topimage

2008-02

原文の描写(3巻-1) - 2008.02.29 Fri


鹿 - 2008.02.28 Thu

あるドラマを毎週見ています。
ただ鹿が出てくるという理由だけで。
以下、「鹿男あをによし」の小さなネタバレがあります。


今日は大変ショッキングな映像があり思わず息を呑みました。
牡鹿と雌鹿(の頭というか被り物)が並んで立っていたのです。
大きく息を呑んだ割には、その場面自体がショッキングだったため、家族には不審に思われなかったようで良かったです。


リリーのパトローナスはジェームズと愛し合うようになってから雌鹿になったのか、元々魂に共通する部分があったのかどっちなんでしょう?
私はなんとなく後者の感じがして、魂が魅かれ合うなら、セブルスは入り込む余地はなかったのかなあ、と悲しなります。

続・携帯品 - 2008.02.27 Wed

先生がチョコレートなどを携帯していたのではないかと書きましたが、大事なものを忘れていました!
チョコレートよりも高い確率で、きっと持っていたに違いないものを!
リリーの写真とリリーがシリウスに宛てた手紙の二枚目を。
スネイプ先生、手紙をローブにしまいこんでいますから、きっとポケットか何かに入っているのではないかと思います。写真も。
たとえチョコレートやベゾアールが転がり落ちても、この二つだけは、ポケット内に留まっていて欲しいです。
どうか誰の目にも触れず、ひっそりとスネイプ先生が身に着けたまま、一緒に葬られていますように。誰かの目に留まったところで、血に染まって判別できないかもしれないけれど…

携帯品 - 2008.02.26 Tue

3巻を読んでいて急に思いました。
ルーピン先生は新学期のホグワーツ特急のなかでディメンターの影響で倒れたハリーや、ロンたち他の生徒に大きなチョコレートを割って配りました。
多分そんなイメージからかルーピン先生が甘い物好きだと思う方が多いようです。(あと脱狼薬に砂糖を入れたがったからもあるでしょうけど)
でも新学期が始まる前のアーサーの話では、ディメンターを学校の入り口付近に配備することをダンブルドアが同意した、とあるので、きっとルーピン先生にもその話は伝わっていたはず。ディメンターで冷えた体を治療する最良の方法を知っていたからこそ用意していたのではないかと思います。

ということは。
7巻でヴォルデモートの手に落ちたホグワーツの周りはディメンターだらけでしたから、スネイプ先生も、あるいはチョコレートを携帯していたかな、と思いました。
だって、先生はずっと生徒達を守ろうとしていたわけだし。
でもチョコレートを持ち歩いているなど知られたくないでしょうから、絶対匂いが漏れないよう気を遣っているんです。
うーん、でもやっぱり持ってないかな。
3巻でディメンターの影響で倒れた4人に担架は出してもチョコレートは食べさせてなかったけど、あの頃だってハリーを守ろうとしていたはずだから。
いや、意識の無い人に食べさせるはずなどありませんね。ポンフリーだって意識がはっきりしてから口にチョコレート押し込んでました。

やっぱりスネイプ先生は7巻で、そしてきっと3巻でもチョコレートをこっそり持ち歩いていたのだと思います。きっとそれだけでなく、いざというときに役立つようなもの、解毒薬のベゾアールとか、切り傷に効くハナハッカとかも。

そしてきっと、叫びの屋敷に横たわるスネイプ先生の体を誰かが持ち上げたとき、そんな携帯品が転がり出たのだと思います(号泣)

譲れない点 - 2008.02.24 Sun

先日、ダンブルドアについて語っていらしたあるブログで私はコメントを残しました。
今になって随分きついこと書いたなあ、と反省しています。たとえ物語の登場人物であっても、人の悪口を言うのは気持ちの良いものではないですから。

そこに書いたコメントの、スネイプ先生に関する部分はいずれ自分のブログでも書くつもりでいましたが、ダンブルドアを語る予定はなかったので、良い機会とばかりに自分の考えをまとめてみたのです。
書いていくうちに自分の中で問題点がはっきりしてきました。
私がダンブルドアを快く思えなかったのは、スネイプ先生の想いを利用したように見える数々の行いに原因があるというよりも、自分を殺すよう依頼していたことがどうしても納得できないことにありました。
たぶん、そこが私のどうしても譲れない点なのだと思います。
死期の迫った人を苦痛なく一瞬で殺すことで「楽にしてあげた」と思える人と「もっと他の方法で楽にしてあげられたのではないか」と考える人がいると思うのですが、私は後者に属します。
スネイプ先生がどちらのタイプかはわかりませんが(私には合理化して考える前者のタイプには見えませんが)、一生苦しむ可能性もあったわけです。
最愛の人を自分の愚かな行いで失い、先生は十分苦しんでいるのにそれ以上追い討ちをかけるような殺人依頼は、やっぱり私には受け入れられないのだと思いました。

でも、依頼されたのがスネイプ先生でなかったら、私はあそこまで強く言い切ることはなかったと思います。もっと言えば、逆の立場だったら、私はどうこじつけてスネイプ先生を肯定するのだろうと思ってしまいました。
信念は曲げないかな。その行為を否定しつつ、先生の苦しみに寄り添う方向の文章を書くかもしれません。
ダンブルドアに対してはそこまで愛はないし(笑)、とにかく大事なスネイプ先生を苦しめたと思っているので、ちょっと容赦しませんでした。
ごめんなさいっ

原文の描写(1巻-4) - 2008.02.23 Sat


解けなかった誤解 - 2008.02.22 Fri

スネイプ先生は多くの人に誤解されたまま死んでしまいました。
その死後、ハリーによって大勢の観衆の前で誤解は解かれはしましたが、その場にいなかった、というか真実を知る前に死んでしまった人も何人かいます。

私にとって残念だったのは、ルーピンが真実を知らずに死んでしまったことです。
6巻でダンブルドアが信じているから信じると言い、スネイプ先生を好きでも嫌いでもないと言い、薬を作ってくれたことには感謝の気持ちを示し、ダンブルドアの死後はその行動を7巻ではジョージの耳への攻撃を蔑んだルーピンが、事実を知ったらなんと言ったでしょう。ジョージの耳に攻撃が当たったのは、本当はルーピンを助けようとしてのことだと知ったら。

自分で判断する必要はないと言ったルーピンにはぜひ、全てを知った上で自分が彼をどう思うか判断して欲しかったです。そしてその言葉を聞きたかったです。
ああ、返す返す残念です。

替わるタイミング - 2008.02.20 Wed

映画でスネイプ先生を演じるのはアラン・リックマンさんですが、不死鳥の騎士団で学生時代のセブルスを演じたのはアレック・ホプキンスくんでした。
そしてきっと7作目の映画では、さらに幼少期を子役が演じるのではないかと思います。一体どんな子が演じるのだろうか、陰のある儚いイメージの少年だろうか、むしろ屈託の無い少年で現在とのギャップを強調するのだろうかと今から楽しみにしています。子役の演技もなかなか侮れませんから期待も膨らみます。

どこで役者が入れ替わるのだろうか、などともつい考えてしまいました。
もっとも原作にあった記憶の全てを映像化するわけではないでしょうけど。

最初は、原作でも何年か経っているとハリーが感じたところだと思います。
組み分けの記憶と口論している二人の記憶との境です。身長も伸びたようだし。
この口論では既に暴れ柳事件は起こった後みたいですから、この時にはアレックくんになりますよね?

次は時間の流れから考えればハリーが入学してからの記憶、ダンブルドアの前で行ったり来たりしながら新入生のハリーをけなすところからアラン・リックマンさんに替わるのかなあと思うのですが…
リリーの死んだ直後の先生の顔が、丘の上でポッター一家を守るよう懇願した時から百年経って見えるかのような表現があったと思うので、そこで替わるのもびっくりするかなあ、という気がします。
でも単にびっくりさせるだけですね。
むしろアレックくんがそれほどの表情の変化を見せた方が効果的かもしれません。
ここ、スネイプ先生の内面が大きく変化するところだと思うので、絶対絶対省略しないで丁寧に描いて欲しいです。

組み分け式から暴れ柳後まで、リリー死後からハリー入学までと二箇所で大きな時間の空白があるのは、まるでそこで役者を入れ替えてくれと言わんばかりだと、ちょっと思ってしまいました。

原文の描写(1巻-3) - 2008.02.19 Tue


禁断症状 - 2008.02.19 Tue

スネイプ先生についてどこにも語らないでいると、禁断症状が出てくる感じでむずむずします(笑)
自分のブログでも人さまのサイトへのコメントでも、メールでもいいから何か語っていないと足りなくなってくる気がします。
昨日は自らパソコンを断っていたので、非常に渇きを覚えました。
むずむずして叫びたいけれど、さすがに実生活の中では無理なのでここで。

ああ、スネイプ先生が好きで好きでたまりません。
今まで見てきたスネイプ先生の言動の一つ一つが愛しいです。
たとえリリーしか見えていなかったとしても、自分のことしか考えていなかったとしても、どんなにちっぽけな人間でも、私はスネイプ先生が大好きだー!

 - 2008.02.17 Sun

1巻の日本語版を読み返したり、原文の描写を追っていると、真相を知った今となっては当たり前ですが、随所でハッとさせられます。
初場面のことを先月話題にしましたが、その時はまだ気付いていませんでした。
スネイプ先生はその最初の描写でハリーと目を合わせ、最後の描写もハリーと目を合わせていたのだということを。
今しがた知って、戦慄を覚えました。ローリングさん、そこまで計算して書いていたということでしょうか。恐れ入りました。

そして、最初の授業場面でもハリーはスネイプ先生の目に注目しています。
そこは私も気にしていて、2005年の5月に語っていました。

もう一つ気になるのは初授業でのうつろな目という表現。もしや、閉心術を使っている?との疑問です。もし、常に閉心術で心を閉ざしているとしたら、ハリーに対する態度は気持ちとは裏腹な行為なのでしょうか。
この疑問については今後ゆっくり考えていくつもりです。

ゆっくり考えているうちに答えが出ちゃった、という感じです(笑)
特に最初の授業は気を遣って心を閉ざしていたのかもしれないと思うと泣けてきます。

それにしてもローリングさん、最初からこれでもかというくらいにスネイプ先生の目を強調していたんですね。

イメージの元 - 2008.02.16 Sat

少年時代の可愛らしいセブルスの描写を抜き出していたら、初めてその部分を読んだ時の驚きが蘇ってきました。その姿は、私の中で出来上がっていた少年時代のイメージとはまるで違っていました。

イメージの元は、5巻で垣間見た過去の家庭の様子と、シリウスの発言でした。
家庭はともかく、シリウスの発言は参考にすべきでなかったと今更ながら思いました。入学したときには既に7年生の大半より呪いを知っていただの、ジェームズとは最初に目を合わせた瞬間から憎みあっていただの、偏屈なやつだの。

『呪いを知っている』ということが悪いことのように思う価値観の人が話したせいで、そのように感じていましたが、入学時のセブルスに悪気など感じられませんでした。少なくとも呪いで人を攻撃しようという気持ちなど感じられませんでした。
自分のことで精一杯な感じでした。
また、初めてホグワーツ特急で出会ったとき、別にセブルスの方はジェームズなど眼中になかったように思えました。ジェームズが『スリザリン』をけなしたから険悪なムードになった感じ。信じているものをいきなり否定されたらカチンとくるに決まってます。喧嘩売られたから買っただけじゃないの?
二人がかりでちょっかいだしておいて、『目を合わせた瞬間から憎みあっていた』もないよなあ、と思いました。

それに、日本語の『偏屈』にも惑わされてしまいました。原文ではoddball(奇人、風変わりな人)でしたが、偏屈(性質がかたくなで、素直でないこと。ひねくれていること)ということでちょっと素直でない印象を持ってしまったのです。
奇人ならなんとなくわかる気がします(汗)

ローリングさんの思惑通りの誤解や日本語ならでは誤解によって、随分実際とは違う姿を想像をしていたものだと思いました。

愛の表出 - 2008.02.14 Thu

今日はバレンタインなので、愛に満ち溢れたスネイプ先生のことを何か語りたいと思い、33章を読んでいたら、もう切なくて切なくてくて、何を語っていいかわからなくなりました。
リリーと一緒に過ごした時を追っていったのですが、なんだかやることなすこと裏目に出ているようで可哀想でたまりません。
それでも、リリーへの愛が隠せなかったいくつかの部分は微笑ましかったです。
というか、ここかしこに愛が溢れていて、挙げればキリが無いと思いました。

私が好きなかわいいセブルスをいくつか挙げます。
あえてその後の苦い思い出には触れずに。

‘~All the time I was watching you...’His voice trailed away(p.535)
「ずっと見ていた」と言って声がだんだん小さくなっていくなんて可愛すぎます。
既に意識していたんだろうなあ、と。でもリリー聞いてない。

リリーに名前を呼ばれて微笑が浮かぶところも可愛くてたまりません。
こんなに可愛い唇が、(ハリーには)後には冷笑しか見て取れなくなるとは。

ディメンターの話をしていて、アズカバンにリリーが入るようことはない、とか言ったあと‘you're too―’と言いかけて赤くなって葉っぱを裂いているところも絵に描いたような可愛さです。

口論の後、リリーがジェームズを侮辱するのを聞いた後、全身の緊張がほぐれて足取りも軽くなったところも。

少年時代のセブルスはこんなにもわかり易い感情表出をしていたとは!
リリーだって気づかないはずないと思うんですけど。
気になるのがここです。
‘The intensity of his gaze made her blush.’(p.541)

見つめられてリリーは赤くなっているんですよね?
非常に惜しいところまで行っていたかもしれないと思うと…
いえ、今日は愚痴は言うまい。

原文の描写(1巻-2) - 2008.02.14 Thu


I wish I were dead - 2008.02.12 Tue

英語ではどうしてもわかりにくいニュアンスっていくつもあるのですが、
この‘I wish I were dead’もちょっとわかりにくかったです。

ちょうど7巻を読んでいる最中に英会話のレッスンで仮定法過去という文法が取り上げられ、なるほどと思ったのですが、いざスネイプ先生が使うとどんなつもりなんだろう?ということが今ひとつわかりませんでした。
レッスンでは、「~だったらなあ」という、叶わない願望を表すと習いました。
初め私は「死ねたらなあ」だと思ったのですが、よく見たら死ぬという動作ではなくて死んでいるという状態を示す言葉でした。
となると、「死んでいる(状態)ならなあ」ということになると思うのですが、それは果たしてどういうことなのか感覚的によくわかりません。Iが斜体なので、リリーではなく『自分が』死んでいれば、とちょっと過去を悔いる感じなのでしょうか。
(ああ、ここ『我輩』だったらなんか興ざめな気が…)
英会話の先生にも聞いてみました。
「今生きていることを後悔する気持ち」だと言いました。
それを聞いただけでもうたまらなく切なくなって、それ以上聞きませんでした。

これから死にたいという気持ちも入っているのか。
あくまで今の状態を悔いているのか。
スネイプ先生の時間は実質このときで止まってしまったのか。
考えるほど切なくなるし、よくわからなくてもどかしいです。

イギリスの景色 - 2008.02.11 Mon

今も日によって気持ちの変動があります。
今日は、喪失感の激しい日でした。
天気が良くて家族はそれぞれ好きなことしていたし、私もとても穏やかな午後のひと時を過ごしていたのですが、お隣から聞こえたピアノ曲の一部分(ほんの2小節くらい)に妙に心が動かされ、居ても立ってもいられない気分になりました。
曲名はわかりませんが、何かの練習曲のようです。
そのうち2小節だけ、ちょっと宗教音楽っぽい響きがありました。
聴いていると、イギリスの列車の窓から見た景色が浮かびます。
見渡す限り広がるなだらかな農地にどんより曇った空から時々日が射す様子とか、時々小さな集落と尖塔が現れる様子とか。
なぜそのイメージなのか全くわかりません。
とにかくそんな景色が浮かんでは消え浮かんでは消えて、同時に「スネイプ先生がいない」「スネイプ先生は死んでしまった」と強く実感します。
そしてその後もずっとイギリスで見た他のあらゆる場面が断片的に浮かび続け、胸が苦しくなりました。

そうだ、3月にイギリス行った時はスネイプ先生の気配を求めていたんだっけ。
『先生を探しにこんな遠くまで来た』と実感させた景色が今、先生がいないことを実感させているのです。
ああ、でもどうしてこんなに寂しいんでしょう?元々存在しない人なのに。

言えない - 2008.02.10 Sun

今日、元同僚からメールが届きました。
先月別な元同僚の結婚式の二次会で会った時に私が元気が無かったことを心配してくれてのメールでした。
仕事の悩みのお返事をしましたが、どうしても言えなかったのがスネイプ先生の死でした。
彼女は6巻まで読んでいて、この間会った時も「で、スネイプは生き残るの?」と真っ先に聞いてきたのです。
私は「言わない」の一点張りでした。
彼女は6巻を読んで「スネイプは愛の人だと思う」「全てはリリーへの愛に裏付けられた行動だと思う」と言った人ですから、できるだけ新鮮な驚きをもって7巻を読んで欲しいのです。

でも本当は言いたくてたまらないんです。
スネイプ先生が死んじゃって、悲しくて悲しくて元気もでないよーと。

原文の描写(1巻-1) - 2008.02.10 Sun


最後の描写 - 2008.02.09 Sat

さっき、何気なく自分の過去の日記ブログを見たら、「最後の描写」というタイトルが目を引きました。自分でも書いたことすら忘れていました。
ほぼ1年前の2月4日の日記で、ローリングさんが7巻を書き終えたことを私が知った日のことでした。読んでいたら胸が痛くなりました。

一部をそのままコピーしてみます。

最後の1冊では、スネイプ先生は結局どんな役割を果たすのか、出番は多いのか、どんな言葉がスネイプ先生を表す最後の描写になっているのか、何ページまで登場するのか、6巻では去った後もハリーや騎士団員達が話題にしていたように、そこにいなくても誰かの口から語られるのか、そんなことをつらつら考えました。
なるべく最後のページの近くまで、スネイプ先生の気配があるといいのですが。そうでないと、最後まで読み続ける気力がなくなってしまいそう。

1年前の私は、スネイプ先生の身に起こることをある程度予測していたようにも見えます。ああ、でもこの時はスネイプ先生がどれほど大きな役割を果たすか想像できませんでした。こんなにも物語の要となる人だったとは!

そして、そこにいなくても確かに誰かの口からは語られました。
観衆の前で、リリーへの愛とか、ヴォルデモートに他の女性をあてがうようなこと言われたこととか、色々暴露されたりして(泣)
死後19年経っている最後のページでも語られることになるとは想像していませんでした。最後の最後までスネイプ先生の気配はあったとも言えるかもしれません。

何より、リアルタイムのスネイプ先生を表す最後の描写が、
The hand holding Harry thudded to the floor,and Snape moved no more.(p.528)
になるとは!
それは最期の描写だよ(号泣)

 - 2008.02.07 Thu

数あるファンアートの中で、スネイプ先生の葬儀の絵に心が動いたのは、叫びの屋敷で血の海に横たわるスネイプ先生の体を、誰かが大事に扱って棺に横たえたと思いたかったからです。

私は職業柄か、人の体が物のように扱われることは我慢できません。
意識が無かったり、自分の意思で体を動かせない状態にある時は特に。
たとえ遺体であっても。
だから、「アズカバンの囚人」でシリウスがスネイプ先生を操り人形のように宙吊りにして、爪先が階段にぶつかっても頭が天井をゴリゴリ擦っても気にしなかったことは、私のシリウスに対する評価を下げました。
同じ巻でスネイプ先生はシリウスを含め全員を担架で運んだというのに(もうこの部分、何度書いたか自分でもわからないほどです)
私はそんなスネイプ先生が、読むたび誇らしかったです。
6巻後もあの部分を読んでは、スネイプ先生を信じようと思ったものです。
4巻でダンブルドアが偽ムーディを蹴り上げた時も、目を疑いました。
今思えば、あの時点で人間性を疑うべきだった気もします。

3巻では、叫びの屋敷で物のように扱われましたが、今度はそうではないと思いたいのです。誰かが丁寧に血を清め、服も着替えさせるか汚れを落として(できれば魔法を使わずに人の手によって)、そっと棺に納めていてくれたら、と思います。
その体は、きっとすごく軽くて、人々の涙を誘うのです。
誰かがやってくれていますように。

worst memory - 2008.02.05 Tue

先日の英会話でbest memoryを語ったことは先日の表の日記に書きました。
実はその時、もしworst memoryを聞かれたらどうしようかと考えていました。

私にとってのworst memoryは、人前では話したくありません。
一生口にしたくないくらい。だから、もし聞かれたら、「色々あるので英語の勉強に関する最悪の記憶を語ります」と英語で前置きするつもりでした。
でも、そんなこと聞かれませんでした。その場の空気が重くなるかもしれないので先生も聞かなかったので.はないしょうか。
多分、私だけでなく、誰にとっても最悪の記憶は簡単に他人に話せるものではないのだと思います。

5巻28章のスネイプ先生の最悪の記憶も、ファンの間ではどう最悪なのか、さんざん取り沙汰されました。
あれが最悪なのか、もっと本人にとって悪い記憶があるのではないか、と。
私は当時、ハリーに見せたくない記憶ナンバー1だと思いました。
が、7巻でやはり先生自身の最悪の記憶なのだと知りました。
この場面とこれに続く場面は、私は辛くて今でも直視できず、読み込むことができません。口を開けては何も言わずに閉じるセブルスの胸中を推し量りたいと思いながらも…

こんな他人にはとても言えないような辛い記憶をわざわざ取り出しておいたのに、ハリーに覗かれてしまって、可哀想なスネイプ先生。
できれば一生心の奥底にしまっておきたかったでしょうに。
その上、結局最期にその記憶を渡す羽目になってしまって(号泣)

ファンアート - 2008.02.03 Sun

元々ファンアートを見るのが大好きなのですが、昨日は無性に見たくなり、何時間も見続けてしまいました。
昨日見たのは海外のサイトで、以前話題にした「Always」の動画で使われた絵の多くがこの中にあると、メールで教えていただいたのです。
Snapeで検索したら3万7千以上ヒットし、昨日だけで少なくとも3000のイラストを見ました。昨日以前に既に1000くらいは見てありましたからトータルで約4000見たことになります。まだまだたくさん残っていて嬉しいです。

先生を愛している方だけの作品ではありませんが、ほとんどから先生への愛が感じられ、止められなくなりました。
特に7巻をイメージした絵に惹かれました。パトローナスを出しているところとか、ナギニに噛まれているところとか、Look at meの場面とか。
そんなまばらに出てくる場面だけでは飽き足らず、ついに私は「Snape death」とか「Snape look at me」で検索し始めました。
辛くて仕方ないのに見るのを止められないのはどういうことなのかわかりません。まるで何かに憑かれたように見続けました。
描いた人の苦しさまで伝わってくるようで、私も喘いでいました。
これも癒しの過程なのでしょうか。なすがままにしようと思いました。

原作中ではついに表現されませんでしたが、先生の葬儀の場面を表した作品もありました。
http://cabepfir.deviantart.com/art/DH-Snape-s-funeral-63298574
棺をかつぐ人々や後ろで見守るハリーたちの悲しそうな様子に救われます。
ハグリッドやハーマイオニーは泣いているし。
こんな風に教員や生徒にその死を嘆かれて、その体は大事に扱われたと思いたいです。ヴォルデモートとの闘いの時、スネイプ先生の真意は全校生徒と教職員の前で明らかにされたのですから。みんな自分の誤解を恥じていますように。

それから、もしスネイプ先生が生き延びたら、という絵がちょっと可愛かったので気に入りました。
http://koenta.deviantart.com/art/HP-If-Snape-survived-62699405
先生の回復を願うメッセージやたくさんの贈り物が目を引きます。
あんなに大事な記憶を何もかも渡してしまって、もし生き延びていたら、先生もさぞかし恥ずかしかっただろうとこの絵をも見ると思います。
助からないとわかっていたからこそ、渡したんでしょうけど(泣)

ピーターと同居 - 2008.02.01 Fri

先日映画を観た後、ふと、スピナーズ・エンドでピーターと同居していたスネイプ先生は、一体どんな気持ちだったのだろうかと思いました。
考えると胸が張り裂けそうです。
ポッター一家を売ったピーターと一つ屋根の下に暮らすなんて。
ピーターが裏切らなければリリーも死ななかったでしょうに。
ああ、でもそれは自分自身にも言えるのですね。

ヴォルデモートに使わされてやってきたピーターを送り返すわけにもいかず、裏切りをなじることもできず、全ての想いを胸に秘めて耐え忍んだのか、自虐的に迎え入れたのか、6巻2章もまた、違ったものに感じられます。

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