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2008-06

姿勢 - 2008.06.30 Mon

やはり半年経っても、オーディオブックであっても、32章の後すぐには33章を聴く気になれません。声で表現される分、生々しくてショックも尾を引くし、何よりその場面にもう少し浸っていたいからです。

この場面、以前から少し気になっていることがありました。
倒れたスネイプ先生の姿勢です。
最初スネイプ先生は膝折れして倒れているようです。
as his knees gave way, and he fell to the floor.(p.527)
これだとうつぶせになっていると思われます。
が、次にナギニのケージが離れた際、
who fell sideways on to the floor,(p.527)とあります。
sideways(横に)があるので、横向きに倒れたのだと思いました。
ずっとその姿で想像していましたが、後にファンアートをいくつも見ると、その姿勢が様々であることに気付きました。
横向きだったり、仰向けだったり、うつぶせだったり。
描いた方々の多くは英語圏の方だと思ったのですが、その姿勢のバリエーションは一体何でしょう?

姿勢についての描写はなかったということでしょうか。
それとも、細かい描写は読まずにイメージを膨らませた結果でしょうか。
または、苦し紛れにのた打ち回って姿勢が変化したということでしょうか(泣)
あるいは、ハリーのローブを掴む際、姿勢が変化したとか。

私は、弱ったスネイプ先生に、姿勢を変える余力はなかったような気がします。
横向きに倒れたのなら、そのままの姿勢で最期を迎えたように思います。
最期の瞬間は横向きで、ハリーがそれを覗き込む形で顔を傾けていたのではないかと想像しています。

余力 - 2008.06.29 Sun

オーディオブックで聴いたスネイプ先生の最期の場面を語るのは、とてもとても辛いのですが、やっぱり語らずにはいられません。

‘Take ... it ... Take ... it ...’
の言葉は、渾身の力を振り絞って出しているように聞こえます。
特に二度目は、絞りだしている感じが強いと思いました。
しかし、力を出し切ってはいないように思いました。
tの文字で終わるせいか、肺にはまだ空気が残っている感じです。
ああ、まだやるべきことが残っているから、先生も気を抜いていないのだな、と思いました。記憶の糸を選択的に放出するには、精神力も体力も温存する必要がありますから。

その後、最期の言葉‘Look ... at ... me ...’は本当に苦しげで、私も悶えながら聴いたのですが、meが、呼気を使い切るかのような発音の割りに、はっきり聞き取れたのは、「私を」を強調したかったのだろうか、などと思いました。
思えば、あの時以降、きっとセブルスのことをリリーは見てもくれなくなったでしょうから、「僕を見て」との強い思いをずっと抱いていたに違いありません。
meを消え入るように発音しなかったStephen氏にますます感服しました。

それに、よく聞くと、まだ少しだけ肺に空気が残った感じで力尽きてはいないようです。
先生は、最後の力を、緑の瞳を見るために残しておいたのだろうと思いました。
目を合わせた直後(after a second)に虚ろになったようですから、本当に1秒分の力を残したのだろうと思います。

Stephen氏は、本当によく考えて読んでいると感じました。
よくぞ、ここまで表現してくれた、と思っています。
私の想像とは違いましたが、説得力のある解釈だと思いました。

原書の描写(4巻-5) - 2008.06.29 Sun


冷静 - 2008.06.28 Sat

オーディオブックの32章、聴きました。
途中、ヴォルデモートがルシウスに「スネイプをつれて来い」と言う辺りまでは通勤中に、残りは旅先で布団に入って電気を消してから聴きました。
とても緊張しました。
Stephen氏がどんな風に読むか息を殺して聴きました。

Stephen氏演じるスネイプ先生の声は、ヴォルデモートの前では、私が思っていたよりずっと長く冷静でした。顔がデスマスクのようになっていても。
‘Let me go to the boy’を繰り返している時も、‘I -I cannnot answer that, my Lord’のように言葉に詰まった時でさえも。

先生の声が震えたのは、p.527の11行目、‘My Lord-’が最初でした。
‘You have been a good and faithful servant, and I regret what must happen’と言われた後のことです。
次に同じ言葉を言った時も震える声で抗議を表していました。
その直後襲われたので、声らしい声はそれが最後でした(泣)

その読み方からは、先生は最期まで冷静さを失わなかったように感じます。
言葉に詰まっているのも、どぎまぎした感じではなく、言葉を選ぶというか、「えーと」程度に聞こえ、とぼけた印象すら持ちました。
実際は、同じ言葉を繰り返して、どうやってハリーに真実を伝えようか思い巡らしていたのでしょうけど、焦りは感じられませんでした。
結局、死んでも欺き通したスネイプ先生ですから、会話の途中で先を予測できていたとしてもStephen氏の演じる通り、なんとか切り抜けようとギリギリまで冷静さを失わなかったのかもしれません。
そんな朗読を聴いて、私の想像よりはるかに冷静なスネイプ先生を思い描いたStephen氏に尊敬と感謝の念を覚えました。

daggers - 2008.06.25 Wed

昨日は、運転免許試験場で時間があったのでずっと聴いていました。
天気が良く、気持ちが良かったので外の木陰のベンチに腰掛けて聴きました。
が、時間があった割には進みませんでした。というのは、同じ部分を繰り返し繰り返し少なくとも5~6回、多くて8回くらいは聴いたからです。
そこは、30章で久し振りにスネイプ先生の生のセリフがあったところ、マクゴナガル先生との会話部分です。
この場面、Stephen氏のスネイプ先生は、いかにも余裕たっぷり、裏に何かありそうな気配を感じさせる声でした。

マクゴナガル先生が攻撃した時の様子もドキドキしながら聴きました。
以前読んだ時も、スネイプ先生が防御に使った鎧の胸に短剣が突き刺さったことから、マクゴナガル先生の殺意を感じ、悲しかったのですが、今回新たに感じるものがありました。
すっかり忘れていましたが、その短剣はダガーだったのですね。
通り魔事件で一躍有名になった凶器、ダガー。
テレビなどでは、人を殺傷するのが目的かのように報じられていました。

昨日、その単語を耳で聞き、マクゴナガル先生は本当にスネイプ先生を殺すつもりだったのだ、と悲しみを新たにしました。
しかも複数のダガーで追跡し、きっちり胸を狙うとは、念の入ったことです。
こんなあからさまな殺意を抱かれているのに、防御に徹した先生の姿に何の疑問も感じなかったのでしょうか、他の先生方は。
窓ガラスがスネイプ先生型に破れていたりして、まるでギャグのような扱いが余計悲しくて、私は試験場の木陰で、じっと目をつぶって耐えていました。

stricken - 2008.06.22 Sun

記憶の中のクリスマス・ダンスパーティ後の場面、私にとって悲しかったのは、「組み分けするのが早すぎると時々思う」と言ったダンブルドアの言葉に打ちひしがれているように見える(Snape looking stricken)スネイプ先生の姿です。
組み分けの判断基準については、以前から疑問に思っていたことが、ここで明らかにされたわけです。
帽子はそんなに先まで見通せなかったのですね。
たった11歳の子どもの頭を見透かして、一体何の意味があるというのでしょう。
これからどうにでも変わる柔軟な頭なのに。

帽子のことや、この場面のスネイプ先生の気持ちを考えるのは今後別ブログでするとして、とにかく stricken〔(悲しみ・不幸などに)打ちひしがれた、襲われた〕という文字はショックでした。
カルカロフの前で見せた毅然とした態度とは全く違う姿がそこにあったからです。
7巻までのスネイプ先生は、いつも偉そうで、毅然としていて、時に激昂はしても弱ったところは見せたことがなかったように思います。
でも、この時は4巻の時間の中での出来事でしたから、きっと今までも何度もこんな姿をしていたに違いありません。私が知らなかっただけで。
今まで読んできた物語の語られなかった部分に、こんなに辛そうなスネイプ先生が存在したことが悲しかったです。
ほとんどの場面をハリーの目を通して見ていたわけで、先生がそんな姿を彼の前に晒すはずもなく、辛そうな姿を私が目にしなかったのも当然ですが、教授時代の素の姿を見た思いでした。

原書の描写(4巻-4) - 2008.06.22 Sun


相反する気持ち - 2008.06.20 Fri

オーディオブックは、ハリーたちがアバーフォースに助けられるところまで来ました。28章です。
ここまで来るといよいよ佳境に入ってきた、という感じがしますが、初めて読んだ時は、こんなに章が進んでもスネイプ先生の出番がほとんどなく、何を考えているか依然としてわからないことに、少し焦りを感じていました。時々ヴォルデモートの思考にスネイプ先生が出てきたり、アバーフォースの口からも先生の名が上ったりすることで、焦らされている、との思いが強くなっていました。
一方で、このまま出番は少なく謎は解明されないまま、何となく生きながらえるのではないかとの期待もしていました。
今、朗読を聞いていると、その時のどっちつかずの思いが蘇ってきます。
スネイプ先生は一体何を考えているのか、謎を解き明かして欲しい。
いや、謎のまま終わっても良いからこのままひっそり生き延びて。
早く続きを読みたい。
まだ読み終わりたくない。
等々。

それにしても、ホークラックスが狙われているのではないかと疑ったヴォルデモートが、ホグワーツにあるホークラックスの確認は後回しにするところ、スネイプ先生は本当に疑われていないんだなあ、と誇らしいです。
でも、ハリーが、ポッターウォッチを聴いたり、アバーフォースがドビーを送ったことを知ったりと自分を陰で支える人々の存在気付いていく中で、スネイプ先生の支えは先生の存命中はついに知られることがなかったのは、私にとって残念です。
先生は決して知られたくなかったでしょうけど。
生きている間に評価されて欲しかったです。
本当に閉心術が上手い…

ホグワーツに残る - 2008.06.18 Wed

4巻の描写を抜き出していますが、クリスマスのダンスパーティでのカルカロフとの会話が、7巻を読む以前からとても好きでした。カルカロフに「逃げろ」と言い、「言い訳を考えてやる」と言い、しかし自分は「ホグワーツに残る」と言ったスネイプ先生のかっこよさに惚れ惚れしたものでした。

7巻で、この会話後の様子が明らかになりましたね。
私が惚れ惚れした部分は、やはりスネイプ先生の決意が強く現れていたのだと思いました。それもリリーの死んだ直後に、ハリーを守ると決めて以来の固い決意だったのではないかという気がします。
ダンブルドアは‘― are you tempted to join him?’(p.545)と失礼な聞き方をしていますが。‘No’という答えも、もうずっと前から決めていたように見えます。
7巻を知らない時でも、その決然とした様が言葉から伝わり、心を動かされたのだと思いました。

うーん。こうして書いていると、やっぱり先生の心は死んでない気がします。
少し前の記事のことです。

血管の動き - 2008.06.17 Tue

4巻の描写の抜き出しにもいくつか思うところがありますが、今回、応えたのは、
a vein flickering horribly on Snape's greasy temple.(p.513)とそれに続くthe vein in his temple pulsing more rapidly.(p.513)でした。

血管(静脈)がぴくぴく動く、脈を打つ、というのはまさに生きている証。
3年あまり後には、この血管にも血液が行かなくなるのだろうと思ったら、息も荒くなってきます。
こんな風に外から見えるほど血管を動かしていた血液が流れ出てしまうなんて!
血管の動きも、こめかみに潤いを与えた皮脂の分泌も、怒りでレンガ色に顔を染めたのも、先生の活発な生命活動を表しているように見えます。つい最期と比較して、悲しくなってしまいます。

原書の描写(4巻-3) - 2008.06.16 Mon


食事 - 2008.06.15 Sun

kmyさんのブログで、ルバーブ・クランブルについて語られていました。
私はその食べ物がどこに出ていたかすぐにはわからなかったのですが、5巻でハリーが初めてグリモールドプレイスに行った日の夕食についたデザートだとわかりました。
その日ロンが「スネイプは絶対ここでは食事しないんだ」と言っていたので、スネイプ先生はこのお菓子をその日食べることはなかったわけで、ちょっと複雑な気持ちです。

スネイプ先生は結局ダンブルドア側だったとわかった今、騎士団員と一緒に食事しなかったのは、どうしてなのだろうとあらためて思います。
それについては、7巻以前、kmyさんが考察されていましたが。
戦略的な意味も、感情的なものもあったかもしれません。
それをここで考察するつもりはありません。
今はただ、どこかで一人で食事をするスネイプ先生の姿を想像しては切なく思うだけです。それがスネイプ先生の望んだことだったとしても。
そうすべきと判断したのなら、そんな計算された状況にあることに、食事の時くらい気楽にというなら、仲間の前でも常に緊張を強いられていることに、死喰い人と食事しなければならないのなら、その不本意な状況に、胸が痛みます。
本当に心を許せる人と寛いで食事することはあったのでしょうか。
団欒の喜びを、知っていたらいいのだけれど…

次男 - 2008.06.13 Fri

いただいたコメントに、「スネイプ先生は生きたかったのだろうか?」とありました。
私もそれはずっと考えていましたが、自分の中でもまだ考えがまとまっておらず、お返事できませんでした。
以下の内容はもう何ヶ月も書きかけていたものですが、この機会にまとめました。


以前私は、スネイプ先生が自分で傷を押さえて血を止めようとしていた、という描写に、スネイプ先生の生きる意志を感じたと書きました。
が、それもハリーへ伝えるまで、という期限付きというか、使命を果たすつもりだっただけ、と解釈できなくもありません。
先生自身は本当はどう考えていたのでしょう。リリーの死後は、実質死んだも同然の投げ遣り人生だったのでしょうか。
私としては、生きる意志があったと考えたいです。

ところが、とてもひっかかる内容が7巻にありました。
三兄弟の物語の、次男の部分です。
最初に読んだ時、長男はヴォルデモートを指しているかのように見えました。
なら、次男はスネイプ先生?だとしたら、死んでしまって結婚が叶わなかった女性ってリリー?リリーを生き返らせたいの?自殺するの?と戦々恐々としていました。三男もハリーに似ているようでますます心配でした。
後に本当にリリーが好きだったとわかりましたが、自殺ではありませんでした。
が、心の中はどうだったのか、と考えたくなります。
時間が経つにつれて、ますます気になってきています。

作者がもし、三兄弟をヴォルデモートとスネイプ先生とハリーの三人に重ねて見ているのなら、スネイプ先生の役割は、やっぱり次男になるでしょう。
好きな女性と同じ世界に存在することができないことを嘆き、自ら命を絶った次男は、リリーの死後激しく嘆いて‘I wish I were dead’と言ったスネイプ先生と重なって見えます。その日以降もスネイプ先生は生きてはいましたが、心は死んだも同然だったのでしょうか。
となると、1巻で初めて登場した時には既に、スネイプ先生は生きる意欲を失っていたのでしょうか。
そうは思いたくないんです。
十分読み込めていないので今は何とも言えませんが、そこは否定する方向で、これからも考えていきたいと思っています。

行き着く先 - 2008.06.12 Thu

電車の中で聴くCDでは、とうとうヴォルデモートがホグワーツに入り、ダンブルドアの墓を発(あば)いて杖を手に入れるところまできました。
その少し前、スネイプ先生は校門までヴォルデモートを迎えに出て、並んで歩き、そしてお辞儀をして去っています。

この部分、3度は繰り返して聴きました。
スネイプ先生の死が刻々と近付いていると思うと、聴いていてハラハラします。
先生、危険が迫っていると感じていたでしょうか。
ヴォルデモート復活以降は命懸けの任務についているという自覚があったようですから、この時に限らず常に命の危険と隣り合わせにあると感じていたでしょうか。

この先起こることを知っていると、スネイプ先生の動作の一つ一つが愛しく、そして虚しいです。結局、死へ向かってまっしぐら、だと思ってしまって。この時を含め、何か一つが違えば、先生が助かったかもしれないと考えてしまって、辛いです。

短編 - 2008.06.11 Wed

ローリングさんがチャリティオークションのために書いたという800文字の短編、25,000ポンドで落札されたようですね。
コピーは入手できるということですが。

内容について、ポッターマニアさんに書かれたところを見ると、ジェームズとシリウスがシリウスのバイクで二人乗りして違反してマグルの警官に捕まるが…というもののようでした。
うーん。これは…
私が読んではたして楽しめるものなのだろうか?二人の傍若無人振りを見せ付けられて、今よりもっとやるせない気持ちになるだけではなかろうか、と思いました。

考えてみればスネイプ先生の過去は、かなりページを割いて書かれていました。語りつくしてしまったということでしょうか。
今更どんなエピソードも蛇足になってしまうに違いありません。
それに比べ、ずっと出番が少なく、しかもあっけなくこの世を去ったシリウスが脚光を浴びるのも無理ありません。なら、別に読まなくてもいいかなー。
うーん。でも…
ジェームズたちの会話のどこかに1回でも「スネイプ」が出てくるのなら、やっぱり手に入れたい気もします。
迷います。

(追記)
などと書きましたが、ポッターマニアさんで全文読めるようですね。
それで十分かも。

原書の描写(4巻-2) - 2008.06.09 Mon


色々な解釈 - 2008.06.08 Sun

日本語版発売まで、こうして半年もブログでぽつりぽつりと語っていると、発売後に考察ブログで書くことはなくなるのではないかと思っていました。
それ以前に、7巻で明かされた事実によって先生の動機を知った以上、今までの謎の言動がだいたいわかってしまい、口を挟む余地はないと感じました。

けれども、いただくコメントを読んで、考えてもみなかった解釈があることを知ったり、自分が十分読み込んでいないことを実感したり、スネイプ先生のことがますますわからなくなったりで、私はまだまだスネイプ先生に開心術をかけたい状態にあるのだと気付きました。
リリーへの愛を知ってなお、わからないこと知りたいことは山積みです。
それは私のモチベーションを維持するものでもあります。
この気持ちが続く限り語っていきたいと思います。
日本語版7巻発売まであと1ヵ月半。
発売後に出会うかもしれない新しい解釈が楽しみです。

時間の経過 - 2008.06.07 Sat

気がついたら、スネイプ先生の死を知ってから半年が過ぎていました。
先生の死を知った翌々日は回診当番で、家を出た時はまだ日の出前でした。
職場前の交差点で見た、白いもやを通して射し込む朝日の神々しさに、涙しながら通用口の扉を開けたのでした。
数日前も回診当番で、同じ時間に家を出ましたが、その2時間近く前に日は出ていて当時とはまるで違う雰囲気です。
私も、道を歩きながらとか電車の中とか、まだ時々ふとしたことで涙ぐむことがりますが、当時よりずっと自分をコントロールできるようになりました。
また、先生の死後、自分の道すら見失って途方に暮れていましたが、ようやく少し前に進み始めました。免許を取ろうと思ったのもその一つです。

時間の経過と共に少しずつ変わっていく自分の気持ちを思うと、スネイプ先生の場合を思わずにはいられません。
先生の心の傷は、時間で癒されたのだろうかと。
リリーの死後十数年を経て、愛は変わらなかったとしても、後悔というか自分を責める気持ち、罪の意識は、少しでも軽減されているといいのだけれど。
黒尽くめの姿や、リリーの写真を見て涙を流していたスネイプ先生の姿に、時間は効果なかったのかと、気になります。

聴く場所 - 2008.06.05 Thu

毎日、本当に少しずつですが、オーディオブックを聴いています。
今朝は、ハリー達がシェルコテージで、オリバンダー老人と杖の話をするところを聴きました。
散々拷問にかけられ弱ったオリバンダーの声は、本当に弱々しく微かで、ボリュームを二目盛りくらい上げないと聞き取れません。
弱ってベッドに横たわる老人の姿が見えるようでした。
そしてその声は、32章のスネイプ先生を想像させ、居ても立ってもいられない気持ちになり、呼吸が乱れました。電車の中で(怪しい)

その少し前のページでドビーが死んだ時も、だいぶ動揺しました。
失血死するところとか、最期に一言言い残すところとか、最期の目の描写があるところとか、類似点がいくつかあって、いやでもスネイプ先生を思い出します。
大きな相違点は、ハリーが周囲に助けを呼び、‘don't die, don't die-’と声かけしたこと、それを多分ドビーは聞いたことでしょうか。
似たような状況で、その違いの何と大きなことか。
それを思うとよけいに悲しくて涙が出ました。教習所の休憩室で。

まだ32章は先ですが、何を聞いてもスネイプ先生を思い出してばかり。
今からこんなでは先が思い遣られます。
32章は家で聴こうと思います。

先生とドラコ - 2008.06.03 Tue

映画「謎のプリンス」の写真がいくつか、ポッターマニアさんで公開されましたね。
公式のものではないようですが、それでも、撮影中のものではないかと思わせるリアルさと緊迫感があり、見ていてドキドキしました。
あれは、やはりスラグホーンのクリスマスパーティでしょうか。
硬い表情のスネイプ先生とドラコが向き合う様子も、背を向けて去っていくドラコを見送る先生の表情も、きっと7巻を知った上での演技なのだろうと思うと、より深みが感じられました。

ドラコは、この時、随分無礼な物言いをしました。
一緒に逃亡した後はどんな様子だったのでしょう。
あくまで自分の手柄を横取りしたと、言い張ったでしょうか。
それとも、すっかりしょげかえってしまったでしょうか。

7巻を読み終わってもなお、私はスネイプ先生がドラコをどう思っていたか、自分の考えが定まりません。ダンブルドアが、ドラコではなくスネイプ先生に自分を殺させようと、言い含める場面での先生の応答に含まれる気持ちが、今ひとつ英文からはわからなかったせいです(汗)
意図していないにしても、結果的には、スネイプ先生がドラコの身代わりになってダンブルドアを殺し、そしてヴォルデモートに殺された形になりました。それを、後にドラコは知ることになったでしょうか。
ヴォルデモートとハリーの対決をドラコが見ていたのかどうか、これもよくわからないのですが(ヴォルデモートが倒れた後、家族が肩を寄せ合う場面はあったと思いますが)、杖の真の所有者の話をドラコは理解することができたのでしょうか。

少なくとも、スネイプ先生がダンブルドア側だったことは知ったでしょう。
その時、クリスマスパーティでの無礼な態度や物言いを反省してほしいものです。
彼もまた、スネイプ先生によって守られた一人であると、実感してほしいです。

原書の描写(4巻-1) - 2008.06.02 Mon


目配り  - 2008.06.01 Sun

自動車の運転を習うようになって、運転中、見ていなければならないことが山ほどあると知りました。
初めは操作だけでも精一杯。手も足も目もフルに使っている感じがしました。
路上に出たら、さらにやることが増えました。
信号、標識や標示、対向車や歩行者の動き、などです。
教習も終わりに近づいてきましたが、やっぱりなかなか慣れません。

自動車の操作と周りへの目配りを大変だと感じる時、私は1巻で審判を買って出たスネイプ先生を思い出します。
私は、いくつかの理由から、スネイプ先生は箒が得意ではなかったと思っているのですが、そんなスネイプ先生にとって、審判時の箒乗りは、さぞかし大変だったろうと想像しています。

重心の移動などで体のバランスを保ちつつ、箒を選手達(特にハリー)の動きに合わせて向きを変え、そして目はハリーやクィレルに向けていたに違いありません。
操作だけで精一杯だったら周りを見る余裕などないでしょうし、見るほうに集中したら操作がおろそかになるだろうし。先生かなりいっぱいいっぱいだっだのではないかと思います。

ジョージがブラッジャーをスネイプ先生の方に打ったからという理由で、ハッフルパフにペナルティ・シュートを与えたのも頷けます。ブラッジャーなどに注意を払う余裕などなく、ハリーを守ることに専念したかったのだと思います。スネイプ先生方面にブラッジャーを打ったらやばいと、選手達に注意を促すつもりだったのではないかと思っています。
何の理由もなくペナルティ、というのもきっと言えない理由があったはず。
ハリーを見守る視界を遮ったとか、逆にクィレルが見えなかったとか。
選手は納得できないでしょけど(笑)
他人にどう思われようと、なりふり構わずハリーを全力で守ろうとしたスネイプ先生が、愛しくてたまりません。
また、急に向きを変えたスネイプ先生のそばをハリーがかすめて飛んでいきますが、ハリーの動きを追いきれなかったのではないかと思うと、その後青白い顔で地上に降り立ったスネイプ先生が気の毒です。本当にお疲れ様でした。

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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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