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2007-05

自責の念 - 2007.05.26 Sat

スネイプ先生は、ヴォルデモートの指示で教職に就こうと、ホッグズヘッドで機を窺っていたのではないかと前回書きました。
もしそうだとすると、不本意ながら、スネイプ先生が、深い自責の念に駆られてダンブルドア側に戻り教職に就いた、という話も怪しく感じられます。

先生がホグワーツにもどって魔法薬学の職についた時がハリー1歳の9月だとすると、まだポッター夫妻は生きていたはずです。
少なくとも「セブルス・スネイプは(中略)ヴォルデモートの失脚より前に我らの側に戻り、~」(4巻30章p.362)とダンブルドアが言っていることから、スネイプ先生が自責の念を語った時には、まだポッター夫妻は生きていました。
ヴォルデモートの狙う子どもが、どの夫婦の子かわかった時点で深い自責の念に駆られたということでしょうが、その自責の念の深さが私にはよくわかりません。
ジェームズのことは憎んでいたはずですから、ヴォルデモートに狙われようと構わないと考えるような気がするのです。(私はスネイプ先生のジェームズに対する思いが一向にわからないため、憎しみ以外どんな感情があったか妄想も働かず、こう思うのかもしれません)

では、リリーに対してその自責の念を感じたのか?
スネイプ先生はリリーを愛していたのか。
これは、非常に難しいところだと思います。というのは、私のスネイプ先生のイメージは一貫して「人を愛さない人」なので。
闇を愛することはあっても、異性を愛する感情はあったのか疑問で仕方ありません。実のところ、自分すら愛していないのではないか、という気さえするくらいです。
リリーを標的にしたことを悔いてダンブルドア側についたと考えるより、同級生夫妻を狙わせてしまった悔いを口実にホグワーツに潜り込み、グリフィンドールかレイブンクローゆかりの品を狙うつもりだったと考える方が、実は私は納得できます。
少なくとも、ヴォルデモートにはそう言ってホグワーツに就職したのだと思います。スネイプ先生自身が「闇の帝王の命令で我輩があの職に就いたことは、ご承知だと拝察するが」(6巻2章p.42)とベラトリックスに言っていますし。
そして、その可能性については、ダンブルドアも頭を掠めたことくらいはあるように思います。なぜなら、「あいつこそとても優れた閉心術者じゃないんですか?」「……スネイプがこっちの味方だと、なぜ確信していらっしゃるのですか?」(6巻25章p.351)と問われたダンブルドアが一瞬の沈黙の後「何事かに関して意思を固めようとしているかのようだった」(6巻25章p.351)との描写があるからです。
この部分こそが、スネイプ先生がダンブルドア側だと私が完全に信じられない理由なのです。もっとも、私にとって大事なのは、先生が自分に満足しているかどうかであって、ダンブルドア側である必要はないのですが。
ダンブルドアは、仮に当時はスネイプ先生の自責の念を信じていたとしても、今回のヴォルデモートの生い立ちに関するいくつかの推理の際に、自責の念が口実で、ホグワーツの2人の創設者ゆかりの品目当てで教員になったのではないかと、思いあたることもあったのではないかと思います。
それでもその思いを打ち消して「わしは確信しておる。セブルス・スネイプを完全に信用しておる」と言ったのではないかという気がします。スネイプ先生が、ベラトリックスに語った「あの人は、人の善なる性を信じずにはいられない」(6巻2章p.50)の言葉通りに。

でも、たとえこの時スネイプ先生の自責の念が本物でなかったとしても、このあくまで信じようとするダンブルドアの姿勢は、結局最終的にはスネイプ先生の道をダンブルドア側に決めるように思います。
そして、リリーを愛していなかったとしても、誰も愛したことがなかったとしても、ホグワーツを離れて初めて、実は生徒を愛していたと気付いたりするといいなあ、と妄想しています。恋愛より、もっと大きな意味での愛、人間愛に目覚めていることに気付くスネイプ先生を夢見ています。願望です。

ホッグズ・ヘッドにいた理由 - 2007.05.20 Sun

必要の部屋から放り出されたトレローニー先生と一緒に、校長室に向かうハリーは、予言の盗み聞きをした人物がスネイプ先生だったと聞かされ衝撃を受けます。
5年生の時、ハリーはダンブルドアから予言の内容と、それを盗み聞きした男がいたことを聞かされていましたが、この時までその人物がスネイプ先生だったとは知らされていなかったのです。

私もハリー同様、ハリーの両親を死に追いやるきっかけとなった盗み聞きの張本人が、スネイプ先生と知って愕然としました。すっかり脱力してしまって、この部分について深く考えるのも放棄してしまったくらいです。読んでから1年以上経った今、やっと向き合ってみようという気になっています。

この時の状況を少し整理してみます。何しろ、5巻と6巻で、ダンブルドアとトレローニー先生の話が別々にこの時のことを語っていてややこしいので。(D=ダンブルドア談、T=トレローニー談)

・ハリーが生まれる前の冷たい雨の夜、シビル・トレローニーと面接するためダンブルドアはホッグズヘッドの上階へ向かった(5巻:D)
・帰りかけた時に、予言が始まった(5巻:D)
・予言の途中で、ドアが開き、バーテンと共にセブルス・スネイプが立っていた(6巻:T)
・スネイプは間違えて階段を上がってきたと言った(6巻:T)
・盗聴者は、まだ予言が始まったばかりの時に見つかり、居酒屋から放り出された(5巻:D)
・聞かれたのは、最初の部分、闇の帝王を打ち破る力を持った者が、7月に帝王に三度抗った者達に生まれる、という部分まで(5巻:D)
・当時はまだスネイプ先生はヴォルデモートの配下だった(6巻:D)
・スネイプ先生は聞いたことをすぐヴォルデモートに知らせた(6巻:D)
・スネイプ先生は、まだそのときは、ヴォルデモートがどこの男の子を獲物にするか、殺される両親が自分の知っている人々だとは 知らなかった(6巻:D)
・ヴォルデモートが予言をどう解釈したか知った時、スネイプ先生は深い自責の念に駆られた(6巻:D)


この時、なぜスネイプ先生はそこにいたのかよくわかりません。ダンブルドア自身が言っているように、この面接でこんな重要な予言を聞かされるとは、誰も知らなかったはずですから。
スネイプ先生が、ホッグズ・ヘッドにいた理由を考えてみました。

この時、スネイプ先生は何か目的があって、ホッグズ・ヘッドにいたのではないかと思います。仕事でなく休養のために人が集まる場所に飲みに行く、ということをスネイプ先生がするようにも思えません。ホグワーツに近い、この場所に来る理由があったはずだと思っています。

スネイプ先生は、ヴォルデモートの配下として、ヴォルデモートにとって邪魔な存在のダンブルドアをただやみくもに嗅ぎまわっていたのでしょうか。そしていつかダンブルドアが飲みに来ることを期待して毎日のようにバーにいたら、この日ダンブルドアが来て上階に上がっていったので後をつけていったのでしょうか。
「我輩がアルバス・ダンブルドアをスパイすることを、あの方がお望みだった」(6巻2章p.42)と言っていますから、ただの情報収集が目的だったと考えられなくもないと思います。
でも、もう少し、積極的な理由があるような気もします。

この頃はまだヴォルデモートはホークラックスを完成させてはいなかったはずです。後にハリーを襲った時点で、まだ一つ完成していなかったので、一つかそれ以上残っていたのだと思います。
教職に就くことを断られて以降も、ヴォルデモートはホグワーツにあるグリフィンドールかレイブンクローゆかりの品を狙っていて、まだ手に入れていなかったと思います。
そこで、配下でありホグワーツを卒業して間もないスネイプ先生をホグワーツにもぐりこませようとしていたとは考えられないでしょうか。
スネイプ先生も「闇の帝王の命令で我輩があの職に就いたことは、ご承知だと拝察するが」(6巻2章p.42)とベラトリックスに話していますし。
また、トレローニー先生もスネイプは職を求めていた、と言っていますから、元々はそんな理由でスネイプ先生は「職を求めていた」のではないかと思います。
そして、やはりトレローニー先生が言うように、面接の様子を盗み聞きし、自分の就職に有利な情報を得ようとしていたのではないかと思いました。この日は採用に関する面接があるという情報をどこかで入手していて(トレローニー先生は無頓着に吹聴しそうです)ホッグズ・ヘッドで待機していて、頃合を見て、上がっていったのだろうか、と想像しています。

以上のように、ホッグズ・ヘッドにスネイプ先生がいた理由は、グリフィンドールかレイブンクローゆかりの品の入手目当てで、ホグワーツの教職につくよう指示され、機を窺っていたためではないかと私は今考えています。

先生のくしゃみ - 2007.05.17 Thu

これは先日、日記に書いた記事なのですが、内容的にはこちらのブログ向きだと思ったので、一部こちらに移動しました。
2巻で見落としていた部分についてです。2巻は先生の出番が少ないと思って、じっくり読み込んでいない感じがあります。一番記事数も少ないし。そんなわけで、6巻の途中に突然割り込ませてみました。


マグル生まれの生徒などが次々襲われて、ハーマイオニーまで石にされた時、ハグリッドに秘密の部屋の入り方を問いただそうと、ハリーとロンが警戒中の校舎の中を透明マントを着て歩く場面。物音まではマントは消してくれず、特にロンが躓いた時が危なかったとあります。
「ほんの数メートル先にスネイプが見張りに立っていた。うまい具合にロンの『こんちくしょう』という悪態と、スネイプのくしゃみがまったく同時だった」(2巻14章p.384)

ス、スネイプ先生のくしゃみ!くしゃみ先生!
(苦沙弥先生といえば、「吾輩」の飼い主の偏屈な英語教師ですね)
うわあ、どんなくしゃみなんでしょう!
「クシュン」なんてかわいいくしゃみでは、悪態は隠せないかなあ。
「ハックション」でしょうかねえ、豪快に。
日本のおじさんのように、チクショーみたいな言葉が後にに付くような下品なくしゃみかしら?ひえ~~

この時は夕方6時以降は生徒は寮から出ることは禁じられています。
トイレに行く時も先生についていってもらわなければいけないようです。
ってことは、スネイプ先生にトイレについていってもらう幸運な生徒もいたってことですよね。いえ、そうじゃなくて、先生がちっとも休めない、ってことだと思います。
消灯時間が過ぎても廊下で見張りに立つスネイプ先生。
廊下は冷えるでしょうに・・・風邪をひいてしまったのでしょうか。
どうぞ、お大事に。

また、この時は先生や監督生、ゴーストなどが二人一組で行動していたようですが、スネイプ先生が誰と組んでいたか、大変気になります。
数メートル先のスネイプ先生の、さらに向こうにもう一人いたのでしょうか。血みどろ男爵かな。他のゴーストからは避けられそうだから。
それともフィルチでしょうか。包帯巻くのを手伝ってもらった仲だし。
それとも、一番弱い立場にある監督生の女の子でしょうか。スリザリンの。監督生同士では危険だから、やっぱり先生と組むと思うのですよ。
一緒にいた人が羨ましいです。

ああ、でもこの場面、なんかドリフのコントみたいだなあ。
これじゃあ、映画で先生が笑いをとる役に回されるのも仕方ないよ。

好い天気なのに - 2007.05.15 Tue

土曜の罰則について語るハリーは、ジニーと過ごす時間が、スネイプ先生によって意図的に削られているのではないかと疑います。
「というのも、スネイプが、せっかくの好い天気なのに、いろいろな楽しみを失うとは、などと独り言のようにチクチク呟きながら、毎回だんだんハリーの拘束時間を長くしていたからだ」(6巻25章p.334~335)

このスネイプ先生がかわいくてたまりません。ハリーが黙々と罰則の書き写しに取り掛かっているそばで、ハリーの耳に入るようチクチク呟くなんて!なんて嫌味な!これこそ、スネイプ先生の姿だと思いました。(褒めています)
スネイプ先生が人の恋路を邪魔しているかもしれない、と考えるのも可笑しいのですが、天気について「好い天気なのに」というところも好きです。いつも地下に篭っている先生のことだから、てっきり天気のことなど気にも留めないと思っていたので。
地下室は天気に左右されず気温も湿度もあまり変わらないイメージがありますから、朝食に向かう先で天気を知るのでしょうか。そして心の中で「好い天気だ」と思ったりするのでしょうか!
そういえば1巻で、試験が終わったハリー達が、スネイプが賢者の石を盗むのは今夜だ、などと話しているところにやってきたスネイプ先生も「諸君、こんな日には室内にいるもんじゃない」(1巻16章393)と言っていました。「こんな日」というのは、校庭に燦々と陽の当たる、「よい天気」(マクゴナガル先生談)の日のことです。やはり、先生、天気を気にしているのですね!
記憶の中でも、試験が終わって、そのまま校庭に出て問題用紙を熟読していましたから、木陰ではありますが、外を避けているわけではなさそうです。
湖を渡る風や木々のざわめきや芝生の匂いを感じながら、読書をするのは好きだったのかもしれません。天気や季節の移り変りや空気の匂いに敏感なスネイプ先生、というのも感受性豊かな感じで素敵です。

また、スネイプ先生にとっても、天気が好いからこそできる「楽しみ」というものがあるのでしょうか。やはり戸外で行う何かでしょうか。
休日の天気が好いとき、先生にとって何か楽しいことをしているといいな、と思います。先生が楽しいと感じることなら何でも!
薬の原材料の採集でしょうか。散歩などもするのでしょうか。

戸外の場面を軽く探してみました。
昼は、クィディッチの試合を見学したり審判を務めたり、湖の端の芝生の上でジェームズやシリウスに撥ね飛ばされたり逆さ吊りにされたり。
夕方は、禁じられた森でクィレルと話したり。
夜には、始業式に遅れたハリーとロンを冷たい風の吹く校庭で待ったり、暴れ柳の根元から校庭まで宙吊りのまま移動させられたり、ダンスパーティで浮かれる生徒の風紀を乱さぬよう校庭を見回ったり、森の外でダンブルドアと議論したり、逃亡のため校門目指して校庭を走ったり。
あ、あれ?あまり愉快ではなさそうな場面ばかり。
先生、戸外に良い思い出は少ないのでしょうか(泣)

プリンスに関する話題 - 2007.05.08 Tue

アイリーン・プリンスについてもっと詳しく調べる、とハーマイオニーが出ていった後、ハリーとロンの間ではプリンスに関する話題が続きました。
「天才だよ。あのプリンスは。とにかく……ベゾアール石のヒントがなかったら……」(6巻25章p.334)
このロンのセリフが好きでたまりません。

プリンスがスネイプ先生だと知らない状態での、二人の会話やハリーの思いを読んでいると、プリンスへの尊敬の念が溢れかえっていて、これこそ「スネイプ先生に対する正しい評価」だと思いました。
ロンは、自分の命が助かったからだけでなく、今まで見てきた教科書の書き込みの正しさや発明した呪文の数々から、「天才」だと言っているのだと思います。私も、本当に天才だと思います。

さらにセクタム・センプラの話題で、スネイプ先生が同時に話題に上る部分も好きです。
「だけど、マルフォイの傷はちゃんと治ったじゃないか?たちまち回復だ」(6巻25章p.334)とロンに言われて「うん」と答えながら、良心の痛みに「スネイプのおかげでね・・・・・・」と付け加えるハリーも、好感が持てます。そう!わかっているじゃない。

スネイプ先生は今までそうやって何人の生徒をたちまち回復させてきたのでしょう。ケイティだってスネイプ先生の初期治療のおかげで無事戻ってくることができたわけだし。きっと今まで、随分スネイプ先生は生徒達を救ってきたのだと思います。脚光を浴びないだけで。

実際は生徒からの尊敬と信頼を集めるのに十分な実力を持っているのに、それが発揮されないのは意図的なのか、人格のせいなのかはわかりませんが、ここでの会話を、後にハリー達が反芻する日が来て欲しいと思いました。

アイリーン・プリンス - 2007.05.01 Tue

図書館でプリンスについて調べていたハーマイオニーが、実名がプリンスである人物を探し当て、写真を持ってきました。
アイリーン・プリンス(Eileen Prince)という、何年も前の15歳くらいの女子学生で、ゴブストーン・チームのキャプテンでした。
この時点ではまだわかっていませんでしたが、スネイプ先生のお母さんとなる人物です。

ゴブストーンについては、3巻に説明があります。「~やっとのことで、純金の見事なゴブストーン・セットの誘惑を振り切った(ゴブストーンはビー玉に似た魔法のゲームで、失点するたびに、石がいっせいに、負けた方のプレイヤーの顔めがけていやな匂いのする液体を吹きかける)」(3巻4章p.67)
ビー玉と訳されているmarblesは、おはじきとも訳されます。でも、そもそもmarblesのゲームがよくわかりません。
調べてみたところ、大変バラエティーに富んだ遊び方があるようです。
こちらで紹介されています。基本は、目標物(たいていビー玉)を狙って自分のビー玉を投げたり落としたりするようです。ゴブストーンも目標物を狙う類のゲームでしょうか。セットというからには、色や大きさの違ういくつかの石から成るゲームなのではないかと思います。ビー玉にもそんなルールのあるものがあります。どこかで魔法を使うのか、いやな匂いの液体を吹き付ける以外は、ビー玉と変わらないのか、なかなか想像力をかきたてられます。
目標物を狙うイメージから、アイリーンは、集中力があったのではないかと思いました。また、いやな匂いの液体などを顔に吹き付けられるなど、普通年頃の女の子は嫌がりそうですが、チームに入ってまでプレイするところをみると、ちょっと個性的な感じもします。また、キャプテンというからには、ある程度のカリスマ性があったのではないでしょうか。また、チームとして対抗試合に出る以上、多少なりとも協調性はあったと思います。少なくともスネイプ先生よりは。

プリンスの名がそれほど珍しいものなのかどうか、よくわかりませんが、最近、ニュースでプリンス姓の人物の名を耳にしました。金融関連の会社の会長の姓がプリンスで、綴りも同じPrinceでしたから、珍しい名だとしても、全くの創作ではなさそうです。ハーマイオニーもそんな視点からプリンスの実名を探そうとしたのではないかと思います。

アイリーンプリンスは、痩せた少女でした。スネイプ先生の痩せた体型は、お母さん譲りということですね。髪の色には触れられていないのが残念です。5巻26章で、ハリーが踏み込んだスネイプ先生の記憶の中では、父親と思われる人物が、鉤鼻でした。鼻は、お父さん譲りなのでしょう。
セピア色に変色した写真ではあるものの、蒼白い面長な顔(a long, pallid face)は判別できるようです。顔色の悪さもお母さんに似たのでしょうか。「黄色味がかった」という意味もある土気色(sallow face)という表現でなかったのは、セピア色ではそこまで判別できなかったからでしょうか。それとも、スネイプ先生の土気色が薬のせいなど後天的なものなのか気になります。スネイプ先生の学生時代の描写には、土気色ではなく、「青白い両脚(pallid legs)」という表現があるのみです。
大人になってからは、顔色だけでなく、「長い黄色い指(long yellow finger)」(4巻18章p.463)などの表現があるので、黄色がかってきてのは、大人になってからで、やはり病的な色なのかもしれません。
面長、という表現はスネイプ先生に関しては今までありませんでした。頬はこけているようですが、輪郭は鼻同様、お父さん似ということでしょうか。
眉毛が太くて濃い(heavy brows )との描写があります。実際スネイプ先生の描写で、眉が太いとか濃いとか、書かれていたことはなかったように思いますが、ローリングさんのイメージ図では、スネイプ先生の眉毛は大変濃く描かれています。男性なので、特に表記されなかったのでしょうか。きっとやはりお母さんに似たのだと思います。

表情はどうでしょう。イライラしているようにも、すねているようにも見えるようです。これは、ゴブストーン・チームのキャプテンとしておそらく取材されている場面か何かだと思われるのですが、そんな場で愛想笑いするような可愛げのある少女では、なかったということですね。天下の「日刊予言者新聞」に取材されているのに、笑顔の一つもでてこない。これは、学校対校試合終了直後の取材だとしたら、負けたために不機嫌だとも考えられます。それでも、ロックハートでなくてもカメラを向けられれば、悔しい気持ちは飲み込んで、取り繕った表情をしそうな気がします。よほど媚びない性格に思えました。スネイプ先生は、そんな母親に似ていると思います。
もしかしたら、夫であるトビアスにも、なかなか笑顔を見せない人だったかもしれません。夫にとっては、かわいくなかった、ということでしょうか。
ああ、でも、赤ちゃんセブルスには、ぎこちなくてもいいから、微笑んでいた、と思いたいです。

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