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2017-07

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落ちました - 2006.05.21 Sun

魔法省での戦いの後、ホグワーツに戻ってきたハリーは校長室でダンブルドアから、今回の事件の真相や過去の秘密など今までわからなかったことを次々聞かされます。その中で、スネイプ先生の行動についても説明がなされました。
暗号めいた警告をスネイプ先生は理解したこと、スネイプ先生もすぐにシリウスと連絡をとろうとしたこと。また、森から戻らないハリーを心配して騎士団のメンバーに警告を発し、シリウスには本部に残るよう頼んでいた事。そして、森から戻らないハリーがどこに行ったか推測したこと。アンブリッジに偽の真実薬を渡していたこと。

1巻から4巻まで、私は主人公のハリーにすっかり感情移入して読んできました。そのため、ハリーが嬉しいと思えば嬉しく、憎いと思えば憎く感じながら物語の中にありました。
ところが、5巻は少し様子が違いました。思春期のハリーは絶えずイライラしていてこちらの気持ちがついていけない感じです。思春期を過ぎた私は、少しハリーの気持ちに距離をおいて読んでいたかもしれません。
スネイプ先生に対する憎しみも以前ほど感じなくなっていました。騎士団の一員として命懸けの任務に就いているということも影響したかもしれません。その上、幼い頃の記憶や学生時代の記憶を垣間見て、少々気持ちが揺れていました。
そして、ホグワーツに残る最後の騎士団員として、ハリーが暗号のような言葉に望みを託して以降、スネイプ先生への期待が私の中に芽生えていました。
そこへきて、上記のようなダンブルドアから聞かされたスネイプ先生の陰の行動。
ここで完全に恋に落ちました。スネイプ先生カッコいい
そして今までハリー視点で読んできた「ハリー・ポッター」1巻から読み返してみると、今まで気付かなかったスネイプ先生の魅力が満載でした。先生方に誤解されながらも全力でハリーを守ったり、人知れず生徒も囚人も担架で運んだり、大臣の前で闇の印を曝したり。
スネイプ先生が好きで好きでたまりません。
もうこうなってしまうと、今までどんなにハリーに辛くあたろうとも、学生達に対して冷たい言動があろうとも、そして今後どんな事態に陥っても、スネイプ先生を支持していく以外の道を私は選びたくありません。
こんなに好きになってしまったのですから。
信じてついて行こうと思います。


5巻37章を読んで以降、5巻までを念頭に1巻からのスネイプ先生を語ってきましたが、それはひとまずこれでおしまいにします。
今後は6巻についてゆっくり考えていこうと思います。
まだ読み込めていないので、少し時間がかかるかと思いますが、よかったらお付き合いください。


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最後の頼みの綱  - 2006.05.14 Sun

ヴォルデモートに捕らえられたシリウスの夢を見たハリーは、相談しようとしたマクゴナガル先生が既に聖マンゴに移されたことを知りました。ダンブルドアもハグリッドも去ったホグワーツには、シリウスのことを話せる人は誰もいないとハリーは途方に暮れるのでした。

スネイプ先生のファンでなかった時ですら、なぜ騎士団員のスネイプ先生に相談しないのか、不思議でした。わかってはいるけど相談したくないのだろうと考えていましたが、ハリー、本当に忘れていたようです。
その後、シリウスの無事を確認しようとアンブリッジの暖炉を使い、アンブリッジに捕まってから初めて不死鳥の騎士団員が一人残っていたことを思い出したのでした。
この部分、スネイプ先生がハリーの最後の頼みの綱として、物語の中で突然脚光を浴びたように思いました。好きでなかったときですら。(いや、もう好きになりかけていたのかもしれませんが)

部屋に入ってきたスネイプ先生、スリザリン生と捕虜たちの揉み合う様子にも無関心で、真実薬を欲しがるアンブリッジに調合すると答えながらも成熟には1ヶ月かかると言います。アンブリッジに協力する気はなさそうに見受けられます。
では、ハリーを助けてくれるのか。抉るようにハリーの目を見るスネイプ先生に対し、ハリーも必死で夢の様子を思い浮かべ、心を読んでくれるよう見つめ返します。
ここはハリーになりきって読んでいたので、私も「スネイプ先生理解して」と縋るような思いでした。
そして、口では協力を約束しながら、欲しがるものは渡さないスネイプ先生の非協力的な態度は、アンブリッジを怒らせ、出て行くよう言い渡されました。ドアから出て行こうとするスネイプ先生にハリーはついに口に出して言いました。「あの人がパッドフットを捕まえた!」と。

後の章でダンブルドアがこの暗号めいた言葉をスネイプ先生は理解したと語りましたが、スネイプ先生はハリーが最初に見つめ返した時点で、ある程度理解していたのではないかと思っています。そして次にハリーと視線を合わせた時には、さらにはっきり理解できていたのではないかと思います。だからこそ、アンブリッジに言われて立ち去ろうとしたのだと。この後すぐ行動に移すつもりだったのではないでしょうか。ハリーには伝わったかどうか分からず、結局暗号じみた言葉をいうことになりましたが。
ハリーの言葉に振り返って不可解な表情を見せる先生。
ハリーが言った事が何を意味するかアンブリッジに問われても「さっぱりわかりませんな」「ポッター、我輩に向かってわけのわからんことを喚きちらして欲しいときは、君に『戯言薬』を飲用してもらおう―」(5巻32章p.505)という先生。
この表情や言葉からハリーに何かを伝えようとしていたのではないかと考えたのですが、よくわかりませんでした。先生としてはアンブリッジの前で言える精一杯の言葉だったと解釈したいのですが。『戯言薬』を飲ませると言ったのは、「わかっている。もうこれ以上何も言うな」というメッセージだったのでしょうか。

最後にクラッブにネビルの首を絞める手を緩めるよう言い置いていったのは、クラッブの就職に不利になるように見せながら、しかしネビルを助けるための言葉だったと信じています。スネイプ先生は、一貫して生徒の身の安全には注意を払う人だと考えているので。

なりたいと思っているもの  - 2006.05.10 Wed

ペンシーブで見た父親の傲慢な姿にショックを受けたハリーは、事実を確かめようと、アンブリッジの暖炉を使ってシリウスやルーピンと話をしました。
そこで見たことだけで判断しないで欲しいと言うルーピン。シリウスも当時について語り始めます。「ジェームズとスネイプは、最初に目を合わせた瞬間からお互い憎み合っていた。(中略)ジェームズは、スネイプがなりたいと思っているものを全て備えていた―人気者で、クィディッチがうまかった―ほとんど何でもよくできた。ところがスネイプは、闇の魔術に首までどっぷり浸かった偏屈なやつだった。それにジェームズは(中略)どんなときも闇の魔術を憎んでいた」(5巻29章p.390)

ルーピンの言うように、この場面だけでは判断できないと思います。
でもシリウスの言葉は納得できません。
だいたい、シリウスの言うように、ジェームズの備えていたものは本当にセブルス少年がなりたいと思っていたのでしょうか。言い換えれば、セブルス少年はジェームズのように人気者でクィディッチがうまくなりたかったのでしょうか。

人気者でクィディッチが上手いことは15歳の少年にはとても大事なことだろうとは思います。ジェームズとシリウスは何をやらせても学校中で一番よくでき、みんなにかっこいいと思われていました。
きっと自分たちを基準に物事を考えるようになって、皆が自分たちを羨ましいと思っていると錯覚していたように思います。かっこいいと思ってちやほやしてくる生徒達とは違う反応をするということだけで、妬みだと思い込んでいただけではないでしょうか。ジェームズもシリウスもルーピンも。

入学前から闇を見ていた少年は、人気者であることやクィディッチの才能に対する妬みとは違うもっと深いところでジェームズを憎んでいたような気がします。
それが何だかはわからないのですが。愛情一杯注がれて育ったジェームズの無邪気さとか、闇の魔術を憎む無知さや純粋さとか、そのように健やかに育ったこと自体とか、思慮が足りなかったり残酷な部分も含めた少年らしさとか。
ああ、でもこうして書くと、人気者になりたくて妬んでいるとは思えませんが、闇を知らない無邪気な少年ではありたかったのかなとも思えてきます。健やかに育ちながら、それほどの努力をせずとも自分以上の成績を持っていたことは、妬ましかったかもしれないです。

ローリングさん、どういうつもりでシリウスにこのセリフ言わせたのかとても気になります。シリウスの言葉を借りてセブルス少年の気持ちを表したのか、シリウスの思い上がりを表したかったのか。
セブルス少年に、少しでもジェームズを羨む気持ちがあったとしても自覚はなかっただろうと思いますが。

手の痺れ  - 2006.05.05 Fri

ペンシーブを覗き込んでいるハリーの腕を誰かの手が掴み、ペンチで締め付けるように握りました。それはスネイプ先生の手でした!そしてハリーは、現在の魔法薬学教授研究室に引き戻されます。腕は掴まれたまま。「スネイプに二の腕をきつく握られているせいで、ハリーの手が痺れてきた」(5巻28章p.359)

トイレに詰まったモンタギューを助けに行って、研究室に戻ってみれば、帰ったはずのハリーがペンシーブに頭を突っ込んでいて(たぶん。実際どこまでペンシーブに入っているのかよくわかりません)、スネイプ先生もさぞかし驚いたことだろうと思います。気の毒に。
ありったけの力でもって引き上げたのでしょう。ハリーの手が痺れるほど。

ところで、二の腕を掴まれて手が痺れる、というと私はすぐにどこの神経が圧迫されたのだろうかと考えました。
この二の腕というのは上腕のことですが、原文でもupper armとなっていて肘と肩の間の腕を指します。痺れた手というのはhandで、手首から先を指します。
上腕を通り、手まで来る神経といえば、橈骨神経、正中神経、尺骨神経の3つがあります。
私はこの中の橈骨神経を疑いました。一番上腕骨に近い部分を走り、外部からの圧迫によって上腕骨に押し付けられて手に痺れをもたらしやすいからです。
で、橈骨神経を長時間圧迫するとどうなるか。橈骨神経は手首を手の甲側に反らす筋肉群を支配していますから、長時間圧迫されてその筋肉が麻痺すると、手首がだらんと垂れたままになります(これを下垂手と呼びます)
余談ですが、自分の腕に頭を乗せたまま深い眠りについてしまった人が、気がつくと手がだらんと垂れて動かせなくなってしまうことがあり、特に酔って帰る週末に多かったことからサタデーナイトパルシーなどと呼ばれます。
また新婚のだんなさんの腕を枕に、奥さんが寝ちゃったりすると、同様に彼の手が麻痺してしまうなんてこともあり、ハネムーンパルシーなどとも呼ばれます。
まあ、ハリーがスネイプ先生を腕枕するなんてことは原作では絶対あり得ませんが、このままスネイプ先生が腕を握り締めていたら、同様なことが起こったのではないかと想像しています(汗)

腕が痺れるほどの握力ってどのくらいだろうとも考えたのですが、私が自分の腕を掴んでも十分痺れてきましたので、この記述からの推測は難しいと思いました。ちなみに私の握力は約25㎏。いくら痩せていても30代の男性なら40㎏以上はあるのではないかと思います。

さて、現実の世界に戻ったハリー、腕を振り離そうとしますが離せなかったようです。激しく揺すぶられた挙句、ありったけの力で床に投げ出されてしまいました。
スネイプ先生は、唇をわなわな震わせて、蒼白な顔で、歯を剥き出しています。
ハリーは絶対侵してはいけない領域に踏み込んだと思われます。スネイプ先生が生徒をありったけの力で投げ出すなんてこと、普段は決してしないですから。
ハリーはこの後、自分の父親の行いに苦しめられますが、自分自身の行いに対する反省は薄そうです。日記を盗み見したような罪悪感というものはなかったのでしょうか。
またこの後、授業においてスネイプ先生は、ハリーが透明であるかのように振舞います。これ以上傷を広げないよう、スネイプ先生自身が自分の心を守る唯一の手段だったのではないかと思うと、大変辛いです。

ローブとパンツ - 2006.04.30 Sun

ペンシーブのスネイプ先生の記憶の中。
ジェームズによってセブルス少年は空中に逆さ吊りにされました。
「ローブが顔に覆い被さり、痩せこけた青白い両脚と、灰色に汚れたパンツが剥き出しになった」(5巻28章p.356)

さて、この問題の場面、多くの人の関心はローブが捲れるといきなりパンツが見える、という点と、パンツが灰色に汚れていた、という点にあると思います。
まずはローブの下になにも履いていないのか、という点ですが、この場面でジェームズ達はその点に驚いている様子はなく、見ているハリーも同様に見受けられます。特に珍しいことではないようです。
4巻のワールドカップ前のキャンプ場で、魔法省の役人が年配の男性に必死でズボンを履かせようとしている場面があります(4巻7章p.129~130)この男性、「大事なところに爽やかな風が通るのがいい」と言い張るところから、ズボンを履く文化を持たないようです。マグルの服だと言ってネグリジェを着ようとしていますから、やはりネグリジェのようなスタイルで普段から過ごしているということだと思います。
制服リストにローブの指定はあっても下に履くズボンやスカートの指定がないのは、長いワンピースのようなローブ1枚で事足りるということでしょうか。寒かったら、マントを着ろと。マグル生まれの生徒など履きたい人は履いてもよし、その習慣がなければそのままでもよしという自由があるのかもしれません。そしてそんな人はいつでも大事な所には爽やかな風が吹き抜けているのでしょうか。スネイプ先生も!
ローブを着たまま箒に乗るのでしょうから、あまりタイトなものだと跨れません。やはりゆったり余裕のある衣服なのだと思われます。そのため逆さ吊りでたちまちめくれてしまったのでしょう。

さて、パンツの方ですが、この場面のパンツは原書でunderpantsとなっています。また、リリーに「洗った方がいい」と言われた時とジェームズが脱がそうとしている時はpantsとなっています。
underpantsはズボン下と下着のパンツ、pantsはズボン(米国)と下着のパンツ(英国)の意味を持つようですから(新英和中辞典:研究社、エッセンシャル英和辞典:旺文社)やはり下着のパンツで間違いなさそうです。そして、灰色に汚れたパンツはgreying underpantsと表現されています。
厳密に言えば、「灰色になっているパンツ」ではないでしょうか??
ここは以前、コメント欄で書いたように、外側からついた汚れだと解釈したいところです。つまり内部からの汚れなら灰色ではなく、黄色系統の色になるはずだということです(力説)
つまりパンツとローブが接触することにより、ローブの黒い染料がパンツに付着してしまったということです(さらに力説)
おろしたての青いジーンズが白い下着を青く染めるように。魔法界の染料だってそんな性質がないとも言えません。
要するに、灰色が与える印象はそんなに不潔ではない、ということです(願望)

といっても、彼が洗濯を怠っているという事実は変わらないかもしれませんが(泣)
上記のようにローブはあまりタイトではなさそうです。パンツとの接触の機会だって余り無いかもしれません。毎日こまめに洗濯していれば気付かない程度の黒い染料、洗濯を怠れば蓄積していく灰色の汚れ。そんなことから、リリーは洗濯していないことを見抜き、洗濯を勧めたのかもしれません。
ところで洗濯は自分でするものなのでしょうか。
普段着のローブは3着用意するよう、また衣類には名前を書くよう1年の時のリストに指定されていました。2巻12章p.320では、洗濯物置き場からハーマイオニーがローブをくすねてきています。ローブはしもべ妖精が洗っているのではないかと思われます。クリーニングに出すように洗濯置き場に出すため、間違わないように名前を書く必要があるとか。
では下着は誰が洗っているのでしょうか。やっぱり自分なのでしょうか。
セブルス少年が自分でパンツを手洗いするとは到底思えません。スコージファイなどの呪文でしょうか。トンクスによれば家事に関する呪文なるものも存在するようだし(5巻3章p.89)
残念ですが、セブルス少年、家事呪文すら面倒なほどの無精者なのかもしれません(泣)

いじめ  - 2006.04.26 Wed

スネイプ先生の記憶の中。
OWL試験終了後、湖畔の木陰で寛ぐジェームズ達。退屈だというシリウスは、灌木の茂みの暗がりにいたセブルス少年が立ち上がるのを発見しました。
ジェームズとシリウスが立ち上がり、歩き始めたセブルスにジェームズが声を掛けます。すると攻撃を予測していたかのように素早く反応するセブルス、カバンを捨て、杖を取り出し振り上げかけたところで、ジェームズによって武装解除されてしまいました。

ここからは、いじめの詳細が綴られ、大変辛い場面です。
最初に読んだ時はまだスネイプ先生ファンではありませんでしたが、ここはひどく辛いと感じました。(多分ここでスネイプ先生への見方が変わり、柔軟な気持ちになっていたところで、後の章のスネイプ先生の陰の活躍を知り、心が動かされたのだと思います)

ジェームズ達が立ち上がった時、本を見つめた振りをしていたルーピンの様子や、攻撃を予測していたかのように素早いセブルスの行動は、このような行為が日常的に起こっていたことを想像させます。
ジェームズが武装解除、すかさずシリウスが吹き飛んだ杖に触れさせないよう妨害呪文を唱えています。見事な連携です。こうやって、いつも反撃できないようにしていたぶっていたのでしょうか。まるでゲームのように。

いじめる者の心理を考えようとすると、まるでストッパーがかかったように私の頭が働かなくなります。それは、自分自身に向き合うことを避けようとする一種の防衛機制が働いているのではないかと推測していますが、とにかく、私にはいじめる心理がわかりません。
先日見たテレビで、しかもお笑い番組で、いじめる側に問題があるという主張といじめられる側に問題があるという主張がぶつかり合っていました。その中で、「いじめっ子は会う人会う人皆いじめるのかよ」という言葉があり、はっとさせられました。やはり、いじめられる要素ってあるのだと。だからいじめて良いというのでは全くありませんが。

セブルス少年のそれは何だったのでしょう。見た目の不潔さ、他人を不愉快にさせる態度でしょうか。打ちひしがれることなく何度でも抵抗してくるため、苛める側の罪の意識が薄らぐからでしょうか。それともどんな時でも闇の魔術を憎んでいたというジェームズが、正義の名の下に成敗していた気になっていたとか。

どんな理由にしろ、いじめてよい理由などあるはずもないことを当時のジェームズ達は幼なすぎて思い至らなかったのでしょう。

次の29章で、ハリーがルーピンとシリウスにこの場面のことを問いただすと、二人は懐かしそうに当事を語っています。「少々いい気になっていた」「ちょっとバカをやったさ!」と話す二人に悪気はなく、また、大して重要なこととも考えていない様子です。いじめた側はバカをやっていた懐かしい思い出くらいにしか捉えていないようです。

唐突ですが、私がかつて出会った一人の青年を思い出します。小中学校でいじめに合い、今もその現場に近づくと本当に体が振るえ、耳をふさいで蹲ってしまうという、心を病んだ青年です。私は彼に会った時に、その尋常ではない怯え方に驚くと同時に、苛めた側は多分その心の傷を知らないだろうということに愕然としたのでした。

このペンシーブの中の出来事から約20年。ルーピンもシリウスもその詳細を忘れています。ジェームズの癖を聞いて思い出に耽るようににっこりして、まるで暢気です。
ハリーに見られないよう慎重に、その記憶を選んで抜き取ったスネイプ先生との、意識の違いが明らかです。
スネイプ先生は、今もその記憶に苦しめられているに違いありません。忘れていたなら、ペンシーブに移したりはしないはずです。課外授業の時に抜いては戻し、抜いては戻しするたびに憎しみを新たにしているのかもしれません。
いじめた方は既に記憶も曖昧になっているというのに、今も過去に囚われ、一人で苦しむスネイプ先生が気の毒で仕方ありません。

学生時代の苦い思い出が随所に残っていると思われるホグワーツ校。そこで教鞭をとるスネイプ先生は、どんな気持ちで毎日を送っているのだろうと思います。校内を移動する時、見回る時など、あちこちでフラッシュバックが起きているかもしれません。スネイプ先生の心の安全がとても心配です。

狼人間を見分ける五つの兆候  - 2006.04.22 Sat

ペンシーブのスネイプ先生の記憶の中で。
試験が終わると皆ホール出口に向かって歩いていきます。十代のセブルス少年は、試験問題用紙に没頭したまま歩き、ジェームズ達は試験の内容について話しながら歩いています。

試験中、細かい文字で他の生徒より長い解答を書き、試験後も試験問題用紙を熟読するセブルス少年。問題用紙を熟読といっても、「狼人間を見分ける五つの兆候を挙げよ」程度の短い質問をただ読み返していたとは思えません。各問題一つ一つについての自分の解答を反芻していたのだと思います。
書き終わって提出してしまえばもうおしまい、という一般的な生徒の態度とは異なります。内容自体に興味があるからこその行動でしょうか。OWLの試験にしても自分がどう評価されるか、ということは二の次だったのかもしれないと思いました。あくまで興味は闇の魔術自体にあって。

全部で何問あったのかはわかりませんが、近くの生徒より30cmは長く、細かい字で書いていた内容は、教科書レベル以上の解答だったのではないでしょうか。普段から興味をもって調べていたことの集大成だったろうと思います。
試験後、各問題について再度検討していく中で、第十問で答えた「狼人間を見分ける五つの兆候」に、思い当たるものがあったのかもしれません。まさにこの時、自分の解答からルーピンの毎月の変わった行動に気付いたのではないかと思いました。

暴れ柳事件が起こったのが、彼らが何年生の時か調べてみたのですが、見つけられませんでした。6年生くらいのような気もするのですが。
3巻で、「シリウス・ブラックは十六のときに、すでに殺人の能力を顕した」(3巻p.512)とスネイプ先生が言っています。シリウスの誕生日が明らかにされていないので、何月に16歳になるのかわからないのですが、5年生のシリウスの誕生日から6年生の誕生日までの間に事件は起こったはずです。
ホグワーツでは、というかイギリスでは9月1日生まれから翌年の8月31日生まれが同じ学年になっていると思いました(違っていたら教えてください)
5年生の6月のOWL試験では、多くの生徒が16歳になっているはず。セブルス少年も1月生まれなので、16歳になっています。
年齢から言えば、暴れ柳事件後にOWL試験があってもおかしくありません。でも、事件のあとなら、セブルス少年もジェームズやシリウスの反応ももっと違ったものになっていたように思うのです。例えば、セブルス少年が試験後にルーピンの方をちらっと意味ありげに見るとか、シリウスやジェームズも冗談を言ったりしないとか。
セブルス少年のこの時の試験問題への没頭の仕方から見て、この時以降ルーピンを怪しむようになり、こそこそ嗅ぎまわりはじめたのではないかと考えました。もともと狼人間に対する知識はあったと思います。試験の質問に答えて文章化するうちに気付いたのではないかと考えています。

そんな自分の体験から、ハリーが3年生の時、ルーピン先生の代講として闇の魔術に対する防衛術の授業を受け持った際に、ルーピン先生の正体を生徒に気付いて欲しいとレポートを出したのかもしれません。レポートとしてまとめているうちに気付く生徒もいるのではないかと期待して。

眼鏡  - 2006.04.18 Tue

前回、鉤鼻を羊皮紙にくっつけんばかりにして書きものをしているセブルス少年は、近視ではないかと書きました。
魔法界でも近視の人はジェームズのように眼鏡をかけていますが、スネイプ先生は今も少年時代も眼鏡をかけていないようです。

実はハリーが眼鏡をかけていることが以前から気になっていました。
ダーズリー家で、虐待とも言える扱いを受けてきた少年が、眼鏡をかけていることに違和感を覚えたのです。満足に食事も与えないダーズリー夫妻が、眼鏡など用意するだろうかと。
ハリーも小学校には行っていたようですから、日本にあるような検診があって、学校から眼鏡の必要性を保護者に伝えてきたのでしょうか。ダドリーのダイエットが必要だと、学校から連絡を受けたように。世間体を気にするダーズリー夫妻のこと、学校から言われれば放っておくことはできず、必要最低限の安い眼鏡を与えたのかもしれません。

机に密着するようにして書くのは、前回の実験からもやはりただの癖というより必要に迫れてのことのように思います。それほど近視のセブルス少年が眼鏡をかけていないのはなぜなのでしょう。
彼のことを気にかける保護者がいなかったからではないかと思いました。いつから視力低下が見られたのかはわかりませんが、その時点で気付いてあげる大人も、気付いても視力を補ってやろうと思いつく大人も身近にはいなかったのではないでしょうか。
私は、スネイプ先生の母親は、赤ちゃん時代のセブルス君の面倒をちゃんとみたと思っています。ですが、ホグワーツに入学するよりも前に、闇の魔術に魅せられていたことから、その愛も長くは続かなかったとも思っています。死別したか、生き別れたか、あるいは母親の人格が変わってしまって子供に関心がなくなったか。
いずれにしても、関心を持ってくれる人がいない状態で、少年時代を過ごしたのではないかと思います。それを思うととても辛いです。

ホグワーツでもマダムポンフリーに指摘されたりしなかったのでしょうか。指摘されたところで、結局眼鏡を用意するのは保護者の役割なのでしょうか。また、本人も自らを助けるような、楽になるような道具など必要ないと考え、拒否しているような気もします。自虐的なイメージがあるので。(このあたりは妄想です)

大人になった今も眼鏡をかけていない理由を様々想像しています。
鬱陶しいから、などと眼鏡自体を好まない「眼鏡嫌い説」、
敢えて楽をしない「自虐説」、
世の中をはっきり見たくない「逃避説」
不便を感じなかったり、自分の身の回りのことに無関心な「無頓着説」、
眼鏡は持っているけど面倒くさくてつい掛け忘れてしまう「ものぐさ説」、
目はどこまで酷使に耐えられるか、肉体の限界に挑む「挑戦者説」、
薬で一時的に視力を回復させている「その場しのぎ説」(本当に治せる薬があるならハリーも眼鏡をかけていないはず)、
ジェームズとおそろいになるのがいやなだけの「ひねくれ説」。
それぞれ妄想は広がります。

スネイプ先生は今も自分の研究室で日々勉強をしていると思います。教える立場にある人の勉強量は学生の比ではないはずですし、先生自身、知識欲が旺盛だと思われるので。
薄暗い地下の研究室で、本を目に近づけて熱心に読む大人のスネイプ先生を想像すると、何か鬼気迫るものを感じます。

十代のセブルス・スネイプ  - 2006.04.15 Sat

呼びに来たドラコと共に部屋を出て行ったスネイプ先生。続いて部屋を出ようとしたハリーは、ペンシーブから出ている光に誘われるように近付いていきます。正気の沙汰ではないと自覚しつつ、投げやりな気持ちも手伝って、ついにハリーはスネイプ先生の記憶を覗いてしまいました。
ハリーの見た十代のスネイプ先生の様子は「筋張って生気のない感じだった。ちょうど、暗がりで育った植物のようだ。髪は脂っこく、だらりと垂れて机の上で揺れている。鉤鼻を羊皮紙にくっつけんばかりにして、何か書いている」でした。(5巻28章p.345)

この記述、十代の頃のスネイプ先生の様子が克明にわかるので嬉しくなります。
まず、「筋張って」ですが、筋張るというと、私は、痩せてすじ(腱)が浮き上がってみえる状態をイメージします。原文ではstringyとなっています。糸の・ひも状の・繊維質の、などの意味があります。腱が浮き上がった状態を指すのか、体全体が糸のように細いと言う意味なのか、わかりません。どちらにしても痩せていることには違いなさそうですが、わかる方いらしたら教えてください。

「生気のない」というと、生き生きとしていない、どんよりした雰囲気を連想します。原文ではpallidで、青白い・青ざめた・色つやのないという意味です。

「髪は脂っこく~揺れている」までの原文は、His hair was lank and greasy and was flopping on the table,となっています。lankはひょろ長い・縮れていないなどの意味、flopはばたばた動く・ぶらぶら揺れる・ばたっと倒れるなどの意味です。ひょろ長いまっすぐな脂っこい髪が机の上で揺れているのでしょう。

「鉤鼻を羊皮紙にくっつけんばかり」の部分はhis hooked nose barely half an inch from the surface of the parchment で、言葉通りなら、鼻と羊皮紙の距離は半インチ(約1.27cm)ですね。ちょっと近すぎるように思います。目との距離はどのくらいでしょう?
私はどちらかというと日本人にしては鼻が高い方ですが、目と鼻の落差が2.5cmあります。他の家族は平均的な鼻の高さで、だいたい2cmくらいでした。スネイプ先生はその倍と考えて、4㎝としたら、目と羊皮紙の距離は5cmあまりです。
目からの距離が5~6cmのところにある字に焦点を合わせられるか試してみました。左右の視力が1.5の私はむしろ遠視なので、とても焦点は合わせられません。視力0.06の近視の家族にも試してみました。6cmはぎりぎり焦点が合わないようでした。7cmで何とか合いました。スネイプ先生の鼻の高さが5cm近くあるなら、視力は0.06くらい、4㎝以下なら視力はもっと悪いかもしれません。
かなりの近視ですね。眼鏡はかけていないようですが、普段の生活に支障はないのか気になります。ハリーを見る憎憎しげな目つきも実は焦点を合わせるために細めているだけに過ぎなかったりして(妄想です)

また、私は今肩までのストレートヘアですが、この距離で机に顔を近づけると、鼻より先に両側の髪が机に到達します。机まで届く長さだったら、当然羊皮紙に髪はくっつきます、シリウスが言う油染みは、鼻というより髪から油が移るという意味だったのかもしれません。

痩せて青白く生気のない少年が、髪で周囲を遮断し、羊皮紙と自分の書いていく字のみを見つめて一心不乱に試験に取り組むさまに、強く胸を打たれます。この集中力はなんでしょう?大欠伸とよそ見、いたずら書きをするジェームズや、椅子をそっくり返らせてジェームズに合図するシリウスとは大違いです。
試験で高得点を狙うというより闇の魔術への興味から熱心に取り組んでいるように思います。自分の得た膨大な知識を吐き出すことによって整理しているのでしょうか。他の課目での様子も知りたいところです。

魔法薬の補習  - 2006.04.10 Mon

チョウと口論後、遅刻してスネイプ先生の研究室に入ったハリー。想いを取り出し終えたスネイプ先生と、机を挟んで向き合い杖を構えていたところへ、ドラコが飛び込んできます。「スネイプ先生―あっ―すみません―」と驚きながらも謝るドラコに、スネイプ先生が杖を下ろしながら言いました。「かまわん、ドラコ」「ポッターは『魔法薬』の補習授業に来ている」その言葉にうれしそうなドラコ、用件を伝えスネイプ先生と部屋を出て行きながら「ま・ほ・う・や・く・の・ほ・しゅ・う?」とハリーに向かって口の形だけで言うのでした。(5巻28章p.343)

緊急事態とはいえ、ドラコはノックもしないで入ってきています。すぐに謝ってはいますが、それほど厳しく言われていないのでしょうか。いくら寮生を贔屓するとはいっても、スネイプ先生は規則を重んじる人なので、礼儀作法にもうるさいような気がします。監督生だからかもしれませんが、ルシウスの息子であるドラコはやはり特別な位置にいるのかもしれません。多くの生徒が恐れるスネイプ先生ですが、ドラコの持つ感情は少し違うように思います。

魔法薬の補修と聞いて、嬉しそうなドラコ。杖を構え合う二人を見て、本当に魔法薬の補修だと思ったのでしょうか。杖を振り回すようなばかげたことを魔法薬の授業ではやらないはずなのに。
注意力が足りないのか、スネイプ先生を疑うことがないのか、不審に思ってもスネイプ先生の立場を配慮したからなのかは、わかりませんが、気付いていないように思えます。ちょっと純真な感じでかわいいです。
それにしても、さすがスネイプ先生、滑らかに嘘がでてきますね。「補習授業に来ている」などと聞かれてもいないのに説明するところが、微笑ましいです。まあ、アンブリッジの『尋問官親衛隊』の一員であるドラコに授業の本当の目的が知られればやっかいだとは思いますが。
ハリーはドラコに勘違いされて腹立たしい様子ですが、ここは気付いて欲しいところです。スネイプ先生が、いつも贔屓しているドラコに嘘をついていることを。
いつだってスネイプ先生はドラコを重んじてきました。そんなスネイプ先生が、ハリーが恥をかく形になるとはいえ、授業の目的を悟られないよう嘘をついているのです。ハリーの不利になるような発言はしていないのです。
閉心術の課外授業を行うにあたってグリモールドプレイスまでわざわざ足を運んだスネイプ先生といい、ハリーの質問にじっくり答えてから最初の授業を始めた先生といい、激しく叱咤する先生といい、自分の寮の生徒に嘘をつく先生といい、閉心術の課外授業がいかに大事なものかを気付いてもよかったと思うのですが。そして、それを教えるスネイプ先生自身も真剣だということに。
面倒臭そうな態度であっても、スネイプ先生はこの授業、真剣に取り組んでいた、つまりハリーの思考がヴォルデモートに操られないよう必死だったと、私は信じています。ダンブルドアの命令だからでなく、元デスイーターの経験から伝えたいことがあったのではないかと、閉心術の授業の場面全体から感じました。

最悪の記憶を見せたかった? - 2006.04.06 Thu

5巻28章のタイトルでもある「スネイプの最悪の記憶」の内容について考える前に、一つ私の考えを示しておかなければならないかと思います。この記憶をハリーに見せる意図があったかどうかについて。

スネイプ先生の課外授業の前に、チョウと口論したハリーは、憤慨しながらスネイプ先生の研究室に入ります。遅刻を指摘しつつ、ハリーに背を向け、スネイプ先生はペンシーブに想いを蓄えていました。

最初の授業でもそうでしたが、スネイプ先生は大事な記憶を抜き取る場面をハリーにしっかり見せています。今回もハリーは遅刻をして部屋に入ったのに、まだ抜き取る作業の途中だったということは、スネイプ先生はハリーが来る前にこの作業を終わらせようとは考えていないようです。
このことから、ハリーに実はこの記憶を見せたかった、ハリーに興味を持たせペンシーブを覗かせるよう仕向けた、と考えることも出来ます。
実際そのような意見の方もいらっしゃるようです。
で、私はどうかというと、この点はあまり深く考えていません。ローリングさんの都合のように捉えています。

ハリーが来る前に記憶を抜き取る全ての動作を終え、ペンシーブもハリーの目に触れないようにしておけばハリーが好奇心を持つ事もなかったでしょう。
でも、作者は、スネイプ先生が過去にどのような目に遭って来たかをハリーに(読者に)客観的に見せたかったために、このような手法をとったのではないかと思っています。
スネイプ先生自身やシリウス、ルーピンに語らせれば、それぞれの主観が混じるでしょうし、スネイプ先生の言葉をハリーが信じるとは思えません。事実、今までスネイプ先生がハリーに語ってきたジェームズ像をハリーは信じていませんでした。
ペンシーブで見せつけられ、初めて父親の傲慢な態度を事実として受け止める事ができたのです。

作者はファンサイトからのインタビューで、ペンシーブの反映するものについて「reality(事実)」か「the views of the person(誰かの視点)」かと問われ「reality(事実)」と明言しています。
ハリーが間違った父親像を改めるには、また読者が過去の事実を正しく知るには、ペンシーブを覗く以外の方法を作者が思いつかなかったのだと私は解釈しています。
そのためスネイプ先生はハリーに背を向けて記憶を抜き取るという無防備な姿をさらすハメになったのではないでしょうか(笑)

もし、スネイプ先生がハリーに関心を持たせるために、わざとハリーの眼前で記憶を抜いているとしたら、これはハリーに見せたい記憶ということになります。
自分がハリーの父親達によって痛めつけられたことを、ハリーに本当に知らせたいと思うでしょうか。私はスネイプ先生の自尊心がそれを許すとは思えません。間違った父親像を抱くことに虫酸が走っても、苛められる姿を自らハリーに見せるとは思えないのです。または、他に意図があるとか?
その意図を考えるのも面白いとは思うのですが、私はやはり、見せたくなくてそっと仕舞っておいた辛い記憶を、こともあろうにジェームズの息子に見られてしまって取り乱した、と考えたいです。
その方がずっとずっとスネイプ先生がかわいそうなので(汗)

もうたくさんだ! - 2006.03.31 Fri

スネイプ先生の記憶を見てしまったハリー、「もうたくさんだ!」という声と共に胸を押されたように感じます。ハリーは数歩後退し、棚にぶつかって棚に並ぶ容器の一つを落としてしまいました。

この時のスネイプ先生は、かつてないほど余裕がないように思います。
1巻から読み返してみると、どんなに怒っている場面でも、声を荒げたり、暴言を吐いたり、ハリーを窮地に追い込むような発言をすることはあったりしても、ハリーを含め生徒に暴力を振るうことはなかったと思います。処罰は教師としての許容範囲内に収まっていますし。
叫びの屋敷では、ドアに立ち塞がるハリーに「どけ」「さもないと、どかせてやる。どくんだ、ポッター」と言うだけで無理にどかさないうちに武装解除されて気絶しています。狂気じみて叫んでいる時でさえ、手を上げることはしていないし、攻撃魔法もしかけていません。

しかし、今回の場面では、ハリーを突き飛ばすことで開心術を防いでいます。突き飛ばしたのが魔法か手かはわかりませんが。
杖は既に吹き飛ばされていましたが、杖に頼らず頭で撥ね付けろとハリーに指示していましたから、杖なしでも開心術を防ぐことはできるはずです。ですから魔法で突き飛ばしたとも考えられますが、この時は実際にハリーの胸を手で押したのではないかという気がします。
微かに震え、蒼白な顔をし、息を荒げるスネイプ先生。この動揺が激しさから見て、咄嗟に手が出たのではないかと想像しています。

この「もうたくさんだ!」というのは、ハリーにもうこれ以上見せたくないというより、これ以上自分の過去を見たくない、というように私は解釈しました。
スネイプ先生は閉心術をハリーのように学んで練習して身につけたわけではないと考えています。いつの頃からか(例えば最初に覗かれた両親の記憶の頃から)自然に感情を表さないようになっていったのではないかと。入学前に既に多くの呪いを知っていたことと照らし合わせてみても、感情を表さないことは、やはり家庭環境によるもののように思います。家庭において感情を表さないことがセブルス少年を守る術(すべ)だったかもしれないと思うとやりきれません。先生が感情を表さないようになっていったいきさつを考えると胸が痛みます。
この記憶はスネイプ先生にとっても特に辛い過去なのではないでしょうか。おそらく自分では無意識のうちに葬っていた記憶を掘り起こされてしまったのではないかと思うのです。
この課外授業での万一の事態に備えて、ハリーには見せたくないいくつかの記憶を抜き取っていたのでしょうが、自分が見たくない記憶は葬っていたため(自分でも忘れていたため)抜き取ることも出来なかったのではないでょうか。

いつも理性的なスネイプ先生が思わずハリーを突き飛ばしてしまうほど見たくない過去。短い描写のなかに多くが語られているのだと思います。

蝿を撃ち落とす少年  - 2006.03.27 Mon

プロテゴで開心術を撥ね返したハリーが、二つ目に見たスネイプ先生の記憶は、「脂っこい髪の十代の少年が、暗い寝室にぽつんと座り、杖を天井に向けて蝿を撃ち落としている」(5巻26章p.269)というものでした。

静かな記憶です。この時十代のセブルスは何を考えていたのでしょう。

開心術によって覗かれる記憶は、だいたいが強い感情を伴った記憶のように思います。
ハリーが最初にスネイプ先生に見られた記憶は、5歳の時にダドリーの自転車を羨ましさで張り裂けそうな気持ちで見ているというものでした。その後も、ブルドッグに追われて木に登ったところをダーズリー親子が笑って見ている(恐怖と屈辱)、組分け帽子を被っている(不安)、顔が黒い毛で覆われたハーマイオニーを見ている(心配)、吸魂鬼が迫ってくる(恐怖)、ヤドリギの下でチョウ・チャンが近づいてきた(戸惑い→喜び)等々。(括弧内は二尋が想像したハリーの気持ちです)
何気ない生活のひとこま、例えば食事をしているとか、授業をぼんやり聞いているなどの記憶は混じっていません。その後の課外授業で覗かれた記憶も同様で、恐怖や屈辱など負の強い感情を抱いている場面がほとんどです。正の感情はヤドリギの下のチョウの記憶とみぞの鏡の両親の記憶くらいですが、やはり強い感情の揺れがあった場面だと思います。
開心術で嘘がすぐに見破られるのも、嘘というもの自体強い動揺を伴っているからかもしれません。だからこそ、閉心術を身につけるために感情を無にする必要があるとも考えられますが。

さて、このように考えると、この蝿を撃ち落す一見静かな記憶も、セブルス少年の心の中には激しい感情が渦を巻いていたように思えます。

そもそも、この時彼は何をしていたのでしょう?
杖で蝿を撃ち落すには呪文を使うしかなさそうです。何の呪文でしょうか。
最初に想像したのはアバダ・ケダブラでした。でも、失神呪文で飛んでいる蝿を麻痺させて落とすことは出来そうですし、他にも、石にして動きを止めることや、服従の呪文でも落ちるよう従わせることは出来そうです。
ですが、やはり激しい感情の揺れを伴うとなると、死の呪いアバダ・ケダブラのような気がします。

蝿を殺すことに動揺していたのでしょうか。
私でさえ、蝿や蚊を叩き殺す時、何のためらいもなく叩いていますから、セブルスだって迷いなく撃ち落していたような気がします。
むしろ、その呪文を使うことが気分を高揚させていたのではないかと思います。入学前から多くの呪いを知っていたとはいえ、アバダ・ケダブラを試すのはこの時が最初だったのかもしれません。

ベッドに座って静かに死の呪いを試しているとしたら・・・怖い場面です。

悲しみの表現  - 2006.03.23 Thu

最初の閉心術の授業から二ヶ月以上経ち、ハリーがルックウッドの夢を見てから二週間後の閉心術の授業にて。
スネイプ先生の開心術をプロテゴで防いだハリーの頭は、自分のものではない記憶で満たされました。最初の記憶は、「鉤鼻の男が、縮こまっている女性を怒鳴りつけ、隅のほうで小さな黒い髪の男の子が泣いている」(5巻26章p.269)というものでした。

これは、大変辛い場面です。
隅のほうで泣いているのは幼いセブルスだと思われます。
泣いている理由は、両親の不仲が辛いからでしょうか、母親が父親に苛められていると感じたからでしょうか、構って欲しかったからでしょうか。とにかく、この場面を悲しく思っているのは間違いないと思います。

私のイメージは、静かに涙を滴らすか、顔を覆ってさめざめと泣く姿でしたが、原文を見るとcryが使われているので、声に出して泣いているようです。
声に出して泣くというのは、悲しい気持ちを殺しておらず、それほど内に篭っていない感じがします。まだかなり幼いころの記憶ではないでしょうか。

今のスネイプ先生は自分の悲しみを簡単に表さないというか、いままで先生の悲しい表情についての記述は無かったと思います。悲しい思いをする場面がなかったとも言えますが、そんな場面があっても悲しい表情を見せる人には思えません。むしろ、怒りとして表現するような気がします。今まで見せた怒りの数々のいくつかは、悲しみを表していたようにも思うくらいです。(例えば3巻でブラックの話を信じるかのような口調のダンブルドアに対しての言葉「我輩の言葉には何の重みもないということで?」や、ブラック逃亡後の逆上など)
最初の閉心術の授業での「感情を制御できず、悲しい思い出に浸り~」という発言からも、悲しさを表現することへの抵抗を感じます。

素直に悲しみを表していた幼い少年が、次第に悲しみを内に秘めるようになっていったいきさつを想像すると、胸が痛みます。
両親の不仲はこの後も続いたのかもしれません。十分愛されたかどうかが気がかりです。私は母親には愛されたと考えていますが、この記憶以降、母親の愛が遮断されてしまったかもしれないと感じています。
「縮こまっている」と訳された言葉はcoweringで、(寒さや恐怖で)縮こまる、すくむ、畏縮する、などの意味があります。ここでは単に体を小さくしている「縮こまる」というより、恐怖に怯えた「縮こまる」が適当だと思われます。夫への恐怖から母親は逃げ出し、幼いセブルスは見捨てられた可能性もあると思います。
声に出して泣いたところで、誰も助けてくれない、事態は改善しないということを、この時いきなり知ったか、これ以降、徐々に学んでいったのではないでしょうか。優秀な閉心術士となっていった原因もこのあたりの記憶と関係しているように思います。

ハリーに見せたくない記憶として、取り出すほどではないにしても、スネイプ先生にとっては辛い思い出の一つだったのだと思います。

感情を無に  - 2006.03.19 Sun

最初の閉心術への挑戦では、ハリーはいくつかの記憶を覗かれたものの、なんとかスネイプ先生を阻止することができました。
「それほど悪くはなかった」と言った後、再び杖を上げるスネイプ先生。
「気持ちを集中するのだ。頭で我輩を撥ねつけろ。」と指導します。それに対してハリーは「どうやったらいいか教えてくれないじゃないですか!」と文句を言うのでした。(5巻24章p.184)

「心を空に」「全ての感情を棄てろ」「もっと克己心が必要」「集中しろ」と、スネイプ先生は教えてくれていると思うのですけどねえ。
スネイプ先生がここで教えたかったのは杖に頼らずに(魔法を使っているように見せずに)開心術を頭で撥ねつける冷静さで、そのためには感情を無にすることが必要なのではないかと思います。

感情を無にすることを具体的に教えることは困難ではないでしょうか。ハリーは自分で見つけるしかないと思います。一年生のころのフリットウィック先生の授業でビューン、ヒョイが言われた通りやってもすぐできなかったように。ハリーは「教えてくれない」という前に試行錯誤する必要があると思います。

この場面のスネイプ先生、いつになく真剣に思えます。スネイプ先生の本心はいつもわからないのですが、ここでは、ダンブルドアの依頼で閉心術を教えているにしろ、真剣味が感じられます。本気で闇の帝王の餌食になることを阻止しようとしていると思います。
また、二度目の挑戦でハリーがセドリックの死体を見たときに、スネイプ先生がいつもより蒼ざめ、いっそう怒って見えたのは、ハリーの痛みを一緒に感じていたからと思うのは妄想でしょうか。
「己を支配するのだ!」「怒りを制するのだ。心を克せ!」畳み掛けるように叱咤する先生、熱いです。なんとかハリーに閉心術を身につけてもらいたいと考えているのではないでしょうか。
ハリーは怒りに支配されて気付かないようですが、私はスネイプ先生の親心のようなものをこの場面で感じます。普段から憎しみの感情しか持たないような間柄ではそんなスネイプ先生の気持ちも伝わるはずがありませんが。スネイプ先生も不器用な人だと思います(再び妄想)とても残念です。

三度目の挑戦で夢と神秘部の関係に気付いたハリー。
神秘部に何があるかとハリーに問われてうろたえるスネイプ先生が大好きです。普段冷静な人がうろたえる様子にときめきます。思わず感情を表してしまったようです。
さらに、28章でハリーに過去を見られ、追い出して以降、課外授業を止めてしまったスネイプ先生。先生自身、時には感情をコントロールすることが難しいようですね。

針刺しの呪い?  - 2006.03.14 Tue

ペンシーブに記憶の糸を移すと、スネイプ先生は杖を構えてハリーと向き合いました。ハリーにも杖を取るよう促し、武装解除ほか思いつく限りの方法で防衛するよう指示します。
そして唱えたレジリメンスの呪文に、ハリーは次々に断片的な過去を見せつけられました。
チョウとのキスの記憶に踏み込まれそうになり、抵抗したハリー、膝の痛みと共に再びスネイプ先生の研究室が見えてきました。
スネイプ先生は杖を下ろし、手首を揉んでいます。そこには、焦げたような赤く爛れたみみず腫れがありました。『針刺しの呪い』かと尋ねるスネイプ先生にハリーは否定しました。

この時、ハリーは何の呪文を唱えたのでしょう。
26章で開心術をはね返したプロテゴは4巻の三校対校試合の第三の課題前にさんざん練習したものでした。この時はうまくいかなかったようですが。
同じように、既に何度か練習済みのものが咄嗟に出てきたのではないかと思います。

「焦げたような」という表現から、私は失神呪文ではないかと考えています。
4巻31章p.414~415で、ハリーはスクリュートに向かって失神呪文を唱えていますが、殻に跳ね返った呪文によって髪が焦げています。失神呪文はタンパク質を焦がすことができるようです。高熱の光線なのでしょうか。
髪を焦がし、人を麻痺させることのできる呪文、電撃呪文なのかもしれません。
電気的刺激で、筋肉は麻痺しますから十分考えられると思います。

では、なぜスネイプ先生が失神しなかったのでしょうか。
同じく4巻31章p.423で、優勝杯目前で大蜘蛛に襲われたハリーが失神呪文を唱える場面で。直撃しても効果はなく、その原因を蜘蛛が大きすぎるせいか、魔力が強いせいかと考えています。相手の魔力が強いと失神呪文も効果がないのでしょう(全ての魔法について言えると思いますが)
スネイプ先生の魔力はかなりのものだと思われます。

また、当たった場所にも関係があるかもしれません。
5巻31章p.471でマクゴナガル先生は失神光線を4本も胸に受けたとあります。
スネイプ先生に当たったのは手首で、しかもみみず腫れとあるので、表面をかすったものと思われます。せいぜい手首から先の筋肉を麻痺させる程度でしょうか。杖を下ろしているので杖腕全体が軽く麻痺しているかもしれません。杖を取り落としてはいないのでたいしたことはなさそうですが。

いずれにしても、スネイプ先生にとっては、針を刺された程度にしか感じなかったのでしょう。あるいは、何の呪文かわかった上で、『針刺し』程度にしか感じないぞ、という嘲りの気持ちから言ったようにも思います。

でも、失神呪文としての効果があろうとなかろうと、ハリーは最終的にはチョウとのキスシーンを覗かれなかったので、「初めてにしては、まあ、それほど悪くなかった」(5巻24章p.184)という奇跡のような言葉をもらえたのですね。
このセリフ大好きです。スネイプ先生の最大級の褒め言葉だと思います。

記憶の糸 - 2006.03.10 Fri

閉心術の実践が始まる前、スネイプ先生はこめかみに杖を当て、引き抜く動作をします。そして銀色の太いくもの糸のようなものを取り出し、ペンシーブに落としました。

この場面、太い蜘蛛の糸のようなものということで、1本の太めの糸を連想していたのですが、原文をみるとsomeが使われているので、数本の糸が一度に抜き出されたということになりますね。
私は、この1度に取り出した数本の糸が1つの記憶を構成しているのではないかと考えています。

そもそもペンシーブと記憶との関係が何か、ということ自体、よくわかりませんが、私は記憶というものはその時その人が感じたものの記録だと思っています。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感で感じ取った感覚の記録とその再現が記憶ではないかと思います。

マグルの世界でも、記憶とは何かを定義するのは困難で、脳の中でどのようなことが起こっているのか、まだはっきりとわかっていないようです。
でも、「夢を見ている時に脳の視覚野が働いている」などといわれますから、実際目を開けて見ている状態でなくても脳では見ていると感じることができるようです。
同じことがペンシーブを覗いた者に起こっているのではないでしょうか。
抜き出した糸のそれぞれが各感覚の記録ということで。
28章のスネイプ先生の記憶では、少なくともその光景を見ることと聞くことが出来ているので視覚と聴覚の記録は抜き出されたかな、と思っています。その糸の情報がペンシーブを覗く人の脳の視覚野や聴覚野に直接働きかけているとか。

でも、これだとスネイプ先生が見た通り、聞いた通りに再現される必要があるのでスネイプ先生自身の姿が見えることはあり得ないですね。う~ん、結局穴だらけの説しか思い浮かびません。
私としてはやはり糸が直接脳に働きかけて何か変化を起こさせると考えたかったのですが、矛盾なく説明することはできません。

ところで、こめかみから記憶を引き出す動作はこの後さらに2回行っています。
「さらに二度」と明記してあるのは、意味のあることだと思うのです。
3巻で、トレローニー先生の予言について聞いたダンブルドア、「トレローニー先生の本当の予言は全部で2つになった」と言っていましたが、読者には初めてのことで、5巻で初めて2回目の予言とわかるのでした。
このことから、今回もあと2回同じ動作を繰り返したのなら、ハリーに見せたくない記憶が3つはあるのではないかと思います。1つは28章の記憶、あと2つも今後明らかにされるかもしれません。
やはりヴォルデモート絡みの記憶でしょうか。なんだかとてつもなく切ない記憶のような気がしてなりません。

スネイプ先生が恐れるもの・軽蔑するもの  - 2006.03.04 Sat

閉心術の授業中、スネイプ先生の説明に口を挟むハリー。怒るスネイプ先生に構わず質問を続けます。ハリーがヴォルデモートの名を口にすると、「闇の帝王の名前を言うな!」と吐き出すようにスネイプ先生は言いました。
そして、ダンブルドアを引き合いに出すハリーにスネイプ先生は「ダンブルドアは強力な魔法使いだ」「あの方なら名前を言っても安心していられるだろうが、・・・・・・その他の者は・・・・・・」(5巻24章p.180)と答え、左肘下を擦りました。

スネイプ先生、名前も口にすることができないほどヴォルデモートを恐れているようです。
これはとても重要なことのように思います。
先生、ヴォルデモートとの間でどんな恐ろしいことがあったのでしょう。
私には、スネイプ先生は死をも畏れないイメージがあるのですが、実は臆病な人なのではないかとも思えます。

スネイプ先生が何を恐れているのかがよくわかりません。
ヴォルデモートに対してやましいことがあったとして、それが知れた時に何が待っているというのでしょう。死でしょうか。死に至る苦しみでしょうか。

以前、スネイプ先生のボガートはヴォルデモートではないかと書いたことがありますが、ヴォルデモートそのものを恐れるというより、『ヴォルデモートによってもたらされる何か』かもしれないとも思います。
スネイプ先生が恐れる何か、ローリングさんがボガートを明かすことができないほど、物語の根幹に係わってくる重要なことのように思います。


授業が進み、次々に過去の記憶をスネイプ先生に見られるハリー。心を空にするよう指示されても、怒りを捨てることが出来ません。
「感情を無にしろと言ったはずだ!」
「そうですか? それなら、いま、僕にはそれが難しいみたいです」(中略)
「なれば、やすやすと闇の帝王の餌食になることだろう」(中略)
「鼻先に誇らしげに心をひけらかすバカ者ども。感情を制御できず、悲しい思い出に浸り、やすやすと挑発される者ども――言うなれば弱虫どもよ――帝王の前に、そいつらは何もできぬ!(後略)」(5巻24章p.185)

この部分にも色々ヒントが隠されているような気がします。
心をひけらかす(感情を表す)人をバカ者と言い、感情を制御できず悲しい思い出に浸ったが為に帝王に挑発された人を弱虫と言っています。
スネイプ先生はそういう人や態度を軽蔑しているようです。スネイプ先生にとって感情を表すことは恥ずべきことなのでしょう。
でも、この言葉には軽蔑だけでなく哀れみ、焦り、苛立ちも含まれているように感じます。帝王の餌食になった者の中には自分も含まれているということでしょうか。感情を制御してもなお、餌食となってしまった自分への後悔、ともとれるように思います。

スネイプ先生はどんな思いでハリーに閉心術を教えているのでしょうか。
閉心術の授業場面は、スネイプ先生を考える際のたくさんのヒントが隠されているようで、とても楽しいです。まだまだわからないことだらけですが。

読心術と開心術(かいしんじゅつ)  - 2006.02.28 Tue

閉心術の課外授業が始まる前、スネイプ先生の研究室で、机を前にして座った二人。これは後のページに憂いの篩を挟んで睨みあったとの記述がありますから、向かい合って座っているようです。
スネイプ先生は瞬きもせずにハリーを見ています。先生、ハリーの本心を伺いながら説明するつもりですね。
閉心術の効果を説明するスネイプ先生に、なぜそれが必要かと問うハリー。答えるかどうか訝りながら、まっすぐに目を見つめ返しています。バカにしたようにスネイプ先生が答えたのは、答えるかどうかと思っているハリーの気持ちを知ったからでしょうか。

邦訳本で足掛け6ページにわたるスネイプ先生とハリーの質疑応答が始まります。こんなに長い会話を二人がしたことはありませんでした。そもそもスネイプ先生には、あまり長いセリフはありません。魔法薬学を語った時くらいでしょうか。とても嬉しい場面です。

開心術と読心術の微妙な違いが理解できないハリー。私もよくわかりません(汗)
マグルの読心術がどう定義されているかわからないのですが、スネイプ先生の説明だと、『いつでも誰でも思考をだらだら読める能力、好きな場面を見ることができる能力』ということでしょうか。マグルがそう考えているだけで、マグルにその能力があるわけではないようです。
対して開心術は、その場で生じた感情や思考を感じたり、記憶の一場面を見ることができたりする能力をいうのでしょうか。イメージとしては、読心術は系統だった場面を見る事ができるとマグルが考えている能力、開心術は断片的な場面を見ることができる能力、のように思います。
例として闇の帝王は誰かが嘘をつくとほとんど必ず見破ることが挙げられていますが、それはその場で目を見て見抜くわけですよね。やましいことのある人の、心に浮かんだ断片的な記憶や感情を、見たり感じたりするのだと思います。
では、実際の授業で、スネイプ先生がハリーの小さい頃の記憶を見ているのはなぜなのでしょう。脈絡なく浮かぶ過去の記憶は、スネイプ先生が意識的に引っ張り出しているのでしょうか。ハリーが隠したい事柄ではなさそうですが。

これは、サーチしているのではないかと思っています。開心術では自分の見たい場面を都合よく書物のように読めないということですから、ざっと記憶を撫でるように見ているのではないでしょうか。順序立ってはいませんが、目次を見るような感じで。
嘘をついていて隠したいと思っていることはクローズアップされ、特に隠したいことがなければ過去の記憶がランダムに見えるとか。
後にスネイプ先生の過去を垣間見ることができますが、一番見られたくない場面はあらかじめ抜いておかれているので子ども時代のバラバラな記憶がでてきたのではないかと思います。

必要ない場面は流れるように去り、必要な場面はより詳細を追求しようとする、というのが、開心術ではないかと思いました。

課外授業開始直前  - 2006.02.24 Fri

クリスマス休み明けの新学期最初の日、月曜夕方6時にいよいよ閉心術の課外授業が始まります。ハリーは不吉な気持ちを抱き、スネイプ先生の研究室にやってきました。
部屋の壁に並んだ棚には、何百というガラス瓶が置かれています。
これは2巻・3巻でも登場していますが、使い道が今ひとつよくわかりません。あくまで標本なのか、何かの材料なのか。あるいは、実験の産物か、実験途中のものか。
3巻で数が増えているとハリーが思っていることから、スネイプ先生の手が加わっていることは確かなようです。
貴重な品なのでしょうか。色の違う魔法薬に浸かっているようですから、それぞれ最良の状態で保管できるようスネイプ先生が調合したものかもしれません。
魔法薬をガラス瓶に入れ、動物や植物の断片を入れるスネイプ先生、不気味だけれど、几帳面な感じがして微笑ましいです。

そして、片隅には材料がぎっしり入った薬戸棚がありました。この「薬戸棚」は原文ではどう書かれているのでしょう?2巻にあった「スネイプの個人用の保管倉庫」4巻の「我輩個人の保管庫」と同じ単語なのでしょうか。
実は映画「ハリーポッターと炎のゴブレット」で個人用の保管庫と思われる場所が登場した時、私は戸棚だと思っていたと日記の方に書いたのですが、この5巻での記述から、部屋の片隅の戸棚をイメージしていたのではないかと思っています。
実際、映画での保管庫より大きな倉庫を連想した方もいらしたので、原文の単語が気になるところです。
この棚から材料を盗んだと『言いがかりをつけられた』とハリーは考えています。
やはり「保管庫」と同一のように思えます。

机の上にはペンシーブが置かれていました。蝋燭の光溜まりの中に。まるで演出のようです。スネイプ先生自身は薄暗がりの中に身を潜めているというのに。
先生、暗がりの中でじっと6時が来るのを待っていたのでしょうか。何か作業をするなら明かりのもとですると思います。机の前とは別にソファーや椅子などがあって座っていたのかもしれません。心の準備をしながらハリーを待っていたのでしょうか。




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