2007年07月01日 (日) 20:34 | 編集
ドラコと共に逃走するスネイプ先生と、二人を追うハリー。
どちらの側からも味方だと思われているスネイプ先生は、攻撃を受けることなく、無傷のまま通り過ぎていきました。ハリーも懸命に追いますが、たびたび死喰い人の妨害が入り、追いつけません。
校庭に出て、もう少しで校門、というところで、スネイプ先生はドラコを先に走らせ、ハリーと対峙しました。
ハリーが次々に繰り出す呪いを、スネイプ先生はことごとくかわします。全て呪いを最後まで言い切らないうちに。煩わしげにわずかに腕を動かすだけでハリーの呪いをかわしたり、薄ら笑いを浮かべる先生には、この時はまだ随分と余裕が感じられます。「戦え、臆病者―」と言われた時もまだ多少余裕がありましたが、「臆病者」にはきっちり反応しています。
「臆病者?ポッター、我輩をそう呼んだか?」
「おまえの父親は、四対一でなければ、決して我輩を攻撃しなかったものだ。そういう父親を、いったいどう呼ぶのかね?」(6巻28章p.431〜432)
今までスネイプ先生のことを色々考えてきた中で、最も自分の考えがはっきりしなかった部分が、スネイプ先生とジェームズの関係です。どうにもジェームズの人物像が定まらないので、極力触れずにきました。が、スネイプ先生がホグワーツを去る直前のもっとも緊迫したこの場面で、自らジェームズを引き合いに出し、憎しみを露にしています。
これほど現在のスネイプ先生に影響を及ぼしているジェームズについて、そろそろ本気で考えないとスネイプ先生のこともよくわからないままになりそうです。
「ジェームズとスネイプは、最初に目を合わせた瞬間からお互いに憎み合っていた。そういうこともあるというのは、君にもわかるね?」(5巻29章p.390)では納得できません。ジェームズとスネイプ先生は、お互いの何が嫌いだったのでしょう?
「スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて」「スネイプは学校に入ったとき、もう七年生の大半の生徒より多くの『呪い』を知っていた」(4巻27章p.264)とシリウスが言っています。
また、シリウスは「ジェームズは(中略)どんなときも闇の魔術を憎んでいた」(5巻29章p.390)とも言っています。
入学早々、闇の魔術に魅せられているということを隠しもしなかったセブルス少年は、闇の魔術を無条件で憎むジェームズに嫌われたということでしょうか。どんなときも闇の魔術を憎むジェームズにもそれなりの理由があったのかもしれませんが。
私のイメージのジェームズは、それほど深く物を考えている人ではありません。優しい両親の愛をたっぷり受け、素直で無邪気で世間知らずで、両親の説く闇の魔術の弊害を頭から信じていて、さほど努力しないでも授業は理解できるほど頭はよいけれど、人の痛みはわからない人。
多分、学生時代にはセストラルも見えず、目に見える世界を謳歌していた人。無垢で残酷で危険なものを面白がる、言ってみれば最も少年らしい人。動物的に、無意識のうちに序列が決まり、弱いものを見下す人。今時の幸せな家庭に育つ、良くも悪くも普通の少年のイメージです。
普通の少年も、年を重ねるに従って、人の死に直面したり、挫折したり、色々な経験を積んで、大人になっていきます。ジェームズも、そんな風に大人になっていく中で、リリーと付き合い始めたのではないかと思います。付き合い始めたのが7年生だったということは、暴れ柳事件より後だと思われますから(暴れ柳事件時、シリウスは16歳)、悪戯も一歩間違えば同級生が死ぬかもしれない危険性を持っていることや、危うく友人に殺人をさせてしまうところだったと気づいたことによって、一歩大人に近づいたのではないかと思っています。
そして、結婚し人の親となって、またジェームズは一つ大人になったのだと思います。子どもを護ろうとして命を懸けたジェームズやリリーの反応は、人の親である私にとっても十分理解できる範疇にあります。
そんな、言ってみれば普通の人代表、のように私はジェームズを捉えています。
少年時代においてジェームズがセブルスを憎んでいたのは、たいして深い意味もなく、闇の魔術に魅入られた異質な者を排除しようとしていたからではないかという気がします。そこにどんな事情があったかなど思い至らないほど幼かったのではないか、という気がします。
一方、セブルス少年がジェームズを嫌う理由もよくわかりません。「ジェームズは、スネイプがなりたいと思っているものをすべて備えていた」(5巻29章p.390)というのも疑わしいです。
考えてみれば、私のセブルス少年に対するイメージもまた曖昧です。
まわりとの関係が希薄で、子どもっぽい同級生達には目もくれず、自分の興味ある闇の魔術や魔法薬学の研究開発にのめり込んでいたようなイメージがある一方、ジェームズたちとは憎しみながらも積極的に関わっていたようにも見えます。セブルス少年は、他人に対する関心もあったということでしょうか。以前書いたような、集団に帰属したいという所属愛の欲求や、集団の中で認められたいという自我の欲求があったということでしょうか。だとすると、「スネイプがなりたいと思っているものすべて」という発言通り、集団の中で認められるジェームズやシリウスを妬ましく思っていたということも頷けます。
本当は、四対一でしか攻撃できないような臆病な男が、あたかもヒーローのように、華々しく生活する様子が見るに耐えなかったのでしょうか。それは裏返せば、やはり自分もそうありたい気持ちの表れのようにも見えます。全くマイペースで自分の世界だけを好むのなら、他人がどんな傲慢な態度であっても気にならない気がします。本当は人と関わりたいけれどうまく関われない自分への憤りを、ジェームズへの憎しみにすり替えていたのでしょうか。
セブルス少年が、本当は何がしたかったのか、よくわかりません。
闇の魔術や魔法薬への興味も、単なる知的好奇心では済まされないものがあるような気がしています。
この場面では、臆病だと思うジェームズと同等の言い方をされて憤っているように見えますが、後に叫ぶ「臆病者」ではどうなのか。
「臆病者」に込められた意味については、もう少し考えたいと思います。
どちらの側からも味方だと思われているスネイプ先生は、攻撃を受けることなく、無傷のまま通り過ぎていきました。ハリーも懸命に追いますが、たびたび死喰い人の妨害が入り、追いつけません。
校庭に出て、もう少しで校門、というところで、スネイプ先生はドラコを先に走らせ、ハリーと対峙しました。
ハリーが次々に繰り出す呪いを、スネイプ先生はことごとくかわします。全て呪いを最後まで言い切らないうちに。煩わしげにわずかに腕を動かすだけでハリーの呪いをかわしたり、薄ら笑いを浮かべる先生には、この時はまだ随分と余裕が感じられます。「戦え、臆病者―」と言われた時もまだ多少余裕がありましたが、「臆病者」にはきっちり反応しています。
「臆病者?ポッター、我輩をそう呼んだか?」
「おまえの父親は、四対一でなければ、決して我輩を攻撃しなかったものだ。そういう父親を、いったいどう呼ぶのかね?」(6巻28章p.431〜432)
今までスネイプ先生のことを色々考えてきた中で、最も自分の考えがはっきりしなかった部分が、スネイプ先生とジェームズの関係です。どうにもジェームズの人物像が定まらないので、極力触れずにきました。が、スネイプ先生がホグワーツを去る直前のもっとも緊迫したこの場面で、自らジェームズを引き合いに出し、憎しみを露にしています。
これほど現在のスネイプ先生に影響を及ぼしているジェームズについて、そろそろ本気で考えないとスネイプ先生のこともよくわからないままになりそうです。
「ジェームズとスネイプは、最初に目を合わせた瞬間からお互いに憎み合っていた。そういうこともあるというのは、君にもわかるね?」(5巻29章p.390)では納得できません。ジェームズとスネイプ先生は、お互いの何が嫌いだったのでしょう?
「スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて」「スネイプは学校に入ったとき、もう七年生の大半の生徒より多くの『呪い』を知っていた」(4巻27章p.264)とシリウスが言っています。
また、シリウスは「ジェームズは(中略)どんなときも闇の魔術を憎んでいた」(5巻29章p.390)とも言っています。
入学早々、闇の魔術に魅せられているということを隠しもしなかったセブルス少年は、闇の魔術を無条件で憎むジェームズに嫌われたということでしょうか。どんなときも闇の魔術を憎むジェームズにもそれなりの理由があったのかもしれませんが。
私のイメージのジェームズは、それほど深く物を考えている人ではありません。優しい両親の愛をたっぷり受け、素直で無邪気で世間知らずで、両親の説く闇の魔術の弊害を頭から信じていて、さほど努力しないでも授業は理解できるほど頭はよいけれど、人の痛みはわからない人。
多分、学生時代にはセストラルも見えず、目に見える世界を謳歌していた人。無垢で残酷で危険なものを面白がる、言ってみれば最も少年らしい人。動物的に、無意識のうちに序列が決まり、弱いものを見下す人。今時の幸せな家庭に育つ、良くも悪くも普通の少年のイメージです。
普通の少年も、年を重ねるに従って、人の死に直面したり、挫折したり、色々な経験を積んで、大人になっていきます。ジェームズも、そんな風に大人になっていく中で、リリーと付き合い始めたのではないかと思います。付き合い始めたのが7年生だったということは、暴れ柳事件より後だと思われますから(暴れ柳事件時、シリウスは16歳)、悪戯も一歩間違えば同級生が死ぬかもしれない危険性を持っていることや、危うく友人に殺人をさせてしまうところだったと気づいたことによって、一歩大人に近づいたのではないかと思っています。
そして、結婚し人の親となって、またジェームズは一つ大人になったのだと思います。子どもを護ろうとして命を懸けたジェームズやリリーの反応は、人の親である私にとっても十分理解できる範疇にあります。
そんな、言ってみれば普通の人代表、のように私はジェームズを捉えています。
少年時代においてジェームズがセブルスを憎んでいたのは、たいして深い意味もなく、闇の魔術に魅入られた異質な者を排除しようとしていたからではないかという気がします。そこにどんな事情があったかなど思い至らないほど幼かったのではないか、という気がします。
一方、セブルス少年がジェームズを嫌う理由もよくわかりません。「ジェームズは、スネイプがなりたいと思っているものをすべて備えていた」(5巻29章p.390)というのも疑わしいです。
考えてみれば、私のセブルス少年に対するイメージもまた曖昧です。
まわりとの関係が希薄で、子どもっぽい同級生達には目もくれず、自分の興味ある闇の魔術や魔法薬学の研究開発にのめり込んでいたようなイメージがある一方、ジェームズたちとは憎しみながらも積極的に関わっていたようにも見えます。セブルス少年は、他人に対する関心もあったということでしょうか。以前書いたような、集団に帰属したいという所属愛の欲求や、集団の中で認められたいという自我の欲求があったということでしょうか。だとすると、「スネイプがなりたいと思っているものすべて」という発言通り、集団の中で認められるジェームズやシリウスを妬ましく思っていたということも頷けます。
本当は、四対一でしか攻撃できないような臆病な男が、あたかもヒーローのように、華々しく生活する様子が見るに耐えなかったのでしょうか。それは裏返せば、やはり自分もそうありたい気持ちの表れのようにも見えます。全くマイペースで自分の世界だけを好むのなら、他人がどんな傲慢な態度であっても気にならない気がします。本当は人と関わりたいけれどうまく関われない自分への憤りを、ジェームズへの憎しみにすり替えていたのでしょうか。
セブルス少年が、本当は何がしたかったのか、よくわかりません。
闇の魔術や魔法薬への興味も、単なる知的好奇心では済まされないものがあるような気がしています。
この場面では、臆病だと思うジェームズと同等の言い方をされて憤っているように見えますが、後に叫ぶ「臆病者」ではどうなのか。
「臆病者」に込められた意味については、もう少し考えたいと思います。

