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2008-12

クリスマスプレゼント - 2008.12.25 Thu

今まで何度か、スネイプ先生がどんなクリスマスを過ごしてきたか考えたことがありました。特に子どもの頃、ベッドの足もとにプレゼントがあったかどうかは、気になるところでした。

入学前の家庭の様子は、5巻でのイメージを覆すものではありませんでした。家の様子を聞かれて眉間に小さな皺を寄せた幼いセブルスに胸が痛みます。
お父さんとお母さんがいつもケンカをしている家庭ではあっても、クリスマスの朝、心ときめくような出来事が待ち受けていたと思いたいです。

私は、学生時代のセブルスはハリー同様、ホグワーツに残ることを希望していたのではないかと思っています。リリーの家が近いので、必ずしもそうではなかったかもしれませんが、入学前のホグワーツへの強い憧れを見ると、家に帰りたいとは思わなかったような気がしています。

7巻で、リリーとは入学前からの友達関係にあるとわかって、学生時代のプレゼントの件はとりあえず私の中ではある程度解決したような気がします。
リリーはきっと、ハーマイオニーがハリーにプレゼントを贈るような感覚で、セブルスにも贈り物をしていたのではないかと思います。
ちょうどシリウスに深い意味もなく友達として「愛を込めて」と書き送ったような、友達としてのメッセージとともに。
学生セブルスが、クリスマスの朝をどこで迎えたとしても、その足元にはきっと一つはプレゼントが届いていた、と考えるだけで私は救われる思いです。
でも、あの事件以降は、二度ともらうこともなかったのでしょうか。
グリフィンドール寮の肖像画前の、取り付く島もないリリーの様子では、プレゼントは期待できそうにありません。
マルシベールとか、エイブリーとか、スリザリンの友達とプレゼントのやり取りをしていたら良いのですが。

リリーからのプレゼント、セブルスはとても大事にしただろうと思います。
そして、きちんと保管していたにちがいありません。
セブルスは、卒業とともに一度はホグワーツを離れますが、再びホグワーツに足を踏み入れ、その住人となった時、その品を持ち込んだのではないかと踏んでいます。
研究室のどこかに、後には校長室のどこかに、大切に保管されていたのではないかと思います。
たくさんの書籍や薬瓶や標本に紛れて、おもちゃのような物とか古い学用品の類が、遺品の中にあったのではないかと思っています。

剣を届けに - 2008.12.18 Thu

スネイプ先生がダンブルドアの肖像画裏からグリフィンドールの剣を取り出し、校長室を出ていった後のことは、スネイプ先生の様子は全く描写がありません。が、気配は感じます。スネイプ先生が出掛けてから戻ってくるまでの様子を想像してみました。

先生は、ローブの上から旅行用マントを羽織っています。
そして、剣を持っています。
この剣をイメージするのが意外と難しいです。
柄に卵大のルビーが付いている銀の剣。
だいたいどこでも同じ描写ですが、鞘の記述は見たことがありません。
2巻で初登場した場面でも、ハリーが鞘から剣を抜いた描写はないし、持ち帰った剣も校長室で血に染まったまま机の上に置かれていました。鞘のない剣だったのだと思います。
刃が剥きだしの剣を、グリンゴッツを襲うハリーたちはビーズバッグに入れていました。もっと昔、2年生のハリーは秘密の部屋から戻る時、ベルトに挟んでフォークスの尾につかまりました。
スネイプ先生はどうやって運んだのでしょう?
スネイプ先生は、早朝にホグワーツを出発し、ハリーに剣を届けたのはもう夜になっていました。長時間森を彷徨ったのなら、左右どちらかの手に剣を持っているより、ベルトなどに挟んでいた方が歩きやすかっただろうと思います。人気のない森とは言え、やたらに刃物を見せびらかして歩くとも思えません。先生は、マントの下に隠し持っていたのではないかと想像しています。

剣を届けるまで時間がかかったのは、ハリーの居場所を突き止めるためだったと私は考えていますが、その間、寒い中を歩き通しだったとしても、スネイプ先生にとっては、久し振りに一人きりになれる貴重な時間だったのではないかと思います。
二重スパイとして、多くの時間を張りつめた気持ちで演技して過ごしていたスネイプ先生が、この一人の時間を少しでも本来の自分らしく使っていてくれたら、と思っています。パトローナスの状態から、きっと幸せな想い出に十分浸ることができたのだと思っています。

出発前の校長室でスネイプ先生が「考えがある」と言ったのは、「パトローナスを使う」という意味だと私は解釈しました。
「剣を池に沈めて取りに行かせる」という考えは、森に着いてその形状を見てから思いついたことではないかと思います。それならまず、ハリーの居場所を突き止めてからでないと池が決まりません。あるいは、ハリーの居場所を知ってから、近くに見つけた池に沈めることを思いついたとか。
もし、ハリーの居場所がわかったのが、銀の牝鹿とハリーが出会った瞬間だったのなら、鹿の後を追ってハリーが歩いてくるまでの間に沈めたことになると思います。
「よし、見つけた」と思ってから既に通って場所を知っていた池まで姿くらましして剣を沈めたのでしょうか。その辺、ちょっとイメージし辛いです。

スネイプ先生は、池に沈めるために剣を取り出して、しっかり眺めたでしょうか。
ダンブルドアや他の歴代校長たちのいる前で、しげしげと眺めることはなかったと思っていますが、池に沈める前には、先生はしっかり観察したのではないかと思っています。
「真のグリフィンドール生だけが帽子から取りだせる」という剣を、かつて「組み分けが性急すぎるのではないかと思う」と言われて雷に打たれたような表情を見せたスネイプ先生が、どんな思いで見つめたのかと思うと、胸がつぶれる思いです。

池の氷を魔法で剣が入る程度に割り、跪いてそっと滑り込ませたのでしょうか。
ハリーのもとへ送ったパトローナスは、しばらくハリーと見つめ合っていました。その時、スネイプ先生にはハリーの様子が見えていたのかいないのか。
牝鹿の後を追うハリーは、その声がハリーの知るべきことを教えてくれるに違いないと期待していましたが、それは叶いませんでした。その声を聞くことがあったら、と考えるとニヤリとしてしまいます。さぞかしびっくりすることでしょう。

ハリーが池の前まで来たところを先生は見ていたはずです。
数メートル離れた場所に立つ二本の木の間から。
そして、剣が確かにハリーの手に渡るまでをスネイプ先生は見届けたと私は確信しています。見届けないまま帰ってくるような中途半端なことをする人ではないと思います。
ロンは言っています。
「―あそこで何かが動くのを見たような気がしたことはしたんだけど、でもそのときは僕、池に向かって走っていたんだ。君が池に入ったきり出てこなかったから(後略)」(7巻19章p.543)

これはもう、ハリーが池に入ったきり出てこないのを見て、スネイプ先生が飛び出す寸前だったという意味だと思っています。助けに行こうとして動いたところ、先生より俊敏で若いロンが走っていったのに気づいて思いとどまったのだと思います。
池から出てこないハリーを、きっとスネイプ先生はやきもきして見ていたのではないかと思います。「世話が焼ける」と心の中で舌打ちしながらも体が動いてしまったスネイプ先生を想像すると愛しくてたまりません。
そして、ハリーとロンと剣が、無事池から上がったのを見届けて姿くらまししたのだと思います。
溺れそうになって、水からあがってもしばらく咳き込んでいた二人には、とてもその音は聞こえなかったでしょう。

そしてスネイプ先生は、ホグワーツの境界線の外に姿現わししたのだと思います。雪景色のホグワーツを前に、ここで初めて寒さを強く感じたのではないかと想像しています。
自ら門を開けるか、ダンブルドアのように一瞬結界を解いて中に入っていったか。真っ黒な姿は闇に紛れて誰も気づくことはなかったでしょう。

スネイプ先生のパトローナス2 - 2008.12.10 Wed

前回、パトローナスとは何かということを考えていて突き当たった壁は、そのエネルギーが誰のものなのか、という点でした。
引き出すエネルギーはパトローナスを出す人のものであることは間違いなさそうです。が、パトローナス自体は、本人のエネルギー、オーラのようなものなのか、護っている人なり動物なりで、それを呼び出すものなのかわかりませんでした。
これは決着が着く問題ではないかもしれませんが、私としては、あくまでパトローナスを出す人自身のものと捉えようと思っています。「呼び出す」ではなく「造り出す」と表現されていることでもあるし。
(ちょっと原書3巻が見当たらず、ここが原文でどう表現されているかわからないのですが)
コメントでいただいたのですが、海外のサイトでも同様に考えていらっしゃる方がいたようで、その要約を読んでとても感銘を受けました。前回の記事のコメント欄の上から5番目にあります。よろしかったらご覧ください。リンク先も示されています。


さて、前回書き出した中にありましたが、パトローナスは、希望・幸福・生きようとする意欲といったプラスのエネルギーのようです。
ということは、リリーを亡くした後のスネイプ先生にも、希望・幸福・生きようとする意欲のようなプラスのエネルギーがあったということですね。
それがわかって、安堵しました。リリーの死を嘆き悲しみ、百年もの間悲惨に生きてきたような顔のセブルス、「私も…私も死にたい…」(7巻33章p.437) ‘I wish...I wish I were dead...’(UK版p.544)と言ったセブルスには、とても生きる意欲などなかったように見えたからです。

原書の‘Look...at...me...’(UK版p.528)を見た後、しばらく私は、最期の瞬間のスネイプ先生はどの時代にいたのか考えていました。
日本語では主語が「僕」と訳されたために、少年~青年時代にいたように見えますが、英語だと全然わかりません。
それでも、「私も死にたい」と言った日以来、心は死んでしまっていて時間はずっと止まっていたのかもしれない、と思ったこともありました。
だとすると、最期の瞬間は素に戻り、日本語訳のように青年時代のセブルスとして、リリーに見て欲しがっている、と見ることもできます。

でも、こうして、生きる意欲のあったことが明らかになったのですから、心は死んでいなかったのだと思います。仮に最期の瞬間だけ昔に戻ったとしても、ずっと時間が止まっていたわけではないと思うのです。
あの絶望の淵から這い上がるのは、随分な月日が必要だったかもしれません。
それでも、亡くなった女性への思慕だけでないものを見つけたからこそ、こうしてパトローナスを出せるようになったのだと思いました。
リリーが亡くなった時の強い衝撃や精神的な動揺はパトローナスの姿を今の形、牝鹿に変えてしまったことでしょう。でも、リリーを愛した自分を肯定し、リリーとの一番幸せだった想い出を糧に、前向きに生きていく意欲が湧くようになったからこそ、月のように眩しく輝くパトローナスが出せるのだと思います。
亡くなった人の想い出と後ろ向きな愛だけでは、これほどのパトローナスはできなかったと私は思っています。

スネイプ先生のパトローナス1 - 2008.12.03 Wed

以前、スネイプ先生のパトローナスとボガートは何かと問われたローリングさんが、「ネタバレになるから言わない」というようなことを言いました。
私も今から3年以上前にその点について書いたことがありました。(3年前の記事はこちら
以降、スネイプ先生のパトローナスは何か、という疑問はずっと心の片隅にありました。

7巻を読み始めた時も、私は常にスネイプ先生アンテナを張り巡らしていたので、原書でこの19章のタイトルThe Silver Doeを見た時から、正確には「doe」の意味が「牝鹿」だと辞書で調べた時から、これはスネイプ先生のパトローナスに違いないとほぼ確信していました。
スネイプ先生のパトローナスと思いこんだ私はさらに、この牝鹿がリリーを意味するのではないかと疑い、軽く落胆しました。「リリーを愛していた」説を支持したくなかったので。
結局、その通りだったわけですが、その辺は脇に置いておいて…

パトローナスについては、未だによくわかっていません。
再度パトローナスに関する記述や描写を探して要約してみます。
・パトローナスは一種のプラスのエネルギー(3巻12章)
・希望、幸福、生きようとする意欲(同)
・本物の人間なら感じる絶望というものを感じ取ることができない(同)
・とてつもなく高度な呪文、一人前の魔法使いでさえてこずる
・その姿は造り出す魔法使いによって違う(同)
・一番幸せだった想いでを、渾身の力で思いつめたときに初めてその呪文が効く(同)
・伝言を送ることができる(4巻28章、6巻8章、7巻9章)
・強い衝撃や精神的な動揺で形が変化する(6巻16章)


パトローナスがプラスのエネルギーなのはわかりましたが、このエネルギー、自分ではコントロールできないものなのでしょうか。
ハリーは、3巻で、はっきりした父親のイメージのないまま、牡鹿のパトローナスを出していました。
ダンブルドアのそのことについて「愛する人が死んだとき、その人は永久に我々のそばを離れると、そう思うかね?(中略)君の父親は、君の中に生きておられるのじゃ、(中略)プロングズは昨夜、再び駆けつけてきたのじゃ」(3巻22章p.558~559)と言っています。
これは、いかにも守護霊といった風で、守られる側が受け身な感じがします。
また、3巻で初めてハリーがはっきりとした牡鹿の形のパトローナスで吸魂鬼を追い払った時も、群がる吸魂鬼に頭を下げて突進していく様子や、暗い影の周りをグルグル駆け回る様子をただ、見ています。そしてハリーに近寄り、見つめられて、触れようとした時消えてしまっています。ハリーの意思には関係なく動いているかのようです。
パトローナス自身に意思があるかのようです。

これはむしろ、霊が憑いているのに似ている気がするのですが、このプラスのエネルギーはパトローナスを出す人自身のものなのですよね?
この辺がよくわからないです。
強い衝撃や精神的な動揺でその姿が変わる時、霊が入れ替わったのか、単に姿形の問題なのか、その辺もよくわかりません。
そこは、私にとってはとても重要なことなのですが…

リリーの意思を持った霊に守られているのか。
リリーへの想いがリリーの形を取ったのであって、あくまでも主体はスネイプ先生なのか。
ハリーは牝鹿のパトローナスを見た時、知っているような気がしたり、会う約束をしてずっと来るのをまっていたのに今まで忘れていたかのように感じています。これは牝鹿にリリーを見たからだと思うのですが、とすると、やっぱりリリーがスネイプ先生の中にいるのでしょうか。
それとも、スネイプ先生の中に生きるリリーのイメージがハリーの知っているリリーそのままなのでしょうか。
よくわかりませんが、私は後者のような気がします。

この章のタイトルに私がリリーを感じたのは、牡鹿のジェームズと対になるものとして連想したからです。
パトローナスって、その人の持つ魂の形なのではないかと思いました。
もともとジェームズとリリーは魂に共通する部分があり、結ばれるべくして結ばれたという気もします。
そして、リリー亡き後は、皮肉にもスネイプ先生の魂もリリーにとても近い形になったのではないかとと思いました。
今なら二人は、きっと理解し合えるでしょうに…

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