2006年08月16日 (水) 20:29 | 編集
ホグワーツ特急内でのドラコの攻撃により、身動きできない所をトンクスに助けらたハリーは、トンクスと共に歩いてホグズミード駅からホグワーツに向かいます。
しかし、学校へ着いても、警備措置が強化された校内には入ることが出来ません。苛立つハリーを誰かが迎えにきました。フィルチでも構わないと喜ぶハリーでしたが、灯りが二、三メートル先まで近付いた時にハリーは初めて、スネイプ先生であることに気付いたのでした。
フィルチでも構わないと思ったハリーですが、スネイプ先生の姿を認めると、混じりけなしの憎しみを感じます。混じりけなしの憎しみ(pure loathing)という表現から、スネイプ先生への憎しみの感情は並大抵のものではないことがうかがえます。
城に向かって先生と一緒に歩きながら、ハリーは憎しみが波のように発散するのを感じていました。シリウスが死んだのはスネイプ先生のシリウスへの態度のせいだと思いたいハリー。スネイプ先生を永久に許すことができない存在と考えています。
いくらなんでも、ここまでハリーに憎まれるのには何か理由があるような気がしてなりません。
そもそも、最初の出会いから、スネイプ先生は幼いハリーに対して、まるで嫌われることが目的であるかのような、あまりにも理不尽な態度をとっています。ハリーは最初は、スネイプ先生に対して生意気な態度をとっていないにも拘らず。
スネイプ先生が、憎まれ役を演ずる理由について、kmyさんがこちらで考察されています。騎士団員の前で敢えて友好的な態度を取ることを避け、ダンブルドア側であるという本当の正体を他人の口からも明らかにされないようにということなのではないかとのことです。
では、ハリーに対してはどうしてここまで混じりけなしの憎しみを感じさせる必要があるのでしょう。
ハリーはヴォルデモートの持ち合わせない『愛』を多く持っていることで、ヴォルデモートを打ち破るとされています。しかし、両親を殺されたことにより、燃えるような復讐心を掻き立てられたのも事実です。愛だけではなく、憎しみもまた、ヴォルデモートに対抗する原動力として必要なのではないでしょうか。
5巻の神秘部の場面において、ベラトリックスに対し、『磔の呪文』を口にしたハリー。しかし、ベラトリックスは苦痛に泣き叫んだり、悶えたりはせず、『許されざる呪文』を使ったことがないようだ、と指摘します。「本気になる必要があるんだ、ポッター!苦しめようと本気でそう思わななきゃ(中略)まっとうな怒りじゃそう長くは私を苦しめられないよ(後略)」(5巻36章p.605)
また、6巻28章で、スネイプ先生に対し同様に『磔の呪文』を唱えたハリーに、スネイプ先生も言っています。「ポッター、おまえには『許されざる呪文』はできん!」「おまえにはそんな度胸はない。というより能力が―」(6巻28章p.431)
許されざる呪文を使えるようになるには、相手を本気で苦しめようとする負の力、憎しみが必要なのだと思います。
また、ダンブルドアはこうも言っています「無垢な者にとって人を殺すことは、思いのほか難しいものじゃ」(6巻27章p.408)
そしてハリーに対しては「きみの心は純粋なままじゃ」(6巻23章p.292)
ハリーは闇の帝王の知らぬ力(愛)を持つとされながら、最終的には愛でヴォルデモートを救うのではなく、殺さなければならない運命にあるようです。(私は愛で救って欲しいのですが)
ヴォルデモートを殺すには、例えばグリフィンドールの剣を使って物理的に殺すか、死の呪文を使うかしか思いつきませんが、いずれにしても、純粋なまま、無垢なままのハリーではヴォルデモートは殺せないということだと思います。
その時、剣を向けられるよう、あるいは、許されざる呪文を使えるよう、混じりけなしの憎しみを培うことこそが、スネイプ先生に与えられた役割なのではないかと思っています。それは、ハリーが入学する以前から、ダンブルドアと取り決めのできていたことかもしれません。
そしてもしかしたら、最終的には自ら実験台になってハリーの『許されざる呪文』を完全なものにするつもりではないでしょうか。
だからこそ、28章でハリーが次々唱える呪文をかわしながら、「おまえが口を閉じ、心を閉じることを学ばぬうちは、何度やっても同じことだ」(6巻28章p.432)などと指導したのではないかと思うのです。
しかし、学校へ着いても、警備措置が強化された校内には入ることが出来ません。苛立つハリーを誰かが迎えにきました。フィルチでも構わないと喜ぶハリーでしたが、灯りが二、三メートル先まで近付いた時にハリーは初めて、スネイプ先生であることに気付いたのでした。
フィルチでも構わないと思ったハリーですが、スネイプ先生の姿を認めると、混じりけなしの憎しみを感じます。混じりけなしの憎しみ(pure loathing)という表現から、スネイプ先生への憎しみの感情は並大抵のものではないことがうかがえます。
城に向かって先生と一緒に歩きながら、ハリーは憎しみが波のように発散するのを感じていました。シリウスが死んだのはスネイプ先生のシリウスへの態度のせいだと思いたいハリー。スネイプ先生を永久に許すことができない存在と考えています。
いくらなんでも、ここまでハリーに憎まれるのには何か理由があるような気がしてなりません。
そもそも、最初の出会いから、スネイプ先生は幼いハリーに対して、まるで嫌われることが目的であるかのような、あまりにも理不尽な態度をとっています。ハリーは最初は、スネイプ先生に対して生意気な態度をとっていないにも拘らず。
スネイプ先生が、憎まれ役を演ずる理由について、kmyさんがこちらで考察されています。騎士団員の前で敢えて友好的な態度を取ることを避け、ダンブルドア側であるという本当の正体を他人の口からも明らかにされないようにということなのではないかとのことです。
では、ハリーに対してはどうしてここまで混じりけなしの憎しみを感じさせる必要があるのでしょう。
ハリーはヴォルデモートの持ち合わせない『愛』を多く持っていることで、ヴォルデモートを打ち破るとされています。しかし、両親を殺されたことにより、燃えるような復讐心を掻き立てられたのも事実です。愛だけではなく、憎しみもまた、ヴォルデモートに対抗する原動力として必要なのではないでしょうか。
5巻の神秘部の場面において、ベラトリックスに対し、『磔の呪文』を口にしたハリー。しかし、ベラトリックスは苦痛に泣き叫んだり、悶えたりはせず、『許されざる呪文』を使ったことがないようだ、と指摘します。「本気になる必要があるんだ、ポッター!苦しめようと本気でそう思わななきゃ(中略)まっとうな怒りじゃそう長くは私を苦しめられないよ(後略)」(5巻36章p.605)
また、6巻28章で、スネイプ先生に対し同様に『磔の呪文』を唱えたハリーに、スネイプ先生も言っています。「ポッター、おまえには『許されざる呪文』はできん!」「おまえにはそんな度胸はない。というより能力が―」(6巻28章p.431)
許されざる呪文を使えるようになるには、相手を本気で苦しめようとする負の力、憎しみが必要なのだと思います。
また、ダンブルドアはこうも言っています「無垢な者にとって人を殺すことは、思いのほか難しいものじゃ」(6巻27章p.408)
そしてハリーに対しては「きみの心は純粋なままじゃ」(6巻23章p.292)
ハリーは闇の帝王の知らぬ力(愛)を持つとされながら、最終的には愛でヴォルデモートを救うのではなく、殺さなければならない運命にあるようです。(私は愛で救って欲しいのですが)
ヴォルデモートを殺すには、例えばグリフィンドールの剣を使って物理的に殺すか、死の呪文を使うかしか思いつきませんが、いずれにしても、純粋なまま、無垢なままのハリーではヴォルデモートは殺せないということだと思います。
その時、剣を向けられるよう、あるいは、許されざる呪文を使えるよう、混じりけなしの憎しみを培うことこそが、スネイプ先生に与えられた役割なのではないかと思っています。それは、ハリーが入学する以前から、ダンブルドアと取り決めのできていたことかもしれません。
そしてもしかしたら、最終的には自ら実験台になってハリーの『許されざる呪文』を完全なものにするつもりではないでしょうか。
だからこそ、28章でハリーが次々唱える呪文をかわしながら、「おまえが口を閉じ、心を閉じることを学ばぬうちは、何度やっても同じことだ」(6巻28章p.432)などと指導したのではないかと思うのです。

