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2006-09

まだ使っていた? - 2006.09.30 Sat

『上級魔法薬』の教科書を最近まで使っていたとしたら、どんな理由だろうかと、考えてみました。
そこで考えられるのは、当時から継続して研究し、まだ完成していない魔法薬や呪いの類の書き込みがあるのではないかということです。
それは、『脱狼薬』ではないかと想像しています。

以前、脱狼薬を開発したのは、スネイプ先生ではないかと書いたことがあったかと思ったのですが、ちょっと自分の記事を検索しても見つかりませんでした(汗)
とにかく、以前はそのように考えたことがありましたが、それはスネイプ先生が、調合するのが難しいとされる脱狼薬を調合できる数少ない魔法使いだという点と、最近開発されたという点を根拠にしたものでした。自分で開発したからこそ調合できるのではないかと思ったのです。
今回、6巻を読んでみて、ますますその思いが強くなりました。
開発こそ先生の得意とするところだというのがわかったからです。

呪文も発明して書き留めておくスネイプ先生。教科書には、試行錯誤の跡が残っていました。
魔法薬の調合法についても、教科書を鵜呑みにせず、教科書とは違う様々な指示を書き残しています。一瞬で閃いたものもあったでしょうが、多くは数え切れないほどの試行錯誤があったと思います。

脱狼薬についても、5年か6年でルーピンの正体を知ってしまった時から、その開発を始めていたのではないかと思いました。3巻の時点でごく最近開発されたというこの薬は、ルーピン先生の着任に合わせてスネイプ先生が開発したとも考えられますが、知的好奇心が旺盛なスネイプ先生のことですから、純粋な興味から、暴れ柳事件以来、ずっと開発し続けたものではないかという気もします。

ハリー達が6年の最初の魔法薬のクラスで作った『生ける屍の水薬』。書き込みの指示通り作って大成功したハリーですが、後のクリスマスパーティで、スラグホーン先生は、「一回目であれほどの物を仕上げた生徒は一人もいない―セブルス、君でさえ―」(6巻15章p.487)と言っています。ということは、スネイプ先生は学生時代、最初の授業で教科書通りに調合してうまくいかず、その後自分でどこに問題があったか研究し、催眠豆の砕き方やら、かき混ぜ方などを見つけていったのだと思われます。失敗をそのままにしない人なのだと思います。とことん追究するタイプなのだと。
だとしたら、ルーピンが人狼であることを知ってしまった時から、人狼という呪われた体質の問題点を研究し、狼化を抑制する薬を開発しようという発想に至ったとしても不思議ではないと思います。(そもそもスネイプ先生が学生時代、1ヶ月に一度姿を消すルーピンに興味を持ったのは、プライベートなことを詮索するのが目的ではなかったような気もします)

ちょうどルーピンの正体を知った頃に使っていた『上級魔法薬』の本に脱狼薬の研究の走りが残されていたのではないでしょうか。そして、卒業後の死喰い人時代はどうかわかりませんが、ホグワーツの教師として着任後は再び空き時間を脱狼薬作りに充てていたのではないでしょうか。その教科書の書き込みに更に手を加えながら。
そして、ルーピン先生がホグワーツに来るとわかった時、まだ正確には完成と言えないまでも、人の心を失わない程度、無害な狼でいられる程度のものを緊急に作製したのではないでしょうか。普段は普通の人間と変わらない人が、満月の晩だけ理性を失うという点に着目し、とりあえず理性を失わない薬だけでも作ろうと考えても不思議はないと思います。

もちろん、スネイプ先生がその脱狼薬で満足しているとは思えません。毎月調合する中であるいは毎回少しずつ改善されていたかもしれません。
そして、まだ十分な完成をみていないことは、スネイプ先生にとっても屈辱的であるはずです。先生はルーピンが去った後も、薬の開発を続けていたと思います。そのため、教科書はまだ手元において、さらに書き加えて、試行錯誤していたのではないかというのが、『上級魔法薬』が棚に入っていた理由として考えています。(かなり妄想が入っています)
ただ、そこは、スネイプ先生の研究室ではなく、教室でしたが。
一つよくわからないのは、研究室で先生は個人的な実験や調合をしていたかどうかということです。日本語では研究室となっていて、そこで研究しているイメージですが、原文ではofficeなので、本を読んだり、調べ物をすることに使う机の上での研究のイメージでもあります。
瓶詰めの標本などはあるものの、研究室では実験はせず、実験室はまた別なのではないかという気がします。
また、例えいつもは研究室で調合していたとしても、薬品によっては別な部屋を使ったかもしれません。普段過ごす部屋に匂いがこもるのを避ける必要もあるかもしれませんし、実際毒薬などを作ることもあるでしょうから。脱狼薬もひどい味のようですから、匂いだって相当なものかもしれませんし。
そうだとすれば、地下牢教室で調合し、そこの戸棚に教科書を置いていたのも不自然ではなくなると思います。



10/26追記
脱狼薬は、マーカス・ベルビィ(新学期のホグワーツ特急の中で、スラグホーンに招かれた7年生の一人)のおじのダモクレスが発明したようです。「『トリカブト薬』を発明するのに、おじさんは相当大変なお仕事をなさったに違いない!」(6巻7章p.219)
この『トリカブト薬』は、原文では、『脱狼薬』と同じ‘Wolfsbane Potion’なので。
大変残念ですが、スネイプ先生の発明ではなかったようです。
教えてくださった鬼百合さん、ありがとうございました!!

『上級魔法薬』の本 - 2006.09.23 Sat

6年生初の、魔法薬学の授業。N.E.W.Tレベルに進んだ生徒は12人しかいませんでした。
この授業を受けられるとは思っていなかったハリーとロンは、教科書も秤も材料も用意していませんでした。快く全てを貸してくれると言ったスラグホーン先生、棚から古い教科書を2冊、持ってきてくれました。
2冊持ってきた、ということは、ハリーとロン以外は、教科書の用意があったということですね。
では、ハーマイオニーはもちろん、ドラコやアーニー・マクミランも
O.W.Lで「O」を取ったということになりますね。ドラコは今までスネイプ先生に贔屓されてきたようにハリーは思っていましたが、やはりそれなりの実力はあったということでしょうか。それとも、スネイプ先生がドラコを褒めて育てた結果とか。

O.W.Lで「O」が取れず、ハリー達同様、授業が受けられないと諦めていた生徒達はいたと思うのですが、先生が変わったと知らされても、授業を希望しなかったのでしょうか。学校側は、教科書リストを送る際に、書き添えておくべきだったと思います。スラグホーン先生を説得できた時点で、魔法薬学の担当が変わったことはわかっていたはずですから。

さて、上級魔法薬の2冊の古本のうち、書き込みの多い方がハリーにまわってきました。
半純血のプリンスの持ち物だったものです。これは、偶然ハリーの手に渡ったのでしょうか。
偶然か、必然か、となると、スネイプ先生は綿密な計算の下、計画的に動いているように思うので、渡るべくして渡ったのではないかという気はします。
後に、セクタム・センプラを使ったハリーに教科書を持ってくるよう言い渡したスネイプ先生。替え玉のロンの教科書を持ってきたハリーに対して、嘘つきのペテン師などと言うものの、それ以上追及しませんでした。容認したのだと思います。
かと言って、最初からハリーの手に渡るよう細工したかどうかは疑問です。そのつもりだったのなら、セクタム・センプラ使用時に、開心術まで使って調べようとはしないはずですから。あの場面、先生は本当にハリーがそんな呪文を使えるのを知らなさそうでした。やっぱり偶然だったのでしょうか。それともそのように見せかけるためにわざわざ開心術を使ったのでしょうか。よくわかりません。

ただ、偶然だったにしても、その教室の戸棚、生徒が触れるような公共の場に、スネイプ先生が自分の教科書を置いておいたのは事実です。
ハリーの手に渡るよう置いた以外、どんな理由が考えられるのでしょう。
本文が読めないほど書き込みをし、使い込んだ教科書に愛着がないとは思えません。もう使わないにしても、手放す必要もないはずです。
古教科書の一つとして寄付したわけではないと思います。
まだ使っている最中でしょうか。まだ使っている可能性ついては、長くなりそうなので、次回書くことにします。

でも、使っていたなら、紛失したことにも気付きそうですが・・・
やっぱりスネイプ先生、偶然を装いハリーに渡したと考えた方がしっくりくる気がします。
ハリーに渡るようにちょっとした魔法をかけるくらい、スネイプ先生ならできそうですし。
それとも、母の持ち物でもあり、散々使い込んだ本ではあるけれども、何かのきっかけで、きっぱり決別したのでしょうか。
捨てたり焼いたりはできず、15年ほど前に着任した時に戸棚の奥深くに突っ込んでしまい、忘れてしまったのでしょうか。

色々な可能性が浮かんできて、まったくまとまりません。
スネイプ先生の書き込みだらけの本がハリーの手に渡る。こんな衝撃的な事実が、物語の都合上、なんとなく起こったとは思えません。
きっと、7巻で明かしてくれますよね!

コウモリ - 2006.09.18 Mon

無言呪文の練習をさせるスネイプ先生。「相変わらず育ちすぎたコウモリそのものの姿で、生徒が練習する間をバサーッと」(6巻9章p.272)動き回ります。

先生がはっきりコウモリに例えられたのは何度目でしょうか。
最初は1巻で、クィレル先生が「育ちすぎたこうもりみたいに飛び回ってくれた」(1巻17章p.424)と言っています。
2巻では「性悪な大コウモリを思わせるスネイプが」(2巻11章p.287)との記述があります。
他の巻ではどうだか思い出せませんが、今回またしてもコウモリと書かれていたことで、以前から気になっていたことを思い出しました。
イソップ物語のコウモリの話です。

鳥と獣が戦争をした時、コウモリはどちらにも属しませんでした。
鳥が優勢になれば自分は鳥の仲間です、と言って鳥に近寄り、また逆に獣が優勢になれば、獣の仲間として近寄ります。戦争が終わり、平和が訪れた時、その行いがバレて、どちらからも、つま弾きされてしまうという寓話です。
実際は、翼はあっても哺乳類ですから、獣の仲間なんですが。

さて、ローリングさんは、様々な神話や昔話を作品に取り入れていらっしゃいますが、このイソップ物語も考慮しているのかどうかが気になります。
確かに黒いマントやローブを翻して歩けば、コウモリのように見えますが、そもそも、いつも黒装束でいることの意味というか作者の意図は、視覚的にコウモリを印象付けるためということはないでしょうか。
例え、その衣装に喪に服す意味や闇の象徴などがあったとしても。

だとすると、スネイプ先生の位置は非常に微妙になります。
敵か味方かというのも実ははっきりしていなくて、状況を読んでは優勢な側についていただけということも考えられるということでしょうか。
以前からこのコウモリに例えられることがとても気になっていたのですが、この仮説を書くのはずっと躊躇っていました。というのは、私自身がこの可能性を否定したい思いが強かったからです。

味方でなくてもいい、ただ、先生には信念を持ってどちらか決めた方の側で動いていて欲しかったからです。状況に合わせて、二転三転する卑屈な人物であって欲しくないからです。
ヴォルデモートの勢力が盛んな時は闇の側、ヴォルデモートが凋落してからは、ダンブルドアの側、ダンブルドア亡き後は、またしてもヴォルデモート側などとは。(こう書くとそのようにも見えますが)

でも、そうは言っても、作者の意図はわかりませんから、一応可能性として書いておきます。もしかしたら、ローリングさん、何度もコウモリに例えたのは、童話のコウモリのようなずるい印象を与えるのが目的で、その目的もかなり達せられて浸透した7巻で、ズバッと読者を裏切る魂胆かもしれません。そうであって欲しいです。
もっとも、私はスネイプ先生が日和見主義だとは露ほども思わないので、コウモリらしくない結果でも、全く裏切られたとは感じませんが。
そして、イギリスにおいて、コウモリの持つイメージがどれほど卑怯なものかは、わかりませんが。

無言呪文の練習 - 2006.09.14 Thu

スネイプ先生が、初の『防衛術』の授業で出した課題は、二人一組になって、無言呪文での攻撃と防御の練習をすることでした。
スネイプ先生、やはり実戦で役立つ授業内容を用意してきました。
来るべきヴォルデモートとの決戦に備えているかのような。

クラスの半分を占めるDAのメンバーは『盾の呪文』を修得していましたが、無言呪文は初めてでした。
10分後に無言呪文で呪いを撥ね返したハーマイオニーに、スネイプ先生が得点を与えなかったことを悔しがるハリー。
既に先生の中では、寮の得点など関係なくなっているように思います。無言呪文が成功して当たり前、できなければ自分の身を守ることができないだけのことです。

生徒が練習する間をバサーッと動き回るスネイプ先生が、ハリーとロンの練習する様子を立ち止まって眺めます。先生がそもそもこの課題を用意したこと自体、ハリーの教育が目的のような気がします。
今年は個人授業はないので、厳しい指導ができるのは、この授業中だけですから。
ところが、肝心のハリーは、相手のロンが無言呪文をかけてよこさないので、ただ待ち続けるしかありません。そこで、「我輩が手本を」などと言って、ハリーに練習の機会を与えたのだと思います。
決してハリーが考えるようなモルモットだから、ではなく。
そして、実戦に備えているからこそ、すばやく杖を向けてきたのだと思います。
また、先生はしばらくしてから声を掛けています。ロンにも練習の機会を十分与えた上で、ハリーの指導にあたったのだと思います。

さて、ハリーはスネイプ先生に杖を向けられ、咄嗟に盾の呪文を叫んでしまいました。
その盾の呪文があまりに強烈だったため、スネイプ先生はバランスを崩して机にぶつかってしまいます(泣)

これは、どういうことでしょう?
5巻でハリーが用いた盾の呪文はスネイプ先生の開心術を撥ね返し、先生自身に開心術をかける結果となりました。
私はこの時、盾の呪文はまさに盾として、かけられた魔法をそのまま鏡に反射させるように相手にかけるものだと考えました。
4巻でも、「一時的に見えない壁を築き弱い呪いなら跳ね返すことができる」(4巻31章p.391)と説明していますし。
強い呪いでも撥ね返せるほどの硬い壁を築いたということでしょうが、呪文が単に跳ね返されただけなら、強烈なのはスネイプ先生の呪文、ということになります。
が、今回「『盾の呪文』があまりに強烈で~」という表現をしたのは、まるで『盾の呪文』に攻撃力があるかのようです。壁で防ぐだけでなく、何かオーラのようなものとか、風とか、圧力によって跳ね返してくるイメージでしょうか。確かに前回(5巻)も盾の呪文によって開心術が掛かるだけでなく、よろめいていました。開心術だけならよろめかないのに。やはり『盾の呪文』自体に攻撃力があるのかもしれません。

『盾の呪文』でバランスを崩したとしても、先生のかけた呪いの効果もまた出てくるはずです。
先生はハリーに向けてどのような呪文を放ったのか気になります。
今回、盾の呪文によって先生はバランスを崩した以外の影響は出ていないようです。結局、先生のかけた呪いにも、バランスを崩す効果があったのかもしれません。武装解除呪文でしょうか。妨害の呪いでしょうか。
また、他の効果のある呪いをかけ、すぐに反対呪文を無言で唱えたとも考えられます。
そうだとしたら、小憎らしいポッターが、皆の前で恥をかくような意地悪な呪いをかけたかもしれない、と色々想像は膨らみます。

たった今、ハーマイオニーが跳ね返した『くらげ足の呪い』などどうでしょう?バランスを崩したのは、クニャクニャなくらげ足になってしまったからかもしれません。そして険悪な顔で体勢を立て直していたのも、無言で反対呪文を唱えていたから表情が険しくなり、足がしっかりしたから立て直せたのかもしれません。
一瞬クニャクニャな足になり、しかし冷静に反対呪文を無言で唱えたスネイプ先生を想像すると、大変微笑ましく思います。
(あくまで想像です)

全ての生徒達への配慮 - 2006.09.09 Sat

スネイプ先生が教室に持ち込んだ先生らしい個性の一つは、壁に掛けられた何枚かの新しい絵でした。
『身の毛もよだつ怪我や奇妙にねじ曲がった体の部分をさらして、痛み苦しむ人の姿』が描かれています。
闇の魔術について語った後、スネイプ先生はそれらの絵を示して闇の魔術について説明していきました。『磔の呪文』の苦しみを表現する苦痛に悲鳴をあげる魔女の絵や『亡者』の攻撃を挑発して血だらけの塊になった者の絵です。

『磔の呪文』と言えば、4巻で偽ムーディが授業で実演して見せ、生徒達には好評だった呪文です。しかし、許されざる呪文である以上、やたら授業で実演するわけにはいきません。また、いくら上級生のクラスであっても、吸魂鬼や亡者を教室に持ち込むことはできないでしょう。
闇の魔術の恐ろしさを正しく表現した凄惨な絵は、何もスネイプ先生の趣味で持ち込んだものではないと思います。
まだ多くを学んでいない低学年の生徒にも、闇の魔術の恐ろしさを実際のものとして少しでも感じ取って欲しいとの、先生の配慮からだと思いました。この教室は全ての学年が使うはずですから。
先生は1年でこの職を、さらにはこの職場を去る覚悟であったろうと私は思うのですが、持てる知識をできるだけ多く正しく生徒に伝え、闇の魔術に対して少しでも自分の身を守れるようにさせたかったのだと信じています。


さて、闇の魔術に関してある程度説明を終えたスネイプ先生は、無言呪文の利点は何かとクラス全体に問います。
例によってさっと挙がったハーマイオニーの手。先生は他の生徒の挙手がないのを時間をかけて確認したあと、やっと指しました。

この場面、本当にドキドキしました。今まで、スネイプ先生が一度だってハーマイオニーを指した事があったでしょうか。
先生が優秀なハーマイオニーをどう考えていたか、今までははっきりした記述はありませんでした。しかし、その実力をやはり認めていたことが、6巻2章でわかりました。
ハリーについてベラトリックスに語った時、何度かのピンチは、単なる幸運と、『より優れた才能を持った友人との組み合わせ』で乗り切ったと言っているからです。優れた才能を持った友人とは、主にハーマイオニーを指すのではないでしょうか。先生はやはりハーマイオニーの才能は認めていたのですね。
それでいて指さないのは、抜きん出て勉強のできる一人だけを相手に、授業を進めていたのでは、他の生徒がついていけないからではないでしょうか。N.E.W.Tレベルのクラスになってようやくハーマイオニーを指したのも、クラス全体がある程度の実力(O.W.LのE以上)を備えた状態だったからだと思います。生徒達全員への配慮を感じます。

ハーマイオニーの答えに対し「『基本呪文集・六学年用』と、一字一句違わぬ丸写しの答えだ」(6巻9章p.271)と素っ気なく言うスネイプ先生。
正しい答えであるにも拘らず、この評価は何?と生徒達は思ったことでしょう。ですが、これに関しては、スネイプ先生の単なる意地悪だとは思えません。その才能を認めるハーマイオニーだからこそ、一歩進んだ回答を期待したのだと思います。ハーマイオニーには教科書の丸暗記など期待していないはずです。
指導者というのは、相手のレベルに合わせて指導するものですから、その期待に添えない回答なら、やはり厳しく評価して当然です。
柔軟で創意的な答えなら、きっと違った言葉が出たでしょう。素っ気なくではあっても。

ハリーの場合、その役割は心得ているでしょうから、また別な意味で、より高度な回答を1年の時から求めていたように思います。
スネイプ先生は実際意地悪な口調で言っているのでしょうが、そのコメントは決して教師として逸脱したものではないと思っています。

『闇の魔術』の魅力 - 2006.09.04 Mon

『闇の魔術に対する防衛術』の初授業。廊下でしゃべっていると、ドアが開いて「スネイプが、いつものとおり、カーテンのようなねっとりした黒髪で縁取られた土気色の顔で廊下に出てきた」(6巻9章p.267~268)
まさにいつものとおり、スネイプ先生を表す言葉で登場です。6巻では2章、8章に次いで3度目の登場ですが、その都度似たような表現で修飾されています。
各巻の初登場場面にとどまらず、毎回こんなにも容姿を細かく記載する登場人物って他にいるでしょうか。既に、読者にイメージさせるという目的で書かれているわけではないような気がします。よほど作者に愛され、イメージがしっかりできているからこそ、細かい描写をせずにはいられないのではないかという気がするのですが…

さて、『闇の魔術』について語るスネイプ先生を見て、ハリーは愛撫するような口調と感じています。
いったい、スネイプ先生は、闇の魔術の何を愛しているのでしょう?
曰く「多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ」(6巻9章p.269)それと戦うことを怪物との戦いに例え、首を切り落としても、別な更に獰猛な首が生えてくる終わりのない戦いだ、と説明しています。

この説明を読んだ時、唐突ですが、MRSAを連想しました。院内感染で話題になる、メチシリンという抗生物質に耐性をもった黄色ブドウ球菌のことです。もともとは黄色ブドウ球菌はメチシリンが効いたのですが、多用するうち、メチシリンの効かない強い菌ができてしまったのです。さらにその強い菌に対しててバンコマイシンという抗生物質も開発されましたが、最近ではまた耐性を持った菌が現れているようです。
いたちごっこです。

それが、スネイプ先生の語る闇の魔術と重なります。
どんなに闇の魔術に対抗する防衛術が開発されても、次々新しい闇の魔術も発明されて、闇の魔術を防衛する術も日々変化していく。
現にスネイプ先生自身、セクタム・セんプラを編み出し、その反対呪文も心得ています。まずセクタム・センプラの開発があって、その後初めて反対呪文が登場するわけです。そんな強力な呪文であっても、その反対呪文があれば効果は打ち消されますから、闇の魔術を欲する者は、さらに強力な呪文を開発してくるでしょう。ホークラックスについても、魂を7つに分断すればより強力なものになるとは、リドルの発想でした。
闇の魔術は強くなり続けているのです。

こうしてみると、スネイプ先生ってチャレンジャーなのではないかという気がしてきます。
闇の魔術自体の破壊力に魅せられたというより、次第に強くなってくる相手を自分の力で打ち負かすことに悦びを感じるのではないかと思いました。
上述のマグルの薬学が、次々強くなる細菌との闘いであるように、スネイプ先生は魔法薬学にしても、闇の魔術に対する防衛術にしても、強くなり続ける未知の物に挑むのが好きなのではないかという気がします。

「柔軟にして創意的でなければならぬ」と、闇の魔術に対する防衛術を説明するスネイプ先生。
まさに創意的であるという点で、魔法薬学や、闇の魔術、その防衛術に強く惹かれるのだと思います。常に開発し続けることができるエンドレスな分野、次第に手強くなっていく相手、という点でスネイプ先生は闇の魔術に魅せられたのだと思います。

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