topimage

2007-01

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

外での議論 - 2007.01.31 Wed

ダンブルドアとスネイプ先生の熱い議論を立ち聞きしてしまったハグリッドですが、よく考えると不思議な場面です。

「いつだったか、夜に俺が森から出てきたら、二人で話しとるのがきこえた」(6巻19章p.127)とハグリッドが言ってることから、スネイプ先生と校長は、外で議論をしていたことがわかります。森の外れでしょうか。
誰にも聞かれたくない話だとは思いますが、わざわざ外まで出かけていかなくても、十分秘密の会話はできるような気がします。校長室では、歴代校長たちが耳をそばだてていそうですから、迂闊なことは話せないでしょうが、校長がスネイプ先生の研究室に赴いて話すことは出来るはずだし、むしろその方が立ち聞きの危険性は低いように思います。
外で話したのは、二人とも外にいる必要があった、というか二人でどこかに出かけ、学校外に姿あらわしして歩いて入ってきたところなのかもしれません。

映画「アズカバンの囚人」の特典映像にローリングさんの描いたホグワーツの地図があります。
城から、校門までほぼ一直線の道が描かれています。ハグリッドの小屋はこの道からは少し離れています。絵では城から校門までの距離の半分に相当するくらいの長さです。そこよりさらに少し離れたところに禁じられた森があります。この図を見ると、森のはずれから道での会話を聞くのはちょっと無理かな、という気がします。
が、28章の逃亡シーンでは、校舎の玄関から校門まで向かう途中で、ハグリッドの小屋が燃えるのが見える場面があります。
燃え上がる炎に照らされたスネイプ先生の顔の描写もあるし、ファングの吠え声も聞こえているので、それほど小屋との距離は離れていないと思われます。少なくともファングの吠え声同様、大声の口論も聞こえるに違いありません。

つまり、この19章の立ち聞きの場面は、森から出て自分の小屋に帰ろうとするハグリッドが、校門から入ってきて城に向かう二人の会話を聞いてしまったのではないかと思うのです。ちょうど、後にハリーとスネイプ先生が対峙するあたりでの会話を。

もしそうだとしたら、二人は共にどこに行ったのでしょう?
一緒に出かけるといえば、ダンブルドアとハリーがホークラックスを求めて一緒に出かけました。その時は、城を共に出て、校門までの馬車道を歩き、ホグズミードまでも歩いてから、『姿あらわし』をしています。
スネイプ先生は、指輪の呪いで重症を負ったダンブルドアをすばやく治療したと、ダンブルドアが語っています。それは夏休み中のことでした。そんな時に既にダンブルドアはホークラックスの可能性に気付き、破壊を試みたわけですが、スネイプ先生も、何の呪いか知らずに治療することなどないでしょうから、かなり詳しい状況の説明があったのではないかと思っています。そして、場合によっては、スネイプ先生もホークラックス探しを手助けしていたかもしれません。スネイプ先生が長期にわたって不在だったとの記述はありませんが、ハリーがダンブルドアと洞窟に出かけた時も一晩のうちに帰ってきましたから、その程度の外出がなかったとは言えないと思います。
ダンブルドアの手の治療以外で、スネイプ先生がホークラックス探しや破壊に関わっていたのかどうか、気になるところです。

あるいは、ホグズミードに一杯飲みに行こうと誘われたのでしょうか。
「ときどきわしは、ロスメルタの得意客になるし、さもなければホッグズ・ヘッドに行くのじゃ」(6巻25章p.358)
スネイプ先生が飲みに誘われたと想像するのも楽しいです。断れずにしぶしぶついて行く様子とか。
もちろん、ダンブルドアは最初から重要な話をするつもりで誘うのですが、アルコールも入って、帰り道につい熱く議論してしまい、ハグリッドが聞こえないようにするのが難しかったのかもしれません。
最初は冷静だったスネイプ先生が、アルコールが入ったことによって、本音が出てしまって声が大きくなってしまったとか・・・

などと想像するのは楽しいですが、外で議論する意味が結局よくわかりません。まさか、わざとハグリッドに聞こえるように外で議論したわけではないと、私は思いますが。
スポンサーサイト

誰の視点 - 2007.01.24 Wed

先日いただいたコメントは、なかなか興味深いものでした。
スネイプ先生が、死の呪文を唱える前に見せた表情は、本当に憎しみの表情だったのか、というものでした。
原作では「その非情な顔の皺に、嫌悪と憎しみが刻まれていた」(6巻27章p.422)となっていますが、それを見たのは、ハリーではないか、ハリー視点なら、ハリーの気持ちが含まれているのではないか、というものでした。
ハリー視点なら、間違いなくその通りだと思います。ハリーには憎しみに思えたというだけで。
では、ハリー視点だったのかどうか、ということについて考えてみました。

改めて見直してみると、この場面に限らず、誰かの表情について語られることはしばしばありますが、今まで、ハリー視点なのかどうかについてはあまり意識していませんでした。言われてみれば、全てハリーの目を通した言葉になっているように見えます。
よく登場する「上唇が捲れ上がる」という言葉は、見たままの状態なので、ハリーが見ていようとあまり関係ないのですが、「意地悪なせせら笑いを浮かべている」となると、ハリーの主観が入ってきているように思います。
要は、「意地悪な」「嫌悪の」「憎しみの」「怒りの」などの感情を表す言葉で誰かの表情を語るとき、それは誰がその感情を汲み取っているか、ということだと思います。

ハリーのいる場面では、全てハリーの主観でしょうか。
「ハリーとロンはお互い気まずそうに目を見合わせた」(3巻14章p.356)というのは、ハリーの視点でも、ロンの視点でもないと思います。では、客観的な作者視点なのかというと、ここにはハグリッドが存在しているので、二人を見ているハグリッド視点とも考えられます。
ハリーのいない場面を探してみました。1巻の冒頭と、4巻1章、6巻1,2章は、ハリーがいない状態で第三者が描かれています。
ところが、その第三者の様子について書かれる時、例えば「スネイプは意に介するふうもなく、むしろおもしろがっているように見えた」(6巻2章p.39)は、そこにハリーはいないものの、ナルシッサとベラトリックスがるため、作者視点とは限りません。同様に「奥さんはビクッとして怒った顔をした」(1巻1章p.13)というのもダーズリー氏が見ています。
「おもしろがっている」「怒った」などは、その場にいる人が相手の表情から読み取った感情だということでしょうか。

それなら、誰もいない、全く一人の状態の時はどうでしょう。1巻のダーズリー氏や、4巻のマグルのフランク、6巻のマグルの首相など、ごくわずかの人物が、たった一人でいる場面がありますが、そこには、感情を示す言葉で修飾された表情はありませんでした!

こうなると、27章のアバダ・ケダブラ前の「嫌悪と憎しみ」の表情もハリーの見たものであり、憎しみであるかどうか、根底から覆される可能性はあるかと思いました。
が、今まで、スネイプ先生の表情についてハリーの目から見て書かれたものを、全て疑っていると、何がなんだかわからなくなると思います。
また、登場人物の主観抜きでは、表情は語れないのか、なんとか探してみたところ、こんな記述がありました。
「二人の背後でピシャリとドアを閉めながら、唇の薄いスネイプの口元に嘲るような笑いが浮かんだ」(6巻2章p.36)
これは、ナルシッサたちの背後での表情なので、スネイプ先生の表情を見ている第三者は存在せず、作者視点なのではないかと思われます。「嘲るような」と感じる登場人物のないままに書かれたこの表情の描き方は、他の場面とも変わらず、案外こんな作者視点の表情が混在していることを窺わせます。

そこで、「辛辣で不機嫌な表情に見えた」(4巻37章p.553)「あたかも(中略)キャンキャン吠えている犬と同じ苦しみを味わっているような顔だった」(6巻28章p.434)などのように「~に見えた」「~のような」という表現を純粋なハリーの主観入りと捉えつつ、27章の「嫌悪と憎しみ」など非常に重要な場面などは、その感情については色々な可能性について慎重に考えた方がいいかもしれないと思いました。

熱い議論 - 2007.01.19 Fri

ハグリッドがうっかり口を滑らせたことから、ダンブルドアとスネイプ先生が議論していたことがわかりました。

原書を読んだ時は、ハグリッドの訛りが理解できず、よくわからなかったのですが、それでもスネイプ先生がoverworkedだと感じているということだけはわかり、大変胸を痛めました。ちょうど、スネイプ先生はダンブルドアの使い走りのようだ、という文章を書いていた頃だったので、先生はまたしても疲れることをやらされるのではないかと思ったのです。
そして断片的な言葉から、最初は、スネイプ先生がダンブルドアが命じる寮の調査などを十分行っていないと責められたのだと解釈しました。「やりたくない」と言ったのは、ドラコのことを調べたくないと言ったのだと思ったのです。誓いのこともあり、あまり立ち入って調べることは自分の首を絞めるからだろうと。
その後、読み終わってからは、ダンブルドアが「いざとなったら自分を殺せ」というようなことを言い、それに対してやりたくないと言ったのではないかと思い始めました。ただ、その時もダンブルドアの依頼があったかどうかは半信半疑でした。
そして今も、27章の行為についてはまだ自分の考えが定まっていないので、この19章の議論でダンブルドアの依頼があったのかどうか、決めかねています。

二人の会話を検証してみます。
まず、ハグリッドのセリフからわかることだけを抜き出してみます。
「議論が熱くなっとって」
「スネイプが言ってたことで、ダンブルドアは何でもかんでも当然のように考えとるが、自分は(中略)もうそういうこたぁやりたくねえと」
「スネイプはちいと働かされすぎちょると感じてるみてえだった」
「ダンブルドアはスネイプにはっきり言いなすった。スネイプがやるって承知したんだから、それ以上何も言うなってな。ずいぶんときつく言いなすった」
「ダンブルドアは、スネイプが自分の寮のスリザリンを調査するっちゅうことについて、何かいいなすった」
「寮監は全員、ネックレス事件を調査しろっていわれちょる」
(以上全て6巻19章p.128)

スネイプ先生は、今まで嫌々ながらであってもダンブルドアには、必ず従っていたように思います。
3巻でハリーがシリウスの逃亡を助けたに違いないと主張した時だって、結局校長の冷静な言葉の前に屈しました。
シリウスと仲直りしろと言われた時はさすがに短い握手だけでしたが。
4巻でダンブルドアが心配の色を浮かべた任務は、後にヴォルデモートの下へ駆けつけたことがわかりましたが、2時間遅れで出かけることは死ぬ可能性だってあったというのに、青ざめながらも出かけていったのです。
そのスネイプ先生が「やりたくない」と言うには、よほどのことがあるはずです。自分の命だって懸けたスネイプ先生が、単に疲れているからとか、「破れぬ誓い」に拘束されているからなどと、自分の都合でやりたくないなどとは言わないと思います。

スネイプ先生がヴォルデモート側だったら、ダンブルドアからの依頼は大人しく従うと思います。
議論するというのは、反対意見を主張することです。ここで無駄に事を荒立て、変な疑いを持たせることは避けたいはずです。適当に合わせておいて、後で裏切ることなど容易でしょう。
スネイプ先生は、ダンブルドア側の立場で、異議を唱えていたのだと思います。
ドラコを案じて言ったとも考えられますが、ダンブルドアだって、真相を早くから知り、ハリーの訴えを退けていたくらいですから、ドラコの立場を悪くするようなことは言うはずはなく、利害は一致します。

やはりダンブルドアは、最終手段として、自分を殺さなければならない場合があることを伝え、殺害を依頼したと考えるのが一番納得しやすい気がします。
ハグリッドが「怒っている」と感じるくらいの強い語調で言ったのなら、それは既に命懸けの任務についているスネイプ先生を追い詰めるような責める言葉ではなく、ましてや、寮監としての行いを叱るものでもなく、自分を犠牲にする類の言葉だったのではないかと思うのです。

また、その依頼をすんなり受け入れることはできないのも当然だと思います。「何でもかんでも当然のように」、「もうそういうこたぁやりたくねえと」と言うのも尤もです。理屈ぬきで嫌だろうと思います。スネイプ先生が完全にダンブルドア側なら、もうそういうこと(人を殺すこと)はやるつもりもなかったということではないでしょうか。
「やるって承知したんだから、それ以上何も言うな」
「やるって承知した」のは、最近のことではないような気がします。予言の盗み聞きがポッター夫妻に与える影響について気付きダンブルドア側についた時に、ダンブルドアとの間に何らかの約束をして、今まで従ってきたということではないかと思います。それはある程度の拘束力はあるものの、破ったら死ぬようなものではなく、でも「信じておる」と言わせるだけの何か。

もし、スネイプ先生がやはりダンブルドア側で、依頼によって殺したとしたら。
スネイプ先生はこの時「やりたくない」と確かに言ったのです。
やりたくないことをやらせたダンブルドアを恨みます。だから27章では呪文を唱える直前に憎しみの表情を見せたのではないかと思います。

こうしてまとめてみると、やっぱりスネイプ先生はダンブルドア側で、ダンブルドアに従って「やりたくない」事(殺人)を実行したように思えます。

スピナーズ・エンドの場所 - 2007.01.09 Tue

今日はスネイプ先生の誕生日です。
1月9日は、イギリスでも最も寒い頃ではないかと思います。
スネイプ先生が生まれたのは、あのスピナーズ・エンドでしょうか。生まれたばかりのセブルスは、凍えることなく、育ったのですね。

スピナーズ・エンドの場所について推測することは、日本人である私にとっては、とても難しいことです。わかっているのは、そばに汚い川が流れていること、製糸工場の跡があること、同じような家が建ち並ぶ住宅地であること。
ところで、邦訳では「製糸工場」となっていますが、原文では‘mill’となっています。実は何の工場なのかは示されていなかったのですね。
Spinner's(スピナーズ-紡績工)から「製糸工場」としたのでしょうか。millは工場、製作所、製粉所の他に、水車場の意味もあります。
マグルの掃き溜めという表現からは、マグルの工場労働者が住む街を連想します。スピナーズという名称から、紡績工場に勤める労働者の住宅だったのではないかと思われます。
「イギリスの方が、ウェストヨークシャーのどこかの街ではないか、と推測された」というメールをいただいたことはありますが、私には、その根拠がよくわかりません。ウェストヨークシャーには、羊毛工業の盛んだった地がいくつかあるようです。産業革命のきっかけとなった綿工業の街はどうなのでしょう。調べてみました。

イギリスの産業革命は、さまざまな分野で起こったのですが、変革の最も急激だったのが、織物工業でした。そのきっかけとして有名なのは、1733年にジョン・ケイが飛び杼(ひ)を発明したことでした。機織(はたおり)の速度が上がったために綿糸不足になったことから、綿糸を作る紡績の技術開発が望まれました。結果、幾つかの紡績機が複数の人によって発明され、飛躍的に綿糸を生産できるようになりました。その後、さらに織機の開発もあり、綿織物の増産ができるようになったというわけです。
注目すべきは、発明された紡績機ではないかと思っています。
まずは、ハーグリーブズがジェニー紡績機、次にアークライトが水力紡績機を発明しています。
ジェニー紡績機は手動で、小型だったので、家内制工業に適していましたが、アークライトの紡績機はその動力に水車による水力が使われていたため、初めから工場で行われました。
アークライトは1771年、ダービーシャークロムフォードに水力紡績機を並べた工場を作り生産を開始、その後同じくダービーシャーのベルパーや、ミルファドランカシャーのチョーリーにも工場が設立されました。その後、チェシャーノッティンガムシャー(図の14の場所)、ヨークシャー、北ウェールズの農村地域で多くの工場が建ったということです。
さらに、二つの紡績機の長所を組み合わせて、クロンプトンがミュール紡績機を発明していますが、これは蒸気力が用いられています。
学校で習うのは、「綿工業はマンチェスター」、が一般的かもしれませんが、マンチェスターでは蒸気機関を用いた紡績機が使われました。

蒸気機関が使われる以前、川の水力を利用した紡績工場というものは確かにイギリスに存在したようです。この産業革命の初期に水力紡績機をおいた工場の設立された街のいくつかが、その後も紡績の街として20世紀半ば以降まで続いたのではないかと思いました。

産業革命以前からの羊毛工業の街より、産業革命で急に開けた綿工業街の方が、より俗っぽいマグルの街、という感じはします。水力紡績機の工場は結構各地に作られたようですし、スネイプ先生の生まれた1960年代にもある程度は労働者がいて、その後衰退した街、川が汚いとなると、やはり実在するどこかがモデルになっているのかどうかさえ、日本人の私には見当もつきません。が、そんな視点でイギリスの街を見るのは楽しいです。
ダービーシャーなど、初期に水力紡績機を置いた工場を建てた地は有力候補なのではないかと思います。
ところで、その一つが世界遺産として登録されています。
世界遺産の旅』というサイトでスライドショーを見ることができるダービーシャーの「ダーウェント渓谷の工場群」です。
川沿いのレンガの町並みは、スピナーズ・エンドを連想させないでしょうか。
同じく、世界遺産に登録されているスコットランドの「ニュー・ラナーク」『同サイト』では、紡績工場と住宅地を見ることができます。こちらでは、1930年代まで水車動力を使った紡績を行っていたようです。
さらに、ヨークシャーの「ソルテア」『同サイト』も世界遺産に登録されています。ここは、紡績ではなく織物の街ですが、労働者の住宅が整然と建ち並ぶ様子に、スピナーズ・エンドを連想しました。
ちなみに、このソルテアから、十数キロ離れたところにある、リーズという街は、羊毛織物の盛んだった街ですが、ウェストヨークシャーにあります。(多分、ソルテアも) 


実は、こんなことを調べたのは、ウェストヨークシャーのどこかの街であっても、ダービーシャーであっても、その1月の平均最低気温を調べる事によって、新生児セブルスの置かれた過酷な環境を綴れると踏んだからでした。ところが、イギリスはメキシコ湾流という暖流のため、緯度の割には、思ったほど冬の気温が下がらないようです。東京と大差ないかもしれません。ウェストヨークシャーのリーズの平均最低気温、1月は2度ですね。
でも、貧しそうな労働者のレンガ造りの家で、外が0度近ければ、やはり家の中も暖房なしでは寒すぎます。十分な暖房はあったのかどうかはわかりませんが、まだ自分でしっかり体温調節のできない、赤ちゃんセブルスの命を守るような温度は、保たれていたのは確かですよね。それこそ、羊毛の毛布やら、綿のキルティングのおくるみやらに、何重にも包まれて。
やっぱり、そこに愛はあったと思います。


1月10日追記
ジョン・ケイが飛び杼を発明した年を間違えて書いてしまい、後に訂正しました。1733年が正しく、1773年は間違いです。
地名からのリンクは、州の名は日本語、都市名からは英語となっています。

1月15日追記
ニューラナークの紡績工場は、水力紡績機を発明したアークライトも最初の二年間は共同経営者だったようです。その後、経営者は変わっていきますが、後の経営者が家族用住宅を建築しています。
このニューラナークは、1968年に工場が閉鎖されています。スネイプ先生が8歳の頃に相当するでしょうか。このスコットランドのニューラナークもどんなところか見てみたいものです。

11月24日追記
3/23にベルパーとクロムフォード、7/20にニューラナークに行きました。
その時の様子は、日記の旅行記でご覧になれます。


<参考>
「産業革命」T.Sアシュトン、訳)中川敬一郎:岩波書店
「イギリス産業革命史の旅」剣持一巳:日本評論社
産業革命(ウィキペディア)
世界遺産の旅
イギリスの気温と降水量

スネイプ先生の部屋の暖炉 - 2007.01.07 Sun

クリスマス休暇が終わって、ハリー達がホグワーツに戻る日は、年が明けて数日が経った日でした。ちょうど、今日くらいでしょうか。
今回に限り、煙突飛行ネットワークが開通していました。
去年、隠れ穴から戻る時は、ナイトバスでしたが。

ハリー達は、「ホグワーツ!」と叫んだだけで、マクゴナガル先生の部屋にピッタリ停止しました。副校長の所に全て到着するようになっているのでしょうか。1000人の生徒が現れたら、混乱しそうです。
やはり、自動的に寮監の部屋に到着する仕組みなのでしょうか。

ところで、スリザリン生は約200人と言われています。3巻p.396にクィディッチのスリザリンの観衆が200人とあり、選手は7人で、補欠も2~3人いるとすると、3巻当時では210人くらいでしょうか。生徒の全てが試合を見にいったとは限らないし、ホグワーツの生徒は約1000人ということなので、単純に4つの寮の生徒数で割れば、250人近くいるかもしれません。
今年、何人が学校に残ったのかはわかりませんが、1人しか残らなかった年(3巻)もありましたし、今年は特に物騒な年なので、ほとんどが休暇に家に帰ったのではないかと思います。実際は、200人以上はスネイプ先生の暖炉からでてきたのではないでしょうか。

スネイプ先生は、マクゴナガル先生同様、仕事をしていたに違いありません。あるいは、本を読んでいたかもしれません。
そして、やはりマクゴナガル先生のように目を上げて灰を落とさないよう、注意したのでしょうか。それとも、声だけかけ、視線は仕事や本からそらす事はなかったのでしょうか。先生は、仕事や読書に集中していそうですが、一応寮監として、異常の有無を確認する責任感はあるように思うので、やはり一瞥くらいはしたと思います。
先生、お疲れ様です。
先生の暖炉から灰まみれになって出てきたいです。ジロリと睨まれ、声を掛けてもらいたいです。

でも、ドラコは、自宅に戻らなかったのではないかと思います。切羽詰って焦っていたドラコが、休暇で学校を去るとは思えませんし、むしろ、人気のなくなった学校は、キャビネット直しに専念できそうです。それに、単独でスネイプ先生の暖炉から出てきたりしたら、先生に呼び止められ、何か言われそうですから。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

拍手コメントについて

拍手コメントをいただいた時は、その記事のコメント欄にお返事いたします。

プロフィール

二尋

Author:二尋
スネイプ先生への愛を語らずにはいられません。         

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

スクロール式になっています

前ブログからの訪問者数

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。