topimage

2009-01

アモルテンシア - 2009.01.30 Fri

日記の方で、アモルテンシアのことを書いたら、もうちょっと書きたくなってきたのでこちらに書くことにしました。
今日はリリーの誕生日で、私は先日の「スネイプ先生お誕生会」でいただいた入浴剤「リリーの香り」を使おうと思ったのです。
実際の「リリーの香り」についてはそちらをご覧ください。

アモルテンシアについては、ハーマイオニーが説明しています。
「世界一強力な愛の妙薬です」(6巻9章p.280)
「そして、何に惹かれるかによって、一人一人違った匂いがします」(6巻9章p.281)

ハリーは、糖蜜パイや箒の柄のウッディな匂いと花のような芳香を同時に思い起こしました。
人だけでなく、食べ物、趣味なども含めて「惹かれるもの」の匂いを感じるようです。
本当の匂いが誰にもわからないと推測されるところが、真の姿がわからないボガートに似ていると思いました。
糖蜜パイと箒の柄と花の香が混じったら、変な匂いになりそうですが、これは好きなものを同時にイメージさせる働きがあるだけで、匂いの混合物を嗅ぎ分けているというわけではないのだと思います。
ハーマイオニーは刈ったばかりの芝生と新しい羊皮紙、そしておそらくロンの匂い(これも後に作者が具体的に言っています)を感じたようです。

アモルテンシアが初めて登場したのは、ハリーが6年最初の魔法薬学、N.E.W.Tレベルの魔法薬学の授業でした。
最初の授業でアモルテンシアなどを用意していたスラグホーンは、十数年前までの教師生活でも、同じ演出をしていたのだと思います。
つまり、セブルスが6年最初の授業を受けた時も、同じ魔法薬が用意され、生徒達は質問に答えたのだと思います。

ハーマイオニーがすでに知っていたように、セブルスも、魔法薬の名人だったと称されるリリーも、きっと基礎知識はあったと思います。
二人のうちどちらかが答えたでしょうか。
セブルスは知っていても答えなかったでしょうか。

6年最初の授業なら、最悪の記憶の場面より後ですから、もう二人は決別しています。
それでも、セブルスはアモルテンシアにリリーの香りを感じ取ったはず。
教室に入って、ひとつの鍋から立ち上る香りにリリーを思い起こした時、一体どんな気持ちだったでしょう?リリーへの報われない想いを再確認して打ちのめされたのか。リリーの感じた匂いを知りたいと思ったのか。


セブルスは、この時初めてアモルテンシアの匂いを嗅いだのでしょうか。
初授業の時までに嗅いだことがあったかどうかは、ちょっと疑問です。
ハーマイオニーも、知識の引き出しの中から答えただけで、実際見たことがあったわけではなさそうだし。
セブルスも、自分で作らない限り、出会う機会はなかったと思います。
では、自分で作ったか。
技術的には出来たと思います。好奇心も十分あると思います。
でも、愛の妙薬を作る、という発想はあったかどうか。
使用を想定しないで作る、というのは、ありそうですが、年頃の少年はむしろ作ることすら避けたい物のような気がします。

それでも、セブルスが彼の人生で、その薬を使おうとした形跡が一度もないのは確かだと思います。
あれほど想いが裏目裏目に出ていたのに。リリーが好きで、ジェームズもリリーが好きだと知っていて、それが意に反して口から出てしまうほど不器用だったのに。
結局自分の方には向かなかった視線を、薬で修正しようとは終ぞしなかったセブルス。その気高さに惚れ惚れします。
本当に、愛に対して誠実で真摯な態度だと思います。

シャンプー - 2009.01.24 Sat

ラジオ番組『ポッター・ウォッチ』に熱心に耳を傾けるハリー達3人は、いくつもの懐かしい声を聞きました。
レイピアことフレッドが、面白おかしく『親玉死喰い人(Chief Death Eater)』に関する情報への見解を述べ、ハリーは何週間ぶりかで声を上げて笑いました。
フレッドはさらに冗談を言います。

「『あの人』がその気になれば、その動きの素早さときたら、シャンプーを目の前に突きつけられたセブルス・スネイプでさえ敵わないでしょうね」(7巻22章p.84)
(he can move faster than Severus Snape confronted with shampoo when he wants to,)(UK版p.360)

この言葉で、スネイプ先生の髪に対する登場人物の見解が一致していることを確信しました。
今までは、ハリーやシリウスのようにスネイプ先生に嫌悪感を抱く人の目を通してしか語られていなかったので、そこには大いに主観が混じっているだろうと、わずかな希望を持っていましたが。
もっとも、フレッドだって5巻で「いやな野郎(Git)」と言っているし、ジョージの片耳を奪ったことで嫌悪感も増したに違いありません。
とにかく、『脂ぎった(greasy)』と表現される髪は、人々にスネイプ先生の洗髪嫌いを想像させるものであることは間違いなさそうです。

髪については、33章での子ども時代の描写にも表れています。
明るい太陽の下で、スネイプは暑苦しく、不快で、髪の汚れが目立った。(7巻33章p.415)
(,hot and uncomfortable and dirty-haired in the bright sunlight. )(UK版p.534)

dirty…汚い、汚れた、不潔な。《dirtyに比べ不快感を強調するときはfilthy,foul》(ジーニアス英和辞典第3版大修館書店)

filthyを使わなかったところを見ると、ハリーはこの時、冷静にセブルス少年を観察し、客観的な事実を述べたのだと思われます。(3巻で暴れ柳の下の透明マントを掴むスネイプ先生に「汚い手で触るな」と言っている時はfilthy handsと言っていました)

セブルス少年の髪は本当に汚れていたのだと思います。
しかし、季節が変わっても、上着以外は同じ服を着ていたセブルスですから、髪を洗っていないのも無理はないと思いました。
セブルスの両親は、息子の身の回りのことにあまり頓着しない人だったのでしょう。幼い息子を部屋の隅で泣かせたまま口論する二人ですから、それも頷けます。
入浴や洗髪の習慣がなく、服は毎日同じ物を着るのが、セブルスにとって当たり前だったのだと思います。
5巻28章の最悪な記憶の中でも髪は脂ぎったままだったし、パンツも汚れていたし、ホグワーツに入学して何年経っても、その辺は変わらなかったのだと思います。
そして、大人になってからも。

ただ、リリーの死以降は、ちょっと意味合いも変わってきたのではないかと私は思っています。
単に習慣がないから髪を洗わないというだけでなく、全てのセルフケアを意図的に怠っていたような気がしています。
愛する人の遺した息子を守る、という目的のために最低限生きていくのに必要なセルフケアだけして、自分が快適に過ごせるようにとか、周囲に不快感を与えない、という視点は欠落していたような気がします。
特に、自分が快適であることは、犯した罪の重さから避けていたような気すらします。黒尽くめの服を着ていたのだって、同じ服を着続けた子ども時代とは違い、十数年もの間喪に服していたからだと思います。

シャンプーとセブルス・スネイプの組み合わせは、フレッドの軽快な口調もあって人々の笑いを誘ったことでしょう。
でも、世話をされなかった子ども時代、自分を許さなかった大人時代の象徴のように私には思えて、やるせない気持ちでいっぱいになります。

三人兄弟の物語 - 2009.01.14 Wed

三角の印の謎を解こうと、ゼノフィリウス・ラブグッドに会いに行ったハリー達三人。全ては『三人兄弟の物語』から始まると言われ、ハーマイオニーが声に出して本を読みました。

物語に登場したのは、『死』に狙われた三兄弟。
『死』は、死を免れた三人にそれぞれ褒美をあげると言います。
長男は戦闘好きで、存在するどの杖よりも強い杖をもらいました。
次男は傲慢で、『死』を辱めるために人々を『死』から呼び戻す力を欲し、死者を呼び戻す石をもらいました。
三男は謙虚で賢く、しかも『死』を信用せず、『死』に跡を付けられずにその場から先に進めるものを欲し、『透明マント』をもらいました。

この三兄弟の物語、長男の一文を読んだ時、にすぐに連想したのはヴォルデモートでした。ヴォルデモートとスネイプ先生とハリーが似ていると常々思っていた私は、次男の説明を注意深く読みました。

次男は原書ではan arrogant manとなっていました。
arrogant(横柄な、尊大な、無礼な)は、なんとなくスネイプ先生の、特に日本語訳の「我輩」のイメージだったので、ますます気になりました。
『死』を辱めたいという傲慢さとは違うかもしれませんが、魔法薬学を語る言葉や闇の魔術を語る言葉に、挑戦者としてのスネイプ先生の姿が見え、相通じるものがあると思いました。
三男が謙虚なところも、ハリーの役割に似ていると感じました。

長男は、最強の杖を得ましたが、結局その杖を奪われて殺されました。
次男は、石を使って「若くして死んだ、その昔結婚を夢見た女性」を死から呼び戻しました。

さあ、ここでまた私は頭を抱えました。
19章の銀の牝鹿にリリーのイメージを感じていたのを必死で振りはらっていたのに、ここにもそんなイメージの「若くして死んだ女性」が出てきたからです。しかも、「結婚を夢見た」女性。
振り払おうとするたび、リリーのイメージがつきまとい、かなりうんざりしていましたが、もっと気になったのは、完全にはこの世の人とはなれなかった女性への、望みのない思慕で気も狂わんばかりになった次男が、自らの命を絶ったことでした。

結局、スネイプ先生はリリーを愛していたことが判明した今、その部分は特に気にかかるところです。
ヴォルデモートは、忠誠を示していない杖によって自分の魔法を跳ね返されて死にました。
ハリーは、次の世代を育て、残すものを残したら、きっと死を古い友人として迎えることでしょう。
どちらも兄弟の長男と三男に似ています。
だとしたら、スネイプ先生は?

この世の人とはなれなかった女性への望みのない思慕で自らの命を絶った次男と、同じ運命を辿ったということでしょうか?
実際命を絶ったのは自分ではありませんでしたが、リリーへの望みのない思慕に、現世の何もかもを捨てて心はこの世にはなかったとか?
作者はそういう意図でスネイプ先生の人物像を描いたのでしょうか。
原書を読み終わった1年以上前から、この疑問は私の中で解決できていません。

物語をどのように解釈するかは、読む人の自由だし、読む人の数だけスネイプ先生がいると考えてはいるのですが、そこに何らかの作者の意図のようなものを感じてしまう私は、スネイプ先生の心の持ち方が、私が思うようなものとは違うのはないかと考えてしまう日もあります。融通が利かない方なので、自分にとって都合の悪い解釈に目をつぶることもできません。

でも、たとえ作者が昔話の次男とスネイプ先生を重ねているとしても、その思惑とは違う動き方をしていると私は感じています。また、実際作者の意に反して、キャラクターが勝手に動き始めることもあるとも聞きます。
7巻を読み終わってもスネイプ先生に開心術をかけたいと思う私は、多分、この三兄弟の次男とは違うスネイプ先生の生きざまを証明したいのだと思います。そんなつもりで、私自身が納得できるような文章を書いていきたいです。

お誕生日おめでとうございます - 2009.01.09 Fri

今日はスネイプ先生のお誕生日です。

首都圏では初雪の降ったところも多いようです。
私の住む地方は一日冷たい雨が降り続け、いつになくかじかんだ手でキーボードを叩いています。
こんな寒い日に生まれ、厳しい人生を歩んだseverusの、その名の語源severeを改めて思い出しました。

毎年この日はスネイプ先生の誕生に因んだ文章を書いてきましたが、今年はちょっと無理でした。
とは言ってもいつもよりずっとスネイプ先生のことを考えている時間は長く、1巻から7巻までのスネイプ先生の一挙一動を見守っています。そもそも、スネイプ先生への強い想いが、私を突き動かし、誕生会を企画したのです。

何もUPしないのも私の気持ちが許しませんでした。
それで、いつもなら日記に書くようなことをここに書きました。
スネイプ先生のお誕生会が無事終わりましたら、またゆっくり語らせてください。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード