのではないかと心配するリリーに、吸魂鬼に引渡したりしない!吸魂鬼は本当に悪いことをした人のためにいる、と説明しながら、リリーについて何か言いかけ赤くなったセブルスは、さらに葉っぱをむしりました。
ああ。ここは本当に可愛いです。
この時は、別な意味での葛藤があったのではないでしょうか。
しかし、言えなかったようですが

無意識で葉をむしるなんて、今まで見てきたスネイプ先生からはとても想像がつかない行動です。
でも、大人になってからも、状況によってはそんな場面が見られたかもしれません。私だって今も無意識に同じようなことをやっていますから。
大人スネイプ先生なら、いじるのは杖とか?ローブの一部とか?
想像するとドキドキします。
あ、もしかして、もう少し先の記憶、ハリーが入学して間もない頃と思われる場面で、「凡庸、父親と同じく傲慢、~」などとハリーの悪口を言うスネイプ先生、ダンブルドアの前を往ったり来たりしてましたけど、これって同じ感じじゃないでしょうか?

それから、ヴォルデモートが、32章で杖をもてあそんでいました。
ちょうど、叫びの屋敷にスネイプ先生を呼び出して、スネイプ先生がやってきたばかりと思われる頃。
まだ二人の会話が始まる前、というかハリーが耳にする前、隙間から覗きこんでハリーが見たヴォルデモートは、杖をもてあそんでいました。
スネイプ先生に死を宣告する前、ヴォルデモート本人はもちろん、作者すら気付かないようなわずかな葛藤があったことを願います。

家路 - 2009.10.07 Wed

日記の方で、夕方のチャイムについて書いていたら、なんだかもっと語りたくなってきました。
ホグワーツ入学前のセブルスは、夕方、どんなタイミングで家に帰ったのだろうかと思うと、居ても立ってもいられない気持ちになってしまって。

入学前にリリーと家の近所で過ごした記憶は、最初のものと二番目のものしかありません。
そのどちらにも、怒ったリリーが目の前で踵を返すようにして去っていく姿がありました。
でも、この場面以外にも二人が一緒に過ごした形跡があります。
例えば、ペチュニアの部屋に二人だけで入ったとか、ホグワーツやディメンターについて既にリリーに教えてあったとか。
そのように誰にも邪魔されずに二人で過ごせた時間は確かにあったわけで、その時彼らはどんな風にそれぞれ家路についただろうか、と想像しました。

イギリスに帰宅を促すチャイムはなくても、教会の鐘が定時になることはあったかもしれません。それとも、母親が呼びに来たのでしょうか。
確か、そんな場面が映画にはあった気がします。
そんな時リリーは、無邪気に帰宅の途についたのではないかと想像しています。温かくて美味しい食べ物が乗った、家族で囲む食卓目指して。
セブルスの方は、すぐに家に帰る気はなくて、けんか別れではなくてもやっぱりリリーを見送る形になったのではないかと思いました。
リリーも一度くらいは振り向いたかもしれませんが、すぐに心は家に向かってしまう気がします。一方、セブルスの方はリリーが見えなくなってもその方角を見ているイメージです。

初めて言葉を交わしたあの公園で、夕方一人でリリーの後ろ姿を見送るセブルスの姿を想像すると、不憫でたまりません。
そして、暗くなるまで一人で遊んでいる姿はなおさら切ないです。
そんなセブルスを家路につかせるきっかけは何だったのでしょう。
一番星か、空腹か、肌寒さか。
あの気難しそうなお母さんが、心配して呼びに来てくれていたら一番良いのですが……。

A little smile - 2009.10.03 Sat

二つ目の記憶の中、セブルスが木の茂みの中でリリーと二人だけで話をしている時にこんな場面がありました。

「セブルス?」
リリーに名前を呼ばれたとき、スネイプの唇が、微かな笑いで歪んだ。(7巻33章p.418)
‘Severus?’
A little smile twisted Snape’s mouth when she said his name. (UK版p.535)


この部分を最初に読んだ時の驚きといったらありませんでした。
今まで、何度もスネイプ先生が唇を歪めて笑う姿を見てきましたが、これほど幸せそうだと感じたことはなかったからです。
誰か(ジェームズやハリーなど)の優位に立った時に見せる嘲笑ではなく、内から溢れる喜びを隠しきれないような幸せな微笑みがとても嬉しかったです。
喜びの表現にしてはあまりにささやかなところが、不器用な彼らしくて切ないけれど、私には本当に輝いて見えました。

最初の記憶とこの二つ目の記憶の間に、どれだけ二人だけの時間を過ごしただろうか、とは前回書きましたが、少なくともこの間にリリーの前で名乗った場面があったのだろうな、と想像しています。やっぱり赤くなって名乗ったのでしょうか。可愛すぎます。

イギリスにおいて、ファーストネームで呼ぶことにどれほど親愛の情があるのか私にはわかりません。
特に子どもなら、誰しもそう呼ぶのでは?と思いながら、ペチュニアは呼びかけではないにしても、あくまで、「スネイプって子(Snape boy)」「あの子(that boy)」と表現していたことを思うと、やはりある程度親しい関係にあってこその呼び方ではないか、という気がします。(5巻2章でペチュニアは大人になってからも、セブルスのことを「あのとんでもない若造(that awful boy)」と呼んでいました)
少なくとも、セブルス自身は親愛の情を感じたからこそ、嬉しそうな顔をしたのではないかと思います。
5巻28章の5年生のリリーとジェームズが互いに「ポッター」と「エバンズ」とファミリーネームで呼び合っているのを見ても、、やっぱり「セブルス」は特別な感じがします。
また、後に、呼び方が「セブ」になっていますが、それも初めてそう呼ばれた日も、きっと口元を歪めたのではないかと想像しています。

自分に対する親愛の情を感じて嬉しいと思うセブルスは、私がそれまで想像していたような人間不信の少年ではありませんでした。
人を愛することも愛されることも素直に喜べる人だとわかって、本当に嬉しかったです。
そして、セブルスにそんな幸せそうな顔をさせることができたリリーに、嫉妬しながらもとても感謝しています。


ところで、この後、セブルスは「何?(Yeah?)」と答えています。
「何?」だとちょっとわかりにくいのですが、Yesではなく、Yeahなところが、また親密な感じでとても好きです。そもそも、今まで見てきたスネイプ先生からは、このように口語を使う姿はとても想像できませんでした。
リリーの前では手足を伸ばしてすっかり寛いだ様子からも、本当に心を許していたのだと感じます。
輝く川が幹越しに見える木の小さな茂みは、二人の基地だったのでしょうか。こんなに居心地が良さそうな姿を、もっとたくさん見たかったです。
この幸せな時間がずっと続いて欲しかったです。


余談ですが、Stephen Fry氏が朗読する7巻のオーディオブックの‘Yeah?’はとても素晴らしいです。
とっても嬉しそうに、優しい甘い声で言うんです。
それまでのスネイプ先生の姿からはとても想像できないとろけるような甘さに、私は悩殺されました(笑)
機会があったら、聴いてみてください。

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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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