スネイプ先生に開心術!!
スネイプ先生についてあれこれ思ったことを綴ります。「ハリーポッター」7巻のネタばれあり。未読の方はご注意ください。
いじめ 
2006年04月26日 (水) 21:51 | 編集
スネイプ先生の記憶の中。
OWL試験終了後、湖畔の木陰で寛ぐジェームズ達。退屈だというシリウスは、灌木の茂みの暗がりにいたセブルス少年が立ち上がるのを発見しました。
ジェームズとシリウスが立ち上がり、歩き始めたセブルスにジェームズが声を掛けます。すると攻撃を予測していたかのように素早く反応するセブルス、カバンを捨て、杖を取り出し振り上げかけたところで、ジェームズによって武装解除されてしまいました。

ここからは、いじめの詳細が綴られ、大変辛い場面です。
最初に読んだ時はまだスネイプ先生ファンではありませんでしたが、ここはひどく辛いと感じました。(多分ここでスネイプ先生への見方が変わり、柔軟な気持ちになっていたところで、後の章のスネイプ先生の陰の活躍を知り、心が動かされたのだと思います)

ジェームズ達が立ち上がった時、本を見つめた振りをしていたルーピンの様子や、攻撃を予測していたかのように素早いセブルスの行動は、このような行為が日常的に起こっていたことを想像させます。
ジェームズが武装解除、すかさずシリウスが吹き飛んだ杖に触れさせないよう妨害呪文を唱えています。見事な連携です。こうやって、いつも反撃できないようにしていたぶっていたのでしょうか。まるでゲームのように。

いじめる者の心理を考えようとすると、まるでストッパーがかかったように私の頭が働かなくなります。それは、自分自身に向き合うことを避けようとする一種の防衛機制が働いているのではないかと推測していますが、とにかく、私にはいじめる心理がわかりません。
先日見たテレビで、しかもお笑い番組で、いじめる側に問題があるという主張といじめられる側に問題があるという主張がぶつかり合っていました。その中で、「いじめっ子は会う人会う人皆いじめるのかよ」という言葉があり、はっとさせられました。やはり、いじめられる要素ってあるのだと。だからいじめて良いというのでは全くありませんが。

セブルス少年のそれは何だったのでしょう。見た目の不潔さ、他人を不愉快にさせる態度でしょうか。打ちひしがれることなく何度でも抵抗してくるため、苛める側の罪の意識が薄らぐからでしょうか。それともどんな時でも闇の魔術を憎んでいたというジェームズが、正義の名の下に成敗していた気になっていたとか。

どんな理由にしろ、いじめてよい理由などあるはずもないことを当時のジェームズ達は幼なすぎて思い至らなかったのでしょう。

次の29章で、ハリーがルーピンとシリウスにこの場面のことを問いただすと、二人は懐かしそうに当事を語っています。「少々いい気になっていた」「ちょっとバカをやったさ!」と話す二人に悪気はなく、また、大して重要なこととも考えていない様子です。いじめた側はバカをやっていた懐かしい思い出くらいにしか捉えていないようです。

唐突ですが、私がかつて出会った一人の青年を思い出します。小中学校でいじめに合い、今もその現場に近づくと本当に体が振るえ、耳をふさいで蹲ってしまうという、心を病んだ青年です。私は彼に会った時に、その尋常ではない怯え方に驚くと同時に、苛めた側は多分その心の傷を知らないだろうということに愕然としたのでした。

このペンシーブの中の出来事から約20年。ルーピンもシリウスもその詳細を忘れています。ジェームズの癖を聞いて思い出に耽るようににっこりして、まるで暢気です。
ハリーに見られないよう慎重に、その記憶を選んで抜き取ったスネイプ先生との、意識の違いが明らかです。
スネイプ先生は、今もその記憶に苦しめられているに違いありません。忘れていたなら、ペンシーブに移したりはしないはずです。課外授業の時に抜いては戻し、抜いては戻しするたびに憎しみを新たにしているのかもしれません。
いじめた方は既に記憶も曖昧になっているというのに、今も過去に囚われ、一人で苦しむスネイプ先生が気の毒で仕方ありません。

学生時代の苦い思い出が随所に残っていると思われるホグワーツ校。そこで教鞭をとるスネイプ先生は、どんな気持ちで毎日を送っているのだろうと思います。校内を移動する時、見回る時など、あちこちでフラッシュバックが起きているかもしれません。スネイプ先生の心の安全がとても心配です。
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