topimage

2008-01

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 - 2008.01.30 Wed

今朝、家を出ると外はいつもより少し暖かくて、靄がかかっていました。
雨上がりで天気が良く、少し霞んだ景色はある回診当番の朝を思い出しました。

先生の死を知った翌々日が回診当番でした。
日の出前に家を出て、途中で日の出時刻を迎えました。
職場の病院から少し離れた東側に丘があり、ちょうど病院前の道路の信号待ちをしている時にその丘から陽が差してきました。
今日よりももっと霞んでいたので霧と呼んだ方がいいかもしれません。
霧を通して金色の光が幾筋も斜めに射し込む様子があまりに神々しくて、その場で涙してしまったのでした。
スネイプ先生が朝の光を浴びないまま死んでしまったことが悲しかったし、魔法界では死んだらどこへ行くのか知りませんが、人を殺したスネイプ先生が明るい光の下には行けないように思えたからでした。
死後の世界も闇ではあまりにもかわいそうだと、その朝は涙を流しながら出勤してしまいました。

年明け最初に回ってきた回診当番の朝も靄がかかっていて、また同じ気持ちになりました。今日もそうでした。この分では霧や靄の朝のたびに同じ気持ちになるのかもしれません。
もう少し救いのある想像をしなくては。
あれほどの愛に満ち、たくさんの命も救ったたスネイプ先生が闇に落ちるはずはありませんね。今はベールの向こうの暖かい光のあたる場所で、心穏やかに過ごしていると思うことにします。
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今見ると - 2008.01.28 Mon

32章の途中でスネイプ先生の死を予感して、日記を二日分書いてから最後の2ページを読んだと、このブログの一番最初の記事に書いたと思います。
でも実を言うと、当日分は前もって書いておいた日記ですが、翌日12/3の日記はまるごと削除し、書き換えたものでした。 あまりにもその日の気分にふさわしくない『家族のゴキブリ騒動』を書いたものだったので。

今「水深~」の12/3の日記を読むと冷や汗が出ます。
私の気持ちが そっくり出ています!それはそうでしょう。
なぜ、その日の気分にふさわしくないからとゴキブリ騒動を差し替えてしまったのか、自分の行動が理解できません。
自分の気持ちが出ないように、わざわざ前もって書いておいたのに。
邦訳待ちの方に気づかれていませんように。

You're...you're a witch - 2008.01.27 Sun

スネイプ先生の最期の場面、傷を押さえようとしていたのは誰か、という読み違いがあったように、多分あらゆる場面で読み間違っていることが予想されます。
読み間違ってはいないものの、ニュアンスがちゃんと伝わっていないことにも先日気づきました。

みちえさんのブログ「ハリーポッター7巻を英語で読もう!」を見て、気づきました。
33章533ページでホグワーツ入学前、初めてセブルスがリリーの前に姿を現した日に言った言葉、‘you're a witch’もそうでした。
私が思ったのは、「君は魔女だよ」という言葉通りの意味で、もちろんセブルスはそういうつもりで言ったと思うのです。でもリリーはそれを別な意味で解釈したことがわかりました。
マグルの世界でその言葉は「意地悪な女」「いやな女」という意味があるということでした。なるほど、だからリリーは怒ってしまったのですね。
私はてっきり、「魔女」などと初対面の子が突拍子もないことを言ったため、からかわれたと思ってしまったからだと思いました。
やっぱり外国語の壁は厚いと思いました。
日本語版を読んで、いくつ自分の思い違いに気づくことでしょう。

それにしてもこの場面、言葉を誤解されたセブルスが、姉妹のあとを真っ赤な顔をして追っていく様子、追いついて更に話し続ける様子にとても胸を打たれました。
(ああ、ずっと昔、こんな子を見たことあるような気がします。私はリリーやペチュニアではなかったでしょうか)
幼いゼブルスがこんなにも人とかかわることに一生懸命な子どもだとは思っていませんでした。いじらしくて、涙が出ます。

どっち?? - 2008.01.25 Fri

先日読み間違えた、と思った部分、もしかしたら読み間違いではなかったかもしれません。あの後、英語に詳しい人に英文を見せたら、傷を押さえようとしたのは、ハリーではないかと言ったのです。
で、今日は7巻を持参して英会話の先生にも見せました。
もう少し前の部分から、引用してみます。

He did not know why he was doing it, why he was aprroaching the dying man: he did not know what he felt as he saw Snape's white face, and the fingers trying to staunch the bloody wound at his neck.(UK版p.528)

英会話の先生は、傷口を押さえようとしているのは、最初のHeつまりハリーだと言います。heがいくつもあってわかりにくいが、この動作(血を止める)をしようとしている人とhis neckのhisは同一人物ではないと言うのです。もし、血を出している方の彼が傷口を押さえているのなら、his own neckとしてくるのではないだろうか、ということでした。
また、trying to staunchも実際その動作を行っていなくても、そうしようと思っているだけでその文章は成り立つということなので、ハリーの手が傷に触れているかどうかは関係ないとのことでした。
このままストレートに読めば、「なぜ傷口を押さえようと死にかけた男に近づいているのかわからなかった」と解釈すると言われました。

となると、またこの部分の持つ意味が違ってきますね。
ローリングさん独特の文章を英会話の先生は知らない、ということはありますが、先生の言う通りなんでしょうか?それとも逆でしょうか。あるいはここもどうとも解釈できるようにしてあるのでしょうか?

実際、7巻を読み終えた皆さんはどう思いましたか?
良かったら教えてください。
やっぱり、ハリーが『スネイプの血を止めようとしている自分をよくわからない』と感じている方がずっと救いはあるので。
でも、一番良かったのは、どっちにしてもすごい大間違いをしたのではなかった、ということだったりして。違っていたとしても、英会話の先生だって間違えるくらいなら仕方ないですよね。

初場面 - 2008.01.24 Thu

1巻でハリーが初めてスネイプ先生を見る場面、この最初の出会いもまた、7巻を読んでこその想いで読みました。

鉤鼻の先生がクィレル先生のターバン越しにハリーと目を合わせたとたん、ハリーの額の傷に痛みが走った(1巻p.187)


この場面、傷の痛みはこの際どうでもいいです。
スネイプ先生、入学してきたばかりのハリーと目を合わせたんだ、と思ったら、急に呼吸が乱れました。混んだ電車の中で立って読んでいたのですが。
組み分けの儀式、いや、それ以前からハリーの姿を探していたかもしれません。嫌われているとハリーが感じる目つきをしていたので、やっぱりジェームズを重ねていたと思うのですが、でも、やっぱりリリーの目も探していたのかもしれないと思ったら、切なくて切なくて。
その後ハリーはしばらくスネイプ先生を見つめていましたが、先生は二度とハリーの方は見なかったようです。
先生はこの時どれほどの激しい感情を押し殺していたのかと思うと、苦しくて身を捩りたくなります。

生きる意志 - 2008.01.23 Wed

傷を押さえていたのはハリーではなかったと知ってとてもショックでしたが、一方でスネイプ先生が自分で血を止めようとしていたことは嬉しく思いました。
先生は、まだ生きる意志があったのだ、とわかったからです。
尤も、読み違えていた時でさえ、私はスネイプ先生は生きる意志があったと確信していましたが。

杖を上げた程度で、碌に抵抗もしないで殺されてしまったスネイプ先生。
リリー以外のこと、ダンブルドアやハリー自身への思いとか自分の役割とか、7巻のスネイプ先生についてはまだ私の中で十分考えがまとまっていないのですが、少なくともこの時点でも生きることを諦めていなかったことは確かだと思いました。それが、とりあえずハリーに事実を伝えるまでの期間限定だったとしても。
スネイプ先生を尊敬する気持ちは、あらゆる場面で湧き上がってくるのですが、ここも間違いなくその一つになりました。

続・触って - 2008.01.21 Mon

先日オフで語った際に、私は大きな読み間違いをしていることを知りました。
ちょっとやそっとの間違いじゃないです。主語が違うので、まるで意味も違います。
以前「触って」という記事で、カッコ内に(読み違いでなければ)と書いた部分、やっぱり読み違いのようです(汗)
32章最後のページ、上から13行目~15行目のところです。

:he did not know what he felt as he saw Snape's white face, and the fingers trying to staunch the bloody wound at his neck.(UK版p.528)

上の文の下線部、私はハリーが傷を押さえようとしているのだと思っていましたが、スネイプ先生が押さえようとしていたのですね!

すごいショックでした。
ということはつまり、ハリーは死にゆくスネイプ先生に触れていなかったのですね。スネイプ先生自らハリーのローブを掴んでいただけで。
そんな!ローブの前を掴まれて、その手を支えてもあげなかったなんて!
既にハリーの手は塞がってると思っていたからこそ、そこは気にしなかったのに。
ハーマイオニーがフラスコを渡した時震えていたハリーの手は空いていたなんて!
スネイプ先生は最期に人の温もりを肌で感じたと思ったのに。
スネイプ先生の傷口を塞ごうと努力したハリーを感じていたと思っていたのに。
ローブを掴んだ手が緩んだ時に、しっかり握ってくれていれば、床に、物のようにドサッと落ちずに済んだものを…

オフでの語り - 2008.01.20 Sun



うっかり - 2008.01.20 Sun

映画スウィニートッドのネタバレがあります。ご注意ください。

1巻冒頭 - 2008.01.18 Fri

1巻を読み始めてみると、冒頭から早速色々気になります。

ダーズリー氏が奇妙なマント集団に出くわした前夜に、ポッター夫妻が亡くなったことは読み返す時にいつも心に留めていましたが、その頃スネイプ先生が失意のどん底にいるなどとは、7巻を読むまで考えたこともなかったです。
マグルの街ではしゃぐ人々と両親を失ったばかりのハリーの立場を対比して考えるのが常でした。今回は、同時にスネイプ先生の計り知れない悲しみも存在したかと思うと、冒頭からいきなり悲しかったです。

また、妹の話題で取り乱すというペチュニアのことも、ホグワーツに行きたくてダンブルドアに手紙を書いた過去を知った今、やはり違った気持ちで見ています。
ああ、それにしても、この人は昔幼いセブルスと言葉を交わし、‘Snape boy’などと呼んだのですね。このコチコチのマグルのペチュニアがスネイプ先生のことを知っているというのはなんだかとても妙な感じです。あのSnape boyがホグワーツの教授にそして校長になったことは、知らなかったというか知ろうともしなかったでしょうか。もし耳に入っていたら、どんな風に思ったでしょう。

ところで、結局リリーが妹でペチュニアが姉だったのですよね?
私が今回読み返しているハードカバーの1巻ではリリーは妹でしたが、携帯版は姉に直されています。映画でも姉でしたっけ?

蛇の毒 - 2008.01.17 Thu

これは後々「開心術!!」で語ろうと思っていたのですが、今、どうしても書きたくて、少しだけ吐き出そうと思います。

今日「水深~」にいただいたコメントにお返事を書いているうちに思いついたら、居ても立ってもいられなくなりました。
ハリポタ界でリハビリをしないのは、回復が早すぎるから、と書いて、「でも5巻で蛇に噛まれたアーサーは入院期間が長かったので、リハビリする必要はあったかも」と付け足そうと思いました。が、まさにその蛇こそスネイプ先生を噛んだのだと思ったら、コメントにはとても書けませんでした。

アーサーの入院が長引いたのも、傷が治らなかったからです。蛇の牙には傷口が塞がらないようにする毒があったとアーサー本人が説明しています。
ああ、あれも伏線だったなんて!
噛まれた時のスネイプ先生の様子を細かく検証するのは邦訳後だとしても、あの時ハリーに出血を止めるのはやっぱり無理だったんだ...と思いました。私は読みながらハリーに助けて助けてと懇願していましたが...

やっと - 2008.01.17 Thu

一昨日書いた‘Look...at...me...’の記事、実はかなり前に書き始め、ずっと書きかけになっていました。
まだ7巻を読み終わる前、33章を読み終わったあたりから。
日本語訳が気になると思いつつ、色々想像することができなくて、書きかけの記事を毎日切り取っては新しいページに貼り付ける作業を1ヶ月くらい続けていました。
その間、もっと色々な解釈の可能性があるとわかったので、結局先延ばしにして良かったと思います。
やっとやっとあの場面を語ることができました。
なんだか少しほっとしています。

気になる訳 - 2008.01.15 Tue

原書を読んでから日本語訳を読むのは、7巻が二度目となります。
前回の6巻の時は新しい人物の描き方など多少の違和感はありましたが、スネイプ先生に関してはそれほど違和感なく読みました。既に一人称など日本語での先生のイメージに変換されて読んでいたからかもしれません。

でも、今回は日本語に訳されるにあたってとても気になる部分があります。
それは‘Look...at...me...’の部分です。

私は最初にこの部分を読んだ時、先生がハリーに開心術を使うように言っているのだと解釈しました。何か伝えたいことがあって目を見るように言ったのだと思ったのです。
次の章で、伝えたいことは全て銀青色の物質に込められていることがわかったと同時に、その言葉の持つ意味も違うものだとわかりました。
多分、作者もその辺を狙っていたのではないかと思っています。
つまり、次の章を読むまでは、先生は最期にハリーに開心術を使えと言ったと読者に誤解させる狙いがあったように思います。
ここは日本語でもそう誤解させる必要があると思います。

また、この部分私はスネイプ先生が「リリーの目に見て欲しかった」と解釈しましたが、「リリーの目を見たかった」「ハリーを見たかった」と他にも2通りの解釈のコメントをいただいています。
ここは原文と同様、読む人によって色々解釈できる日本語訳が必要になってくると思います。

開心術と誤解させたり、色々解釈させたりするには、どうとでも取れる言い方をしなければなりません。ここで気になるのが一人称です。
少年時代のセブルスはたぶん日本語でも「我輩」とは言わせないと思います。「僕」でしょうか。

この最期の言葉、私はリリーに見て欲しかったと解釈したわけですが、となるとあの言葉を言った先生はいったいどの時代にいたのだろう?と思いました。「リリーに見て欲しい」と思っていたセブルスは今の時代だけとは限りらないので。
好きになったばかりの頃のとても素直だった少年時代か、リリーに別れを告げられたO.W.L試験の日か、リリーの死に激しく嘆いた日か、それとも現在か。

このように色々想像できるのも英語の一人称は全て「I」だからです。
ここを例えば「我輩を...見ろ...」と訳せば、読者は末期(まつご)のスネイプ先生はどの時代にいたのだろう?と考える暇なく現在の先生の言葉と受け取ります。
また「見ろ」と強い命令口調だと開心術を使えと指導したように誤解することはたやすいけれど、「リリーに見て欲しかった」「リリーを見たかった」とは感じにくくなります。
「我輩を...見て...」にすると懇願の色が強い感じがします。
「我輩を...見て...くれ...」は妥当な気もしますが、やっぱりあくまで先生は現在にいる感じです。
ここはいっそ、一人称を抜きにして訳した方が良いように思います。
「目を...見て...」か「目を...見て...くれ...」はあたりはどうでしょうか?

ここをどう訳すかによって、松岡さん自身の解釈も見ることができるのではないかとちょっと期待しています。

映画最終作 - 2008.01.14 Mon

今日知ったのですが、ハリー・ポッター最終巻の映画は、2作に分けて上映される可能性が出てきたようですね。ぜひぜひ、そうして欲しいと思います。

今までだって2作に分けて欲しかったです。特に「炎のゴブレット」以降。
だって、どう考えてもスネイプ先生の出番は十分ではなかったし、7巻を知った今、省略すべきでない場面もいくつかあったと思います。
やっぱり4巻ではダンブルドアに命ぜられて秘密の任務に赴くところは必要だったと思うし、腕の闇の印も見せるべきだったと思います。
また、「不死鳥」ではリリーに向かってあの決定的な言葉を言わせなかったのも、今となっては重大な過失に思えます。
最終作でよほど丁寧にスネイプ先生を描かないと、映画だけを観た人は消化不良をおこしそうです。
私はホークラックスを捜し求めるハリーたちの冒険は前半に、32章以降を後半にして欲しいです。でなければ、ホグワーツに戻ってくる29章あたりからでも。
とにかく、スネイプ先生の記憶はそれだけで1本の映画が出来るくらい、じっくり描いて欲しいものです。過大な期待かもしれないけれど…

 - 2008.01.13 Sun

スネイプ先生のお誕生日が過ぎて、何だか気が抜けたようになっています。
先生の死を知ってから、度々ブログの継続を苦痛に思うようになり、とにかく先生のお誕生日までは、と気を張って続けました。その反動でしょうか。

スネイプ先生への想いを隠し切れずにこの場所を作りましたが、読んでいる最中や直後の激情が去ると、今度は再び向き合うのが怖くなってきてしまいました。
たとえば一昨日書いたdoeの場面。ちゃんと読むなり、思い出すなりしてスネイプ先生の心情を想像するのが辛くてたまりません。‘Look...at...me...’も。
もうお気づきかもしれませんが、その辺少し主題をずらす形で記事にしています。
英会話教室の出来事だけに止めたり、作者の発言への苦言へすり替えたり。いただいたコメントにもちゃんと向き合えてないなあ、と思っています。ごめんなさい。

これは辛すぎる、と思うことにはさっと心に蓋をする仕組みが出来上がっています。誰でもそうでしょうし、仕事の場面では日常茶飯事ですが、スネイプ先生のことで心に蓋をする日が来るとは思っていませんでした。
この状態はいつまで続くか自分でもわかりません。蓋をしたままスネイプ先生を語るのが平気な日もあればそうでない日もあるし、向き合うことに耐えられる日もいつか再び来ると思うし。

ここが私にとって必要な場所であることには変わりないので閉じたりはしませんが、ここだけ更新のない日は、今日は平気ではいられないんだな、と思っていただければ幸いです。無理してトンチンカンなコメント書くのは、かえって失礼に思うのでやめておきます。

同時に - 2008.01.12 Sat

今日は夕方から元同僚の結婚式の二次会パーティに参加してきました。

パーティの最後に、新郎が新婦へのお手紙を読みました。
その手紙、ちょっとたどたどしいというか、ぎこちないところが初々しくて可愛くて、また新郎の誠実さが伝わってくるようで好感が持てました。
私はなんだか胸を熱くして聞いていたのですが、一番最後の「僕は、○○を一生愛し続けます!」の言葉に、涙をこぼしてしまいました。
この言葉通りずっと彼女を愛し続けて欲しいと心から願う気持ちと、私自身もずっと愛され続けているという実感と、一人の女性を一生愛し続けたスネイプ先生のことを同時に思ってしまったからでした。そして、先生の一生が短すぎたことも(汗)

周りの人はもらい泣きしたと思ったでしょう。
ごめんなさい。それもあるけど、スネイプ先生のことも考えていました。
さすがに言えなかったけど、愛とか一生という言葉に敏感になっています。すぐに思い出してしまうんです。

Doe - 2008.01.11 Fri

今日の英会話のレッスンで、それぞれ自由に話をする際、生徒の一人が
「~doe.」と言ったように聞こえました。
が、日常会話で「doe」はあまり使わないだろうし、その前に言った言葉も聞き取れなかったしで「ドウ?」と聞き返してみました。
すると先生もその方も「Yes!」とニコニコしています。
わけがわかりません。
そこで「D,O,E?」と聞いたら、「No」と人形を指します。「doll」でした。

ああ、やっぱりdoeなんてそんなに使う言葉じゃないですね。
先生にはそこで「doeはどんな意味かわかりますか?」と聞いて欲しかったです。

「雌鹿です」「silver doeと言えば、スネイプ先生のパトローナスのことなんですよ」と言ってみたかったです。そんなこと言ったら、今度はパトローナスの説明をする必要が出てくるでしょうけど。

感謝を込めて - 2008.01.09 Wed

DSC01278-1.jpg

今日はスネイプ先生のお誕生日ですね。

7巻発売前、何があっても48歳のお誕生日を祝うとブログ上で宣言しましたが、やっぱり何かあった後では心穏やかではいられません。
とても複雑な気持ちで迎えたこの日ですが、先生が生まれてきてくれて、出会う機会があったことには、とても感謝しています。

ハリー・ポッターの本と出会って7年半。最初から存在は知っていたけれど、ある日突然、思いがけない思いを抱き、以後3年余り、いつも先生の気配を感じながら生活してきました。
この3年、どれほど幸せな気持ちで過ごしてきたことか、先生がどれほど生活を豊かなものにしてくれたか、とても言い尽くせません。本当に感謝しています。
残念ながら苦い思いも加わってしまいましたが、熱い想いを失ったわけではなく、これからもあらゆる場面で先生の気配を感じとっていこうと思っています。先生はこれからも私の生活を豊かにし続けてくれるはずです。


37回しか誕生日を迎えられなかった先生ですが、その内の何回かは、リリーも祝ってくれていたことを願っています。
入学前、リリーの前で寛いだ様子を見せた(ように私は思いました)り、時々ジェームズに対するリリーの気持ちを確認してみる素直なセブルスは、自分の誕生日だってアピールしたのではないかと思います。
リリーだって友達へのプレゼントくらい用意しますよね。そうであって欲しいです。
スネイプ先生の人生で、何度かは湧き上がるような喜びで迎える誕生日があったことを願っています。


先生のこれからの幸せを願う言葉で締めくくれないことに、心の中で号泣しながらも、心から感謝の気持ちを込めて書きました。

お誕生日おめでとうございます! - 2008.01.09 Wed

スネイプ先生へ

お誕生日おめでとうございます♪
DSC01274-1.jpg

今は、7巻の内容に触れずに語ることが難しくてお休みしていますが、
日本語版が発売されたら、また先生のこと、熱く語らせてくださいね。
スネイプ先生のこと、いつも想っています。

変わらぬ愛を込めて。

37? - 2008.01.08 Tue

明日、1月9日はスネイプ先生のお誕生日ですね。
7巻でリリーとジェームズの生まれ年が明記されていたことから、先生の誕生年も1960年だとわかりました。
そして、発表された家系図にはフレッドの死亡年が書かれていたことにより、先生の亡くなった年も1997年とわかりました。
既に誕生日は過ぎた時期でしたから、享年37歳ということになりますね。
お誕生日を前に、その人生のあまりの短さに泣けてきます。

家系図 - 2008.01.07 Mon

作者の7巻後の発表に関するネタバレがあります。

自由連想 - 2008.01.05 Sat

昨日元同級生のブログに、私が忘れていた精神科作業療法の授業で聞いた先生の言葉が書かれていました。
『自分のことを詳細に話すと 患者の自由連想を妨げる』という内容でした。
精神科作業療法の世界では、OTが自分自身を治療の手段に使うことがあるのですが、そんな場合の注意だったと思います。
忘れていたその言葉はまさに私にも当てはまると思いました。
作者が詳細に設定を語ることで、自由連想が妨げられたのだと思います。

先日いただいたコメントは思いがけないものでした。
スネイプ先生の最期の言葉‘Look...at...me...’を
私はスネイプ先生がリリー見て欲しかったと解釈しましたが、コメントを下さった方は、スネイプ先生がリリー見たかったと解釈したそうです。
そして互いに互いの可能性には気付いてもいませんでした。

でも、私はどちらでもいいと思います。
それぞれの考えたスネイプ先生のイメージに違いがあるのは当然です。
それぞれ今までの先生の言動から膨らませていったイメージがあるのですから、そこを大事にしたいと思います。
それを作者が、例えば「スネイプ先生がリリー見たかったのよ」などと説明してしまっては、私はスネイプ先生のイメージを変えなくてはならなくなります。皆に同じイメージを強要しているように思えます。
あれはどうなのだろう?という疑問やそこから生まれる想像を絶つだけでなく、今までのイメージまで損なうような詳細の発表は、これ以上無いよう願っています。

言い足りない - 2008.01.04 Fri

昨日7巻全章を通した感想をUPしましたが、自分では何かとても物足りない思いがしています。 結局「まとまらない」で済ませてしまいましたが、言いたいことをちゃんと言えていないもどかしさが拭えません。

今日、コメントからYou Tubeのある動画を教えていただいて、それを見ていたら、十分言葉にできなかった想いがこみ上げてきて、もう泣けて泣けて仕方ありませんでした。

その想いを形にするのはやはりまだ無理だと思いました。
深く考えようとすると泣いてしまい、とても冷静ではいられなくて、ちょうど断片的な画像と同じように、断片的な言葉が浮かぶばかりです。
あれもこれも言い足りないけれど、あれが精一杯でしょうか。
邦訳発売後にでもリベンジできたらいいのですが...

教えていただいた動画のリンクを示しておきますね。
こちら
皆さんなら既にご存知かもしれません。私は今日初めて知りました。

コメント - 2008.01.03 Thu

サイトの方に7巻全章を通した感想を書きました。
未だに気持ちが不安定で文章がまとまらないのですが、今の気持ちを書いておこうと思って載せました。

今日から、コメント機能をつけます。
どの記事にさかのぼって書いていただいても結構です。
まだ気持ちの整理がつかないので活発な議論は無理かと思いますが、一緒に悼むことができたら嬉しいです。

作者の言葉 - 2008.01.03 Thu

インタビューについてのネタバレがあります

 - 2008.01.01 Tue

あけましておめでとうございます!


昨年は途中から更新もなくなったにもかかわらず、見に来てくださった皆様、本当にありがとうございます。
さらに拍手をくださった方々、交流ができない中でどれほど励みになったことか。ありがとうございました。

今年はいよいよ日本語版の最終巻が発売されますね。
こちらでは、引き続きその日までコメント機能は復活させません。
7巻抜きでスネイプ先生を語るのは困難だからです。
(と言いつつ、2/10に復帰させました)

発売日以降、またお付き合いいただけるとうれしいです。
ネタバレブログは、サイトの7巻感想ぺージのどこかから行けますので、読了された方はよろしかったらそちらもご利用ください。

今年もよろしくお願いいたします。

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スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

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