topimage

2007-03

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

セクタム・センプラ - 2007.03.17 Sat

セクタム・センプラで傷ついたドラコに向かって、杖を取り出し歌うような呪文を唱えるスネイプ先生。凄惨な光景のはずなのに、美しいスネイプ先生の様子ばかり想像されました。

この場面の呪文、傷を治す呪文でも、呪文を終わらせる呪文でもなく、「セクタム・センプラ」という呪いに対する反対呪文ではないかと思いました。counter-curse(反対呪文)と明言されているので。
レビコーパスとその反対呪文のリベラコーパス同様、スネイプ先生が開発した呪文だと思います。

リベラコーパスの場合は、レビコーパスと書かれた部分の下に読みにくい字として書かれていました。
だいたい、ハリー・ポッターに登場する呪文のたぐいは、ラテン語とか英語とか、何か語源になっているものがあるようです。
Levicorpusは、空中に浮かぶという意味のlevitateと、身体を表すcorpusから作られたのでしょうか。あるいは、levitate自体、ラテン語など別な言語由来なのでしょうか。私にはわかりません。
ローリングさんの思考回路はそのままスネイプ先生の思考回路に繋がるのではないかと思うのですが、つまりスネイプ先生も呪文を開発する際、あらゆる原語の組み合わせなどから、今までにない効果をもつ呪文を作り上げていったのだと思います。
レビコーパスは、何回もバツ印で消したり書き直したりしているので、「身体を浮上させる」という意味を持つ言葉の組み合わせを検討していたのではないかと想像しています。
その反対呪文のリベラコーパスですが、Liberacorpusはliberalが「自由な」の意味があります。
浮上させた身体を自由にする、という意味を持ち、かつ同じLで始まるこの言葉で初めて効果を持つのだと考えています。

同様に、セクタム・センプラも、ある程度の効果を狙って開発したのではないかと思います。
sectumはラテン語で「切る」、sempraはラテン語で「いつも、常に」を表す言葉を基にしていると、「ハリー・ポッター6巻を英語で読もう!」さんで教えていただきました。
ちなみに2巻で登場したリクタス・センプラ(Rictussempra)の語源は、Rictusがフランス語で「引きつった笑い」、ラテン語で「大きな口」だそうです。(ポッターマニアさんより)「常に引きつって笑っている」状態にする呪文なのですね。この時、この呪文を解いたのは、フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ!)でしたが、この呪文は同時にハリーにかかっていたタラントアレグラ(踊れ!)も解いたのでした。
そう考えると、この呪文でも呪い全般を終わらせる効果もありそうですが、セクタム・センプラとは呪いのレベルも違うような気がします。闇の深さが違うというか、そんなイメージから、やはりそのための反対呪文でなければ効かないような気がします。

敵を「常に切れている」状態にしようとスネイプ先生は、そのような意味を持つ色々な原語の組み合わせを考えたのでしょうか。その反対呪文となれば、それなりの意味を持つ言葉をやはり探し出してきたのではないかと思います。その効果は、「出血が緩やかになる」「傷口が塞がる」ようですから、そんな意味を持つ言葉だったかもしれません。

「常に切れている」という意味の言葉を開発しようと思ったセブルス少年の心情を思うと、冷水を浴びせられたような気持ちになります。
相手を見えない刀で切ったように、鋭く深く傷つける言葉を探していたセブルス少年は、いったい誰にその呪文を使うつもりだったのでしょうか。誰ということもなく、自分を襲う敵全てから身を守る術として、いざという時に備えたのでしょうか。攻撃のためにしろ、防御のためにしろ、その必要性を感じていたセブルス少年には、「呪文を開発する喜び」だけでは済まされない思いがあったに違いなく、痛ましさに泣けてきます。
そしてその呪文を開発したということは、やはりどこかで、誰か、あるいは何かを相手に試したということだと思います。例えば小動物などを相手にひっそり試し、思ったような効果を発揮した時、すぐに反対呪文を見つけられなかったら。自分のやっていることに、何も心を動かされない、ということだけはあって欲しくないです。先生だって、痛みを感じていたのですよね?

さて、この場面でのスネイプ先生様子で気になるのは、やはり「歌うような」と表現されたことです。これは、ハリーが聞いてそう思ったのでしょう。レビコーパスに対し、リベラコーパスとあるように、その反対呪文はそんなに長い呪文だとは思えません。短い呪文ではあったけれど、それがハリーには「歌うように」聞こえたのだと思います。そこにスネイプ先生の、自作の呪文に対する愛を感じると同時に、ハリーに聞かせる意味もあったのではないかと思いました。本当にハリーに聞かせたくないと思ったのなら、無言呪文で対応すればよかったのですから。
スネイプ先生の唱えた呪文は、読者には明かされませんでしたが、ハリーには「歌うように唱える反対呪文」として心に刻み込まれたはずです。後々、ハリーもこの呪文を思い出し、真似して唱える日が来るかもしれません。
スポンサーサイト

早すぎる登場 - 2007.03.10 Sat

ハリーのセクタム・センプラの呪文を受けてドラコが倒れた時、マートルの「人殺し!」の叫び声の直後にスネイプ先生がトイレに飛び込んできました。そのあまりの早さに、驚きます。

このトイレ、どこにあるのか、私にはわかりませんでしたが、八階よりは下の階のようです。八階の談話室から同じく八階の廊下に向かう途中で、ハリーが忍びの地図を見ていて「下の階の男子トイレ」にいるドラコを発見したので。あと、八階から全速力で駆け下りて、1分後に入れる距離のようです。
また、以前マートルと男子トイレで会った時、マートルが「またわたしに会いにここに来るって言ったの」(6巻21章p.214)と言っていることから、いつもドラコは同じトイレでマートルと会っていたようです。
この時は、スネイプ先生の授業の後、トイレに「立ち寄って」います。
スネイプ先生の教室は四階で、この日の授業は朝食の後、1時間ほどしてから始まっていますから、午前中に行われています。四階から、談話室に向かったのか、ホールに昼食に向かったのかによって、トイレの階も変わってきますが、もしかしたら、四階にあったのかもしれません。
となると、スネイプ先生が同じ階の教室付近にいたのなら、マートルの叫び声を聞いて早々に駆けつけてもそんなに不思議はないと思います。

ただ、今回は、ハリーは夕食に向かう途中で、ドラコと会っています。スネイプ先生が四階の教室にいる可能性も皆無ではありませんが、夕食をとるためホールにいたり、地下の研究室にいたりしてもおかしくありません。近くにいなかったとしたら、どうしてそんなに早く駆けつけられるのでしょう。

今年、スネイプ先生は破れぬ誓いをたて、二番目の誓いで、「ドラコに危害が及ばないよう力の限り護ること」を約束しました。それは闇の帝王に関係なくドラコへの危害を防ぐ意味も含まれていたのではないかと思います。ですから、今回のように、同級生の不注意などによって命の危険に晒されることからも護らなければならない状態にあったのではないでしょうか。
ハリーが一年の時、ハリーに「どこにいってもスネイプに出くわすような気がした」(1巻13章p.322)と思わせたスネイプ先生は、全力で守ろうとして、ハリーを監視していたのだと思います。それを考えると、やはり今回も同様にドラコにくっついて歩いていたのでしょうか。
でも、今回はドラコの安全だけでなく、スネイプ先生の生死にもかかわってきますから、もっと事態は切迫しています。
だからと言って、スネイプ先生はいつもドラコのお尻にくっついているわけにはいきませんから、何か警報装置のようなものを持っていたのだろうか、と思いました。

ハリー・ポッターの世界では、既に似たようなアイテムは登場しています。
何か忘れているものがあると赤く光る「思い出し玉」、ウィーズリー家にある家族の居場所を示す時計(12時の場所に「命が危ない」がある)、胡散臭いものがあると光って回り耳をつんざくような音で警報を発する「スニーコスコープ」。
同じような発想のアイテムで監視していたのかもしれません。それはドラコの身の危険を知らせると同時に、居場所も知らせるもので。
さらに、色が変わったり、時計のように針が指したり、という視覚に訴えるものでは眠っている時に気付けません。スニーコスコープのように聴覚に訴えるか、振動など触覚を刺激するものだったのだろうかと想像しています。


それにしても、任務の失敗によってではなく、ハリーが効果も知らないまま使った呪文のために、ドラコが命の危険にさらされるなど、先生は考えてもいなかったでしょう。「君を見くびっていたようだ」と言ったのは、先生の本心だったと思います。
思いがけず誓いを破るところだったのに、その罰則が「今学期中全ての土曜に書類の整理」とは、スネイプ先生、優しすぎると思います。

見たことのない姿 - 2007.03.04 Sun

トイレで密かに泣いているドラコの姿を目撃して、ハリーは衝撃に立ち尽くしますが、気付いたドラコが杖を抜いたことから、攻撃の応酬が始まります。そして、ハリーはプリンスの教科書にあった、敵に対して用いると思われる呪文、「セクタムセンプラ」を使いました。
顔や胸から血を噴き出して倒れたドラコを見て呆然とするハリーと騒ぐマートル。そこへ飛び込んできたのは、スネイプ先生でした。

この場面、考えてみたい部分もいくつかありますが、まずはスネイプ先生の描写の絵的な美しさを味わおうと思います。

ドアがバタンと開いて憤怒の形相で入ってきたスネイプ先生。この憤怒の形相という部分、原文では‘his face livid.’となっています。lividは「激怒した」という意味ですが、「鉛色の」「青ざめた」という意味もあります(Yahoo!!辞書より)。普段土気色の顔が、鉛色になっていたかもしれない、と思うと、その感情の激変ぶりに驚かされます。それほど美しいというわけではありませんが(あれ?)

次にスネイプ先生は、ハリーを荒々しく押しのけ(Pushing Harry roughly aside) 、ひざまずいて(he knelt over Malfoy)います。
普段、どんなに言葉に毒があっても、動作が荒々しい場面はそんなに多くありませんでした。3巻でシリウスが逃亡した後に、病室のドアを猛烈な勢いで開けたことはありました。あと、開心術を撥ね返された時に、ハリーを突き飛ばしたことがありましたが、それは荒々しいというよりは、むしろ痛々しい感じがしました。
ハリーはドラコの脇に両膝をついていましたから、先生は自分もひざまずく過程で屈みながら押しのけたのだと思われます。押しのけたということは、ハリーもそんなに遠くに突き飛ばされたわけではなさそうです。スネイプ先生に触れるくらいの近距離でこの後のスネイプ先生の処置を見ているのだと思います。羨ましい…

荒々しくハリーを押しのける姿も稀ですが、さらにひざまずくスネイプ先生など、今まで出てきたことがあったでしょうか。
ドラコの倒れている床は、呪文によって破壊された水槽タンクのために水浸しです。そこへ大量の出血も加わって、大変なことになっていますが、そこにスネイプ先生もひざまずいているわけですから、当然先生の着衣もどんどん水分を吸っていると思われます。
水や血で重くなったローブに加え、ひざまずいてドラコの上に屈みこんでいるわけですから、かなりバランスが悪いのではないかと思います。ドラコの体のすぐそばに杖を持っていない方の手をついて支えていたのかもしれません。かなり身を屈めて顔を近づけていたのではないかと想像します。髪はカーテンのように垂れ下がり、表情はハリーにも見えないのかもしれません。まるで這い蹲るようなこの姿勢にも心ときめくものがあります。そしてその手もドラコの血に染まるわけです(だから何?)

杖で傷をなぞりながら、呪文を唱えるスネイプ先生。しかもその呪文は、歌うような呪文です。
スネイプ先生が歌!?
この部分を初めて読んだ時の驚きとときめきは、忘れられません。
「歌うような」と感じるくらいですから、単調な呪文ではなく抑揚があるもの、旋律のあるもの、ということでしょうか。大変貴重な描写です。
スネイプ先生は、さらにドラコの顔から血を拭い、呪文を繰り返しています。残りの血を拭った(wiped)とありますが、ロンのレポートにこぼれたインクをハーマイオニーが杖で吸い取ったようにしたということでしょうか。布などでふき取っている図の方が好み(汗)ですが、そんな余裕がでるのは、全ての傷が塞がってからという気がします。まだ杖を離すことなく、吸い取る形ですばやく拭い、すかさず二度目の反対呪文を唱えたのだと思います。

そして、傷が塞がると、ドラコを半分抱え上げて立たせています。
立つことができたドラコにも驚きますが、そこは置いておきます。
抱えて立たせるという図も、なかなか貴重な場面です。そもそも生徒に触れる場面があったかどうか思いだせないのですが、これほどのスキンシップはかつてありませんでした。
仰向けに倒れたドラコを抱え上げるには、背中に腕を入れて抱き起こす形ではないかと想像します。どの位置にスネイプ先生がいたか、ですが、横たわるドラコの右か左にいたと考えるのが自然な気がします。
頭側や、足側では傷の治療を行い難いでしょうから。右か左から抱え上げる時、私なら、肩の下と膝の裏側に腕を差し入れます。ドラコのぐったり具合にも依りますが、背中に片手だけ入れるのも、両手をそれぞれ両肩の下に入れて手前に起こすのも、腰を痛めかねません。
スネイプ先生はどうしたのでしょう。後で腰が痛くなっているスネイプ先生もかわいいですけど。
どちらにしても、ドラコが羨ましくて、ちょっとドキドキする場面でした。

スネイプ先生は今までのどの場面でも魅力的でしたが、この24章、かつて見たことのないようなスネイプ先生の描写が満載で、しかもその後もハリーとの長いやり取りがあるので、2章と並んでお気に入りの章です。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。