topimage

2007-12

服喪中 - 2007.12.31 Mon

先日のモーニング・ジュエリーについて、作った方から写真公開の許可をいただきましたので、是非ごらん下さい。
DSC01248.jpg
クリックで拡大します

先生の瞳を思い起こさせる漆黒のビーズで作られたリボンと涙の雫が愛しくてたまりません。Oさんありがとうございます。


そのようなわけで服喪中なので、新年のご挨拶は控えさせていただきます。
ここで「おめでとう」と言わないだけで、表の日記の方でちゃんとご挨拶しますが。
二つの日記を見ていると、我ながら二重人格ではないかと思います。
まあ、このくらいの二面性は誰にでもありますよね。

暗い方のこちらにも、早くも述べ1000人以上の方にお越しいただいたこと、驚きつつ感謝しています。ありがとうございました。
来年こそ、スネイプ先生について思い切り語り合いましょう。

気力不足 - 2007.12.30 Sun

なかなか全章を通しての感想が書けません。
時間もないし、結構気力が要るのだと実感しています。
もう一度7巻と正面から向き合うだけの力が今はないような気がします。

最近、7巻のスネイプ先生を求めて、ネタバレサイトを巡っていますが、その中でもスネイプ先生への愛が深い所ほど、やはり閲覧するのにエネルギーを要します。
すごく覚悟が必要で、見るほどに落ち込んでぐったりするのですが、やっぱり見たくなってしまいます。何やってるんだろう。自分がよくわかりません。

全体の感想を書けるのは年明けになりそうです。
コメント機能復活も、もう少しお待ち下さい。

時々 - 2007.12.30 Sun

どうしようもなく、大きな喪失感に見舞われることがあります。
今がそうです。
このまま眠ることもできなくて、ネット上を、まさに徘徊しています。
7巻のスネイプ先生を求めて出歩くものの、悲しみは深まるばかり。
寂しい...寂しい...

バースデーケーキ - 2007.12.29 Sat

スネイプ先生の誕生日まであと2週間を切りました。
ケーキ屋さんが忙しいクリスマスを過ぎたら、先生のバースデーケーキを注文しようと思っていましたが、多忙と迷いとでまだ注文できていません。

7巻発売前から、先生に何があっても、お誕生日のお祝いだけはきっちりやるつもりでした。 それは今も迷いはありません。
問題はケーキのデザインです。
去年はプレート以外何の飾りもない黒一色のチョコレートでした。
今年はその上に苺をひとつと杖をあしらいました。
苺はスネイプ先生の心臓を表しています。

来年のケーキに考えていたのは、杖と蛇でした。
ちょうどアスクレピオスの杖のような姿を考えていたので、あの杖が医療の象徴だと知って驚いたのです。
その時点でもうそのデザインはやめるつもりでしたが、先生の死因が蛇にあるとわかってからは、もう蛇そのものをケーキに載せる気すら失せました。

7巻のイメージでケーキを飾ればそれは、鋭い人には何かわかってしまうかもしれないし、結局去年と同じにするのが無難でしょうか。
心臓と杖、まあ7巻のイメージでもあるかもしれません(泣)

例文 - 2007.12.28 Fri

ネタバレなしの日記の方にも書きましたが、英会話の宿題がありました。
because、if、when、althoughの接続詞を使った文を作ってくることでした。
その7巻ネタバレバージョンです。

「孤独で、賢くて、勇気があるので、私はスネイプ教授が好きです」
「私が泣いている時、息子が部屋に入ってきました」
「私はハリー・ポッター最終巻を読み終わった時、感動して泣きました」
「私の好きなキャラクターは死んでしまったけれど、私はハリー・ポッターの本が好きです」
「私の好きなキャラクターが死んで失望したけれど、再び読書を開始しました」
「私の好きなキャラクターは死んでしまいましたが、まだ彼を愛しています」
などの日本語を考えていました。

結局私が言ったのは、
When I finished reading a Harry Potter final book, Iwas moved to tears.と
Although my favorite character died,I still love him.でした。

特に直されなかったのですが、間違っているかもしれないので、くれぐれも鵜呑みにしない様、お願いします。

触って - 2007.12.27 Thu

今日、PTの新人にターミナル期の患者さんのことで相談を受けました。
「酸素吸入が始まって熱もあるし、とても状態が悪そうだけど、リハビリどうしますか?」と。
私は「触ってあげてください」と答えました。
熱が38度以上あれば、リハビリの中止基準を満たしますが、もう既にリハビリをやっているのではない、との自覚が私にはありました。
先日、熱が高かった日に「今日はお休みにしましょう」と言ったところ「ちょっと触ってくれるだけで良いんです。楽になるんです」とおっしゃり、十数分撫でるだけの“リハビリ”をしました。

この方だけでなく、多くの患者さん、特にターミナル期の方は触って欲しがります。
病棟ではなかなか手が回らず、死が近くても放っておかれがちです。
できる限り人の気配と触られる感覚を味わって欲しいと思い、中止の指示が出ない限り、私はベッドサイドに出向きます。


私はスネイプ先生の最期の時も、ハリーに「触ってあげて!」と心の中で念じていました。
傷を押さえてくれましたよね。(読み違いでなければ)
リリーの目に看取られたも良かったけど、先生が人の手のぬくもりを感じていたかもしれないと考えると、少し癒されます。

モーニング・ジュエリー - 2007.12.25 Tue

今日、友の会のイギリスツアーで知り合った方から、封書が届きました。
中には、クリスマスカードと何か小さな箱が入っていました。
封筒には裏表3ヵ所に渡って、郵便物の取り扱いを丁寧にするように注意書きがあり、よほど壊れ易いものが入っているに違いないと思いました。

まずカードを読んで驚きました。
私のホームページやブログから、“あのシーン”を読んでショックを受けただろうと察して、お便りをくださったのでした。
その方自身はルーピン先生の大ファンで、既に9月にはその死を知り、ショックを受けていらしたようです。そして、その苦しさを紛らすために、モーニング・ジュエリーを作ったそうです。

モーニング・ジュエリー、実は今日初めて目にした言葉です。
モーニングはmourning(嘆く、悼む、喪に服す)で、マートルもこれで形容されていますね。
服喪の期間につけるジュエリーだそうで、その起源についても説明がありました。

その手作りのモーニング・ジュエリーを、大事に包んで私にも1つ送ってくださったのでした。
黒い小さなビーズを連ねて作ったリボンに、涙のしずくをイメージしたクリスタル(実際ティアドロップと言われる形だそうです)が下がっています。
だいたい3㎝四方の中に納まるサイズのブローチのようなものでした。
手に取ると、黒いリボンの下で、涙のしずくが揺れて、今にもこぼれそうでした。
全く、今の私の気持ちにこれほどふさわしいものがあるだろうか、と思いました。
その形を損なうことなく、常に身につけていられる場所が思いつきませんが、これは是非身につけてスネイプ先生の喪に服そうと思いました。

読み終わりました - 2007.12.24 Mon

ようやく、7巻を読み終わりました。
全章を通して、全くネタバレを知らない状態で読んだので、全くあちこちで驚かされました。

36章までで作者は全て語りつくしただろうと思っていましたが、最終章には意外なエピソードが残されていました。
アルバス・セブルスには、本当に不意をつかれました。
びっくりすると同時に、涙が溢れて何も見えなくなりました。
今度こそ、号泣しようと思いましたが、部屋の外の家族の気配に、声は出せませんでした。
ティッシュを顔に押し当てて、声を殺して泣いていたら、案の定1分も経たないうちに長男が部屋に入ってきました。
もうごまかしようがないので、ずっとティッシュを両手で顔に押し当てたまま、短い言葉と頷きだけで会話を押し通しました。息子も、出るに出られず困ったに違いありません。
ああ、また中途半端な号泣で、胸がもやもやします。
でも、読後感は、思った以上に温かいもので、満足しています。


まだスネイプ先生について語り合うだけの心の準備が出来ていません。
少し落ち着いてから、感想のページに全体を通した感想を書くつもりです。
その後、コメント機能をつけようと思います。
その時にはまたよろしくお願いしたします。

思い出の場所 - 2007.12.23 Sun

昨日は旅先から携帯で更新しようと思ったのですが、どうしてもログインできませんでした。
何か設定を間違っていたのでしょうか?よくわかりません。

昨日泊まったホテルの大浴場は、3年前の10月28日に、娘にスネイプ先生への想いを初めて打ち明けた思い出の場所でした。
確か、3年前の9月に、日本語版の5巻が発売されたと思うのですが、その時はちょうど娘の中間テスト直前で、半月くらい購入をおあずけにしたのでした。
で、私が5巻を読み終わったのは、10月に入ってからだったと思います。
5巻37章で恋に落ちた私は、それでもしばらく、その想いは誰にも告げずに胸の奥に隠していました。

娘と二人温泉に浸かりながら、ハリー・ポッターの話題になった時、ついに我慢できずに、スネイプ先生の見方が変わった、という話をしたことは、その1年後の日記に書いたことがありました。そこから、全てが始まったのです。

昨日は、同じ浴槽に、当時と同じ位置に娘と並んで入りましたが、もうスネイプ先生の話はできませんでした。何か言えば、絶対ばれてしまいそうなので。
冬の花火を愛でながら、若くして散ってしまった命のことも考えていました。滑稽な姿で。

そういえば、こんな風にホテルの大浴場を使う時はいつも、スネイプ先生にちなんだ数字の脱衣カゴを使っていました。今までは46とか、47とか。
でも、享年38歳ですよね?
まだ読了していないから確認できないけれど。
38番のカゴや下足入れを使いましたよ(泣)

からっぽ - 2007.12.21 Fri

同僚からメールが来ました。仕事に関する内容でしたが、最後に「ハリー・ポッターは読み終わりましたか?スネイプ先生はどうなりましたか?」と書かれていました。
あと20ページで読み終わることを知らせ、「内容についてはノーコメントです」と返しました。
本当は、どうなったか教えた上で、この同僚の洞察力を称えたかったのですが。

この元同僚、以前、6巻読了直後に、スネイプ先生のことを「愛の人だと思う」と言い、自分の思うところを述べてくれていました。
それはほぼ7巻で明かされたスネイプ先生の姿と同じでした。
その時のやり取りをした場所も、同僚の口調もはっきり覚えています。

あの時は、このような展開になるとは思っていませんでした。
曇りなき眼(まなこ)で読めばわかる事柄だったのでしょうか。
単に私の目にフィルターがかかっていただけかもしれない、と思います。
スネイプ先生は、本当に「愛の人」でした。

「大正解!」と言って肩を叩きたい同僚はもういません。
スネイプ先生も。
ああ、みんないなくなってしまった…
同僚の言葉に目を輝かせていた自分すらいない…
何もかもが懐かしいです。

BGM - 2007.12.20 Thu

日記で予想した通り、32章を読んでいる時に家の中で流れていた音楽は、あの日以来私の中で、「32章のテーマ」となってしまいました。
特に最初の約一週間は、目覚めと同時にその音楽が頭の中で流れ始め、最期の場面が蘇ってばかりいました。

次第に目覚めの音楽としては流れなくなっていきましたが、今も毎日耳にします。
ほぼ毎日、娘がピアノで弾くからです。
「この曲、ちっとも飽きない」と言い、夕食後に弾きます。
会話でごまかしますが、今も心中穏やかではいられません。

今も毎日私を苦しめる曲を通して聴いてみたい方はこちら
たくさんの方が演奏なさっています。
その中で好みの弾き方を探そうと、何曲も何曲も聴いてしまいました。
一体何をやっているんだか。
でも、なかなかしっくりくる演奏ってみつからないものだと思いました。
選んだ動画も、後半アレンジし過ぎな印象です。

always - 2007.12.19 Wed

32章を読み終ってからこのブログを作ったわけですが、33章を読んでみると、別なタイトルも良かったなあ、と思い始めました。
「always」です。三丁目のナントカみたいですが、スネイプ先生がalways リリーのことを想っていたなんて、もうそれだけですごく価値のある言葉のような気がしています。

約30年、always。
リリーの死後もずっと十数年always。
先生すごい…

そして私も、スネイプ先生のこと、やっぱりいつも考えています。
約3年間だけど。スネイプ先生の1/10だけど。
考えなかった日なんて、一日だってなかったです、先生(泣)
先生の死後だってalways 愛しています(号泣)

Poor - 2007.12.18 Tue

35章を読み終わりました。
何か、わだかまりが残る章でした。
ハリーはダンブルドアへの信頼を回復したのでしょうが、私はできませんでした。

スネイプ先生をもっと大事に扱って欲しいとは、もうずっと前から感じていました。
3巻か4巻を検証している頃から。
でも、ハリーの前ではずっと「信じておる」と言ってきた以上、スネイプ先生も信じられている実感があると思っていたのに、33章を読むと決してそうではありませんでした。

スネイプ先生の魂まで引き裂かせておいて、計画がうまくいかなかったでは済まないです。
スネイプ先生は杖を奪われるためだけにむざむざ殺されました。
ダンブルドアにとっては、どのみちそう長くはなかったのだから、死ぬのは大したことではなかったかもしれません。
でも、手に掛けたスネイプ先生の気持ちは置き去りですか。先生は何を得られたのですか。
可哀想で可哀想で、居ても立ってもいられません。

言いたいことは後から後から出てくるのですが、それをここで一気にまくしたててしまうと、後々別ブログで語ることがなくなってしまう、と気付きました(汗)
これくらいにしておきます。読み間違いがあるかもしれないし。
でも。
せっかく落ち着いてきた気持ちが、大いに揺れて、荒れ狂っています。

クリスマスカード - 2007.12.17 Mon

友の会から届いたクリスマスカードを見ていたら、胸が痛くなりました。
こんなメッセージがありました。

  聖夜に愛が降りますよう......
 
  あなたの上に
  家族の上に
  友達の上に
  ホグワーツの上に
  屋敷しもべの上に

ああ、スネイプ先生の上にも愛が降りますように......
かつて一度は、心のこもったカードを彼女から受け取っていますように......

2週間目 - 2007.12.16 Sun

今日は、一日がかりの講習会に参加していたので、7巻を読む時間がありませんでした。
佳境に入り、じっくり腰を据えて読みたいので、読了は次の週末あたりでしょうか。

講習会の進行役の男性が、すごい鉤鼻なのが気になって仕方ありませんでした(汗)
髪が薄いので、勝手にスネイプ先生風の髪をつけたところを想像して眺めていました。
一体何しに行ったんだか。

普段の通勤より長い時間電車に乗っていたので、行き帰りはずっとぼんやりスネイプ先生のことを考えていました。
以前から、電車の中は楽しい妄想タイムでした。至福の時間でした。
今は楽しいというよりむしろ辛いのですが、やっぱり考えずにはいられません。
それでもようやく、涙なく考えられるようになってきました。
でも、突き詰めて考え始めると、途端に情緒不安定になるので注意が必要です。
学校に上がる前にリリーと二人で木漏れ日の中で会話していた場面を思い出し、想像した途端、電車のガラスに映った私の顔が歪んだので、慌てて別のことを考えました。
ペチュニアの盗み聞きが発覚するまでの間の彼、幸せそうだったなぁ。
リリーに注文はいくつかあるけど、それも日本語訳発売後まで取っておこう。

カウントダウン - 2007.12.15 Sat

34章を読み終わりました。
いきなり死の宣告をされたハリーが、それでも歩いていく様子が辛かったです。
「水深~」の方に書いた12/2の日記「最後の5時間」を思い出しました。
あの会話は、まったくハリー・ポッターに関係なく患者さんの話をしているうちにそういう話の流れになったものだったので、34章を読んで驚きました。

昨日、担当している終末期の患者さんが、「夜中にどなたかが亡くなって怖かった。眠れなくなってしまった」と涙ながらに話していらしたのですが、きっと次は自分だとでも思われたのではないだろうか、と推察しました。

死はいつでも他人事で、なんとなく自分には当分やってこないような気がしていますが、それはもちろん全然違って、あるいは電車と接触して明日にでも死んでしまうかもしれません。
自分がどうなるのかわからないからこそ、 余計に怖い。
病院のベッドで死の気配に怯えながら何日もかけてカウントダウンするのも、あと何時間、何分と限定されるのも、カウントダウン無しの突然の自分の番に戸惑うのも、どれも怖いです。
人はどうやって心の準備をしていくのだろうか、と思いました。

以前から命懸けの任務に就いていたスネイプ先生も死の気配を感じていたのでしょうか。
叫びの屋敷での先生のいつもと違う口調、無抵抗な様子、叫び声を思い出すたび、先生は最期のあの時間、どんな気持ちだったのだろうと考えてしまいます。
先生、怖かったですか?
先生の心身の苦痛の時間が短かったことを祈ります。

動作 - 2007.12.14 Fri

私と夫が二人で使っている机で、私はよく7巻を読んでいます。夫以外の家族が入ってくることはほとんどなく、集中できるからです。

先日、夫が机の上の使用済みティッシュ(捨てておきなさい)を指して言いました。
「もしかして、ここで泣いてんの?」
「そう…」
もう、どうせ夫はハリポタ読む気は全くないので、言ってしまおうと思いました。
「My favorite character died.」とても日本語では言えません。
「ほう!」
「あれっ?My favorite character was dead.だっけ?」混乱してきました。

英会話の先生に聞いてみました。もちろん、ネタバレのないように。
先生も他の生徒さんも全然ハリー・ポッターに興味はなく読んだこともないけど、一応。

前者が動作を表し(死んだ)、後者は状態を表す(死んでいる)ので、この場合は前者が適切では?と言われました。
でも私が気付いた時は既にその状態にあったんだけど…

My favorite character died.
My favorite character has been dead.
My favorite character is dead.

とホワイトボードに書いて説明してくれる英会話の先生。
それを書き写しながら、「ああ、また『傷口に塩』」と自分の愚かさを嘆きました。

蘇る言葉 - 2007.12.13 Thu

今日は、雨が降って寒くて気持ちも晴れませんでした。虚ろな気持ちでした。
なんだかぼんやりしていて、駅のホームで入ってきた電車に接触しそうになり、肝を冷やしました。世間が変な誤解をしないよう、気を引き締めようと思いました。

ぼんやり考えていたのは、先生の最期の言葉‘Look...at...me...’でした。
その時だけでなく、この頃は一人になるとその言葉が蘇ります。
私は勝手にリリーの目に見て欲しかったと納得し、世間一般ではどのように言われているか確認していませんが、多分皆さんそうお考えなのではないか思います。

32章を読んだ直後は、血を流して倒れている姿の描写ばかりが蘇っていました。
33章で記憶に入って最初にリリーが出てきた時から、蘇るのは最期の言葉を残す場面に変わりました。
可哀想で可哀想で、どんな場所にいようと身を捩りたくなります。
夕飯を作っていた時も、しゃがみこんでうめき声を出したい衝動に駆られ、何とか堪えました。

抱負 - 2007.12.12 Wed

33章の感想を書きました。
今日はそれだけで、燃え尽きました。
新しい悲しみが次々に襲ってきたけれど、書く事で少しすっきりしました。

でも長い33章は、とても語りつくせません。
本当は少年時代の服装や両親のこと、ダンブルドアとの関わりにも触れたかったのですが。
いつかまた、重箱の隅をつつくように、じっくりスネイプ先生の記憶を検証したいです。

アーモンド型 - 2007.12.11 Tue

昨晩33章を読み終わりました。
案の定、色々な想いがこみ上げてきて、涙が止まりませんでした。
すぐに感想は書けそうにありません。とても長いし、今は思考もまとまらないので。

泣き寝入りだけはするまい、と思っていたのにやってしまいました!
布団に入っても涙が止まらず、経験から、「眠りに落ちる前に氷で冷やせばなんとかごまかせる」と思ったのに、布団を出られませんでした。

今朝、目が大変なことになっていました。
いつもはアーモンド型(!)なのに、たなびく雲型(?)になっていました。
なんか目が熱いな、と思ったら、激しく充血していました。
一気に老けました。
誰からも指摘されませんでしたが、職場の鏡に映る自分の姿を見るたびギョっとしました。

そうそう、昔はよくアーモンド型の目、とか言われて図に示されたものです。
惜しい。瞳が緑だったらなあ。
いや、そういう問題ではないか。

声に出す - 2007.12.10 Mon

今日いただいたメールには、私の気持ちに寄り添ってくれる、とても心のこもった文章が書かれていて、私は読みながらまた涙にくれました。

スネイプ先生の死を知って以降、いただいたメールで涙を流さなかったことはありません。
お風呂の中とか電車の中でも、ふとしたはずみに涙が出てきて困っています。
でも考えてみると、号泣したのは、32章の最後のページを読んだ時だけでした。
それだってかなり声を押し殺していたし。
1週間経っても、常に胸が重苦しく、何かが詰まっている感じがして、涙もろいのは、声に出して思い切り泣いていないせいではないかと思いました。
ちゃんと調べた上での医学的根拠に基いて言っているわけではなく、そんな感じがするだけなのですが。

だいたい、大人になってから声に出して泣くことって、あまりないように思います。
色々な抑制が働いて、思い切り泣くことが困難になっています。
家族が一緒に暮らしている場合は特に。
7巻読んで泣いていると思われたくない場合はなおさら。

そんな抑制を取り払って、一人きりで、誰に憚ることなく、声に出して思う存分泣きたいです。

ローリングさんの絵 - 2007.12.09 Sun

33章を読んでいます。読み終っていないけれど、カテゴリーは33章後です。
やはり色々なことが明かされ、驚いたり悲しんだり、心が大きく動かされます。
引き込まれてどんどん読み進めたい気持ちと、この章を読み終わりたくない気持ちでまたまた揺れています。本当に不安定です。長いこの章、既に20ページ読みましたが、まだ少しあるようです。読み終えるのは明日に先延ばししようと思います。

私にとってはスネイプ先生の死以上に衝撃を受けるネタバレなどないと思い、先週の日曜から少しネット上の徘徊の範囲を拡大しました。
ポッターマニアさんにも行ってみました。
ちゃんと配慮されているので、初めからそんなに敬遠する必要もなかったのでしょうけど。

そこで見たスネイプ先生の絵が、昨日の日記に書いた人物と似ていたのです。
特に口のまわりの黒々とした感じが(汗)
実際出会ったら、直視してはいけない雰囲気があると感じませんか?

あの絵には本当に心を打たれました。1999年に描かれたのでしょうか?
33章を読み始めてから見ると尚更胸が痛いです。
正面を見ていない暗い目に、やりきれない思いでいっぱいになりました。
でも、なんだか一番丁寧に描かれているように感じたのは気のせいでしょうか。
作者の愛を感じました。
まだ私がハリー・ポッターの本にすら出合っていない頃、ローリングさんがとても大事にスネイプ先生を描いていた、と考えると少し痛みも和らぐような気がします。

癒しの手段 - 2007.12.08 Sat

このブログ、公開してからまだ二日しか経っていないのに、既に100を越すアクセスがあって驚いています。あんなにわかりにくい場所に入口があって、面倒なパスワード入力があって、しかも全然宣伝していないし、検索避けもつけているのに。
読んで下さっている皆様、ありがとうございます。

こんな場所を作ったのは、日本語訳発売日までスネイプ先生への思いを自分の胸に溜め込んでおくことなどとても出来ないと思ったからです。
自分自身を癒すには、この悲しみを何かで表現したいけれど、家族には話せない。
メールはとても癒されるけど、数が過ぎれば鬱陶しいに違いない。
一人で浴槽に浸かりながら涙を流している日々を続けるのも不毛だ。
このエネルギーを何かに変えようと思いつき、もう一つブログを作成することにしたわけです。

これは、私にとってかなり有効な手段でした。
先生の死を知った翌日には行動を開始しましたが、これは私の心の支えとなり、一番辛い最初の数日を乗り切ることができたと思います。
テンプレートも他と同じデザインではなく、今の私の気持ちにふさわしいものにしようと、3日かけて選びました。
タイトルの候補もいくつか他にありました。
水深3.6メートルよりもう少し深いところを書くからと、「水深10メートル」とか「水深4メートル」とか。
スネイプ先生がたくさん残した記憶を貯えたフラスコも捨てがたく、「フラスコ」や「flask」として一度はタイトルの場にありました。
結局、邦訳が発売後、必要がなくなれば消えてしまうことも考慮すると、自分の中ではこのタイトルが一番ふさわしいと思ったのでつけました。
既にどこかでこの名は使われているかもしれませんが。

今までなら面白いと思ったであろう日常の出来事に面白みを感じない今、どうしても内容は暗くなりがちだと思います。読むことで気が滅入ったらごめんなさい。
じっとしていられないような沸き立つあの気持ちには二度となれないかもしれませんが、大好きな気持ちは増すばかりなので、こうして語り続けていれば、いつか悲しみも癒えていくのではないかと期待しています。

33章、少しずつ読み始めました。

揺れる - 2007.12.07 Fri

32章を読み終わった後、既に7巻を読み終わっていると知っている何人かの方たちにメールしました。
あの銀の物質がきっと次の章でスネイプ先生の秘密を語ってくれるのではないかと思いながらも先を読めない、と書きました。

ほとんどの方が、次の章を読むことを勧めてくださいました。
次の章を読めば、少しは救われた気持ちになるのかもしれません。
すごく読みたいのですが、読んだらもう新しいスネイプ先生には二度と会えないと思うと訣別するみたいで、怖いのです。いや、もう訣別してしまったのか。次章のスネイプ先生だって過去の記憶に過ぎないし…

それでも「先生の記憶、じっくり読んであげてください」などとあると、胸が熱くなってきます。
先生は見て欲しくてあんなにいっぺんにたくさんの記憶を出したのだと思うと、いてもたってもいられなくなります。読むことが供養になるような気がします。仏教的だけど。
週末だし、そろそろ勇気をだして読もうかと思ってみたり。
揺れています。

瞳を覗く - 2007.12.06 Thu

今日の表の日記に瞳を覗くことを書いていて、何、傷口に塩を塗るようなことやっているんだ!と思いました。
でも、実際職場であったことだし、その時、開心術を嫌でも思い出してしまったのです。
またハリーは先生の瞳の中に人影のようなものを見ていますよね(読み違いでなければ)←読み違いでした(汗)
だとしたら、やっぱりそれは距離が離れたら見えないのではないかと思ったのです。

そして、今気付いたのですが、私のもう一つのブログタイトル、「スネイプ先生に開心術!!」も、スネイプ先生の最期を彷彿させるような気がして、ひどく落ち込みました。

進めない - 2007.12.05 Wed

朝、お弁当を作っている時、突然「スネイプ先生の志を知りたい」と思いました。
まだ相変わらず続きを読むことができないのですが、今朝は一瞬だけ前向きな気持ちになれました。
次の章を読めば、スネイプ先生が何を考えてしたのか少しはわかるのではないかと思います。何か目指すものがあったのなら、それを知りたいと思いました。
ないかもしれないのだけれど。

夜、ちょっと7巻を手にしてみました。
どうしても32章の最後の2ページを読んでしまいます。
そして、最後の文字を目にすると、やはり次に進めないほど動揺してしまうのです。

目覚まし - 2007.12.04 Tue

朝、目覚ましとして使っている古い携帯の振動で目覚め、すぐその携帯を開くと、ぱっと目に飛び込んでくるのが待ち受けで睨む映画のスネイプ先生です。
今までは、この画像に心躍ったのですが、今は、「もういないんだ」との思いが目覚めと同時にやってきます。
いっそ、この待ち受けを変えてしまおうとも思うのですが、それはそれで、喪失感も大きそうだし、やっぱりスネイプ先生をいつまでも大事に思っていたいので、辛いけどこのままにしておきます。

翌日 - 2007.12.03 Mon

昨晩からどうも、唾液の分泌が減っているような気がします。
何を食べても、パサパサして飲み込みにくく、味がよくわかりません。
胃も痛いし。身体に影響出てくるんだー、と客観視している私もいて、なんだか現実味のない一日でした。

仕事はなんとか無事に出来ました。
とてもとても忙しくて、よそ事考える暇がなかったのが良かったです。事務作業中、ラジオから流れてくる静かな音楽などを耳にすると、涙が出そうになっったのは困りましたけど。

今週は一人長期休暇を取るため、とても忙しく、多分残業の無い日はないと思われます。
こんな忙しない状態で、7巻の続きを読みたくないので、週末まで読まないかもしれません。

というか、今7巻を手に取りたくないのです。
開けば、あの場面が嫌でも目に入るので。
昨日、思い切って続きを読めば良かった。

当日 - 2007.12.02 Sun

私がスネイプ先生の死を知ったのは、今日の午後3時少し前でした。
実は、原書p.527の上から7行目までは昨晩読んでいました。
夜中遅かったせいもありますが、その先を読んだら、眠れなくなる予感がして、中断しました。何度か夜中に目を覚まして、思い出しては身震いしていました。

師走の忙しいこの時期、午前中にできるだけ家の中のことをして、それから、あらかじめ日記を二日分書いておきました。万一の場合、とても平静を装えないと思ったからです。邦訳待ちの方に、スネイプ先生に何かあったと思わせたくありません。
それからゆっくり読み始め、すぐに呼吸が荒くなってきました。もう、スネイプ先生は助からない、との思いで気が狂いそうでした。
ナギニに噛まれ、すぐに死んでしまったと思った先生がまだ生きているとわかったときは、一条の光を見たと思いました。でも、すぐに、もう長くはないと悟りました。

今まで、大抵の登場人物が、言葉を残すことなく、一瞬で命を奪われたことを思うと、最期の描写は比較的納得のいくものでした。
でも、それだけに、その場面を実際目で見たわけでもないのに、イメージなのに、フラッシュバックして、私を苦しめます。血の海に横たわるスネイプ先生、息も絶え絶えに言葉を発する先生、ハリーのローブを掴む手、その手が緩み、そして床に落ちる様子。
すぐに泣きたくなるけれど、邦訳7巻発売を楽しみにしている娘だけには、絶対悟られないようにしなければなりません。
苦しくて苦しくて、この悲しみをどうすることもできないので、こんなページを作りました。

スネイプ先生が大好きです。
ある程度覚悟はしていましたが、やっぱり生きていて欲しかった。あの銀の物質は、これからスネイプ先生の秘密を教えてくれるかもしれません。でも、今は悲しくて、しばらく続きを読むことはできないような気がします。

蛇に噛まれて命を落とすとは、想像もしていませんでした。
それなのに私は、蛇と杖のモチーフ「アスクレピオスの杖」にはしゃいだりして、全く愚かだったと思います。既にスネイプ先生の最期をご存知だった方は、そんな日記をどんな気持ちで見ていたのでしょう。本当に申し訳ないです。

ああ、明日はまた何食わぬ顔で仕事に行かなければなりません。
スネイプ先生がいないと知っていて、どうして明るく振舞うことが出来るでしょう。
しかもこんな泣き腫らした目で。

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