2006年03月04日 (土) 15:51 | 編集
閉心術の授業中、スネイプ先生の説明に口を挟むハリー。怒るスネイプ先生に構わず質問を続けます。ハリーがヴォルデモートの名を口にすると、「闇の帝王の名前を言うな!」と吐き出すようにスネイプ先生は言いました。
そして、ダンブルドアを引き合いに出すハリーにスネイプ先生は「ダンブルドアは強力な魔法使いだ」「あの方なら名前を言っても安心していられるだろうが、・・・・・・その他の者は・・・・・・」(5巻24章p.180)と答え、左肘下を擦りました。
スネイプ先生、名前も口にすることができないほどヴォルデモートを恐れているようです。
これはとても重要なことのように思います。
先生、ヴォルデモートとの間でどんな恐ろしいことがあったのでしょう。
私には、スネイプ先生は死をも畏れないイメージがあるのですが、実は臆病な人なのではないかとも思えます。
スネイプ先生が何を恐れているのかがよくわかりません。
ヴォルデモートに対してやましいことがあったとして、それが知れた時に何が待っているというのでしょう。死でしょうか。死に至る苦しみでしょうか。
以前、スネイプ先生のボガートはヴォルデモートではないかと書いたことがありますが、ヴォルデモートそのものを恐れるというより、『ヴォルデモートによってもたらされる何か』かもしれないとも思います。
スネイプ先生が恐れる何か、ローリングさんがボガートを明かすことができないほど、物語の根幹に係わってくる重要なことのように思います。
授業が進み、次々に過去の記憶をスネイプ先生に見られるハリー。心を空にするよう指示されても、怒りを捨てることが出来ません。
「感情を無にしろと言ったはずだ!」
「そうですか? それなら、いま、僕にはそれが難しいみたいです」(中略)
「なれば、やすやすと闇の帝王の餌食になることだろう」(中略)
「鼻先に誇らしげに心をひけらかすバカ者ども。感情を制御できず、悲しい思い出に浸り、やすやすと挑発される者ども――言うなれば弱虫どもよ――帝王の前に、そいつらは何もできぬ!(後略)」(5巻24章p.185)
この部分にも色々ヒントが隠されているような気がします。
心をひけらかす(感情を表す)人をバカ者と言い、感情を制御できず悲しい思い出に浸ったが為に帝王に挑発された人を弱虫と言っています。
スネイプ先生はそういう人や態度を軽蔑しているようです。スネイプ先生にとって感情を表すことは恥ずべきことなのでしょう。
でも、この言葉には軽蔑だけでなく哀れみ、焦り、苛立ちも含まれているように感じます。帝王の餌食になった者の中には自分も含まれているということでしょうか。感情を制御してもなお、餌食となってしまった自分への後悔、ともとれるように思います。
スネイプ先生はどんな思いでハリーに閉心術を教えているのでしょうか。
閉心術の授業場面は、スネイプ先生を考える際のたくさんのヒントが隠されているようで、とても楽しいです。まだまだわからないことだらけですが。
そして、ダンブルドアを引き合いに出すハリーにスネイプ先生は「ダンブルドアは強力な魔法使いだ」「あの方なら名前を言っても安心していられるだろうが、・・・・・・その他の者は・・・・・・」(5巻24章p.180)と答え、左肘下を擦りました。
スネイプ先生、名前も口にすることができないほどヴォルデモートを恐れているようです。
これはとても重要なことのように思います。
先生、ヴォルデモートとの間でどんな恐ろしいことがあったのでしょう。
私には、スネイプ先生は死をも畏れないイメージがあるのですが、実は臆病な人なのではないかとも思えます。
スネイプ先生が何を恐れているのかがよくわかりません。
ヴォルデモートに対してやましいことがあったとして、それが知れた時に何が待っているというのでしょう。死でしょうか。死に至る苦しみでしょうか。
以前、スネイプ先生のボガートはヴォルデモートではないかと書いたことがありますが、ヴォルデモートそのものを恐れるというより、『ヴォルデモートによってもたらされる何か』かもしれないとも思います。
スネイプ先生が恐れる何か、ローリングさんがボガートを明かすことができないほど、物語の根幹に係わってくる重要なことのように思います。
授業が進み、次々に過去の記憶をスネイプ先生に見られるハリー。心を空にするよう指示されても、怒りを捨てることが出来ません。
「感情を無にしろと言ったはずだ!」
「そうですか? それなら、いま、僕にはそれが難しいみたいです」(中略)
「なれば、やすやすと闇の帝王の餌食になることだろう」(中略)
「鼻先に誇らしげに心をひけらかすバカ者ども。感情を制御できず、悲しい思い出に浸り、やすやすと挑発される者ども――言うなれば弱虫どもよ――帝王の前に、そいつらは何もできぬ!(後略)」(5巻24章p.185)
この部分にも色々ヒントが隠されているような気がします。
心をひけらかす(感情を表す)人をバカ者と言い、感情を制御できず悲しい思い出に浸ったが為に帝王に挑発された人を弱虫と言っています。
スネイプ先生はそういう人や態度を軽蔑しているようです。スネイプ先生にとって感情を表すことは恥ずべきことなのでしょう。
でも、この言葉には軽蔑だけでなく哀れみ、焦り、苛立ちも含まれているように感じます。帝王の餌食になった者の中には自分も含まれているということでしょうか。感情を制御してもなお、餌食となってしまった自分への後悔、ともとれるように思います。
スネイプ先生はどんな思いでハリーに閉心術を教えているのでしょうか。
閉心術の授業場面は、スネイプ先生を考える際のたくさんのヒントが隠されているようで、とても楽しいです。まだまだわからないことだらけですが。

